第2話 10
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夕べは晩ご飯を食べ損なってしまったのでお腹がぺこぺこだ。
もうすぐ朝食の時間なので、メルちゃんと乱ちゃんを誘いに部屋へ戻った。
部屋のドアを開けようと、カード式のキーをポケットから出していると、中から声がした。
『お嬢様、以上が報告となります。』
『よろしい。それでは引き続き調査を行いなさい。』
『お嬢様、くれぐれも御無理はなさらないで下さいね。』
お嬢様?誰が?
ドアを開くと、そこにはメルちゃん一人しかいなかった。さっきの会話は独り言だったのかな?
「マキちゃん、お帰りなさい!お疲れでしょう?お食事にしますか?お風呂にしますか?それともわた・・・、ぐふっ!」
「なに新妻やっとんねん!」あたしの後ろから乱ちゃんがスリッパをメルちゃんに投げつけていた。
「冗談ですよぉ」メルちゃんは少し恨めしそうに、スリッパにぶつけられた肩を擦っていた。
「マキちゃん、こんなんほっといてご飯行くで!」「あーん、わたくしもまいりますー」二人はほんとに仲いいねー。
朝食の後に、三崎工場の五人組で一緒にテーブルを囲んで、あたしは昨日の雪ちゃんの話をした。雪ちゃんがあたしを避けるのは、なにか蛇に関係があるのかもしれないと。
「僕も同じことを考えていました。一般的に人、特に女性は蛇を怖がる傾向にあります。それで自分が蛇であることでマキさんに嫌われているかと考え、あの態度になったのでは?」
はい!意見が一緒なんてとっても気が合いますね!これはもう運命の赤い糸で繋がれていると思います!
なんだかほほが熱くなってきた!この部屋暖房効き過ぎ!
「ごほん!」月平が大きな咳払いをして、あたしは現実に戻ってしまった。
熊男のくせに邪魔すんな!なんであんたのパートナーは熊じゃないのよ?
「せやな。普通は蛇苦手やもんな。でもあんたがそれを言うか?あんたのカエルの方がよっぽどキモイで」ひどすぎる。
「ええと、もしかして、ひょっとして鉄火は小さい頃に蛇に咬まれたことがあるんじゃないかな?それを雪ちゃんはお姉さんから聞いたんじゃないかなと」
月平が自信なさげに、下を向いて言った。あんたよく知ってるね。実はあたしが小学二年生の時に蛇に咬まれて入院していたこと。もしかしてストーカーなの?
「うん。そうかもしんない。ちょっといまから雪ちゃんの様子見てくる。起きたら今度こそじっくりと話してみる」
「ちなみに、マキちゃんは蛇はお嫌いなんですの?」メルちゃんの質問にあたしは答えた。
「え?なんで?蛇かわいいじゃん。長くてカッコいいし」
あたしは田舎暮らしだったので、家の周りで日常的に蛇を目撃していた。
特に蛇だから嫌いとか一切ない。逆に小さい頃は蛇を見つけると残酷なこともしていたらしい。あんまり憶えてないけど。たしか蛇に咬まれたのはそれが原因だったと思う。
それを知られたら雪ちゃんに嫌われちゃうよー。うん、言わないでおこう。
一人で来た検査室は今朝と同様に薄暗いままだった。そして雪ちゃんも白蛇の姿で眠ったままだった。
昨日お姉ちゃんが体温がどうとか言ってたっけ。粘土が高いとか。人形みたいだから粘土で出来ているのかな?高級粘土とか?そういえばこの部屋少し寒いかも。
白衣からはみ出している雪ちゃんの白いしっぽの部分を触ってみる。ひんやりとしている。暖めてみるんだよね。
眠っている雪ちゃんを起こさないように、そぅっと持ち上げて、胸のところでだっこしてみる。
かなり軽い。
「雪ちゃんはあたしのことどう思っているのかな?
初対面の時に手を伸ばしてくれたのびっくりしたな。でも肩に乗ってくれたの嬉しかったな。
一週間前になにがあったかわかんないけど、それまではあたしに会うの楽しみにしてくれていたのかな?そうだったら嬉しいな。
ほかの子と一緒にいたときは心ぼそかったのかな?
あたしを初めて見たときどう思ったのかな?」
とても細くて、折れてしまいそうだ。そういえば昨日なにも食べてなかったよね。
「もしかしたら、あたしが蛇を嫌いだと思ったのかな?あたしは蛇、嫌いじゃないよ。蛇、恐くないよ。だって、木の上で見た蛇は細くて、長くて、色が綺麗で、全然恐くなかったんだよ。嫌いになる要素なんてなかったんだよ」
手のなかで眠る雪ちゃんは身じろぎもしない。やはり無生物だから、呼吸もしていない。
「もしかしたら、あたしが小さい頃に蛇に咬まれたこと知っているのかな?病院に入院していたこと知っているのかな?
咬まれたのはあたしが蛇にいたずらしちゃったから。蛇はなにも悪くないのに、あたしが意地悪して驚かしちゃったから。蛇は悪くないんだよ」
生物じゃないから心臓の鼓動もない。このまま起きなかったらどうしよう。
「友達があたしをおんぶしてすぐに家に連れて行ってくれたから、毒は大丈夫だったんだよ。
だってあたしは元気で、いまもここにいるんだから。雪ちゃんと一緒にいられるんだから」
あたしがこの子を追い詰めてしまったのかな。
「あたしたち、せっかく出会ったのに。これから一緒にいられることになったのに。このまま雪ちゃんが起きなかったらどうしよう。もう二度と動いている姿をみられなかったらどうしよう。あたしのせいで雪ちゃんが死んじゃったら・・・」
「ごめんなさい。雪ちゃんごめんなさい。あたしがあんなことしなかったら・・・。ごめんなさい。ごめんなさい」
いつのまにかあたしは涙をながして、雪ちゃんを強く抱きしめていた。
あたしはどうしていいか途方にくれて、ただひたすら雪ちゃんに謝っていた。いつのまにか涙が止まらなくなっていた。
「ごめんなさい」
小さな声があたしの胸元から聞こえる。
「ごめんなさい。わたし迷惑掛けちゃった。心配掛けちゃった。本当は仲良くしたかったのに。本当は一緒にいたかったのに」
あたしはそれが雪ちゃんの声だとは一瞬気がつかなかった。誰か部屋にいてあたしに話しかけてきたのかな?と思ってしまった。
「マキちゃん」
声は明らかに雪ちゃんから聞こえた。
「マキちゃん。ごめんなさい」
雪ちゃんだ。雪ちゃんが起きたんだ。
「マキちゃん。わたしが勝手にマキちゃんに嫌われると思って、ごめんなさい」
雪ちゃん無事だったんだ。雪ちゃん声を掛けてくれたんだ。
「雪ちゃん。ううん。そんなことないよ。雪ちゃんが来てくれて嬉しかったんだよ。雪ちゃんと話ができるの、楽しみだったんだよ」
「マキちゃん。本当はマキちゃんにとても会いたかったの」「うん」「マキちゃんとお話ししたかったの」「うん」「マキちゃんと一緒にいたかったの」「うん」
「雪ちゃん。これからは一緒だよ」
「うん。マキちゃん一緒だよ」
「ありがとう」
「ありがとう」
生まれてすぐにいろんなことを憶えて、でも心配なことや恐いことも憶えて、心がどうしていいかわからなくて、どうしたら心配なことがなくなるかわからなかったんだよね。これからいろんなことを経験して、心配や恐いことに負けないように、一緒にがんばっていこうね。雪ちゃん。
あたし達はどのくらいそうしていただろう。長くだっこをして、雪ちゃんの体が暖まったせいなのか、いつの間にか雪ちゃんの体は足のない蛇の姿から、足のついている人の姿に変わってた。




