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あたしは女の子にしかモテない!  作者: 美浜忠吉
第1章 秋月二実の日常
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36/52

第34話 剛の日向と柔の白瀬

 時刻は5時半、

あたしは今、夏と一緒に空手部の部室内にある

誰もいない休憩室にいたのさ。


「二実、道着に着替えてくるから

そこの椅子に掛けて待っててね?」

「うん……」


 夏に言われるがままに、

あたしは夏が着替えてくるのを待っててさ。


 その時、夏とさいひーが

どうやったら仲良くできるんだろうって

必死に考えてた。


 だってこのままじゃあ、2人はいつまで経っても

平行線のままだもん。


「はあ……」


 とはいえ全然思いつかない。

 だってあたしは家庭環境に恵まれてるのもあってか、

家族間の悩みなんて考えた事もないもの。


 強いて言えば父さんと母さんが

ちょいと衝突しあったぐらいかね。


 まあ、今となっては

大した事でもなかったんだけど。


「うーん……誰かあの2人を

仲良くできないのかねえ」


 ううむ、仮にあの2人が仲良くなるには

やっぱりさいひー側の家庭環境を

どうにかしないといけないんだろうね。


 そもそも、その白瀬家ってのがどういった家柄なのか

あたしは全然知らないんだから、

そりゃあ考えつかないわな。


「……ああもう!

なんなんだよ一体さあ!」


 あ、やっばい思わず叫んじゃったよ。


「うぬ? 誰か休憩室にいるのか?」


 あちゃあ、誰かに聞かれちゃったっぽい。


 そんでその人が休憩室に入って来ちゃったし。

 しかもあたしの顔をマジマジ見ている……

この人の目がまた鋭いから恐ろしいぜ。


 それにこの人、全体的にすごく体が引き締まってるな。

というか全身が筋肉でできてるっぽい。


 とは言え顔は整ってるから美人。

 それに短くて赤い髪も似合うなあ。


「おお、お前はたしか夏の友人の……」

「あ、す、すんません先輩さん!」


 思わずあたしは椅子から立ち上がり、

思い切り頭を下げてしまった。


 だってこんな強そうな人にどつかれたら

死んじゃいそうだもんよ!


「構わぬ構わぬ、頭を上げなされ!」

「あっ、はい失礼しまっす……」


 おや、意外とフランクなお人だった。

 笑うとすごく爽やかだしね。


 なんていうか、

女のあたしでも惚れ惚れしてしまいそうなぐらい

快活な人かもしれない。


「ほう……お前が秋月二実か。

美男子の様な容姿にそぐわぬ乙女っぷりだな」

「えっ!?」


 あ、あたしの事が分かるんすか先輩さん!?

 なんかビックリしちゃうじゃんか!


「それにお前のさっきの叫び声、

随分と強い悩みが生じていたな?」

「よ、よく分かりますね……」

「ハッハッハ!

人は多くを語らずとも、

波動で感じとれるものだからな」

「は、波動……?」

「俗に言えばオーラという奴だ。

まあ、オレは俗語など使わぬがな!」

「あはは……」


 な、なんて豪快なお方だろう。

 しかもオレ読みなんて、

もはや漢(オトコ)に違いない!


「まあそんな事はどうでもいいから

オレでよければ悩み事を言ってみろ」

「えっ、でも……」

「もちろん誰にも告げ口などせぬ。

それは団長にも同様だ!」


 えっ、今この人団長って言ったよな?

 ま、まさかこの人も島百合団の一員なのか?


「あ、あの……大変申し訳ないっすけど、

先輩さんのお名前は……?」

「ん……? おっとオレとした事がすまぬな!」

「いえいえ問題ないっすけどね」


 というか声大きいなあ。


 この声が更衣室まで聞こえてたら、

なんとなくあたしの方が恥ずかしいぜ。


「オレの名前は屠龍神菜(とりゅうかんな)だ」

「んほっ!?」


 た、たしか屠龍神菜って名前は

島百合団の中でもだいぶ上のお方って

クレアさんが言ってたような……!?


「ま、まさか三傑集の方ですか!?」

「ああ、その通りだ。

だからお前の事も既に団長から聞いていたのだ」

「わお……」


 マジっすかあ……。

 い、意外と身近なところにいるんだなあ……って、

そりゃあ同じ学園内にいるんだから当たり前だわな。


 そもそも同じ館で仕事してた

可能性だってあるっしょ!


「はえー……

それにしても、どうして屠龍さんは

島百合団なんかに……?」

「決まっている、団長を超える為だ!」

「えっ!?」


 あと名前を聞いて思い出したんだけど、

屠龍神菜って言ったら空手部部長であって

夏よりも空手が強かった筈……。


「そもそもオレが島百合団に入った経緯は、

随分前に団長との異種格闘で

敗北してしまったからなのだ。

団長が合気道の達人だと

言うのは知っているだろう?」

「え、ええまあ知ってますけど……」


 いえ、達人なんて言葉は初めて聞いたけども。


「というか……嘘でしょ屠龍さん?」

「オレはつまらない冗談は言わぬ」


 でしょうね、なんか嘘を吐けるようなタイプには

全っ然見えないもんなあ。


「そうなんですねえ……

というか屠龍さん!」

「ぬ、どうした?」

「これからさい……団長と夏が

その異種格闘ってやつで勝負をするんですよ!?」

「なに……それは本当か!?」

「こんな時に嘘は吐きませんって!」

「そうか……とうとうあの二人がな……」


 ん? な、なんだろう?

 なんか、すごく黄昏てるんですけど。


「あの……屠龍さん?」

「ん、ああすまない」

「それに夏は屠龍さんよりも格下なんすよね?

そんなんで勝てるわけ……」

「いいや、夏の実力は俺と互角か……

もしくは超えてるかもしれぬ」

「ええっ!?」


 あかん、あたしったら驚いてばっかりじゃん。


「何せ夏の伸びしろは無限大、

その上人間離れした力量も持っているからな」

「うへえ……」


 あたしったら、いつもそんな力持ちに

ポンポン投げられてるのか……。


 こりゃあ、

いつか拳でぶん殴られるだけでも死にそう。


「しかし団長は既に合気道を極めているからな。

もしかしたら夏にも勝てる可能性はあるかもしれない」

「なんか、それを聞けて安心できましたよ」

「お待たせ二実……って、部長!?」


 お、どうやら道着に着替えた夏が

休憩室に来たようだな。


 そんで屠龍さんの姿を見て、

そりゃもう驚いてたよ。


「夏、秋月から話は聞いたぞ。

団長……いや、白瀬さんと勝負するんだってな?」

「ええ、その通りです……」

「その行く末、オレも見守りたいのだが、

問題はないか?」


 屠龍さんに迫真の表情で迫られた夏は

少し困っていたけども、

すぐに真剣な表情を作ってた。


「……問題ありません。

寧ろ、こちらから頼みたいぐらいです」

「分かった。

それではオレも一緒に行こう」

「お願いします!」


 夏はそのまま力強く屠龍さんに頭を下げてた。


 うむ、親友が屠龍さんに頭を下げてるんなら、

ここはあたしも下げとかないとダメだ。


「屠龍さん、あたしからもお願いします!」


 とにかくあたしは夏と並んで、

誠意を込めながら頭を下げたよ。


 あたしは勝負とは無関係かもしれないけど、

それでも親友を1人で気負わせるなんて

できなかったからね。


「お前ら顔を上げろ。

これは寧ろ、オレの我が侭でもあるのだからな」


 屠龍さんの声を聞いてあたし達は顔を上げたよ。


 その時屠龍さんはかなり楽しそうに

破顔してたのさ。


「部長……!」

「屠龍さん、ありがとっすホントー!」

「ハッハッハ!

あと、結局悩みを聞く時間が

無くなってしまってすまなかったな、秋月よ」

「えっ? 悩みって……二実が???」


 あ、まさか夏のやつってば

あたしが夏とさいひーの事で苦心してる事を

知らないのか!?


「ひっ、ひどいぜ夏う……

誰のせいで悩んでるかと……」

「冗談よ。

お人よしの二実の事だから、

どうせ私と姉さんの事で悩んでたんでしょう?」

「な、なんだよ知ってるのかよ……むぎゃっ!」


 なんと夏の奴ったら、いきなりあたしの

両頬を挟むように両手で叩いてきやがった。


 んまあ、痛いと言うよりビックリしただけだけども。


「二実、それはこれから解消できる筈だから

もう悩まないの!」

「へふぅ……ほ、ほんふぉひぃ……?」


 むう、両頬を挟まれて喋りにくい。


「当たり前よ。

この私がいつまでも二実を心配させとく

要因を残すわけがないでしょう?」

「ふぉへっ?」

「ハッハッハ、やはり夏らしい強引さだな」


 本当に強引過ぎて、

こっちは振り回されてる感じなんですけど!


「ぷひゃっ」


 ふう……夏がやっと両頬から手を退けてくれたよ。


「部長っ!

そ、そんな事ありませんよ!?

私だって考えに考えを重ねて……」

「分かっている、だからそこまで必死になって怒るな」

「お、怒ってなんかいません!」

「いや、それが怒ってるって……痛い!」

「二実、あなたは黙ってなさい!」


 うぎぎ……いきなり脳天をチョップされたあ……。


「とにかく行くぞお前ら。

どうせ体育館で試合を行うのだろう?」

「はい、その通りです部長」

「ふう……なんか緊張するぜえ」

「別に神経の図太い二実なら、

なんともないでしょうに」

「ひどすぎる!」


 まだ毒を吐くかっ!


「はいはい、とにかく行きましょうね?」

「むうう……」


 というわけであたしと夏は、

屠龍さんを先頭にして

第1合同体育館に行くことにしたのさ。


 夏とあたしの漫才的なやり取りを見た

屠龍さんの豪快な笑い声を聞きながらね。


○


「頼もう!!!」


 第1合同体育館の地下にある

少し柔らかい緑の大きなマットが4つ敷かれた

道場に入った瞬間の屠龍さんの第一声がこれ。


 あれえ、なんでこの人夏より目立ってるんだろう。

 まあ、そもそも濃ゆい人だから仕方ないかな。


 そんで、奥右側のマット奥で

正座しながら瞑想してたさいひーは、

目を開いて屠龍さんの姿を見てから少し驚いてた。


 それでも冷静に立ちあがり、

ゆっくりとこちらへ近付いてくる。


「あら……神菜(かんな)も来ちゃったの?」

「なに、団長と夏が勝負をすると聞いたら

いても立ってもいられなくなってしまってな」

「そうだったの」


 しかし、さいひーの姿はとても美しい……。


 普通の白い道着なのに

ここまで艶やかに見えるのは、

さいひーぐらいなものだろう。


 夏の道着姿はまあ……

かわいくて強そうな女の子って感じだよ?

 それでも一部は際立ってるんだけども……

あたしと違ってな!


「邪魔だったか?」

「いいえ、別に構わないわ。

見られて困るものでもないし」

「それではせめて、オレがこの勝負を見守ろう」

「ええ、是非ともお願いするわ。

そのかわり、ルールは私が決めたもので頼むわね?」

「構わないだろう」


 それから屠龍さんは奥右マットの

真ん中右端に移動し、

審判として待機してた。


「さあ夏さん、場内へ入りましょうか?」

「言われなくとも」


 ううむ、相変わらず険悪な態度を

両人とも取るなあ。


 まるで犬猿の仲みたいだあ。


 まあ、それでも2人ともマットの真ん中へ

大人しく移動するわけだから冷静なんだと思う。


 そんであたしは屠龍さんの隣にいるんだわ。


 あたしから見て左側の白線にはさいひーが立ち、

右側の白線には夏が立っている状態さ。


「それではルールを説明するわ。

どんな形であれ

先に手か膝を床に付けた方が1本取られ、

2本先取すればその者の勝利よ。

神菜もルールは把握した?」

「ああ、構わぬ。

ただしどちらかが気絶したら、

その時は強制的に試合を止めるがな」

「ええ、構わないわ。

さあ夏さん、そう言うわけだから

寸止めなんか気にせずに

どんどん打ち込んできなさいな」


 マジかよ!


「そ、そんなことしたら2人とも

大怪我しちゃうんじゃ……」

「二実ちゃん大丈夫よ?

私も夏さんも、この程度で大怪我する程

やわな体してないわ?」

「そうだよ二実。

あなたはただそこで見守っていれば問題ないの」

「2人とも……なんでそこまでさあ……」


 でも、あたしはこれ以上は

何も口にできなかった。


 そんなあたしにできる事と言ったら、

2人が大怪我しない様に祈っているだけだ。


「それと姉さん、この勝負に私が勝ったら

私と仲直りしてくれる?」

「えっ!?」


 な、夏は今マジでそう言ったのか?


 なんだよもう、

それならこうして二人が勝負する意味なんて

無いんじゃいかあ。


「はああっ???

あのね夏さん、あなたは本気でおバカなの?

私とあなたが家を離れた理由が

いったい何のためなのか忘れちゃったの?」


 だがしかし、

さいひーは夏と仲直りしようなんて気は

一切なかったね。


 でもまあ、少し動揺してたのが可愛かったけど。


 ていうか、やっぱり家の事情がアレなのか?


「知ってるよ。

でもそれは、父さんが勝手に決めた事だよね?

結局、私達姉妹はそれに振り回されて……」

「お黙りなさい!

これ以上父を侮辱すると私が許さないわ!」

「……姉さんだってそうでしょ!?

父さんが私を日向家の養女になんか出さなければ

きっと……」

「そうなったら私が日向に養女として出されてたわ。

これは日向と白瀬の間での仕来たりなのだから」

「そもそも……

そんな下らない仕来たりがいらなかったんだ!」


 仕来たり……?

 日向と白瀬の間の仕来たりって一体何なんだよ!


 あたし、そんな話を聞いたのは初めてだぞ……?


「あなた……

自分の恵まれた立場を知っててよくもまあ……!

はあ……っ、もういいわ。

これ以上あなたに話しても無駄な様だし。

全く……日向のおじいさまもおばあさまも

夏のことを甘く育てすぎなのよ……。

いくら時子さん達が早死にしたとは言ってもね……」


 さいひーはそう言いながらも、

体の力を抜く様に合気道の構えを取っていた。


 その構えを見ただけで分かる隙の無さ。

 これが合気道の達人というヤツなんだろうね。


「2人は関係ないでしょう!

それに幼かった私を大事に育ててくれた

2人を侮辱する様な事言わないで!」


 一方夏は、怒りながらも空手の構えを取る。


 夏の構えにも無駄な部分は無い。

 おそらくやって来る攻撃を全て

かわし、反撃をするだろうね。 


「ふふ、結局私達は戦うしかないのよ?」

「うるさい! 私は姉さんに勝って、

姉さんと仲直りしてみせるんだから!」

「全く……どこまでも頭がお花畑なのね……」


 それは普段のさいひーの事じゃないか?

って思ってたんだけど、どうやら違うみたいだ。


 だって結局、島百合団内でさいひーの命令に

服従しない者はイジメみたいなスピーチを食らうし、

退団したら学園にいられなくなるような

とんでもない処刑もどきを

執行されるわけだからね。


 だからさいひーは敵に対しては

どこまで行っても卑劣な行為を行う

冷徹さを持っているのさ。


 まあ味方としてなら、とても優しくて

頼りになるお姉さんなんだけどね。


 つまり何が言いたいかと言うとね、

さいひーが夏のことを敵と思っているうちは、

どんなひどい事でもやりそうって、

ふと思っちゃったわけなんだ。


「姉さんこそ自分に対して都合の悪い人には

とことん冷酷な癖に……」

「あら、それのどこが悪いと言うの?

結局、信じられるのは自分自身と

信用できる仲間だけよ!」

「姉さんたら本当に視野が狭いんだから……」

「さあ神菜、早く試合を始めて頂戴。

今はこの分からずやに体で教えてあげたいから」

「それは私も一緒です。

さあ、お願いします部長!」


 屠龍さんは顔をしかめる事無く、

ただただ2人の声に頷くだけだった。


「ああ、それでは試合を開始する。

両者とも位置について……」


 屠龍さんの声にさいひーと夏は自分の足元を一目見て、

白線の端に左親指を合わせた。


○


「第1試合、始めえ!!!」


 大声による始まりの合図と同時に、

夏が右足を思い切り踏み込んで

さいひーとの間合いを一気に詰めたのさ。


「どりゃあっ!」


 一気にさいひーとの間合いを詰めた夏は、

そこで腰を素早く入れて

さいひーの顔面目掛けて正拳突きを繰り出した。


 突きの速さは多分、

あたしの打つスマッシュぐらいはある筈。


 それを至近距離で出すんだから、

きっとさいひーは避けられないだろう。


「やばい!!!」


 だから、その場面を見ていられなくなったあたしは

すかさず目を瞑ってしまったのさ。


 だってさ……女の子が顔面殴られてる所なんて、

あたしにはとてもじゃないけど見てられなかったもん。


 それからドズンっとマットに打ち付けられる様な

凄い音がしてから、あたしは違和感を感じた。


 だってさ、確か夏は確実に

さいひーの顔面に拳を打ち込んだんだもんよ。


「……一本、白瀬!」

「えっ!?」


 審判――屠龍さんの判定だと

確実に白瀬と呼んでいたから、

あたしはすかさず目を開いて確認した。


「……夏が……マットに倒れてる???」


 正直あたしは自分の目を疑っちゃったね。

 だって夏が確実に一本取ってるものだと

勘違いしてたから。


「あたた……やっぱり姉さんに

真っ直ぐな突きは効かないか」


 でも夏は特に気にしていない様だった。

 寧ろ楽しそうに笑っていたし。


「バカね、力だけで押し込もうとするから

拳の軌道を逸らされるのよ」


 そんで、さいひーは呆れた顔をしながらも

マットに倒れている夏に右手を差し伸べてた。


「ありがとう、姉さん」

「別に……

こんな事でへばられても面白くないし」


 ううむ、なんかよく分からないけど

実は2人って仲がいいんじゃないだろうか?


 うん、それはあたしの中にある楽天的な思考が

働いてるだけなんだけどさあ。


「うむ、流石は柔の白瀬だな」

「柔の白瀬?」


 それは一体なんですかねえ。


「なに、オレと勝負した時も自己の力を一切入れずに

相手の力を利用した時に地面に投げられた時、

柔の白瀬という二つ名を1人の部員が呟いてだな。

それからオレ達部員の中でその呼名が流行ったのだ」

「ああ、つまり剛の日向ってのと同じ理屈ですね」

「その通りだ!」


 分かりますよ、

その二つ名を付けたい気持ちは痛い程に。


 因みに夏の場合、

力任せに拳を打ち込んだ事から

剛の日向って二つ名が付いたんだよなあ。


 でもあたしは普段は使わないかな。


 どっちかって言うと夏は、

剛というよりも可愛いの方が

しっくり来るんだもんよ!


「まあそれはいいとしてだな、

力任せにしか攻撃しない夏にとっては

圧倒的に不利なのだ」

「それじゃあ、夏に勝ち目なんてあるわけ……」

「いいや、まだ分からないな」


 その時の屠龍さんの表情は

夏の勝利を確信するかの様に自信に満ちてたよ。


「何せ夏は賢い女だ、

二度と同じやり方では拳を突かぬだろう」


 確かには屠龍さんの言う通りだ。

 あの夏がどんな事においても対策を

講じないわけがないもんな。


「屠龍さんは夏を信じてるんすね」

「当たり前だ。

オレは団長の部下の前に、

大切な後輩である夏の先輩だからな」

「その気持ちはすっごい分かるっすよ」


 あたしもテニス部では先輩に

相当可愛がられてるし、

結構助けられてるもん。


 んまあ、ちょっとイジワルなこともあるけどさ。


「ハハハハハ!

だからオレは夏を信じているよ。

もちろん、公平な審判を下すがな」

「あはは、それでこそ夏の先輩っすねえ」


 不正を許さないとことか、

マジでそっくりだわ。


○


「第2試合、始めえ!!!」


 屠龍さんの合図で2試合目が開始される。


「どりゃあっ!」


 そして相変わらず夏が先攻して

さいひーに突っ込む。


 というよりも、

さいひーはその場を一切動かずに

体の力を抜いて構え、

ただジッとするだけだったのさ。


「せいっ!」


 間合いを2歩手前まで縮めた夏が

さいひーの右横顔を目掛けて

全力で回し蹴りを繰り出す。


 そんであたしは次こそ

目を瞑ったりなんかせずに見守ってたよ。


 まあ、さいひーが本当に

強い人だってのがよく分かったからさ。


「……ほっ!」

「くっ!?」


 小さな掛け声をさいひーが出した瞬間、

なんとさいひーは夏の回し蹴りした踵に軽く触れて、

夏の体を宙に横転させながら投げた。


 それはもう、

あの優雅なお嬢様とは思えない投げっぷりでね。


 それでも夏は空中で体勢を整え、

何事も無かったかのように床に着地してたけども。


 うん、なんかもう人間技を超えてるね。


「だあああ!」


 それから再び夏はさいひーに向かって駆け出し、

一瞬で間合いを詰める。


「せやあっ!」


 次にさいひーの顔面目掛けて

素早く右拳を突き出してた。


 つまり一番最初と同じパターンじゃないか!


「ちょいと、それじゃあまた……」

「いいや、まだ分からんぞ?」

「えっ?」


 そのとき不敵に笑う屠龍さんの表情を

横目で見たもんだから、

あたしはすぐさま

勝負する2人の方に向き直ったのさ。


「……ふんっ!」

「きゃっ」


 すると夏は突き出した右拳を素早く収め、

即座に屈んでさいひーを足払いしてた。


 その勢いでさいひーは横から左に倒れ、

床に手を付けてしまったのさ。


「一本、日向!」


 もちろん判定は夏の一本さ。

 全く夏ったらすごい女の子だぜ。


「くっ……」


 さいひーってば

結構悔しそうな表情してたな。


 そんで夏は、

そんなさいひーに

微笑みながら手を伸ばしてたよ。


「さあ姉さん、手を取って?」

「……分かってるわ」


 するとさいひーは、

悔しそうな顔から呆れた顔に変化してさ。

 ため息を吐きながらも

夏の手を取って立ち上がってたよ。


 仕方ないなあって風にしか見えないから、

なんとなく微笑ましいんだよなあ。


「さあ、お互いに後が無いわね?」

「ふふ、言っておくけど

次も姉さんに負ける気は無いからね」

「バカね夏さん、

私だって白瀬流合気道の免許皆伝を頂いたのよ?

二度と同じ小細工は通用しないわ」


 ん、白瀬家って道場でもあるのかなあ。

 なんか恐ろしい家庭だぜ。


「うん、お互い様にね?」

「……生意気な妹ね」

「姉さんこそ、とても傲慢だよ」


 ううむ、口喧嘩してるのに

どことなく爽やか。


 これでこそ姉妹って感じだね。


「うふふ……とにかく開始線に戻りなさいな。

すぐに決着を付けてあげるから」

「姉さんに言われなくても分かってる」


 それから2人は顔を綻ばせながらも

それぞれの白線へと戻ってたよ。


 ううむ、なんで笑ってるのか

よく分からないなあ。


 よし、ここは

同じ格闘家の屠龍さんに聞いてみよう。


「ねえ屠龍さん?」

「どうした?」

「どうしてあの2人は、

あんな楽しそうに笑ってるんすかね。

さっきまですごいいがみ合ってたんで、

違和感が半端ないんすけど」

「ハハハハハ!

テニスの勝負で

向きになった事があるお前なら

嫌でも分かるだろう?」

「あ、なるほど……」


 つまりあの2人は、

あたしがアイラちゃんの時みたいに

テニスで楽しさを共有してる感覚なわけだ。


 それならあの笑顔も充分に納得できる。


 というか屠龍さん、

あたしがテニスしてる事まで

知っているのか!


 島百合団怖いわあ。


「この一言で理解したか?」

「ええ、充分理解しましたとも。

2人とも勝負事に楽しんでいるって事なんすね」

「ああ、その通りだ。

オレも今の2人を見ていると

勝負がしたくて仕方が無いぐらいだからな」


 ううむ、やっぱり平和な勝負事が

一番お互いの心を理解するのにいいんだな!


 これなら2人の行く末を安心して

見守ってられるよ。


 きっと2人はまだ仲直りできる筈だ。


○


「最終試合、始めえ!!!」


 そして、とうとう3試合目。


 これで勝敗が決まるという

手に汗握る瞬間なのさ。


 そんで今回は夏も不用意に突っ込まない。

 どうも間合いを詰めるのを

恐れているっぽいね。


「ううむ、流石に夏の奴も

最終試合は慎重だなあ」


 いつもならまるでイノシシの様に

相手に突っ込んでいくのにね。


 とか声に出したら、

こっちに突進してきそうだけどな。


「いいや、

どうやらそうでもない様だな」

「えっ?」

「だりゃあっ!!!」


 屠龍さんがそう呟いたと同時に、

夏は叫びながら勢いに任せて

さいひーの懐に突っ込み、

一瞬で間合いを詰めたのさ。


 その速度は今までとは

比べ物にならないぐらい速い。


「せいやあっ!」


 その上で

さいひーの下腹部を目掛けて

素早い前蹴りだ。


 こりゃあ流石のさいひーも

反応できないんじゃないかと始めは思ったが、

一切そんなことはなかったよ。


「とお!」

「っ!?」


 なんせさいひーは下腹部にきた夏の前蹴りを、

踵を挟むように両手で受け止めて、

そのまま左方向へ受け流したんだもん。


 それで夏は大きく体勢を崩して

右手を床に付けざるを得なかった。


 つまり倒れちゃったのさ。


 その時夏の顔は呆然としてたね、

きっと自分が負けるわけがないと

思ってた筈だ。


「……1本、白瀬!

両者、元の位置!」


 屠龍さんの判定を聞いてから、

夏は自分が負けたことを自覚して

今にも泣きそうな表情に変わっていく。


 そんな夏にさいひーは、

辛そうな表情のまま左手を差し伸べる。


 あれ、

さっきは右手で差し伸べてた筈だけど……。

 もしかしたら怪我しちゃったのかな。


「……立てる?」

「うん……」


 夏はさいひーの左手を素直に

掴んで立ち上がったよ。


「さあ、ひとまず開始線に戻りなさい」

「うん……」


 2人は始まりの位置に戻ったのさ。

 それからお互いに一礼をして

マットの外へと出ていく。


 それから夏はあたしの方に近づいて来ると、

何も言わずにあたしの胸に顔を埋めてきたのさ。


「夏……」

「ごめん二実……

今はこのままでいさせて……」


 夏の体は震えてたね。

 まるであたしがクレアさんから

負けた時の様に。


 それでも夏は涙を流す事は無かった。


「夏、別に無理せずに泣いてもいいんだぜ?」

「大丈夫……少しすればいつも通りの

私に戻れるから……」

「それは強がりじゃないのか?」

「決まってるでしょ……」


 ううむ、まあしばらく

このままにしておこうかな。


 それからさ、さいひーも屠龍さんの隣に

やってきたんだわ。


 そんで屠龍さんに笑顔を向けてた。


「神菜、見届けてくれて申し訳ないわね?」

「なに、団長も夏も輝いていたさ。

それよりもだ、右手は大丈夫なのか?」

「ええ、少し捻っちゃっただけよ」


 あら、さいひーってば

やっぱり右手首をやってしまったのか。


 ううむ、

いつ怪我しちゃったんだろう。


「全く、無理して夏の本気の前蹴りを

受け止めるから

そんな怪我を負ってしまうんだ」


 あ、なるほどね。


 そりゃあ、レンガの壁も壊せそうな程の

夏の蹴りを真っ直ぐ受け止めたら

捻挫の一つでもするわな。


 むしろ複雑骨折にならないだけマシだね。


「うふふ、この子の本気の力がどんなものか

どうしても体で確認したかったものだから」


 さいひーはあたしの胸で落ち着いてる

夏の肩に左手を乗せてたよ。


「ハハハハ、流石は団長と言ったところだな」

「うふふ、それ程でもないわ。

さてと……夏さん、もう落ち着いたかしら?」


 さいひーの呼びかけを聞いて、

夏はあたしの胸から顔を離してたよ。


「ふう、ありがとう二実。

この通り、すっかり落ちついちゃったよ」

「あ、うん」


 ううむ、本当にスッキリしてる感じだったから

ちょいとビックリしちゃったよ。


 そんで夏はさいひーに顔を向けた。


 で、さいひーの顔を見るなり

夏はまた辛そうな顔に戻ったけども。


「姉さん……結局私は負けちゃった……」

「それでも……あなたは過去とは

比べものにならない程に強くなっていたわ」

「でも……負けたら姉さんと

仲良くできないし……」


 ああ、このままじゃまた

夏が泣いてしまう。


 ここはどうにしかして慰めないと……?


「うふふ、あなたったら

とことん甘甘なのね?」

「あ……っ」


 なんと、

あの敵には冷徹なさいひーが

夏の頭を撫でて慰めてるではないか。


「さっきのあなたの前蹴り、

あれは相当頑張らないと会得できない

最高の蹴りだったわ?」

「うん……」

「だからね、のらりくらりと

時を過ごしているのでは無いと分かったから、

誠意をもって謝るわ。

本当にごめんなさいね?」

「私も……姉さんの事を

バカにしてばかりでごめんなさい……」

「そうね、バカにされたのは

ちょっぴりイラッとしたけれど、

今は特に気にしていないわ」

「ありがとう……。

それと仕来りの事だけど……」

「語らずとも知っているわ。

とっくの昔に無くなってしまった事なんてね」


 それを聞いて夏の顔はひどく驚いてた。


「そうだったの!?」

「ええ、でもね?

それからお父さんは今まで以上に

厳しく私に合気道の鍛錬をさせるものだから、

優しいおじいさんやおばあさんのいる

日向家に引き取られたあなたの事を嫉妬していたの。

だから私ったら今までだって、

あなたにあそこまできつく当たって……

それこそ、本当にごめんなさい!」


 さいひーは本当に申し訳なさそうに

夏に対して頭を下げてた。


 よほど気にしてたんだろうね。


「そっか、それで姉さんは……」

「でも……今更謝っても

許される事じゃないわよね……」

「ううん、私は気にしてないし

姉さんの本当の気持ちが聞けて良かった!」


 夏は嬉しそうに

さいひーを励ましていた。


 それはもうとても爽やかにね。


「夏さん……

こんなバカで嫉妬深い姉さんを……

本当に許してくれるの?」

「うん、だって姉さんは

私にとって大切な家族だもの!」

「……夏っ!」


 全てを許されて感極まったさいひーは、

夏の体を思いきり抱きしめてた。


 しかも夏をさん付けするのも

やめていたしな。


「もう、恥ずかしいよ姉さんたら……」

「だって、だって嬉しすぎるんだもの……っ!」


 ううむ、さいひーも今までに無い程の

はしゃぎようだなあ。


 全くもって可愛いぜ!


「あはは、夏ってば顔を真っ赤に染めて

嬉しそうだなあ」

「ああ、全くだな!」


 あたしと屠龍さんは

2人の微笑ましい姿を前に笑ってたさ。


 楽しいし、嬉しくて仕方がなかったからね。


「ちょっと2人とも他人事だと思ってー!」


 あはは、本当に幸せそうだなあ。

 何はともあれ、

2人の件が丸く収まって良かったぜ。


○


 それから落ち着いたさいひーは

夏から距離をとり、

恥ずかしそうにモジモジしてた。


「はう……はしゃぎ過ぎて

ごめんなさい……」


 さいひーったら、

今まで見せた事ないような

モジモジ顔を見せてる。


 すっごく新鮮で可愛いわあ!

 年上ってのを忘れちゃうね!


「ううん、私は構わないよ?

それにこうして

姉さんとも仲良くなれたんだし」

「うふふ、ありがとうね夏。

それじゃあ最後に、勝者になった

あたしの言う事を聞いてくれる?」


 あ、そうか。

 そう言えば夏はさいひーに勝ったら

お願いを頼もうとしてたもんな。


 つまり、それはさいひーにも

お願いする権利があるってわけだ。


「うっ……ま、まあいいけど……」

「うふふふ、そうねえ……

どうしようかしらねえ?」

「うう……」


 おおう、さいひーったら

いつものイヤラシイ笑顔を作ってらっしゃる。

 それには夏も戸惑ってるねえ。


 し、しかし一体どんなひどい事を

頼むのか気になるな!


「よし、決めました!

夏、耳の穴かっぽじって

よおく聞きなさい?」

「う、うん……」

「……白瀬家にいる

お父さんとお母さんに顔を見せる事!」

「……えっ?」


 それを夏はポカーンとしてた。


「特にお父さんったらね、

あなたの可愛い顔を見たい見たいって

うるさいんだからね?」

「ええと……私が白瀬家の敷地を跨いでも……

大丈夫なのかな?」


 ううむ、よく分からないけど

夏は白瀬家に行く事に戸惑ってるみたいだ。


「なーに言ってるのよ!

当時の特別な仕来りであなたを養女に出しただけで、

勘当したわけじゃないのだから!」

「なんだあ……」

「それにお父さんも意地っ張りさんだから

あなたを養女に出した手前、

日向家に顔を出したくても出せないのよ」

「ふふ……父さんったら!」


 あらら、

思ったよりも白瀬家と日向家の間に

深い溝は無かったみたいだね。


 白瀬家の事情がそこまで

深刻じゃなかった事を知って、

夏はすっかりと力を抜いてたよ。


「というわけだからいつでも来なさいね。

まあその時は事前連絡ぐらいはして欲しいけれど」

「うん、分かったよ姉さん」

「それとね……靴箱の件なのだけれど

私は本当に知らないのよ」


 そう聞いて夏は驚いていた。


 いやあ、顔が変わりまくりで

忙しい子だねえ。


「そうなの……」

「頼りにならなくて

ごめんなさいね……。

なんなら島百合団の勢力をもってでも」

「ううん、それはいいよ?

生徒会の仕事にも迷惑が掛かってしまうし」

「そう……残念だわ」

「でも、ありがとう姉さん。

とにかくこれで

姉さんが犯人でないという事も分かったし」

「そうね、困った事があれば

なんでも聞きに来なさいな。

いつでも助けになるからね?」

「うん、頼りにしてるね」

「さて、それじゃあ夜も遅いし

もう帰りましょう?」

「そうっすねえ!」


 一通り話を終えてから

さいひーが帰ろうと言うから、

あたしもその意見に賛成したよ。


 だからあたしと夏は一緒になって、

さいひーと屠龍さんにその場で

さよならの挨拶をしてから

体育館を出たのさ。


 さいひーは嬉しそうに微笑みながら、

あたし達に手を振って見送ってくれたよ。


○


 そんで、夏と楽しく語りながら

下校をする事になるわけ。


「こらあ二実!

このわたくしを置いて帰るなんて許さないわ!」


 だった筈なんだけども、

まあ、下校途中であたし達の後ろから

クレアさんが必死な顔でそう叫びながら

走ってやってきたもんだから、

結局3人で帰る事になったわけさ。


「あっ、やべえ忘れてた!」

「二実ったら、ひどいわ!」

「まあまあミラージュ先輩、

二実もあなたと付き合う程

暇ではないんですから」

「……あら、あなたも随分と

積極的になったものですわね?」

「先輩も人の事は言えませんね」

「くすくすくす……」

「ふふふっ!」


 そんで何故か2人は

ぎこちない笑顔をぶつけ合っていたけども。


 あたしを真ん中に挟みながらね。

 だから気まずいったらありゃせんよ。


 うん、この光景をつい最近見た気がするけど

とにかく見なかった事にしようかな。

 その時にあたし事態は

真ん中にいなかったから幾分マシだったけどもね。


 ううむ、とにかくこの2人は放っておくとして、

どんな形であれ家族同士が仲良くできるのは

とっても清清しい事だ。


 うし、あたしも夏とさいひーに負けないよう、

もっと家族孝行に励まないとな!


○

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