第14話 夢から覚めたら…?
「ただいまあ」
家に帰ったあたしの声を聞いて、
何故か笑顔の母さんが玄関へとやってきた。
「お帰りなさい二実。
こんなに遅くなるなんて珍しいわねぇ?」
うん、もう夜の10時前だもんな。
しかしなんでそんな笑顔なんだろ。
「ごめん母さん。
思ったより友達と盛り上がっちゃってさ」
「ふふ。
まあ雄高さんから連絡があったから
心配してなかったけれどね」
「あっ、そうだったのかあ」
そう言えば雄高さん、
ちょくちょく店の奥に行ってたっけ。
おまけにパッショーネも少しだけ
席を外してたりしてたなあ。
「まったく、2人とも本当にいい人だぜ」
「2人って?」
「ううん、なんでもなーい」
「そう? 変な子ねえ」
「へへっ」
結局パッショーネもああ見えて、
すごく面倒見のいい姉ちゃんなんだなあ。
その後あたしは颯爽と風呂に入り、
寝る準備をパパッと済ませ、
IFを手に持ちつつ、
夏に携帯で電話を掛けながらベッドインしたのさ。
「夏、さっきは電話出れなくてごめんなあ」
『ううん、いいよ別に。
そっちもパッショーネの相手、大変だったんでしょ?』
「えっ、なんで知ってんの!?」
あたしゃ驚きを隠せなかった。
『お使いを頼んだ幸子から直接聞いたもの。
二実と若狭さんがパッショーネと一緒にお食事会してたってね』
「そっかあ、それなら納得だ。
因みに幸子には何のお使いを頼んだんだ?」
電話から夏の溜息が聞こえてくる。
『はあ……決まってるでしょ?
12人の天使を探すためのお使いよ』
「あっ、そっかあ。
ゴメンな夏、面倒事に巻き込んじゃってさ」
『それもいいよ。私だって宇宙消滅なんて絶対にゴメンだし』
「うげっ、確かにそうだわ……」
それだけはどうしても避けなきゃ。
「でもほら、菜陽さんに聞けば夏も苦労しないし」
『そうだね。
確かに菜陽さんに聞くのは楽だけど、
併せて私達も一緒に探して情報を得たほうが
二実でも3倍速く事が進むでしょう?』
「あたしでもは余計だが3倍って――
まさか三香も手伝ってくれてんのか!?」
『そうだよ。
みっちゃんったらとても張り切って天使探ししてるんだよ』
「おおう、それは頼もしいなあ」
何故か三香は現実で妙な力を使えるしな。
『しかもちゃんと天使も探し当てたんだから、
ちゃんとお礼してあげなきゃダメだよ?』
「んっ、食堂のバケツプリンでも奢っとくさ」
『ふふ、それならきっと喜ぶね。
それじゃ私達が探し当てた天使2人の情報を教えるね?』
「おうっ、頼む!」
『まず幸子が気配で気付いた天使。
たしか妬みの化身メギラスだったね』
「うぇっ!?」
あたしが今一番相手にしたくない化身の名前を聞いたもんだから、
思わず変な声が出てしまった。
『どうしたのよ、変な声出して?』
「ああゴメン。だって妬みなんて聞いたら嫌な予感しかしないもん」
『まあそうね、それは私も同感するわ。
何せメギラスの化身のお気に入りが島百合団の四天王の1人であり、
新聞部部長でもある弦月多栄子さんですもの』
「えっ……と、そんな人いたかなあ?」
何処かで聞いたことあるような、思い出せないような。
『いるよ。
確かに大人しい性格してるうえに
授業中以外はほぼ島百合団に閉じこもって
延々と雑務を熟してる人だけどね?』
「うええ、そう言えばまだ島百合団にいる全員に挨拶してないや……」
だってあまりにも人数が多過ぎるし、
ちょいと他の派閥の部屋には入りにくい雰囲気だもん。
『うん、そうだと思ってた』
「あう……」
『でも派閥によって雰囲気が全然違うから挨拶しにくいのも分かるよ』
「おっ、やっぱそうだよなあ」
そう、あたしが全て悪いってわけじゃないさ!
『とは言え天使達の協力を得るには島百合団の団員や生徒会役員達に
挨拶をするのは必須かもしれないよ?
何せ、若狭さんや弦月さんなどの役員や団員ばかりだもの』
「ん……確かにそうだな。
んじゃあ明日、ちょいと挨拶しに行こうかね」
一応クレアさんの許可を取ってからにしとこうかなあ。
『ええ、是非ともそうしなよ。
もしも挨拶しにくいのなら私も手伝うからね?』
「ありがとな夏、でも大丈夫だ。
島百合団のことなら安心してあたしに任せてくれ」
『そう、二実がそこまで言うなら任せるね』
「おう!」
あんまり夏ばかりに苦労かけられないしな。
『その代わり生徒会に挨拶する時は是非とも私を通してね。
とっても都合よく話を通せるから』
「ああ、めっちゃ期待してる」
『次にみっちゃんが探し出してくれた天使を紹介するね』
「おう頼む!」
というか三香はアリギエルに頼らず1人で探し当てたのか?
だとしたらスゴいぞ。
『冷静の化身クーランよ』
「ふむふむ」
『そしてクーランのお気に入りも島百合団四天王の1人、
ティリエ・バシリッサさんだよ』
「あっ、その人なら館の廊下で鉢合った!
なんか変な日本語で挨拶された覚えがあったぞ」
『そう、それなら話が早いじゃない。
とにかく明日は2人に挨拶すればいいんじゃない?』
「うん、是非とも挨拶しにいくよ」
まだ顔すら合わせてないし弦月さんから挨拶しようかな。
いやあ、やっぱ迷うなあ。
『それじゃあ私は勉強の続きするからもう切るね?』
「えっ、ああうん。わざわざ忙しい時にゴメンな」
『ううん。でも二実も勉強しといたほうがいいよ?
あなた自身の未来に関わるんだから』
「あう、いきなり現実みせないでくれよなあ」
『心配してるのよ。とにかく頑張りなさいね、それじゃ』
「おう、サンキューな!」
あたしは電話を終えるとIFに対してこう声掛けた。
「なあ、菜陽さん的には弦月さんとティリエさんの
どっちから挨拶をすればいいと思う?」
菜陽さんの有難い助言はこうだ。
『そうですね。
まずはメギラスの理解者でもあるクーランに魅入られた
ティリエ・バシリッサ様にご挨拶をするべきです』
なんとなくそう思ってたぜ。
「やっぱりかあ。でもどうしてだい?」
『ティリエ様は弦月様の親友でもあり、
良き理解者でもありますから』
「うぇっ!? 派閥が違うのにそういうこともあるの?」
なんか予想外なんですけど。
『有ります有りますよー。だってそうでしょう?
どこの派閥も仲が悪かったら組織として成り立たないですもの』
「ん、確かにそうだなあ」
『それでは二実さま、菜陽はご健闘を祈ってますね』
IFの画面に礼儀正しくお辞儀をする
菜陽のドット姿が映っていた。
「ああ、ありがとな」
そんなわけで疲れたあたしはグッスリと眠りに落ちていったのさ。
○
「やっほ~ぅフミちゃん、聞こえるか~い?」
「ん……?」
ここは夢の中だよね。
ボンヤリだがあたしを呼ぶ誰かの声が聞こえるし、
目の前には派手そうな女性っぽい格好した人の
朧げなシルエットが見える。
「ううん……女の人……?」
「おっ、返事あるじゃ~ん。
だったらそのままでいいから聞いておくれ」
「あーい……」
意識が朦朧とするが返事だけはしとこう。
「あたいはフミちゃんが心底気に入ったよ。
だからフミちゃんにプレゼントしとこうと思ってさ」
「プレゼント……?」
「そう、プレゼント。
それは起きてからのお楽しみよ~ん。
ベッドの横に立てかけてあるから注意してね?」
「あーい……」
「因みにそのプレゼントはあなたの学習能力を増幅する力もあってね。
更には来るべき時には絶対に必要になる物でもある。
だからその日が来るまで絶対に亡くさないでねぇ?」
来るべき日ってなんだろう。
なんか頭が朧げでイマイチ出てこない。
「それとフミちゃん。
これはヒントなのだけど来るべき日が来るまでに
あなたは実力でクレア・ミラージュちゃんに
テニスで勝たなければダメよ?」
「ええ……そんなの無理い……」
よく分からないけどクレアさんには勝てないよ。
だってクレアさんは常識の範疇を超えた強さだもん。
「大丈夫っ!
あなただって己の力を信じて頑張れば絶対に勝てる時が来るんだから。
とにかく自信を持ちなさいな」
「んっ……頑張りまーす……」
何故かこの人の声援を聞いてると自信が湧いて心が踊ってくる。
胸の奥底が熱くてたまらない。
「じゃあフミちゃん、お休み~」
「あい……おやすみー……」
いつしかあたしは夢の中なのに目を瞑り、
そのまま落ちるように意識を閉ざしてしまったのさ。
○
眩しい朝日があたしの寝ぼけ眼に突き刺さる。
「うあ……朝か……なんだこりゃ?」
あたしは寝ぼけ眼のまま、
ベッドの横に立てられてる小綺麗なテニスラケットを見つめた。
「なんつう綺麗なラケット……って、これが夢で聞いたヤツ!?」
どビックリしたあたしはガバッと体を起こしてしまう。
そんでラケットのグリップをギュッと握りしめたのさ。
「くう~、なんていい握り具合だあ」
思わず体全体から元気が湧き出てしまうよ。
「ちょっとちょっとお姉ちゃん!
スゴい魔力の反応がそっちからあったんだけどー!」
あたしがラケットを頬で撫でてると、
必死な顔した三香がノックもせずに入ってきやがった。
「……ああなんだ、それが原因かー」
「はっ?
つうかいきなり勢い良く入って来てなんだよ。ビックリすんなあ」
「ごめんお姉ちゃん……お姉ちゃんの身に危険が迫ったと思ったから」
落ち込みながらそう言うもんだから本当に心配してくれてんだな。
「悪い、心配させちゃったな」
「ううんっ、お姉ちゃんが無事ならいいー!」
くうっ、これまでにない笑顔とデレで破壊力がヤバい。
「はあ全く……可愛い笑顔しやがってさ」
「わっ――えへへ!」
思わず抱き締めたら嬉しそうに笑いやがって。
このまま胡座して膝の上に背中から座らせてやろう。
「それにしてもお姉ちゃん、そのラケットどーしたの?」
「おう、夢の中でおそらくパッショーネから貰ったんだ。
なんでもあたしの学習能力を飛躍的に上げてくれるんだってさ」
「おおー、つまりお姉ちゃんは天使に気に入られたんだー。
羨ましいなー」
「そういうお前だってアリギエルから何か授かってんだろ?」
「うん、そのとーりー!」
言いながら三香は、
パジャマから見える胸元の間に入れてた
紅くて丸い物体のアクセサリーを取り出し、
ドヤ顔であたしに見せてくれた。
「なんだよ初めて見たぞ、それ?」
「うん。だってお姉ちゃんが天使に魅入られる日が来るまで
ずっと隠してたもん」
「水くさいなあ」
「ごめんね。でも見せたところで自慢にしかならないもん」
「まあいいけどさ。ところでそれはどういったアクセサリーなんだ?」
「これはレッドアイって言うらしくて、
持主の知恵と精神力を著しく上げるんだってー」
「へえー、それでお前は図太いのか――あだっ!」
胡座してる腿を叩かれたもんで結構痛い。
「図太いのは関係ないもん!
ただ魔力や知力が増幅されるだけなんだから!」
「悪い悪い。図太いとか言って悪かったからそんな怒らないでくれよな」
「ぶーっ、ふみちんはいっつも意地悪だなー」
おやおや、頬をぷっくり膨らませて可愛いねえ。
「悪かったよ――っと、もう9時越えてたのか」
ふと携帯を見たら、時間が目に入ったのさ。
「ふみちん寝過ぎだよー?
朝アニメだってとっくに終わってるんだからねー?」
「あちゃあ、1話逃しちゃったか」
今まで見てた分、地味に楽しみにしてたのにな。
「ふふーん。そこはこの三香さまがちゃんと録画してるぞよー」
「おっ、そっかあ。そりゃあ良かった」
「たっぷり感謝しなされー」
とにかくドヤ顔の三香の頭を撫でてやるかな。
「偉いえらいぞ」
「えへへっ」
「まあそういうわけでこれから学園の食堂でも行くか?」
地味にあそこ、土日も朝早くからやってんだよなあ。
なんでも学園の近くに住む寮生の為に開いてるんだとさ。
「えっ?」
三香は不思議そうな顔をする。
「昨日のお礼も兼ねてさ。
期間限定ジャンポプリンでも奢ってやるよ」
「ほ、ホント!? いいの!?」
「ああ、新しい天使の在り処を見つけてくれたんだもんな」
「わーいっ、ありがとーお姉ちゃん! 大好きー!」
三香は膝の上で狂喜乱舞、お子様かわいいなあ。
「へいへい、じゃあ準備するからちょっと居間で待っとけよ?」
「うんっ、わかったー!」
そんで素直に三香は部屋を出て行き、
あたしはラケットを縮めと適当に念じると本当に謎の力で縮み、
三香の様に紐を付けて首に掛けてから洗面所に行き、
洗面を済まして制服に着替え、
居間で制服を着て犬みたいに待ってた三香を学園に連れていったのさ。
◯
食堂に着いたあたしは約束通り、
三香にバケツプリンを奢ったさ。
「どうだ、美味いか?」
「もぐもぐ――うんっ、すんごいおいしー!」
本当にバカみたいにデカいプリンなのに
そんなバクバク食うとはとんでもない食欲だ。
他のテーブルで食べてる生徒達の驚く目線がやや痛い。
「ははっ、まあ落ち着いて食えよ」
「おいしーよー!」
「流石に聞いちゃいないかあ」
それにしても日曜日だってのに客が多いなあ。
まあ見た目からして高等部と大等部の生徒ばかりだけどさ。
「んっ……あの人って確か?」
チラチラと食堂で食べてる生徒達を眺めてると、
クレアさんから大分前に見せてもらった
四天王の写真の内の1人が目に入った。
「あっ、そうかあの人が!」
その人は幸薄そうでいつも下を向いてそうで、
度の強そうな眼鏡を掛けた両おさげの人でさ。
まさに何かを恨んで嫉妬してそうな天使が憑いてても
おかしくない風貌の女生徒――弦月多栄子さんだったのさ。
「ううむ、しかし参ったなあ。
菜陽さんからは
バシリッサ先輩から先に会った方がいいって言われたのにな」
「お姉ちゃん、なんか困ってるの?」
バケツプリンを食べ終えた三香が、あたしの顔を不思議そうに眺めてた。
「ああ、うん。
だって今あそこに嫉妬の化身に認められた人がいるもんよ」
「あっ……だったら話は早いっ! ちょっとここで待ってて!」
「えっ、あっ、ちょっとおい!」
なんだなんだ、
三香のヤツ嬉々として弦月さんのところに行っちゃったぞ。
「なんだよお……」
と言うか三香のやつ、まさか弦月さんの知り合いか?
遠目で見てるとさ、
三香に挨拶された弦月さんは薄暗い表情だった筈なのに
今じゃもうすっかり満面の笑顔なわけだったし。
「やっぱ知り合いかよ、驚かせやがってえ……」
あたしがホッと一安心してるのも束の間、
不信気にあたしの顔を見る弦月さんが
三香に手を引っ張られながらやって来たのさ。
「お姉ちゃん、多栄ちゃん連れて来たから挨拶よろしくー」
「多栄ちゃんってお前なあ……」
どこまでフレンドリーなんだこいつは。
「あの……私に何か用かしら?」
「えっ、あ、はい。島百合ではまだ挨拶してなかったので挨拶を」
あたしは立ち上がり、それっぽく頭を下げた。
「よろしくっす」
「……あなた、ミラージュさんの派閥の者でしたよね?」
「あっ、はい。そうっすけど」
なんか弦月さんの目が怖い。
「私……あなたとは仲良くなれません」
「えっ、ど、どうして?」
「理由は本人からどうぞ聞いてください。それではさようなら」
弦月さんは礼儀正しくお辞儀してくれたが、
怒り顔で去って行っちゃったから
どう考えてもあたしは嫌われてるようだ。
「あわわ、多栄ちゃん――!
お姉ちゃん、わたしちょっと多栄ちゃん説得してくる!」
「あっ……うん、頼むわ」
ポカーンとしてるあたしを置いて、三香は必死な表情で駆け出した。
なんか力の抜けたあたしは椅子に項垂れる様に座り、
はっきり嫌われてると思うと悲しくなってきたのさ。
「なんだよ……クレアさんめ。
弦月さんに対して何やらかしたってんだよ」
また面倒事がありそうで参っちゃうんだけど。
とにかくこうして項垂れてても仕方ないし、
あたしは席を立って島百合団の館へ怠そうに足を運んだのさ。
◯
「うああ……今日に限ってクレアさんいないし」
あたしはクレアさんの派閥の部屋に来たんだけど中に誰もいない。
仕方なく豪華そうで柔らかいソファーに腰を落とした。
「ふう……いきなり嫌われるとかヤダなあ」
いくらクレアさんに恨みがあるからって、
部下のあたしを嫌いにならんで欲しい。
「まあ……それだけ根が深い訳なのか」
しかし柔らかくて最高のソファーだ。
思わず顔を埋めたくなるってもんだよ。
そんな時、ノックもなしに誰かが部屋に入ってきた。
「あれっ、そんな所でどうしたんですか先輩!?」
「んあっ、アイラちゃんの声?」
「あっ、はいっ、おはようございますです!」
アイラちゃんは相変わらず元気に挨拶をしてくれるから、
あたしは嬉しくなっちゃうぜ。
「おっはよー……と言うかアイラちゃん、
なんでゴム手袋着けて
ハエたたきと殺虫スプレーなんか装備してんの?」
「あっ、あの、大変言い難いのですが……。
この部屋にゴキ――黒い汚物が発生しましたので
退治しようとしてる所なんです」
「えっ???」
ちょっと待って、背筋がゾクッとしたんだけど。
「それで……ミラージュ先輩も物凄い勢いで逃げ出してしまいまして」
「ああなるほど可愛いなあ……って、
ちょっとアイラちゃんの後ろおおお!!」
「えっ……でで出たあああああ嫌あああああ!!!」
青ざめたアイラちゃんは一心不乱になって
殺虫スプレーを黒い汚物に向け、
プシーッと液体を発射させた。
「ひっ、よ、避けられたああ!」
黒い汚物はやはり素早い。
アイラちゃんのスプレー攻撃を余裕で避けてるもん。
「きゃあああああ! こっち来るよおおお!!」
「わあちょっと! こっち来ないでアイラちゃんってば!!」
ソファーで仰向けになってるあたしの胸元に、
アイラちゃんがすごい勢いで飛び込んできた。
「ひいいいいい、ヤダヤダ怖いよおおおお!!!」
そんでもってやたら慌てふためいて
大きなポニーテールを揺らしまくるから可愛いらしい。
そんでアイラちゃんを怖がらす黒い汚物は、
アイラちゃんが開けてたであろう窓から飛んで行っちゃったし。
「うううっ、ゴキやだあああ!」
「ちょっと落ち着いてアイラちゃん! もう黒い汚物はいないから!」
「……本当ですか?」
うっ、涙目で上目遣いは破壊力が。
「あっ、ああ、本当にいなくなったから」
「……ふああ……怖かったです」
「んっ、アイラちゃんは本当よく頑張ったよ」
この感じだと黒い汚物が大嫌いだろうしね。
「はい……これもミラージュ先輩の為ですから」
「そっか、アイラちゃんは優しいな」
思わず頭を撫でてしまったけど、なんか昔の事を思い出すぞ?
「えへへ……先輩も相変わらず優しいです」
「はは、まああたしは皆に優しいからさ?」
「やっぱり……を諦めるなんて……」
アイラちゃんは小声で何かを呟いてた。
「あの、アイラちゃん?
声が小さくて聞こえないけどどうかしたの?」
「あっ――な、なんでもありませんっ」
「というか、そろそろどいてもらっていいかな?
別に全然重くは無いんだけどさ」
「あっ――ご、ごめんなさい先輩! たいへん失礼しました!」
アイラちゃんは焦りつつ、
仰向けに寝てるあたしから勢い良くどいてくれた。
「ふう、全く災難だったねえ」
「いっ、いえ!
おかげで先輩とも接近――なんでもありません!」
やたら慌てて面白いなあ。
「まあ落ち着いてそこのソファに座りなよ」
「はっ、はい……では失礼して」
アイラちゃんはあたしの目の前のソファに座ったけど、
相変わらず遠慮深くて乙女らしいなあ。
「とにかくちょうど良かったよ。
アイラちゃんに聞きたい事があったんだわ」
「あっ、はい。なんでしょうか?」
「アイラちゃんは弦月多栄子さんって知ってる?」
弦月さんの名前を聞いたアイラちゃんは悲しそうに俯く。
「はい……知ってます」
「そっか、どんな人とか分かるかい?」
「あの、理由はよく分かりませんけど、
やたらとミラージュ先輩に突っかかってくる人なんです。
先輩は悪いことしてない筈なのに……」
「んっ、そっか。
ごめんなアイラちゃん、嫌な事思い出させて」
「い、いえっ!
私こそお役に立てなくて申し訳ありません……」
「いいってばあ。それより笑顔だってアイラちゃん!」
見本のようにあたしはアホみたいな笑顔を作ったさ。
「クスクス……せ、先輩の顔面白いです!」
「へへ、だろう?」
「本当に面白い顔ですのね、二実」
「ふぁっ!?」
突然あたしの後頭部からクレアさんが、
意地悪そうにあたしの顔を覗き込んできたのさ。
「なんだあ、黒い汚物から全力で逃げ出したクレアさんかあ」
「ちょっ――どうしてあなたがそれを知ってますの!?」
頬を紅く染めるクレアさんがアイラちゃんの顔を見て原因を察し、
キッとアイラちゃんを睨み付けてた。
「ちょっとアイラ、あなた二実に余計な事を言いましたわね!?」
「ご、ごめんなさいミラージュ先輩!」
「まあまあそんなに怒らないであげてよ。
アイラちゃんに悪気なんて一切ないんだしさ」
クレアさんは頬を膨らませつつと、どっかりとあたしの横に座り込んだ。
「そんな事は知ってますわ!
アイラはとても優しくて良い子ですもの」
「あうう……」
褒められたアイラちゃんは照れ臭そうに俯いてた。
「さすがクレアさん。
アイラちゃんの事よく分かってますねえ」
「それはもうアイラとの付き合いはそこそこ長いですもの」
「は、恥ずかしいですミラージュ先輩……」
うむ、やはりアイラちゃんはクレアさんに気に入られてるな。
「ところでクレアさん」
「どうかしまして?」
「さっき食堂で弦月さんと会ったんだけど、
どういう人かクレアさんは知ってる?」
どういう事か弦月さんの名前を聞いたクレアさんは笑顔だ。
「あら、弦月さんにご挨拶したのね。偉いですわ二実」
「えっ、まあそりゃあ……先輩ですし」
速攻で嫌われちゃったけどさ。
「ふふ、弦月さんはとても賢くて
真面目に雑務を熟してくださる同級生の鑑の様なお方ですわ」
「えっ、そうなんすか?
弦月さんに嫌われたりとかしてないんです?」
「何を変なこと言ってますの二実。
嫌われてるなんてそんな筈ありませんでしょう?」
クレアさんは心から弦月さんの事を褒め称えてる。
だからこそ弦月さんがクレアさんを嫌う理由がさっぱりなんだが。
「いや、だってですねえ……」
「弦月さんはわたくしに効率の良い雑務の捌き方を教えてくれますし、
間違いがあればすぐに指摘してくださる誠実さをお持ちですのよ。
それでわたくしを嫌う理由などありまして?」
「うーん……無いっすね」
その関係だと、あたしと夏みたいな親友同士って感じなんだよなあ。
「でしょう……そろそろわたくし
弦月さんとのお約束ごとが有りますので、
弦月さんのお部屋へ行ってきますわね?」
「あっ、はい」
「は、はい! 分かりました!」
あたしとアイラちゃんは笑顔でミラージュさんを見送った。
「ねえアイラちゃん?」
「……こっそりと様子を伺うんですよね、先輩?」
うん、やっぱりアイラちゃんも考えは同じかあ。
「やっぱ弦月さんの動向、気になるもんね」
「その通りです。
そもそも弦月さんはミラージュ先輩のことを嫌ってる筈ですし……」
「んっ、まあそれも見なきゃわかんないし、ね?」
「はい、それでは私に着いてきてください。
こっそりと団長以外の全部屋を監視できる
素晴らしい場所があるんですよ?」
アイラちゃんの目が怖い。
なんかいつもの彼女じゃないみたいだぞ。
「そっ、そっかあ……」
「とにかくこっちです先輩。
誰にもバレてはいけませんからね?」
「お、おう」
まるで忍者の様に隠密行動するアイラちゃんに
言われるがまま着いて行ったが、
なんかあたしは妙な恐怖とスリルを感じてしまう。
アイラちゃんが連れて来てくれたのは、
何も無いただの白い壁だった。
「先輩、少しお待ちを」
「うん……えっ!?」
アイラちゃんが壁の端辺りを押すと、
なんと壁が回転して隠し通路が現れたのさ。
「この先に天井裏へ続くハシゴが有りますので気を付けて登ってください」
「ああ、うん」
なんか妙に不安になってきたぞ。
「大丈夫ですよ先輩っ、天井裏は毎日掃除してますから!」
「いや、別にその心配は……」
「それに虫一匹いませんし!」
「ああ、うん……」
まあそれならいいや。
もう何も考えずアイラちゃんの後ろを着いて行こう。
◯




