八幡バサラ
そうして彼女から離れること、およそ300メートル。
専門商店街の西側入り口で、このえは、理乃との会話を振り返る。
「まったく、ひどい目に遭いました……。どうしてこう、ウチの有名人は人騒がせな性格が多いのかしら」
それにはイチカも同意するが、話が長引いても実のない結果が予想されるので、商店街の店構えへと意識を移した。
左右に長く軒を連ねる店舗群。
左前方には、ティッシュペーパーや野菜、その他日用品を段ボールごと並べた
普通のスーパーが見えるが、右側ともなると、サギ師の巣窟じみた雰囲気が長々と続く。
軒先に信楽タヌキや美術品を飾った骨董品店はまだしも、その隣りの工房が置いた金属甲冑が特に酷い。
日常の穏やかな空間を、一気に殺伐とした世界へと染め上げている。
キナ臭さの余波で、向かいの酒屋が、イケナイ薬を提供している密売所に見えた。
その不思議な通りを、私服姿の一般人に混じって、忍者たちが平然と行き交う
光景もまた、イチカには奇妙に映った。
「なんだか賑やかなトコに来ちゃいましたけど、ここが専門商店街なんですか?」
イチカの問いに、希更が自然体で答える。
「そう。左のスーパーは『じらい屋』と違って、卸売り以外に、自分で持ち込んだ商品や忍術媒体の買い取りもしてくれるの。私たち学生にとって、数少ない収入源の一つよ」
「ですから、この商店街を訪れた人のほとんどは、そこの『葉山質物店』で支度金を整えてから、駅前方向へと東へ廻って行きますの」
と、これは口調から分かる通り、獅堂このえの言である。
封印氏族の誇り名のほかに、忍び社会の治安を守る『守り部』とも呼ばれる家柄だが、毎月の小遣いは三千円と苦しい金額。
華美な装飾からも推測できるように、彼女こそ、葉山質物店の常連であった。
「どうせ一日では廻り切れませんし、今日の所は、武具の注文でお世話になる『八幡バサラ』と、もう一つの収入源、『ペットショップもののけ』を覗いていきますわよ」
このえは、すぐ横の古美術店の前を通過して、隣りの工房、八幡バサラのガラス戸を開く。
その途端、奥からムワッとした熱気が押し寄せて、イチカの歩みを鈍らせた。
「うわっ……。なんか此処だけ、異様に暑い……」
「ここでは特注品の武具を、工房主の郷河様が造ってらっしゃるんだもの。当然ですわ」
「郷河…………様?」
このえの口から自然に滑り出た敬称を、イチカが不思議そうに復唱する。
そのうしろで、最後尾の希更がガラス戸を閉め、いくらか熱に呼吸を魘された。
「郷河征士郎。獅堂さんと同じく封印氏族の末裔で、禿頭に捻り鉢巻きが特徴の
39才。頭の傷は、昔、機械に髪を巻き込まれた際、頭皮ごと引き剥がした英断の痕で、髪の毛がないのは、遺伝が原因ではないとの事よ」
「さっきの店長さんもそうですけど、その人にも、色んな武勇伝がありそうですね」
とその時、店内奥の工房付近から、キンキンとしたお祭り声が入り口まで伝わる。
「そこはやっぱり軽くて丈夫。しかも、切れ味抜群のヤツを造って欲しいだわさ!」
「バカ言ってんじゃねぇ。安易に丈夫で軽くとは言うが、同一素材を材料にすりゃあ、どうしたって密度は一緒だ。どちらかを重視すりゃ、もう一方が疎かになる。それでもアレコレいじくりたいんなら、珍品名品の素材を配合するか、弱点補強の『符術措置』しかねぇ」
入り口まで聞こえるがなり声に、イチカが当惑する。
「なんですか、今のは?」
「なんなのって、決まってますわ。いつものやりとりですわよ。あの炎熱狂女の……」
(炎熱狂女? また別の、変わった人のことでしょうか?)
イチカが『考えるポーズ』で固まっていると、そのすぐ横で足を止めた希更が、言葉少なく解説する。
「お昼に藤森さんも会った、焰薙華隠さんの仇名のことよ。彼女、剣豪タイプの戦闘ジャンキーだから」
言われてイチカも、そんな好戦的な人も居たなぁ……、と裏門での集結図を思い出す。
やがて三人は、声が聞こえた売り場の奥へと向かうと、そこには工房とは別の畳が敷かれた座敷があり、工房主の郷河征士郎と、装飾華美な戦着物をまとった焰薙華隠が、卓袱台を挟んで議論を熱く交わしていた。
このえは、二人が座る休憩用の座敷へと近付き、まずは騒ぎの元凶を諫める。
「焰薙さん。あなた、なんて声で喋ってますの。入り口まで届いていたじゃありませんか」
横槍を入れられた華隠は、ムスッとした顔で振り向いて軽口を叩く。
「副委員長に水野希更、それに転校生も一緒とは……。あちしがどんな声で議論してようが、三人には関係ないだわさ。むしろ、武器に関しては素人なのに、あちしに口出しするなんて、10年早いってなモンよ」
上から目線で威勢の良い華隠だったが、本職の郷河征士郎に鼻であしらわれる。
「フン……。何をしゃあしゃあと言ってやがんだか。俺にすりゃあ、お前さんも
立派な素人だよ」
悪意を持たぬぶっきらぼうさで窘めると、征士郎は、楊枝を咥えた職人顔を来客へと向けた。
「んで……、忍術学園の生徒が三人連れ立って来たってことは、なにか大口の注文でもあんのかい?」
どこかしらそれを期待する口振りの征士郎に、このえは透き通った微笑を浮かべた。
「征士郎様は相変わらず、仕事になると活き活きしますのね」
「へへっ……。もう長い間、鉄と向き合ってるからな。休みのとき以外は、日に必ず一度は向き合わねえとソワソワしちまう……。それより、『様』は止してくれ。柄じゃねえし、いくら先祖が立派だからって、そのお零れで持て囃されちゃ座りが悪い」
止せと言ってるのに、一番後ろの希更が前に出て、意地悪く畏まる。
「こんにちは、征士郎様。小太刀の鍛造ではお世話になりました」
「まったく……。何奴も此奴も、頑固なヤツばかりだ」
征士郎は、見事に禿げ上がった頭を一撫でして、困り顔から復帰する。
「で、武器の話じゃないとすると、いったい何の用だ。まさか、こんな暑苦しい
場所に顔を出して、世間話に来たって訳じゃないんだろう?」
「きょう此処に来たのは、こちらにいる藤森さんを紹介するためです」
このえが、サッと横にずれて、イチカと征士郎が向かい合わせとなる。
「初めまして。今日からこの街に住む事になりました、藤森イチカと言います」
イチカが改まった調子で会釈すると、征士郎は、訳あり顔で身を乗り出す。
「ああっ……。ってことは、お前さんの事か。今度、新しく生徒さんが入って来るから、新規で色々と武具を用立ててくれって、学園から連絡があったのは」
「あっ、はい。さっき、身体測定をしたばかりなんで、たぶん、私の忍者服のことだと思います」
上忍:葉山かほる
でっぷりと太ったオバサンくのいち。
戦闘スタイルは、氣術強化による相撲技。
学生時代から使い続けた決め技、氣術を用いた時間差掌底こと『異次元張り手』の強さにより、皆伝級と認定される。
対物破壊能力に優れ、かつては集団戦で名を馳せるも、家業が軌道に乗ったのを
契機に、後方支援・物流部門の一翼を担う。
2児の母。




