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「ちょ……ちょっと待ってよ! はぁ、はぁ、はぁ……」
あたしは蘭ちゃんの手を強く引っ張り返し、その場に立ち止まると、乱れた荒い呼吸を吐き出した。
思いっきり息が切れ、苦しいことこの上ない。
こんなに走ったのは、ほんとに久しぶりだ。
それにしても、ここまで体力が衰えていたなんて。
まだまだ若いつもりだったのに、ちょっとショックだわ。
「お姉ちゃん、体力ないです。それじゃあ、お姉ちゃんじゃなくて、おばさんです! とっても情けないです!」
容赦なく追い討ちをかけてくる蘭ちゃん。
くっそ~、この子、自分が若いからって……!
などと子供に対して怒りをあらわにするなんてことは、大人の女性であるあたしはしないのだ。
どうにかこうにか、口には出さずに留める。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
……ま、声を出せる状態じゃなかったから、というのもあるのだけど。
しばらく蘭ちゃんの呆れたような視線を、瑞々しさが失われつつある肌に受けながら、あたしはなんとか呼吸を整える。
「だらしないですねぇ、近頃の大人は。そんな人に、しつけがなってないと思われていたなんて、ボクは恥ずかしいです!」
ここぞとばかりに攻撃してくる蘭ちゃんに、あたしは反撃するすべを持たなかった。
……あれ?
なんとなく違和感を覚えたあたし。
息を整えながら、なにが気になったのか、考えを巡らせる。
「こんなとこで立ち止まってたら、すぐに暗くなっちゃいますよ。せめて、歩きましょう!」
蘭ちゃんはあたしの手を引いて、ゆっくりだけど歩き始めていた。
あっ……。
しつけがなってない、ってこと……。
あたしは背筋に寒気が走るのを感じた。
最初に蘭ちゃんに会ったとき、彼女の様子を見て、しつけがなってないという感想を持ったのは確たる事実だ。
だけど、あたしはそれを声に出して言ってはいなかったはず……。
それなのに蘭ちゃんは、そのことを知っているような口ぶりだった。
いったいこの子、何者なの!?
急激に蘭ちゃんを怪しむ怪訝な思いが湧き起こる。
最近のおかしな出来事や怪しい人たちのせいもあったのかもしれない。
冷静に考えるのよ、あたし。そう自分に言い聞かせる。
あたしって単純だから、考えていたことがそのまま顔にまで出ていたということも、あるんじゃないかしら?
……でも、「しつけがなってない」と思っているような顔って、どんな感じなの?
だいたいそんな顔を見たとして、十歳くらいの子がそれに気づくこと自体、おかしいんじゃない?
考えれば考えるほど、蘭ちゃんを怪しい目線で見てしまう。
そんなあたしに、蘭ちゃんはニコッと一点の曇りもない笑顔を向けてくれた。
「着きました。ここです!」
その声に反応して顔を上げると、そこはあたしが住んでいるマンションの前だった。
「あれ? 蘭ちゃんって、ここに住んでるの?」
あたしの問いかけに、
「はいです!」
蘭ちゃんは満面の笑みで答える。
「そっかぁ。あたしもこのマンションに住んでるんだよ!」
「わぁ~、そうなんですか~! それなら、また会えますね!」
無邪気なはしゃぎ声に、あたしの心も安らぐ。
さっきまで疑っていた自分が恥ずかしくなるくらいに。
「うふふ、そうね」
あたしも蘭ちゃんに、優しく笑顔を返す。
「それじゃあ、バイバイ、お姉ちゃん!」
蘭ちゃんは大きく手を振ると、マンションのロビーへと駆け込んでいった。
あたしもこのマンションの住人なのだから、ロビーまでくらいなら一緒に入ってもよかったのに。
それだけ家が恋しかったってことよね。やっぱりまだまだ、可愛い子供だ。
あたしはほのぼのとした思いに包まれていた。
☆☆☆☆☆
部屋に戻ると、林檎が出迎えてくれた。
「ひまわり、お帰り!」
「うん、ただいま!」
お帰りと言ってくれる人が家にいるって、こんなにも心が穏やかになるものなんだ。
それを実感した。
「お帰り~! ひまわりちゃんがいてくれないから、寂しかったよ~!」
白亜さんもドタドタと玄関まで走ってくる。
たとえこの人でも、お帰りって言ってもらえると、ちょっと嬉しいかも。
「がっはっは! 遅いから心配してたんだよ~!」
海斗くんも続いて玄関まで出てきてくれた。
そっか、みんな心配してくれてたんだ……。
目頭が熱くなってくる。
そして鼻に感じられるニオイ……。
あれ、これって……。
よく見れば、白亜さんも海斗くんも、林檎の手にさえも、缶ビールが握られていた。
「女の子がいないと、飲んでても楽しくなかったんだよ~!」
「ちょっと! 私がいたでしょ!?」
「がっはっは! 林檎は女の子っていう感じじゃないからな~!」
「失礼ね!」
ゲシッ!
女の子らしくなく、思いっきり蹴りを入れる林檎。
結局、今日も酒盛りになってるんだ……。
「さ、ひまわりも飲みなさい!」
林檎がビールを手渡してくる。
「がっはっは、駆けつけ三杯だ! ビールじゃなくて、ミルクセーキでもいいぞ?」
「いえ、それは遠慮しておきます」
あたしは缶ビールに口をつけて、一気に飲み干す。
「おお~、いい飲みっぷりだね~。惚れ惚れしちゃうよ!」
「ほんとに惚れたりしたら、殺します☆」
笑顔でそう返したあたしを見て、白亜さんはなぜか真っ青になっていた。
それにしても、こんな生活をしていて、本当にいいのだろうか……?
入院しているさくらちゃんや、今どこでなにをしているのかわからない大樹くんのことを考えて、あたしはある種、罪悪感のような気持ちにさいなまれてしまう。
ともあれ、それもほんの一瞬だった。
駆けつけ三杯ということで、三本の缶ビールを一気に飲み干したあたしは、すぐに酔っ払ってしまい、そんな細かいことには気にしなくなってしまう。
全然細かいことじゃないでしょ!
しらふのあたしだったら、絶対にツッコミを入れるところだけど。
それに、二日連続の酒盛りで真夜中まで大声を上げてはしゃいでいるにもかかわらず、マンションの他の住人から苦情が来たりしないという不自然さにも、まったく気が回らなかった。




