第7話 週前の大惨事
○
そんで教室戻って自分の席に着いたら
目の前で怒り顔の夏さんがおる。
朝から怖いねえ。
「ど、どうしたんだよその顔はさ……」
「どうしたんだよ、じゃないよ二実!」
「痛っ」
そんであたしの脳天に軽くチョップさ。
本気じゃなかっただけマシだけど。
「なんだよいきなりさあ」
「だって二実ったら、ミラージュ先輩の
誕生日を祝福しようとしてるんだもの」
「いやいや、それくらいいいじゃないか。
ただ祝っただけなんだし」
「でも二実は、あの二人とは別のところで
ミラージュ先輩に何かもてなそうとか、
絶対に考えてたでしょう?」
「うっ! そ、そんな事は無いぞお?」
とか言いながら、あたしは夏の目を真っ直ぐ
見られなかったんだよなあ。
「そう……それじゃあ別にいいの」
「え、いいの?」
なんか夏があっさり引き下がった事が
逆に拍子抜けてしまう。
「そのかわり、本当に関わり過ぎないでね。
あなたがもしも島百合団に入ったら最後、
もうそこから抜け出す事なんて
絶対できないんですから」
「そ、そこまで危なく考える程の団体なのか、
あそこはよ」
そんな事言われたら興味本位でいろいろ
首突っ込みたくなっちゃうんだけど。
「ええ、入るのは簡単だけど……抜けるのは
本当に、本当に大変なんだからね」
「そっか、夏がそこまで言うんなら
あたしもおいおい気を付けるよ」
あ、夏が微笑んだ。
「うん、
二実が分かってくれて私も安心した!」
と同時に大層な鐘の音が響く。
いかん、これから地獄の授業タイムだ!
「じゃあ私も席に戻るね」
「おう」
そそくさと夏は自分の席に戻ってった。
それにしても島百合団……ねえ。
話を聞けば聞くほど深入りしたくなる。
そりゃもちろん、夏が警戒しまくってるから
あまり近付かないようにするけどさあ。
でも気になる。それが人間の性ってもんじゃあ
ないかなあ。
とにかく授業だ。ぐっすり寝る準備を始めよう。
冗談だけどね!
○
放課後夏は部活が少しだけ忙しいらしく、
夏を待ってる間にあたしは
一人部室で白いテニスウェアと黒いスパッツに着替え、
コートの隅で壁打ちして遊んでたのさ。
「あーあ、やっぱつまんないな」
スコン、スコンと気持ちいい音出しながら
ボールは戻ってくるけど、やっぱ人間相手でないと
燃えないんだよね。
とはいえ今日は先輩方も後輩もみーんな
いないんだ。
だって今日はテニス部定休日だから。
そんなのあるのかよってツッコまれそうだけど、
実際ここではあるんだよなあ。
なんでそんな日があるかって言うと、
その日は早く家帰って勉強に専念しなっていう、
そんな意味があるらしい。
いちおう、毎週水曜日がテニス部定休日な。
「つってもまあそんな日があろうと、
あたしは勉強しないんだけど――ねっ!」
最後の言葉に力を込めて壁に打ち返したら、
ボールがコンクリの壁にパコーンってぶつかる強い音が
コート内に鳴り響いたよ。
「ふーっ、今の音超気持ちいい!
でもだいぶ後ろにとんでいってしまったなあ」
あたしは面倒くさがりながらボールを拾いにいった。
「ふふっ、とてもいい音を鳴らしますのね?」
「ん? あ、先輩!」
なんと、ボールが転がった先には笑顔の
ミラージュ先輩がいたわけだが。
そんで怖い笑顔ですたい。
それから先輩は屈んでボールを拾い上げ、
それをまじまじと見つめるし。
でも、すぐに顔を上げてあたしに顔を向けた。
「ふふ、あなたテニスは強くて?」
「え、まあ自信ありますけど」
あたしがそう言ったら、ミラージュ先輩の顔が
更なる笑顔に包まれる。
「そう、残念ね。わたくしも一式
持ってこれば良かったですわ」
「あの先輩、少しお聞きしたいんですけど」
「あら、何かしら?」
「先輩は部活には入らないのですか?」
あら、先輩の顔が少し寂しそうに。
「わたくし、お生憎お家の方が忙しくて……」
なんだかその感じだとそれだけじゃあないって
気がするんだよなあ。
「本当にそれだけですか?」
「……本当ですわ」
でもわざわざ定休日を狙ってここに来るなんて
ちょっと疑り深くなっちゃうっす。
「まあそれはどうでもいいんです。先輩さえよければ
来週ここで本気の試合をしてみません?」
あたしがけしかけたら、
ミラージュ先輩の顔も元気を取り戻した。
そんで氷の様に冷たい瞳であたしを睨む。
まるであたしを見透かすようにさ。
「ふふ、あなたがこのわたくしと?」
「ええ、まあ先輩がテニスしたくないと言うのでしたら
無理強いはしませんけどね」
もちろんこれは煽りの常套句、テニスするのが好きなら
嫌でも勝負をしかけてくるだろうね。
「お生憎ですが、わたくしあなたの安い挑発には
乗りませんの」
「あちゃー、バレてましたかあ」
あたしの挑発は無意味だった。
ほんと鋭い先輩だなあ。
「ですが……条件ありでしたら勝負をしない事も
無くってよ?」
先輩は余裕の表情だった。
「因みにどういう条件でしょうか?」
「それはですね……」
「それは?」
うむ、なんという恐ろしい顔。
いったい先輩は何を企んでいるのかと。
「……わたくしが勝ったらあなたには島百合団に
入ってもらい、わたくしの派閥の元で
一生下働きをしてもらいますわ!」
「ん……んなにいいいい!?」
あたしはかなりビックリして叫んでた。
「それはちょっとあんまりではないですか先輩!」
「あら、島百合団は居心地の良い
憩いの場みたいなものでしてよ?」
「いやいやそうじゃなくてですね……」
あたし、夏から島百合団には関わるなって
散々言われてるんだっての!
そりゃあ怖くて入れないに決まってるじゃないか!
ちっと興味あるけど……。
「それが嫌でしたら、わたくしあなたみたいな雑魚とは
勝負いたしませんわ」
ぐぬぬ、ここで安い挑発とか……挑発とか!
乗るしかないじゃないか!
「……いいでしょう先輩。やったりますよあたしゃね!」
「ふふっ、あなたならそう言うと思ってくれましたわ♪」
「ですがね先輩。もしも先輩が負けたら
テニス部に入って貰って、
あたしの永久マネージャーになってもらいますから!」
「そんな小さなことでよろしいの?」
この人を極限まで蔑む眼、
ちょっと背筋がゾクゾクするんですけど。
だが強がるよあたしは!
「ああ、充分さ!」
「ふふっ、ではまた来週会いましょう……
それまでに精々、練習を怠らない事ですわね」
それだけ言って先輩はあたしに背中を向けて
そのまま前に歩き出す。
そんで唐突にアレの事をあたしは思い出しちゃったよ。
「そう言えば先輩!」
だからあたしはミラージュ先輩を呼び止めた。
そいで立ち止まって振り返るミラージュ先輩。
「どうかしまして?」
「あした誕生日らしいですね。
おめでとうございます!」
あたしがそう言うと冷たい顔してたミラージュ先輩の
顔が赤く染まって崩れていき、
何かに怯えているような表情へと変わった。
「よ、余計なお世話ですわ!!!」
そんで震えた大声で怒鳴ってから再び振り返り、
全力で走って行ってしまったのさ。
「あ、先輩!」
なんで怒ってたのかよく分からないけど、
とりあえずこれでミラージュ先輩の誕生日も祝えたし
よかった、よかった!
「さて、そろそろ夏も部活終わる頃だろうし
帰る準備でもして空手部に行くか」
「その必要はないよ、二実?」
「えっ……?」
なんか後ろからとんでもない気配が感じるなって
思って振り返ったら、そこには満面の笑顔の夏がいた。
それが本当に怖くて仕方なかったんだけど。
知ってるかい、笑顔ってのは相手に対して攻撃的意思を
表すもんなんだぜ?
って、何かの漫画で習ったんだ。
「ねえ二実、私は何度も忠告したよね?」
相変わらずの笑顔。
その威圧だけであたしは殺されそう。
「あ、はい。夏さんの言う通りです……」
すっかり委縮したあたしは、小さな声で呟くように
そう喋るしかできなかったのさ。
「だったらどうしてあなたは、
そこまで首を突っ込もうとするのかな」
「だ、だってそれは……あたしの性だし……」
「え、なんですって?」
あからさまな難聴はやめて、
本当はちゃんと聞こえてるでしょうが。
「一応あたし、さっきまでの件全部聞いてたからね」
「あの……だってあたし……あんな挑発
無視できなかったし……」
はああ、あたしったら情けないね。
ヘビに睨まれたカエル状態だね。
そんなこんなであたしが縮こまってたら
夏の笑顔が緩んで心底呆れた顔になり、
メチャ大きな溜息を吐いた。
「はあ……っ! もういいわ二実」
「うん、マジごめん……」
「とにかく次の試合、あなたは絶対に
負けられませんからね!
私も手伝うから今から1週間、
夜間ど根性レッスンを始めましょ」
ちょっと待ったあ!
「や、夜間は勘弁して、ゲームする時間が……」
「今はそれどころじゃない!」
「痛たっー!」
夏があたしの頭をぶった。何度もね!
「や、やめて夏! あたしバカになっちゃう!」
「じゃあ早速始める! ほら初めに1万本ノック!」
「ひっ、ひいいいいい!」
そんであたしは散々すぎる程に、
来週水曜日の前日までみっちりみちみち
夏から扱かれることになるのさ。
はああ……
これもう地獄ってレベルじゃねえぞ!




