第33話 壮大な姉妹喧嘩
楽しいパーティが終わった翌日の朝8時、
外からカンカンと大きな音が鳴り響いて
あたしは目を覚ましたのさ。
「うあ……?」
そんで自分の部屋から窓の外を眺めてみると、
空き地だった隣地で、
既に研究所を建てようと
大工さん達が工事をしてたんだわ。
全く、今日は日曜日だと言うのになあ。
「マ、マジか……」
しかしホント仕事が早いなあ、
昨日決まったばかりだってのに
もう作ってるのかよ!
んまあ、
おかげで目を覚ませたけどさ。
ただ寝てるのも勿体無いしね。
「ふわあ……っ!」
ああ眠っ。
とりあえず朝飯でも食べてから
ゲーム三昧といこうじゃないか。
今日こそはあたしの自由な時間を
誰にも邪魔させないんだぜ!
○
そんなワケで、
もう次の日の朝を迎えちゃった。
いやあ、昨日は本当に誰にも邪魔されなかったから
御飯やお風呂なんかの時間を抜かせば
一日中ゲームしかしてない記憶しかないんだけど。
ううむ、我ながら流石にやりすぎた感があるなあ。
とはいえ昨日は充実してたんだ。
だから今はそれでいいじゃないのさ。
それにしても今日は月曜日、
普通なら鬱々しちゃう曜日なんだけど
今日は少しだけ違う。
だって今日から夏と
いつも通りに遊んだり話したりすることが
できるんだもんな!
「さってと、出かける準備オッケー!」
なんか今日はいつもより
身だしなみに気合が入ってた。
やっぱり夏と仲直りできたのが
大きいんだろうなあ。
「二実ちゃーん、なっちゃんがやって来たわよぉ!」
「へーい、今行くう!」
うん、いつものあたしの日常だあ!
全く……こんなに嬉しいことはないよ!
○
夏と一緒に登校する時間。
それが島百合団に入る前なら
なんでもなかった普通の出来事なんだけど、
今は全然違うね。
「ふっふっふーん!」
「あら、やけにご機嫌さまね?」
だって仕方ないじゃん。
夏と一緒に登校するのが
こんなにも楽しいんだもーん!
んまあ、
そんなこと夏には恥ずかしすぎて
話せないけどな!
「へへ、なんでか分かるかい?」
「うん、もちろん知っているわ」
「へ?」
ま、まさか夏に今のあたしの気持ちがバレバレ?
だったら恥ずかしいわあ。
「どうせ昨日、一日中ずーっとゲーム
していたんでしょ?」
「あっ……」
なんだ、どうやらバレてはないみたいだ。
でもゲーム三昧は流石にバレてらあ。
「ほら、やっぱり図星だよね?」
「うん、まあそうだけどさあ」
「二実ってばまったくもう……
たまには図書館に行って勉強に励んだ方がいいって、
私は絶対にそう思うの!」
久しぶりのお説教キタコレ!
って、一昨日の買い物ん時も
くどくど言われてた気がするけども……。
でも、やっぱり落ち着く!
「あはは、まあまあ大丈夫だってえ。
勉強なんか後でどうにでもなるんだからさあ」
「はあ……ダメだこの子、早くなんとかしないと……」
あら、夏さんたら本気で頭を抱えてらっしゃる。
「そんなに気にしないでよ夏う、
あたしはやればできる子だからさあ」
「……二実のそういう能天気過ぎるところが
あたしにとっては心配で仕方ないの!」
「あれ、あたしってそんなに能天気な奴だったっけ?」
「ええ、かなりの能天気だよ!
ちょっと度が過ぎる程にね!」
あれれえ、あたしったら昨日は
真虎さんから慎重な性格してるって
言われてたんだけどなあ。
「うーん、一体どうしたもんだろうね」
「私が知るわけないでしょうが!」
「あぎゃっ!」
うう、夏に左肩を思い切りパンチされたあ……。
超痛いんだけど!
「いきなり暴力はやめてよお……」
「本当に二実ったらさ!
私がどれだけあなたの事を心配してるのか
全っ然理解してないんだから!」
あらら、夏ったらそっぽ向いて先に行っちゃったよ。
ちょっと無神経すぎたかな。
よし、ここは夏の御機嫌直しのついでに
スキンシップが必要だな。
そんなわけであたしは少し早歩きして
夏の背中から飛び掛かるように
思い切り抱き付いてやったぜ。
「きゃっ!」
で、夏は変な声を上げながらビックリしてたけど
あたしは気にしない。
「ごめんよ夏う、この通り謝るから許してよお」
「あ、あのね二実!
こ、こうやって私に抱き付くのはやめなさいって
いつも、い、言ってるでしょう!」
「ええ? 久しぶりだから覚えてないなあ」
ううん、実はまるっと全部覚えてるんだけどね。
しっかし、夏さんたら顔が真っ赤っかだなあ。
まあ、夏のそんな顔を見るのが
あたしにとって一番の幸せなわけだけども!
「うう……」
「ね、とにかくあたしも頑張るからさあ。
そんなに怒らないでよお」
「わ、分かったから離れて!
私そんないきなり抱かれたら……」
「抱かれたら?」
「……思い切り地面にぶん投げたくなるの!」
「はえっ……うぎゃっ!?」
気付けばあたしはコンクリートでできた歩道に
思いっきり投げられてた。
「せ、背中があ……」
そんで仰向けのまま投げられたから
背中が痛くて痛くて堪らない!
でもアレだ、この痛みも今のあたしなら
幸せに変換できる。
間違いない!
「ご、ごめんなさい二実!
私ったら力加減を忘れて……?」
「えっへっへ……しあわせえ……」
「……きもっ!」
空がこんなに晴れて雲一つもない。
まるであたしの晴々した心を
表してるみたいだなあ。
いやあ、
それにしても真面目に幸せなんだよ今のあたし。
痛みを飛び越えて、
いつもあたしが送っている日常が
確かにここにあるんだからさあ。
ニヤニヤが止まんないぜ。
んまあ、あたしのニヤニヤした顔を見て
夏がドン引きしていたのは目を瞑ろうかな。
○
豊穣女学園内でも、
あたしはいつも通りの日常を送ってた。
授業の間の10分しかない休憩時間に
夏と雑談したり、勉強で分からないところを
語り合えた事。
お昼休みは特に島百合団の仕事も無かったから
二人で食堂に行ってお昼を食べながら
バカみたいな事を言いあった事。
まあ、バカみたいな事はあたししか言ってなかったが。
そして午後の授業が始まる前には、
夏から手厚いアドバイスをもらったり
あげたりした事。
あたしのアドバイスはまあ……お察しの通り。
とにかくそんな日常的な学園生活を送れてるんだから
楽しくてしょうがない。
たしかに島百合団のみんなとおしゃべりするのも
楽しいんだけど、
夏と一緒に過ごす時間はそれとは全く違うんだよねえ。
上手く口では表せないけど
心が穏やかになると言うか、
全てを夏に任せられる安心感があると言うか……。
まあ、とにかく夏と一緒にいるって事が
楽しくて仕方がないってことだね!
○
そんなこんなで早くも放課後がやってきた。
辺りは少しだけ夕焼けに染まって哀愁的だったよ。
そんで、あたしは夏と共にテニス部を訪れていたのさ。
そりゃあもちろん、
先輩達に部活の件で謝ろうと思ってたからねえ。
「先輩お久しぶりでーっす!」
「おっす、ふー。マジで久しぶりじゃんかぁ?」
「おわっ」
いつもあたしと適当に駄弁ってる先輩が、
あたしにヘッドロックを掛けてきた。
まあ優しくだから首は締まってないけどな。
「このこの~、ふーの顔が見れなくって
アタシは寂しいんだぞ~!」
「ちょちょっ、ごめんなさいって先輩!
あたしが悪かったから
そんな頭ぐりぐりしないでくださいよお!」
「やだね~っだ!」
マジ痛い、痛いって!
「な、夏も冷静に見てないで助けてよお!」
「あら、でも二実ったら嬉しそうな顔してるじゃない?」
うん、まあそうなんだけどさあ。
「あっはっは!
ふーよ、なっちから話は色々と聞いたぜ?」
なっちとは、
先輩が夏を呼ぶ時の愛称なのさ。
なっちって響き、可愛いねえ。
「えっと、どのくらいすか?」
「ん、そうだねえ。
なんかあんた、ミラージュにボロ雑巾に
されたって話しじゃん?」
うぐ、そんなことまで……。
「あはは……面目ないっす」
「で、島百合団に強制的に入れられちゃったと」
「ええ、全くもってその通りなんす……」
「それで、ミラージュは強かっただろ?」
「ええまあ、強いと言うかプロ並みと言うか……」
ん、そう言えば先輩ってば
なんでクレアさんの事知ってる感じなんだろ。
「ええと、なんで先輩はクレアさんの事
知ってるんです?」
「ああ、実はこの間の日曜に
前部長と会って話す機会があってさあ。
色々と聞いちゃったんだわ~」
「なるほどっすねえ」
それなら納得だぜ!
「どうやら前部長の話だと、
ミラージュを部長にしたかったらしんだと」
「マジすか」
「ああ、でも2年前の当時はミラージュも中2じゃん」
「そうっすね」
「だから前部長よりも年輩な前副部長達の不満が多くってさ。
つまり年輩者達が大等部に移ってから
ミラージュを部長にしようと考えたんだってさ」
「なるほど……」
うむ、確かに高3の先輩が、中2の後輩から
指導を受ける立場にあるのはつまらないだろうなあ。
「まあその前にミラージュは家の都合かなんかで
中3に上がった時点でテニス部を抜けちゃったんだけどな」
「あい、それはアイラちゃんからちょびっとだけ聞いたっすね」
「そっか。でさあ、この前話した
部員名簿の空欄の事覚えてる?」
「あ、はい覚えってるっすよ先輩。
確か部長の下に空いてる空欄……」
あっ、成程そういう事か。
「その顔は気付いたっぽいね。
つまりミラージュがテニス部に戻ってきたら
いつでも部長になれるようにと
前部長が空けといたらしい」
「ははあ、でも前部長のいない今でも
空欄が残ってるなんてビックリっすね」
「なんかさあ、それも前部長が今の部長に
ちゃんと申し送ってるから今でも残してるらしいよ?
まあ、部長達はそれを後輩達には黙ってるって
方針だったから、皆は知らないわけだ。
つうかアタシもつい最近まで知らなかったしな」
うむ、それじゃあその空欄が
ホラー扱いされてもおかしくないわな。
「だからさ、ふーもあんましベラベラ喋んなよ?」
「もちろんっすよ先輩、
あたしも部長には世話になってるっすからねえ」
今の部長はとてもいい人でさ、
あたしがやっちゃダメな事をやった時しか
怒る事のない人だった。
それにあたしが黙って島百合団に入ったってのに、
一切文句を言わなかったもんな。
そんで後日部長にメールを送ったらさ、
『そっか。頑張れ二実、たまには遊びに来いよ』って言う
メールを返してくれる気の使いようだし。
まあ、今話してる先輩からも
実はたまにメールもらってるんだけどな。
その内容はどうでもいい事ばかりだったから、
あんまし覚えてないけど。
「おう、まあ信頼できるふーにだからこそ、
こうして教えてやってるのさ。
それにミラージュと無関係ってわけじゃあ無いしな?」
「あはは、先輩あざーっす」
「気にすんなって」
「そんでですね先輩、
いい加減ヘッドロックはやめてくれません?」
ちょっとこの体勢、首よりも腰の方に
負担が来まくってるんですけど。
「それこそ気にすんなって!
いつもふーがなっちに対してやってる
スキンシップみたいなもんだし!」
「そうですね、先輩の言う通りですよ」
夏ったら、
ここぞとばかりにニヤニヤした顔しやがって!
「うう……」
いつもからかってゴメン。
やめないけど、ゴメン!
「まあそれはいいとして、
なっちは本当にできた親友だな、ふー!」
「えっ!?」
あはは、なんか夏がビックリして変な声上げてら。
よし、もっとからかってやるぜ。
「モチのロンっすよ先輩~、
あたしゃもう夏無しでは生きられない
体になったとですよお」
「そりゃそうだろうなあ、
アタシだってなっちみたいな可愛い子に
一方的に尽くされてみたいもんな~」
「あっはっは、先輩も通っすねえ~」
これだから先輩は憎めないよ。
「ちょちょ、ちょっと2人とも……っ!
そそ、そんな恥ずかしい言い方……
やめてください!」
おおおお、
夏ったらメッチャクチャ顔が赤いなあ。
うひひ、楽しいぜえ。
「まあそんなわけでな、
ふーはなっちのモノに決定だな」
「おわっ!」
「きゃあっ!」
くうう、先輩ったらいきなり夏の胸に向かって
あたしをぶん投げやがった。
おかげで夏の柔らかいシロモノがブレザー越しに、
あたしの顔面を包み込んでしまったじゃないか。
しかも以前より育ってるのか
また大きくて柔らかい……。
つうか、あたしとは天と地の差だっての!
「あはははっ! お2人さんとも
幸せに暮らすんだなあ!」
「も、もう先輩ったら……っ!」
ああ~、癖になってくる柔らかさなんじゃあ。
おまけに甘くていい香りだし!
「……というか二実!
いい加減に私から離れなさい!」
「うぎゅっ!」
夏のその声と同時にあたしの脳天に強めの
肘打ちが落ちてきたよ。
おかげでめちゃくちゃ痛かったし、
変な声も出してしまう始末。
だから思わず夏から飛び退いて離れ、
脳天を両手で押えるしかできなかったのさ。
「ぁ痛ってえ……っ!」
うう、少したんこぶできてるし……。
でもまあ、夏の胸に顔面を埋めてたおかげで
声が外に漏れる事がなかっただけマシかなあ。
「……先輩、二実がいろいろと失礼しました!」
あたしだけかい!
まあ、あたしだけだけど!
「あははははっ、気にすんなってなっち!」
「ありがとうございます。
さあ二実、さっさと白瀬さんのところに行くよ!」
あはは、夏ったら顔が真っ赤だあ。
「うぎゅ!
わ、分かってるから首根っこ引っ張らないでえ!
ブレザーが伸びちゃううう!」
そんであたしは
照れくさがる夏に後ろから襟を引っ張られ、
島百合団の館まで引きずられてしまったんだわ。
○
そんでやって来ました島百合団の館入り口前。
しかし今回は夏も隣にいる。
なんかその事が新鮮だったけども、
同時に嫌な予感しかしない。
例えば夏が暴走して、
島百合団員を大怪我させないとか考えちゃったりね。
まあ、流石にそこまで
大げさな事はしないと思うけれども。
それから夏はやっとこさあたしの襟首を解放して
立たせてから、軽く体の砂埃を払ってくれたのさ。
「おっ、サンキュー夏」
「ふふ、気にしないで」
まあそうだろうね。
なんせあたしをボロボロにしたのは夏自身だしね。
いや、まあそこまで気にしてないけどな。
「さあ二実。
あなたはこれから知りたくもない真実を
目の当たりにする事になるけれど、
覚悟はいいかしら?」
「えっ、まあ大丈夫だけど……」
「その言葉、しっかりと肝に銘じておいてね」
な、なんだろう一体。
夏ったら、あたしに謝ってる時は眩しい笑顔してたのに、
館を見上げる時はとんでもなく冷めた目をしていた。
それはまるで
島百合団を心の底から憎んでいるような……。
本当にそんな感じだった。
それこそ、あたしの気のせいだったら
いいんだけどなあ。
○
島百合団の館に入ってあたし達2人は
団長のさいひー専用部屋に向かって
どんどんと歩いていくが、
それでも夏は一切笑わなかった。
ずっと気を張り詰めたような真剣な顔をしてるし。
そんで、あたしは途中クレアさんに
挨拶をしようとか考えたけれど、
それはやめた。
だってこれ以上、
夏の感情を刺激したくないんだもん。
気を張り詰めた夏と共に歩き続けてたら
さいひー専用部屋である
〈島百合団団長――白瀬彩氷の間〉の部屋の
目前までやって来たさ。
そんで相変わらずのバカでかい両扉が
目の前にに立ちはだかる。
あたしは今回それを見て、
何とも言えない威圧を感じちゃったよ。
「さてと……ノックするね?」
「あ、うん」
いや待って夏、どうしてノックするのに
腰を入れる必要があるんだい?
「こおおおお……」
そんでさ、
どうして呼吸を整えて拳を握るんだい?
いや、
これは間違いなくドアをぶち破るつもりだ。
やめさせないと!
「お、おい夏……」
「どりゃあっ!」
「ダ、ダメ……」
で、あたしが叫んで止めようとしたら
突然扉が素早く奥側に開き、
夏の渾身の正拳突きが空しく
空気を貫いてた。
いや、その衝撃による風圧で
あたしの髪がぶわっと舞っていたけども。
「まったく、あなたったら相変わらず
がさつな子なのね」
「さ、さいひーっ!?」
そんで扉の向こう側から、
眩しい笑顔のさいひーが
顔をひょっこりと出してきたのさ。
「うふふ、二実ちゃんもお久しぶりね。
元気にしてた?」
「あはは、相変わらず元気ビンビンっす!」
「そう、それなら良かったわ♪」
それにしても夏は、
さいひーが眩しい笑顔を作っているというのに
一切笑わない。
むしろ冷たい視線を送り続けるぐらいだし。
「……白瀬さん、
今日はあなたにクレームを言いに来たんですけど」
「あら、いったい何かしらね……日向さん?」
うええ……なんか知らないけど、
さいひーの笑顔の奥から
とんでもない陰気が立ち込めてるんですけど……。
「どうもひと月前から
朝早く高等部学び舎にやって来て、
二実の靴箱を漁ってるそうじゃないですか?」
「さあ、なんの事かしらね?」
「とぼけないでよ!」
夏は、さいひーの顔面左側の空中を狙って
本気で拳を突き出してた。
しかしさいひーは一切その場を動かない。
ただ笑顔を絶やさずにニヤニヤしてただけだし。
あたしは一瞬、
夏が何をしていたのか理解できなかったんで
少しボケーッとしてたのさ。
「あ……お、おい夏!」
そんでハッとしたあたしが夏を注意すると、
さいひーは何も気にしてないと言った表情で
あたしの顔を一瞥した。
「いいのよ二実ちゃん。
別に私は怪我なんてしてないからね?」
ううむ、確かに怪我はしてないけど
そういう問題じゃないよ。
「それにしても日向さん、
この私に暴力を振るおうという事は、
それだけの覚悟があるという事なのよね?」
「もちろんよ。
私はあなたを倒して、
あなたの化けの皮を暴くわ」
それはちょっと言いすぎい!
まあ確かに化けの皮ありそうだけども。
「まったく……大体あなただって、
二実ちゃんが島百合団に入ったら
絶縁するって約束したでしょう?」
「それは先にルールを破ったそっちが悪い!
だから私はもう守らないよ!」
な、なんだよこの2人から滲み出てくる殺気はさ……。
こんなのさ、
可愛いかったり美しかったりする女の子達が
出していい様なオーラじゃないって!
「な、なあ……なんで2人とも
そんな好戦的な態度なわけ?
ちょっと異常じゃないの?」
「そうね……二実ちゃんの言う通りだわ!
ここはお互い大人になって
話し合うべきじゃないかしら?」
「……そうだね、二実がそう言うなら
私はそれに従うよ」
な、なんか知らないけど
2人とも喧嘩をやめてくれたぞ。
と、とにかく刺激しない様に
2人を宥めないとな。
「あの……靴箱の件は置いておくとして、
そもそも2人はどうして
仲悪そうにしてるんです?」
「やっぱり……私と白瀬さんの関係を
事細かく説明をしとかないとダメ?」
「ええっと……」
どうしよう、なんか予想以上に
夏が辛そうな顔してるから、
『頼む!』とは言いにくい。
「私は構わないわ。
むしろ優しい二実ちゃんには
知っておいて欲しいかな」
ううむ、さいひーは夏とは違って
全然気にしていない感じだな。
「……分かった。白瀬さんがそこまで言うなら
遠慮なく二実に説明するよ。
私と白瀬さんの関係をね」
「ああ、それじゃあ頼むよ」
「とにかくお2人とも
お客様用のソファーに腰掛けなさいな。
私はお茶を淹れてきますから」
「あ、それじゃあ頂こうかなあっ!」
「私は別に……」
「ダメダメ、そんな横暴な態度で断っちゃあ
先輩に失礼だってば」
先輩の好意は素直に受け取るってもんだ。
「二実ちゃんの言う通りよ。
別に毒なんか入れたりしないから、
大人しく持て成されなさいな!」
「ほら、さいひーだってこう言ってるし」
「……分かりました!
もう全部二実に任せるから、
好きにしなさいよ!」
半ばヤケクソ気味に夏はそう叫びから
ソファーにどっかりと座り込んじゃったよ。
「うふふ、それじゃあ先に話してなさいな。
私は既に知っているんですから」
「あなたなんかに言われなくても
勝手にそうしますから」
「くすくす、それではごゆっくり~」
さいひーは微笑みながらお茶を淹れに
部屋の左隅に隠れて存在する
簡易キッチンの方に行っちゃった。
「さあ二実、今から私が話す内容は嘘のように聞こえても
全部本当の事だから、ちゃんと聞いてね?」
うむ、
とにかく真剣に聞かないとな。
「ああ、もちろんちゃんと聞くよ」
「ふう……」
夏は心を落ち着かせるため、
一度深呼吸をしてた。
「二実、私が日向家の養子なのは
もう知ってるよね?」
「ああ、もちろん知ってるよ」
大事な親友のことだもん。
「それじゃあ……私の旧姓は知っている?」
「ええっと……そう言えば聞いたこと無いな」
「そうだよね、だって教えてないもの」
「って、そりゃあ知るわけないじゃーん。
夏のイジワルさんめえ!」
「あはは、ごめんね?
それでね、私の旧姓は……」
なんだろう、
どうしてそんなに夏は辛そうな顔をしてるんだろ。
というか、どうして今になって旧姓の話を……?
なんとなく聞くと嫌な予感がするけど、
とにかく聞かなきゃ話が進まないな。
「旧姓は?」
「……“白瀬”よ」
あたしはかなりビックリしてた。
だってまさかの
さいひーと同じ姓だもん。
「えっと……マジか?」
「言ったでしょう?
つまらない冗談は言わないわよ」
そっか、そういう事だったのかい。
「ええっと、つまり夏とさいひーは……
姉妹なのか!?」
「その通りよ」
「うはあ……」
いや、それでもなんとなく勘付いてたんだよ?
なんかさいひーと夏は、
どことなく雰囲気が似てるからね。
特にあたしが参ってる時に
さいひーから抱擁されたあの感覚は、
間違いなく夏と同じ温もりだし
柔らかさまで同じだった。
んまあ、
さいひーの手はやたらと冷たかったけども。
「でもさあ……それならなんで
2人は喧嘩なんかしてんだ?」
そうだよ、姉妹だからって
喧嘩をする意味は全くないからな。
むしろ姉妹同士で仲が悪いなんて……
同じ姉や妹持ちとしては相当悲しいぞ。
「それは……」
「それは私が説明してあげるわ」
紅茶セットを乗せた銀のお盆を
両手に持ったさいひーがこちらにやってくるなり
夏の言葉を遮って、
カップとソーサーを3人分テーブルに置いてから
淹れた紅茶をカップに注いでいく。
「はい、とても美味しい紅茶ですから
遠慮せずに飲んでね♪」
そんで、さいひーは真っ先にあたしの手前に
淹れた紅茶を持ってきてくれたのさ。
「ありがと、さいひー」
「ふふっ、いいわよ。
さあ日向さん、あなたもどうぞ?」
それから次に、
夏の手前にも紅茶を持っていってた。
でもやっぱり2人共、
どことなく威圧的な感じだったけども。
「遠慮なんてしませんから」
「うふふ、日向さんのお口に合えばいいのですけれど」
や、やばい。
早く次の話を聞かないとまた
圧力の出しあいが勃発してしまう!
それだけは防がねば!
「ええと、さいひーっ!
どうして夏とそんなに喧嘩する必要があるんです?」
「そうね……一言で言えば、
一番初めに日向さんが私を裏切ったからね~」
「えっ? ど、どういうことだい、夏?」
「そうだね……とてもややこしい話だけど、
確かにあの時私が白瀬さんを
見捨てた様なものだね」
「ええっ……?」
なんだよ一体……これじゃあ全然
意味が分からないじゃないか。
「ごめん二実、言い方が具体的じゃなかったね」
「ううん、
ちゃんと教えてくれるなら大丈夫だけど……」
「つまりね、
この人は私が日向家に引き取られた事を
勝手に恨んでいるだけ。
ようは只の逆恨みよ!」
「えっ!?」
それを聞いて紅茶を飲んでいた
さいひーの左眉毛がぴくりと引きつった。
あんなに笑顔を絶やさなかったのに。
「何が逆恨みよ……。
私がどれだけ
白瀬家で苦しんでいたかなんて……
あんたに分かるか!?」
そして、とうとうさいひーが切れた。
生徒会長の話をした時のように突然にね。
でもこの前とは少し違って……
絶望に満ちた目をしてた。
怒りと言うよりは、
空しい気持ちが強いって感じなのかな。
とにかくこの2人の事情は全然掴めないけど、
これ以上聞いているとこっちの精神の方がもたない。
「それは……知っているよ」
「だったらなんだよ!
あんたは1人で日向家に居座って
のらりくらりと暮らそうっての!?」
「……ごめん、姉さん」
「今更謝っても遅いよ!
もう私は……あんたとは仲良くなれないんだ!」
さいひーは勢い余ってカップを床に
投げつけて割ってしまった。
中に紅茶が入っていようとお構いなしにね。
おかげで床はびしょびしょだ。
というよりも、
もうこんなにいがみ合う2人を見てられない。
「もういいよ……これ以上姉妹で
いがみ合うのはよしてくれよ!」
あたしは思わずソファーから立ちあがって、
腹の底から叫んじゃった。
だってそうしないと、
あたしの心が潰れちゃいそうだもん。
「二実……?」
「二実ちゃん……」
「なんかさ、2人の間に埋まりそうも無い
どデカい溝があるのは
心が痛くなるぐらいによく分かったよ!」
さっきから話を聞いてる感じだと、
きっとさいひーの家庭事情は
劣悪な環境に違いない。
一方で夏の暮らす日向家は
とても温かい方達ばかりだから
尚更ギャップを感じるし。
「でもさ……2人とも血の繋がった姉妹なんだろ!?
そりゃあ、あたしみたいなクソ能天気な奴が
言っても仕方ないだろうけどさっ!
でも……目の前で2人が苦しんでる姿なんて
絶対に見たくないんだってばあ!!!」
やばい、感情に任せ過ぎて思いっきり涙が……。
いやだ、恥ずかしいじゃんかあたしのバカ。
でもそれ以上に胸が苦しくて辛いんだもんよ。
だから涙を流すのだって仕方のない事じゃんか!
「うぐ……えぐ……っ!」
そんな時、夏も立ちあがって
涙でクシャクシャになったあたしの顔を
何も気にする事無く自分の胸に埋めてくれた。
「ごめんね二実……
あなたをこんなくだらない姉妹喧嘩に
突き合わせた挙句、
とても辛い思いをさせてしまって」
ああ、また夏の制服を汚しちゃうじゃんかよ。
あたしのおバカさんめが。
「日向さ……いいえ、夏さん?」
「……どうかした?」
「私もね、これ以上は自分の怒りの衝動を
抑えられないみたい。
だからいっその事、お互い武道で決着を付けない?
私の合気道とあなたの空手でね」
「いいわ、むしろ好都合よ。
私の本気を白瀬さん……ううん、
姉さんに拳で教えてあげるから!」
なんだよ……あたしが夏の胸で泣いている時に
なんでそんな物騒な事を平然と決めてるんだよ、
お2人さんはさ!
「それでは今から10分後、
第1合同体育館地下にある道場に来なさい。
お互いに準備が必要でしょう?」
「分かってる」
因みに第1合同体育館は、
島百合団の館の入り口から見て右手側すぐ近くにある
体育館の事でさ。
その地下に武道用の少し柔らかいマットが敷かれた
道場があるのさ。
そこでは空手部や柔道部、それに剣道部なんかが
部活動をする場所でもあるわけ。
「それでは、精々覚悟なさいな」
「お互いにね?
さあ二実、とにかく私と一緒に部室に行こう?」
「……うん」
ごめんな夏、甘えてばかりでさ。
でも今は許してくれ、
あたしはそんなに強い子じゃないからさ。
それからあたしは夏に手を繋がれて
さいひーの専用部屋から出ていったんだ。
悲しそうに俯くさいひーの顔を
なるべく見ない様にね。
○




