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あたしは女の子にしかモテない!  作者: 美浜忠吉
第1章 秋月二実の日常
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34/52

第32話 ミラージュパラダイス ― 後編

 時刻は午後5時。


 あたし達家族は5人揃ってミラージュ邸の

パーティ会場にいるんだわ。


 会場にはたくさんの白くて丸いテーブルがあってね。

 そのテーブル上には

とてもおいしそうな料理がギッシリと並んでいた。


 ローストビーフやらステーキやらチキンやら……

おまけにスイーツとなんでもある!


 とにかく早く食べたいなあ!


 あと、各テーブルの周りには

テレビで見た事のある顔ぶれの有名人達が立っていた。


 まあ、あたしはあまり興味がないから

誰かまでは分からないんだけども。


「うわあ……うわあああ!」


 でも何故か三香だけが、

その人達を見て興奮してたのさ。


 少し怖いから放っておこう。


 というか、てっきりあたし達だけで

パーティするものだと思ってたから

少し驚いちゃったよ。


 いや、そう言えば母さんはこう言ってたな……

『ちゃんとオシャレな恰好で来なさい、

でないと後悔するわよ』ってさ。


 まあそんなワケで普段着ない橙色のスーツなんて

着てるんだけどさあ。

 でも、まさか有名人が来るなんて

流石に思ってもなかった。


 それと会場はとんでもなく広くて

豪勢としか言いようがない。

 結婚式会場か何かかと思っちゃうよ。


 これだけ有名人がいると言うのに

ミラージュ家主催によるパーティ自体は

まだ催されていないんだよね。


 だってミラージュ家の人々は誰もいないもん。


 いるのはクレアさん側近の真虎さんとたくさんの有名人、

その他は会場の端の方にいる20人のメイドさんと、

メイドさん達の反対側のカウンターにいる

カクテルなんかを作る2人のホストやホステスだけだ。


 んで、よく見たら姉さんがそのカウンターに行って

青色のカクテルを飲みながら

イケメンホストの兄ちゃんと駄弁ってるワケだが。


「まったく……姉さんたら気が早すぎるだろ」


 まあいいや、そっちも放っておこう。


 有名人の方達は各テーブルで

わいわい何かを話してたけど、

メイドさん達はみんな喋る事無く

ひたすら待機しているだけだったのさ。


 きっと何かあった時に素早く動くんだろうね。


 それにしても久しぶりに秋月家5人が勢揃い、

しかもギスギスなんてしてなく楽しく笑いあったり

語らいあえるし。


 そうだね、父さんと母さんなんか

今まで仲が悪かったのがまるで嘘のように

ベッタリとしているしな。


 そりゃもう、見てるこっちが恥ずかしいぐらい。


 まあ父さんも腹を決めたんだろうね。

 もう母さんを置いてけぼりにはしないぞって感じでさ。


「ん? どしたのふみちん、

そんな哀愁にひたってるよーな顔してー」


 あたしが1人思いふけってると、

三香がかなり楽しそうに微笑みながら

あたしの顔を見てた。


「ああ、今あたしは幸せなんだなあって思うと

なんとも言えない気分になっちゃってさ」


 三香が言うようにあたしの顔は全く笑ってない。

 父さん母さんが仲良くなってこんなに幸せなのにさ。


 そうだね、もしかしたらこの幸せが訪れた分

また別の不幸がやってくるんでないかと思っちゃうから

不安なのかもしれないな。


「……そっか、お姉ちゃんたら

やっぱり臆病者さんだねー」


 うぐ、なんか小6に見下されてるみたいで

腹立つなあ。


 しかもいきなりふみちん呼びをやめるとか、このさあ。


「そうだよ……どうせあたしは臆病者だよ」


 うん、間違いないね。


 だから今までだって不安を解消するためにも

夏やアイラちゃん、それにありすにクレアさんや

その他諸々の女の子の笑顔を見たいと

夢中になって頑張ってたんだしな。


 でもそれは言いかえれば、

あたし自身が不安な気持ちになりたくないから

頑張っているって事だ。


 そう考えると、なんてあたしは

ワガママで自己満な奴なんだろって思ってしまうよ。


 とにかく自己嫌悪。


「なんていうか、お姉ちゃんも難儀な性格だねー」

「うっさいな、小6のお前に何が分かるよ?」

「うん、知らないよー。

だってわたしはまだ子供だもーん」


 うぐ、そんな素直に答えられると

何もいえなくなっちゃうじゃんか……。


「だろうね……」

「でもさー、今は幸せなんだから

それでいいとわたしは思うのー!」


 今は幸せ……かあ。


「でも後に不幸なことが訪れたら……?」

「違うの!

そんなネガティブなこと考えてるから

余裕がなくなって不安になっちゃうのー!」

「あはは……確かにそうだな」


 でもあたしは正直不安を隠せない。


 やだなあ……普段はあんな

強気な発言ばかりしてるに

今更こんなナイーブな気分に陥るんだからさあ。


 全くもってつらたんだぜ。


「おっ?」


 なんかいきなり三香が

あたしに抱き付いてきた。


 今にも泣きそうな顔でさ。


「そんな顔しないでお姉ちゃん。

お姉ちゃんにそんな辛い顔されたら

わたしだって不安になる……」

「三香……」


 そっか、あたしったら何を迷ってるんだろうな。


 今、目の前にいる三香を笑顔にできないで

一体誰を笑顔にできるってんだ!


 とにかく今は三香の笑顔を見たい。


「……お姉ちゃん?」


 三香の頭を撫でてみると、

これが不思議と落ち着いてくる。


 それでも三香はまだ笑ってない。


 そりゃそうだ、

だってあたしがまだ笑ってないんだもん。


 考えるなあたし、

今は幸せな気分だけを

噛みしめてればいいんだっての!


「へっへ、悪かったな三香あ」


 もう自分の自己満なんて気にせず、

好き勝手に頑張ろう。


 それが皆の笑顔に繋がるんだしな。


「うん……いつものふみちんの笑える顔だー!」

「だから、ふみちんって言うな!」


 あと笑えるとか失礼すぎい!


「えへへ、でもそんなふみちんが大好きー!」


 なんだよ、怒鳴られてるのに喜ぶとか

三香のやつめワケが分からんぞ。


 まああれだな……

すげえ笑顔だからどうでもいいや!


『皆様、大変お待たせしました――』


 お、なんか会場のお立ち台に

見た事ある顔ぶれした有名人がなんか司会してる。


 誰だったっけなあ。


「ま、まままさかあの人は!」

「ん? 三香はあれが誰か知ってんの?」


 あたし達が喋ってる間にも、

その人はどんどんと司会進行してゆく。


 ごめんね司会者さん、

あたしら2人は全然聞いてないかも。


「バ、バカだねふみちん!」

「バカは余計だよ!」


 この通り三香がうるさいからさ、許して。


「そんなこと今はどうでもいいの!

はやくサインもらわなきゃ……」


 な、なんだよ三香のやつ……

なんでそんなに興奮してるわけなの?


「まあとりあえず落ち着けよ、

ああやって司会してるんだから

サインなんて今は貰いたくても貰えないだろ」

「うっ……それもそうだったね……」

「ていうか、あれ誰だったっけ?」


 やたらイケメンで身長高いし、

なんか料理とか作ってそう……

あ、そう言えばいつも朝にテレビで作ってんな。


「おま……ふみちんたらマジで知らないの!?」


 こいつ今、姉をお前呼ばわり……

いや、もう気にしない。


 だってキリがないもん!


「ああ、うん。なんかゴメンけど」

「はあ……ふみちんって本当に女の子かどうか

たまにあやしいよね……」

「う、うっさいわい!」


 ただイケメンな奴に興味がないだけだよ!


 あたしの好みは可愛い顔したショタッ子なんだってば。

 なんか文句あるかい!


「まあふみちんだから仕方ないね」

「うぐぐ……」

「あの人はね、“花見このみち”って俳優さんなの!

ほら、いつも朝に料理を作って

オリーブオイルかけてるあのイケメンさんだよ!

でも最近はそうでもないかな」

「ああ、そういう事かあ。

そう言えば、LZHのお料理コーナーで美味そうなの作ってたわ」


 LZHってのは朝にやってるニュース番組のことっす。

 このみちって名前を聞いてやっと思い出せたわ。


 ああスッキリした。


「はあ……ふみちんたらホント世間にうといなあ」

「常識知らずのお前に言われたかないわっ!」

『――それでは、ミラージュ家の方々の御入場です!』


 そんでいつの間にか、このみちさんの司会も

クライマックスまで行ってたらしい。


 なんかよく見たら、

お立ち台の右隅に特別な両扉がそこにあってさ。

 その扉を2人のメイドさんが息を合わせて開けると

そこからクレアさんと、クレアさんの両親の

計3人が入場してくる。


「おおお……」


 ちょっぴり忘れてたけど、

そう言えばクレアさんの母さんは

全世界で有名なテニスプレイヤーだったんだ!


 すごい、こりゃあ流石にあたしゃ興奮を隠せんぞっ!

 ま、まあ三香を前にしてるから落ち着くけども……。


 それにしてもクレアさんの恰好も素晴らしいなあ。


 全身を纏うシルク生地のドレスはもちろんのこと、

胸元にはなんか、どデカいダイヤが散りばめられた

プラチナのネックレスをしているし。

 あとはやっぱりお嬢様って事もあって

貴賓がありすぎるね。


 あたしには縁のない人って感じだったけども、

実際に会って話してみれば、

そうでもなかったんだよなあ。


『それではリチャードさん、マイクをどうぞ』

『ありがとう、このみち』


 うむ、スピーカーから聞こえる感じだと

このみちさんはリチャードさんの知り合いっぽいなあ。


 そんでクレアさんの父――リチャードさんが

このみちさんからフレンドリーな感じで

マイクを受け取って

お立ち台の真ん中に立ったのさ。


『会場の皆様、本日はお忙しい中

秋月家を祝うパーティに参加して頂き

誠にありがとうございます』


 おおう、イギリス人の筈なのに

なんて流暢な日本語を話すんだろう。


 あたしゃどビックリだよ!


 そんですっかり忘れてたけど、

そう言えばこれはあたし達家族のための

パーティだったのかあ。


 あまりにも贅沢すぎる!


『それでは秋月家の皆様、

どうぞ前へ来てください』


 んあ!?


 な、なんか父さんと母さんは

特に気にする事無くお立ち台に向かってるけど、

あたしゃ照れくさくて無理だよ!


 それにほら、三香も……?


「わたしが……たくさんの有名人の中心に!」


 なんだこいつ、いつも引っ込み思案なのに

今日はやたら元気だし輝いてるじゃねえか!


「さあ二実、私達も行くわよ!」

「えっ、ちょ、ちょっと待って……」

「ほら、モタモタしてると

会場の皆さんに失礼でしょう!」


 そんでいつの間にか姉さんもカウンターからこっちに来て、

キラキラと目を輝かせながらあたしの腕を引っ張ってくるし!


「うわああああ、

あたしは目立ちたくなんかないってばあ!」

「はいはい、とにかく行きましょうねぇ」


 まあそう叫んだところで姉さんは

聞く耳持ってくれないんだけどな。


○


 そんなわけであたし達家族5人は

お立ち台の真ん中の少し右側に立っているわけ。


 まあ、あたし達家族の左側には

ミラージュ家の3人がいるわけだけれども。


 それからリチャードさんは誰に言われずとも

お立ち台の中心に移動してた。


『それでは秋月紅葉(こうよう)様、

中央に移動お願いします!』


 このみちさんの司会の声に、

父さんは仕方なさそうにリチャードさんの

目前に移動してたのさ。


 そんで朗らかな笑顔を作る

リチャードさんの余裕っぷり。


 すげえなあ。


 父さんも負けじと笑うが、

どこかぎこちない。


 情けないなあ。


 とにかくこれで、二人の父親が

中心に立っている事になるわけだ。


 そんで、このみちさんが

2人の説明を始めてる裏で、

当の2人は話を勝手に進めてたのさ。


 あたし達家族までにしか聞こえないようにね。


「初めまして紅葉さん、

私がグレートメディスン社長の

リチャード・ミラージュです。

この度は我が社への就任、誠にありがとうございます」

「いえ、こちらこそあなたの秘書さんに無茶をさせて

申し訳ありませんな」


 秘書って誰の事だろ?


「構いませんよ、今回の仕事は

真虎にとってはまだまだ序の口ですし」


 ああ、真虎さんのことかあ。

 つうか真虎さんは社長の秘書もやってんのか!


 はええ……クレアさんの側近ってだけじゃあ

無かったのかあ。


「ううむ、流石はグレートメディスンですな。

かなり優秀な人材を備えてらっしゃるようで」

「あははは、そうでないと

世界を股になんて掛けられませんからね」

「まあそうでしょうな。

ただし、家族を危ない目に合わせるのだけは

勘弁してもらいたいところですが」


 なになに、さっきから父さんは

何を物騒な事言ってるんだろう。


 なんか不安になっちゃうんだけども。


「ええ、そこは問題ありませんとも。

あなた専用の研究所と共に

真虎のように優秀な研究員もよこしますよ。

もちろん、“あちら”の妨害に対処できるような

素晴らしい研究員をね?」

「あと、ワシは悪事などには手を貸さないからな」

「勿論ですとも、紅葉さんには

万人を治せる薬品を開発してもらうだけで

充分なんですから」

「それなら構わんのです。

それでは、これからもよろしくお願いしますぞ」


 そんで二人は笑顔で握手を交わしてたよ。

 なんだか物々しい雰囲気だけども。


『それでは秋月紅葉様の入社を祝いまして、

御来場の皆様拍手をお願いしまーす!』


 このみちさんのナレーションに、

会場の皆が父さんを祝うように拍手を鳴らす。


 ううむ、その拍手が有名人から

鳴っていると考えると、

これはすごい事なんだろうね。


『それでは引き続き、祝杯の挨拶に移ります』


 そう聞いて、会場の拍手は更に大きく鳴っていた。


 みんな早く飲みたくて仕方ないんだね。

 まあ1人あたしの隣にフライングしてる人が

おりますけども。


 そんでお立ち台の上には、

いつの間にかカウンターにいたホストさんが

カクテルやジュース、それにビールなんかを乗せた

銀色のお盆を両手に持って

やって来てたのさ。


 それで父さんから順々に配られてくんだけど、

父さんはビール、

母さんはカシスオレンジ、

姉さんは桃色の液体にチェリーを乗せたカクテルを

それぞれ取ってた。


 それからあたしはピンクグレープフルーツを

炭酸で割ったノンアルコールカクテルを

手に取っちゃったよ。


 最後に三香は、ヨーグルトベースの

フルーツが沢山盛られた

ノンアルコールカクテルを取っていたわけだが。

 それはもはや飲み物と違う気がするがな。


 あと、このみちさんもグラスを取ってたね。

 何を取ったのかはしらないけど。


『皆様お飲物は持ちましたね、

それでは――乾パーイ!』


 このみちさんがグラスを掲げてそう言うと、

会場内のみんなもグラスを掲げ、

『乾パーイ!』って叫び声を上げていたのさ。


 それから全員一気飲みして、再び拍手の渦だ。


『それでは引き続き、ご歓談ください!』


 それからこのみちさんは

お立ち台にある扉から出ていっちゃった。


 本当にお疲れ様です。


 それにしてもすごい盛り上がりようだなあ。

 こんな事予想もしてなかったもんだから

マジで驚きだよ。


 で、クレアさんがウキウキしながら

あたしの隣に近付いてくる。


「お待たせ、二実」

「クレアさん、おいーっす」


 あたしが適当な感じで右手を上げながら

返事をすると、

何故かクレアさんは楽しそうに微笑んでた。


「うふふ、こんな時でも二実は相変わらずなのね?」

「あはは、まあこうしてないと落ち着きませんしい」


 まあ少なくとも不安な気持ちは

抑えられるんだもん。


 そりゃあやめられないってば。


「三香さんも来てくれて、わたくし大変嬉しいわ!」

「えへへ……」

「それにドレスもとても可愛くて、大変お似合いよ」

「照れるーっ……」


 ううむ、三香のやつはホントに照れくさそうに

顔を紅く染めてんなあ。


 それにモジモジしちゃって可愛いやつめ。


「あはは、そういうクレアさんだって

とっても綺麗な恰好してるじゃないですかあ」

「あら、そんなの当り前よ。

わたくしに似合わない姿なんてないわ」


 そう言えばスッカリと口調が変わったなあ。

 しかも流暢だから、きっとこっちの口調の方が

話しやすいんだろうね。


「それに今のクレアさん、

話し方もとても自然でいいと思いますよ」

「あら……そうなのかしら?」

「ええ、かなり話しやすそうでいいと思うっす」

「ふふ、これも二実やもみじ様のおかげね?」


 わお、母さんのことを様付してるのか……。

 なんという上下関係!


 いや、そんなことよりも聞いてるあたしの首が

こそばゆいよ!


「ええとクレアさん、

あたしの母さんをもみじ様って言うのは

ちょっとあたし的にはオススメできんのですけど……」

「あら、わたくし尊敬できる方は

とことん敬う事にしてるの。

ですから呼び方を変えるなんてできないわ」

「いえ、その……あの……」


 ああ、あたしったら何も反論できないわ。


「ねえ2人ともー、

早くおいしいお料理食べよーよー!」

「そうね、そうしましょう!

さあ三香さん、わたくしの手を繋いで?

あちらの席までご案内しますわ」


 クレアさんは嬉しそうに微笑みながら

三香の前に手を差し伸べてたよ。


「わーい、お願いしまーす!」


 まあ三香も嬉しそうにしながら

手を握っているわけだが。


「というかクレアさん」

「どうかして?」

「三香はさん付けなのに、

なんであたしはさん付けじゃないんです?」


 いや、その意味はなんとなく知ってるけど

敢えて確認しないと後で眠れないからね。


「そんなの決まってるわ。

二実はわたくしの部下、

三香さんはわたくしのお友達だもの!」


 まあそんな返事が返ってくるって分かってたけど、

あまりにもひどすぎる!


「わーい、クレアちゃん大好きー!」

「うふふ、わたくしも大好きよ」


 そんなもんだから三香もクレアさんに

遠慮なく抱き付いてやがるし。


 なんだよ、三香に対しては

えらく甘いじゃないかこの人!


 い、いったいどういうことなの!


「あ……あたしの立場って一体……」

「でも二実、以前は下僕だったんだから

格が上がってるとは思わないかしら?」


 あ、そういえば前はあたし

下僕って呼ばれてたんだっけ……。


「いや、まあそれに比べたら幾分マシですが……」

「だったら問題ないわね」


 いえね、あたしとしては

いつクレアさんのお友達になれるのかなあとか……

いや、やっぱいいや。


 なんか今更恥ずかしくて口にできないっての。


「さあ二実、モタモタしてると置いていくわよ?」


 ああん、あたしが1人で悩んでたら

いつの間にか2人ともお立ち台から遠いところにある

テーブルに向かってるし!


「分かりましたよクレアさん、

だから待ってくださいってばあ!」


 とにかく急いで後ろを着いて行こう!


 それにクレアさんとの距離も

だいぶ近付いている事には変わりないもんね。


○


 時刻はもう午後の9時を回り、

あたし達家族は真虎さんの運転するベンツに乗って

自分の家へと帰ってるところだったわけ。


 あたし以外の4人はみんな、

幸せそうな顔してグッスリ眠ってた。


 三香はあたしの肩に頭を寄せて寝てたし、

姉さんは座席にもたれ掛ってグッスリだ。

 父さんと母さんなんかは、お互いに寄り添って

寝ているわけだし。


 まったく、みんなは幸せそうでいいなあ。


 いや、まあパーティは本当に楽しかったから

全然問題ないんだけどね!


 たくさんの著名人や有名人達から色々と声も掛けられたし、

みんながみんな父さんの事を心から祝っている感じだったし。


 それに三香なんか花見このみちさんから

サインを本当に強請っちゃってさ。

 まあこのみちさんが物凄い爽やかな笑顔で

サイン書いてくれてたから問題ないだろうね。


 で、そのサイン色紙を大事そうに抱えて

グッスリと眠っているわけだしな。


 というか姉さんの酒の飲みっぷりはヤバかったなあ。

 珍しいカクテルがたくさんあるからって

全種類飲む事ないじゃんよ。


 しかも飲み過ぎたせいで会場では

誰彼構わずに話し掛けては

半ば絡み気味にオシャベリしまくってたし。


 つうか姉さんたら有名人相手にも

やたらフレンドリーなんだよね。


 あたしなんて有名な人に何を話せばいいか

全然分からなかったもんだから、

クレアさんと、クレアさんの母親のマリアさんとしか

長く話せなかったし。


 因みに話はテニスに関する事ばかりだったけども。


 本当はリチャードさんや真虎さんとも

長めに話したかったんだけど、

二人とも他の有名人に忙しなく声を掛けられて

対応してたから、

ほんの少ししか話せなかったよ。


 それに父さんは医学界で有名な人達と

ずーっと話しこんでいたし、

母さんだって楽しそうに女優さんとお話ししてたなあ。 


 うむ、よく考えたらあたしとクレアさんだけが

唯一有名人と積極的に話をしなかったわけだな。


 どうもクレアさんは有名人が苦手らしい。

 理由は何を話せばいいのか分からないから。


 つまり、あたしと同じってことだね。


「眠れませんか?」


 そんであたしがパーティの事を思い返してると、

真虎さんが笑顔であたしを心配してくれる。


「あ、はい。思ったよりも疲れてないんで」

「そうですか?

二実さんは思ったよりも

はしゃいでいなかった様子ですが」


 あ、なんか真虎さんにはバレてら。

 じゃあ、せっかくだから真虎さんには

全部話してみようかな。


「あはは、なんとも言えないんですけど

ああいう有名な立場にある人と話すのが

なんか苦手でさ」

「その気持ち、私にも理解できますよ?」

「本当かい?」

「ええ、それはきっと二実さんが

慎重な性格をしているからなんです」


 ん、あたしってばそんなに慎重だったっけなあ。


「うーん……よく分かんねっす」

「そうですよね、

私も自覚が無い頃は二実さんのように

その意味を理解できませんでしたよ」

「ふーん」

「あなたのその軽く見えて実は硬派な性格、

とても諜報活動に向いているわ」

「え、諜報活動……ってなんです?」


 あたし、難しい単語はよく分からないんだよなあ。


「簡単に言えばスパイよ」

「えっ!?」


 いやいやスパイって……えっ?


「ふふ、信じられない?」

「ええまあ……だってあたし、

そもそも口がとても悪いですし……」


 それに学園ではいらん事ばかり喋っては

怒られてるしなあ。


「そんなものは後でどうにでもなってしまうわ。

むしろ大切なのは相手の心理状況を

察する力で……」

「真虎さん、あまり二実に戯言の様な

話をしないでくださいな」

「えっ?」


 なんだろう、あんだけ酔っ払って寝てた姉さんが

いつの間にか目を覚ましてたぞ。


 つうか、真虎さんの背中を見る視線が

かなり冷たかったし。


「これは失礼しました」


 それっきり、

真虎さんは話をしてくれなくなったし。


「……あの、姉さん?」

「二実、今真虎さんの言ったことは

全て忘れなさい」

「いや、でもさあ……」

「いいから忘れなさい」

「ひぇ……」


 なんか姉さんの目が尋常じゃなく怖い。


 でもその眼はあたしに向けてるわけじゃなく

真虎さんに向けてるわけでもない。


 そんで姉さんは真虎さんの背中に

再び凍える目線を送ってたし。


「真虎さん、もう二度と二実の前で

そんな話はやめてちょうだい」

「分かりました、

ですがそれを選ぶのは本人の自由……」

「また暴れましょうか?」


 また暴れる……?

 いったい姉さんは何を言ってるのさ!


「今はやめておいた方がいいのでは?」

「……知ってる」


 それだけ言うと、姉さんは何も言わなくなって

そのまま座席にもたれかかって眠ってしまった。


 も、もしかして酔っぱらい特有の絡みかな!?


 いや、そうだ!

 マジでそうに違いない!


「はあ、まったく姉さんたら飲みすぎるから

こんな意味不明な事を……」

「うふふ、本当ですよね」

「真虎さんすんませんね、

なんか姉が失礼なことしてしまったもんで」

「いいえ、お互い様ですから」

「えっ……?」

「なんでもありませんわ。

さあ、お家に辿り着きましたよ?」

「あっ、うん……」


 なんか最後に真虎さんが言った言葉は

とても意味深だった。


 一体何がお互い様なんだろう。


 ダメだ、とても考えが至らないや。


「さあ皆さん、起きてくださいな」


 真虎さんのやや大きな声を聞いて、

あたしを除いた家族4人は

大きな欠伸をしながら目を覚ましてたよ。


「うーん……眠いよー……」

「よしよし、ワシがおんぶしてやるからな」

「パパ……ありがとー……」


 そんで父さんは三香を優しく背中におぶるように

ベンツから出てきたのさ。


 母さんはと言うと、

運転席の扉前に立つ真虎さんの目の前に移動して

丁寧に頭を下げていた。


「真虎さん、

本日は行きから帰りまで本当にお世話になりました」

「いいえ、私は構いませんわ。

それに皆さんにも楽しんで頂けたようですし」

「そうね、普段飲めないカクテルも飲めたし

楽しかったわ」


 そんで姉さんも母さんの隣に移動してた。


 ほっ、どうやらいつもの

酒飲み大好きな姉さんのようだな。


「それに“アーティチョークの花弁”なんか乗せた

レッドカクテルなんて最高に美味しかったわ」

「……うふふ、それは良かったですね。

そんなあなたには、私から“デイジーの花”を

お送りしますわ」

「残念ながら、私には必要ないわ」

「そうでしたか、うふふふふ……」

「うふふふふっ!」


 な、なんだろうこの二人。


 かなり楽しそうに笑ってるのに、

2人の周りの空気だけが

重々しくて仕方がないのだけど。


「じゃあお父さんにお母さん、

私は先に家に入ってますから」

「ああ、今日は本当にお疲れさまな?」

「ゆっくり休みなさいね?」

「2人とも、ありがとうね」


 んで、姉さんはフラフラしながらも

ゆっくりと家の中に入ってゆく。


 ううむ、あの感じだと相当飲んでるんだろうな。


「それでは真虎さん、

どうかお気を付けて帰ってくださいね」

「今日は本当に助かりましたぞ」

「いいえ、どうかお気になさらないでください」


 ううむ、結局真虎さんと姉さんの間に

何があったのか分かんないけど

まあいいや。


 きっと触れるとまずい事に違いないからね。


「それじゃあ真虎さん、

また今度あたしに楽しい話でも聞かせてくだせえ」

「ええ、勿論よ。

なんでも聞かせてあげますわ!」

「さよー……ならー……」

「ええ、三香さんもお休みなさい」

「あーい……」


 なんだかんだで真虎さんは

姉さんを除くあたし達全員に

丁寧な挨拶を返してくれたから

悪い人ではないん……だよねえ?


 でも、姉さんとだけはなんか本当に

相性悪そうな感じしたけども。


 まあいいや、今日は地味にあたしも疲れた。


 とっとと家に入ってもう寝るの決定だわ!


○

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