第13話 熱情のパッショーネ
時刻は午後3時20分、新聞部部室にて。
「よっ、ありす」
「へえ、珍しいっすね。
あねさんが休日のこんな時間に学園へ来るなんて」
うむ、どうやらあたしが休日に来る事が珍しいらしい。
少し不思議そうな顔してるし。
「ああ、ちょっとありすに用事があってな」
「なんでございやしょう?」
「んーっとだな……」
さて困ったぞ。
来てみたはいいが
どうやって天使|(アズタロサの化身)の話をすればいいんだか。
「ちょっとありすの顔が見たくなってな」
「そうでやしたか。
お茶でも出しますので、まあゆっくりしてくだせえ」
「あっ、別にそこまで気使わなくていい……って行っちゃった」
お茶を出してくれるってことは嬉しかったのか?
「いやいや、そんな事よりナビちゃんを起動して……と」
声を極力出さないため、
あたしは不器用ながらもIF画面に表示されたキー入力で
『ありすに天使のことを教えていいのか?』
と入力した。
そうすれば
『はい、構いません。
若狭ありすは既にパッショーネのことをお知りですから』
と返ってきた。
まあ三香だってアリギエルと対面してんだし、
ありすだって天使と知り合ってるのは例外でもないか。
「なるほどな、じゃあ好き勝手話すわ」
それにしても甘いリンゴの香りが漂うなあ。
「あねさん、お待たせしやした。
すこし奮発して甘いアップルティーを淹れやした。
ゆっくり堪能してくんさい」
美味しそうなリンゴの香り漂う
アップルティーの淹れられたティーカップとソーサーを、
あたしの目の前にありすが置いてくれた。
「うまそうだなあ」
「いつもより気合を入れて作りやした。
どうぞお飲みくだせえ」
「おう、じゃあ頂こうかね」
あたしはティーカップを手に取って口元に運び、
ゆっくりとアップルティーを口に含んだ。
「うん、ありすの紅茶は本当にうまいぞ!」
「お嬢さまを演じる過程で
紅茶を美味しく淹れることは必須でございやすから」
「ああ、そう言えばそうだったな……」
あかん。
昼休みの放送でお嬢さま言葉で話してた自分を思い出して
肌から変な寒気がしてきたぞ。
「あねさんの迫真の演技、実に見事でしたぜ」
「いやいや、ありすには絶対叶わないって」
ありすの場合はお嬢さま口調が上手すぎて、
性格が変わってる気すらするもんな。
「それは当たり前でございやす」
「その澄ました自信の強さも、ありすの魅力だよなあ」
「そういうあねさんこそ魅力たっぷりではありやせんか」
「ははっ、まあな。ところでありす?」
「へえ、なんでございやしょう?」
あたしの疑問にありすはちょこんと首を傾げてくれるから、
本当に可愛くて堪らないぜ。
「あのさあ、パッショーネって……聞いたことある?」
「へえ、あっしの数少ない友人でございやすね。
学園内で制服も着ずに突拍子もなく現れるお方ですが」
この反応の薄さ、ナチュラルに知ってるな。
「そっか、今どこにいるか分かるか?」
「分かりやせん。
ですがそこら辺をブラブラしてるかもしれやせんね」
「ちょっとそいつと話したいんだけど。
呼べば来るって事はないかな?」
「そうっすねえ……。
ああそう言えばだいぶ昔のことなんすけど」
「うん、なんだい?」
「色んなこと考えて疲れていたもんすから、
とにかく元気が欲しい時があったんす」
ありすはシミジミとした雰囲気で昔のことを話していた。
「ほうそうなのか、大変だったな」
「へえ、今となっては些細なことなんすけどね」
「それなら良かったぜ」
「へえ。
その時パーさんに会いたいって心から思ったんすけど、
そしたらいきなり目の前に現れてくれやした。
まるで奇術師のようにっす」
「なるほどなあ」
呼んではないけど
アリギエルの現れ方もそんな感じだったもんな。
「それであねさん、パーさんに会いたいんすよね?」
「そうそう、パーさんとどうしても友達になりたくてさあ」
「そうっすか。
まあ呼べば来るでしょう……パーさーん?」
やる気の無さそうな声で呼んだせいか、
別にパッショーネは現れなかった。
「ん、どうやら来ないみたいだね」
「おかしいっすね、気合いが足りなかったんでしょうか」
「いやいや、気合いで来るもんでも……」
「めんごありすちゃん。
ちょいと来るの遅くなっちゃったわ~」
「なっ!?」
あたしは驚いたよ。
だって何時の間にか、
あたしの背中に赤いゴシックロリータ衣装を着た
人の良さそうなぐらい明るい感じの
金髪お姉さんがいるんだもん。
「いやあ、
こんなカッコいい子がいるなんてお姉さん嬉しいな~」
しかも遠慮なく抱きついてくるんだからビックリする。
「っつうか、いきなりあたしに抱きつかんでくれません!?」
「だって、お兄さんかっこイイんだも~ん」
「おい、あたしは女の子だ! いいから離れろ!」
ホント傷付く!
まあ素直に離れてくれたから良しとする。
「あら、ごめんなさ~い。
あんまアナタがイケメンだからお姉さんつい興奮しちゃった。
許して欲しいな?」
「はあ……まあいつも言われてる事だから
正直者どうでも良くなってきてるけどさ」
それよりも柔らかい大きな二つの塊を
背中から直に感じた後の虚しい気持ちの方が強かった。
いやいやっ、
あたしだって一太郎を外に出せば女らしくなれるじゃんよ。
ちゃんと希望はあるな!
「ところでありすちゃん、あたいに何か用かしら?」
「いえ。
あっしではなくあねさんの方が用があるそうで」
「ふ~ん、あたいにねえ?」
パッショーネは今一度、
あたしの顔を横からまじまじと眺めてくる。
「貴女、とっても熱~いお姉さんの恋人になりたいのお?」
「なるほど、それはありっすね」
「ありすだけに……ってやかましい。
つうか違うし、あたしにそんな趣味ない!」
「あら残念。
貴女とならお姉さんうまく付き合えそうなのになあ~」
近い近い、顔が近い!
「ひいっ、そんな近付くなあ!」
「うふっ、大丈夫だって。
お姉さんこう見えても施しは上手いんだぞ~?」
「おおー。熱いっすねえ、お二人さん」
しかもありすときたら、
まじまじと無表情で見ているだけだし。
ああもうダメだ、なんか顔が焼けるほど熱い。
「ふふ、まあ冗談はこれぐらいにしとくとして」
「はっ……?」
唇奪われるちょいと前って所で、
意地悪な顔したパッショーネがあたしから顔を離した。
「あたいに力を貸して欲しいんだろ。
新たなる神様候補さんよ?」
「あっ、ええと……うん」
突然のことだから呆然としてて、
そんな返事しかできなかった。
「ああ、かまわないよ」
「マジ? そんな簡単に?」
「だって貴女軽そうに見えるけど、
内面はすごく情熱的だもん。
あたいが断る理由なんて何もないし全面的に協力したるよ」
「おう、それなら頼もうかな」
「その代わりと言っちゃアレだけど、
一つお願いしていいかい?」
「ああ、なんでも言ってくれ」
冗談は言う天使だけど、
んまあ誠実そうだしこの人の言う事なら変な事無いはずだ。
「もうすぐ4時だしさ。
これからあたいと一杯付き合ってくんな~い?」
「えっ、それだけでいいの?」
「もち!
ほら、お姉さんもゆっくり語りたいしさあ」
「まあ、それくらいなら別にいいっすよ」
そのくらいなら一葉姉さんとの付き合いで慣れてるしな。
「そんなことより、お二人さん」
「おっ、なんだいありす?」
「どうかした、ありすちゃん?」
「あっしはオカルトの類いもそこそこ理解してるんで
抵抗は無いはずなんすけど、
パーさんの言ってる神様候補ってのが
どうしても分からんのですけど」
そう言えば、ありすは情報通とは言え普通の子だった。
そりゃ知らなくても仕方ないわな。
「そうだねえ、もう教えてもいい頃合いだわね」
「頃合い?」
ありすが不思議そうに首を傾げてる。
「とりあえずありすちゃんもあたい達と付き合いなよ。
いいノンアルコールカクテルも出してくれるお店、
紹介したげるから!」
「へえ、とりあえず今回の件を記事にしてもいいっすか?」
これぞ職業病なのか、
ありすはメモの用意を周到にしてた。
「別にかまわないけど、
これから話す内容の中で秘密っぽいとこはボヤかしてね?」
「へえ、それでかまいやせん」
パッショーネは爽やかな笑顔で親指を立てて部室の外を指し、
「よしっ、あたいについて来な」
と言い放った。
その仕草の格好良さにあたしは惚れ惚れしてしまったよ。
◯
あたしとありすは一度、
それぞれ自分の家に帰ってから私服へと着替え、
パッショーネの指定した
とあるバス停で待ち合わせることにしたのさ。
「いやあ悪かったねえ~。微妙に遠い場所でさ」
家に一度帰ったあたしは母さんに晩飯いらないと一言伝え、
私服に着替え直してからバス停に移動したわけだが。
そんなあたしの隣には、
当たり前のようにパッショーネがいたけどね。
「いいのか? ありすの側にいなくても」
「もっち。
ありすちゃんはあの年の割りにしっかりしてるから
放っておいても問題なしだもの」
「そうだなあ、正直ひとつ上のあたしよりしっかり者だわ」
マジで泣きたくなるぐらいにね。
「あっはっは~!
だ~いじょうぶだってフミちゃん。
アナタもそれなりにしっかりしてるじゃな~い」
「サンキュー、パッショーネ。
正直過ぎてなんか元気出てくるわ」
「おっ、ほらほら。
可愛い服着たありすちゃんやって来たぞ~」
ニヤニヤしているパッショーネの目線の先から、
青空色のフリルワンピースに
小さな薄紅色のポシェットを襷掛けし、
左肩から黒いテールを垂らした
眼鏡の女の子がこちらへやって来るのさ。
「お待たせしやした」
「おおーう、ありすったらマジ可愛いじゃーん!」
思わず抱き締めちゃうぞ。
「へえ、あねさんにそう言われると嬉しいっすね」
「あははっ!
ありすちゃんのセンスは母親譲りだもんねえ~」
パッショーネの話を聞いたありすが少しだけ俯いてしまう。
「……あっし、この格好あまり好きじゃないっす」
「そうなのか?
なんか勿体無いなあ。
あっ、そう言えば学園で放送してる時の
お嬢さま姿もすんごい可愛かったなあ」
「へえ……」
うむ。
あたしはありすを褒めちぎってるつもりだけど
本人は嬉しそうにしてないんだよな。
「えっと、もしかしてイヤな理由とかあるのかい?」
「へえ、そうっすね……」
この話には触れない方がいいのか、
ありすが珍しく口籠ってたな。
「まあまあフミちゃん。
せっかくだからありすちゃんの秘密もお店で聞こうよ!」
「ああうん、そうだね。
向こうからバスも来てることだし。
変な質問して悪かったね、ありす」
「いえ、あっしも上手く答えられんですんません。
それより、そろそろ離してくだせえ。
流石に恥ずかしくなってきやしたんで」
うむ、よく見たらありすの頬が少しだけ紅いぞ。
とりあえず抱き着くのをやめよう。
「あはは、ごめんごめん」
「いえ、かまいやせんが」
「あはは、ほらほらさっさと二人ともバスに乗る~」
「ちょっ、そんな押さんでくださいよ」
「危ないっす」
それからあたしとありすは
パッショーネに背中を押されて停車したバスに乗り、
そのまま15分ぐらい走れば五つ先のバス停へと辿り着いたのさ。
その後バスから降りて
少しだけ入り組んだ道を更に5分歩いた先には、
パッショーネお気に入りのお店が確かにあったのさ。
「おお……これはなかなか」
「いい店っすね」
その店の外観はアンティーク調でこじんまりとしてて、
飲み屋と言うよりは喫茶店に近い感じだった。
看板には『雪と雨が混ざる時』という達筆な文字が書いていたし。
「ミゾレかな?」
「みぞれっすね」
「こんちゃーっす」
パッショーネは何の気兼ねもなく、
『closed』と掲げられたドアをガチャリと開けた。
それと同時にチリンチリンと
風鈴が揺れる様な涼しい音もしていた。
「さあ二人とも遠慮なく中に入りなよお~。
どうせ今の時間なら他にお客さまなんていないだろうし」
「ええと、勝手に入っていいのかな?」
「かまわないって」
「まあパーさんの知り合いならかまいやせんね。
では失礼しやす」
「そんじゃ、あたしもお邪魔しまあーっす」
ありすが遠慮なく店内へと入るなら、
あたしもとくに遠慮せずありすに続くさ。
入った店内を見渡してみれば、
中もアンティーク調でオシャレなお店だったよ。
「おおう、なんか凄くいい雰囲気だ」
「へえ、なんだか不思議と落ち着きやす」
「あらぁ、相変わらずの派手なお客さまねぇ~?」
どうやらあたし達の存在に気付いた店員が奥からやってくる。
「……って、アレ???」
なんか聞いた事ある
ねっとりとしたオカマ声だなあって思ったけどさ。
まさか店の奥から表れたのが
子育て真っ最中な筈のお隣さんの主夫してる雪風雄高さんで
思いもよらなかったからビックリだぞ。
「おっす、ユウちゃーん!」
「もうっ、まだお店は準備中よぉ――あらやだ」
雄高さんもあたしを見て驚いてた。
そりゃそうだが。
「二実ちゃんまで一緒なんて珍しいわねぇ?」
「いやいやっ、あたしも驚いたっすよ雄高さん!
というか優華ちゃんの面倒はどうしたのん?」
「うふふ。
優華ちゃんは週末、春ちゃんに任せてるのよぉ?」
春ちゃんとは雄高さんの奥さん。
つまりは超絶美人でスタイル抜群な春華さんのことさ。
「ああそうだったね、うっかり忘れてたわ」
「うふふっ。
その代わりに土日だけ、このお店を営業しているの」
「マジっすか、大変っすね。
平日は育児で忙しいし休む暇なんて無いじゃないっすか」
「でも構わないの。
このお店が好きだし、
何より春ちゃんとの思い出の場所ですもの……」
雄高さんはしみじみと思い出に浸る顔で目を閉じてた。
かと思いきやハッと目を見開き、
いつもの笑顔をあたしに向けてくれたけど。
「おっとっと、そんなことよりそちらに座ってぇ~」
「あ、はい」
「オッケー!」
「失礼しやす」
あたし達三人は、
雄高さんの手の平の先にあるカウンターへと座った。
そんで雄高さんは、
ありすに優しい笑顔を向けたのさ。
「初めまして可愛いお嬢さん。
アナタのお名前を教えて欲しいわぁ」
「へえ、あっしの名前は若狭ありすと申しやす。
あねさん……秋月さんと同じ学園の後輩なんす」
「あらそうなのぉ。
ありすちゃんよろしくねぇ~ん」
「へえ、こちらこそよろしくお願いしやす」
ありすはおネエ系の雄高さんに動揺する事なく、
いつもの無表情且つ謎の平常心で対話してた。
「うふふ、少し残念ねぇ」
「何がでやしょうか?」
「ありすちゃん、笑顔になればとぉっても可愛いのにぃ」
「へえ、あいにく笑顔は苦手っすから」
嘘つけ、お嬢様の時はいい笑顔してたぞ。
「そうなのね。
ところでアナタの好みの果物は何かしら?」
「あっしの好物はイチゴでございやす」
「りょうかぁ~い!
それじゃあ二実ちゃんはノンアルコールカシスオレンジ、
ありすちゃんはイチゴとヨーグルトの『甘酸っぱい出会い』、
パーちゃんは濃いめの角ハイねぇ」
流石は料理上手で気が利く雄高さん。
あたし達の飲みたい物を言われずとも選んでくれたさ。
「ありがと、雄高さん」
「流石ユウちゃん分かってる~!」
「アナタったら毎回いつもそれだもの。
イヤでも分かるわよぉ」
雄高さんは皮肉めいた言葉を口にしつつも、
相変わらずの優しい笑顔で
ノンアルコールカクテルやハイボールを作り始めてた。
「ねえユウちゃん、
春華っちとは相変わらず上手くやってる?」
「ええ、もちろん相変わらずよぉ。
それに春ちゃんったら今、
すっごく大きな波に乗ってるんだからぁ」
「そうっ!
ついに『Haruka's』のブランドが全国に認められそうなのね?」
『Haruka's』って言うのは
春華さんが経営するブティックの独自ブランドのことさ。
「ええ、そうなのぉ。
これで春ちゃんの小さな頃からの念願が叶うわぁ」
「うんうん、春っちの情熱がこっちまで伝わるよ」
「うふふ、それではお待たせ♪」
あたし達の前カウンターに、
手作りのカクテルやハイボールが置かれた。
「おお、美味しそうなノンカクカシオレだあ」
「へえ、とっても美味しそうなジュースでございやす」
「ユウちゃんは芸能界で人気のスーパーバーテンだからね。
そりゃあもう最高級だよお~!」
「えっ、それマジすか!? 聞いた事ないんだけど!」
そんなスゴい有名人だとは知らなかったぞ。
「あらやだ、そんなのもう5年も前の話しよぉ?
今じゃもう一児のパパだし……ねぇ?」
パッショーネは雄高さんの話を聞きながら、
ゆっくりと角ハイを味わうよう口に含む。
「……ふうっ、やっぱユウちゃんの創る角ハイさいこ~!」
「うふふ、どうも!
二実ちゃん、今のお話は御近所さんにはナイショにしてねぇ?」
「ええ、内緒にしときますって。
雄高さんもこのお店でまったり働きたいんでしょう?」
「あぁ~んっ、よく分かってるじゃない二実ちゃ~ん!」
体くねくねさせて、面白い人だ。
「ええ。
雄高さんが話を聞く限りだと、
あまり目立ちたくないのかなって」
雄高さんはクスリと微笑む。
「うふふ、その通りよ。
アタシは思い出に満ちたこのバーで
まったりと働きたいだけ。
それからたまたま入ってきた
お客さまの小さな悩みや愚痴を親身に聞いて、
その人の心を癒してあげたいのよ」
あたしとありすは、
しんみりと語る雄高さんの話を聞きながら
それぞれのノンカクを口に含んだ。
「うん……雄高さんの創ったカクテルは
優しくていい味だわ」
「へえ、甘酸っぱいイチゴとヨーグルトが交わって
あっしの心も解けていきやす」
「うふふっ、お気に召してくれて良かったわぁ!
それじゃぁ奥で料理を作ってくるから、
三人でまったりお話ししつつ、
このお店の雰囲気を味わってちょうだいねぇ~」
雄高さんは爽やかな笑顔でキッチンへと足を運ぶ。
「うん、分かったよ雄高さん!」
「ということでえ~……ありすちゃんの悩み聞きたいわ~?」
お酒がだんだん頭に回ってきてるのか、
パッショーネの顔が少し紅い。
「そうっすねえ。
あっしの悩みと言えば、
両親があっしの事をどうでもいいと思っているってことっすね」
「えっ、そうなの?」
「本当っすよ、あねさん」
「うーん……
そこまで可愛い着付け教えてくれるんだから、
そんなことないと思うんだけどなあ」
「いいえ。
父ちゃんも母ちゃんも外面ばっかし気にしてやして、
本当のあっしを見てはくれないんすよ」
ありすは無表情だから分かりづらいけど、
少しばかり悲しそうに下を向いてたね。
そんでパッショーネは何故か
頷きながら黙って酒を飲んでるだけだし。
「本当のありすって?」
「あっしはこの通り、
ぶっきらぼうで本当の笑い方も知らない人間でやす」
「ああ、まあ確かにそうだね。
もしかしてそのこと気にしてるのか?」
「いえ全然。
むしろこれがあっしにとって一番楽なんす」
「そ、そう」
つまり、お嬢さまを作ってる時の方が面倒くさいってわけか。
「ですがそれでも、
あっしは何に対しても情熱をもって取り組んでやす。
それは誰にも負けんと自負しとるぐらいっすから」
「うん、確かにありすの作る新聞には熱意が籠ってるわ。
それを作るための情報収集もすごいしな」
あたしも少しだけ記事のネタにされそうになったし。
「へえ、
みなさんの心を唸らせる様な『真実の記事』を作るのが
あっしの生き甲斐でありやすから」
「そうだな」
「ですがそれでも……
うちの親はあっしが記事を書くことを
快く思ってないんでやす」
「それは意外だな。どうしてだ?」
「わかりやせん。
ちゃんと理由を教えてくれないもんすから」
ありすは『甘酸っぱい出会い』を
ずずいと少し強くストローで飲んだ。
「そっか、教えてくれないのはアレだな」
「ふう……そうなんす。
しかも決まってこう言うんでやすよ?」
「なんだい?」
「まず『ありす、もっと女の子らしい口調で喋りなさい』っす。
それに合わせて『人の弱みを握る真似は絶対いけません』っすよ?」
「は、はあ……」
どっちの言葉も正論と言うか、
完全にありすの親御さんが正しい気がしてきたぞ。
「別にあっしは人の弱みを握るために
記事を書いてるわけではありやせん」
「まあ、そうだよね」
「そう、あっしはただ真実をそのまま
記事にしとるだけっす。
例えその記事によって不利益を負う方がいたとしやしても」
「いや、それはちょっ――」
思わずあたしがツッコミいれようとしたら
大皿を片手に持ってきた雄高さんが
自分の口元で人差し指を立てつつ、
あたしが喋るのを途中で静止したのだ。
だからあたしは話の続きを
雄高さんに任せる事にしたわけなのさ。
「うふふ。
確かにありすちゃんのしていることに間違いはないわねぇ」
何かジャガイモの香ばしい香りがすると思ったら、
雄高さんがカリカリの渦巻いたポテトフライを
持ってきてくれたみたいだ。
それをカウンターに置くと、
ありすに優しい笑顔を向けていたよ。
「そうっすよね、あっしは間違ってなんかないっすよね」
「ええ、でもひとつだけいいかしら?」
「なんでございやしょう?」
「あなたのご両親は、
ありすちゃんが心配で仕方ないってこと。
それだけは理解してあげて欲しいなぁ」
心配という言葉にありすが少しだけ目を見開いたから、
内心驚いていたんだろうね。
「あっしを心配っすか?」
「そうよ?
ご両親はあなたに普通の女の子でいて欲しいのよ。
いざこざに巻き込まれないようにね?」
「いいえ、全然分かりやせん。
ただあっしの個性を奪おうとしてるとしか」
「ええ、確かにそうね。
個性はとっても大切だから大事にしたほうがいいわ」
「へえ、やはりそうでやすよね」
「でも個性を少しだけでも抑えるというのは大切よ?
常識ある大人の一歩前として――ね?」
「常識ある大人……でやすか」
ありすはそのまま考え込むように俯いてた。
無表情だから分かり辛いけど、
きっと悩んでんだろうね。
「うふふっ!
ありすちゃんはまだ若いんだから、
とにかく考えて悩むといいわ。
自ずと答えは出てくるんですから」
雄高さんのアドバイスを聞いて納得したのか、
ありすは眉をキリッとさせた顔を上げ、
残った甘酸っぱい思いを豪快に飲み干したのさ。
「――わかりやした。
ユタッキーのおかげで
なんだか気分がサッパリしやした」
「うふふっ、良かったわぁ♪」
ユタッキーとか呼ばれても雄高さんは微笑んでんだから、
懐の大きい人だなあホントに。
「おかわりくだせえ」
「はいっ、ちょっぴり待っててね~ん」
ありすの声も少しシャッキリしてるから
本当に吹っ切れたんだろうね。
いやあ、雄高さんってすごいわ。
それからもあたし達三人は雄高さんと楽しく話したり、
雄高さんがまだオカマになる前の
ファンキーな身の上話を聞いたり、
どうでもいい悩みを打ち明けたりと
とにかく楽しい時間を過ごしてたら、
あっという間に夜の八時が訪れたのさ。
「ヤバ……もうそろそろ帰らないと母さん達が心配しちゃう」
「へえ、あっしも帰らんと」
「ええ~、まだまだこれからじゃないの~!」
パッショーネはすっかりできあがってる。
さっきから飲み過ぎなんだよね、マジで。
「ねえ二実ちゃん?
パッショーネの相手はアタシに任せて
ありすちゃんを家に送ってあげてよお」
「えっ、いいんすか?」
「大丈夫よぉ~。
それにこの時間から
他のお客さまもいらっしゃるし、ね?」
「そうだそうだ~っ、こっからはオトナの時間じゃ~い!」
とか言いながら肩組んで離さないのは
やめてくませんかねえ。
「ちょっと、酒くさいですってば」
「へっへ~、今日は久々に呑んだんじゃあ! もうサイコーよサイコー!」
「わかりましたってば。
とりあえず離れてくれません?」
まあ言っても離れてくれないけど。
「やだよぉ~ん――おわっ!?」
あたしが困ってると雄高さんが酔っ払いを剥がしてくれた。
「こらこら、そんなイジワルしないで離してあげなさいよぉ」
「ええーっ、まだ話し足りないのに~!」
「ダメよ? 若い子を困らせちゃ」
「ぶ~、ユウちゃんのイジワル~」
うお、いきなりワガママ言いながら暴れ始めたぞ。
「コラっ、暴れないのぉ!」
「うえ~ん、やだぁ!」
まあ雄高さんが無理やり押さえつけてるけど。
「さあ二実ちゃん、
今のうちにありすちゃんを連れて帰りなさいな」
「ああうん、ありがとう雄高さん。
それじゃお言葉に甘えて――ありす、帰ろっか?」
「へえ、脱線はしやしたけどいい記事書けそうなんで
あっしも早く帰りたいでやす」
ありすの目がキラッキラッ輝いてる。
よっぽど雄高さんの話が心に沁みたのかな。
とにかくあたしは雄高さんの店を出て
ありすをありすの家まで送り、
そのまま自分の家まで帰ったのさ。
◯




