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ピンポーン。
チャイムの音が部屋中に鳴り響く。
その音は、あたしの頭にも痛いほどに響き渡った。
そう、つまりは二日酔い。
昨日も結局、朝方まで飲み明かしてしまったのだ。
「は~い、今出ま~す」
自分の声でさらに頭をズキズキ痛ませながら、あたしは玄関へと向かった。
他の人が出てくれてもいいのに、と思わなくもないけど、そうもいかない。
林檎たちと一緒に住んでいるとはいえ、念のため表札にはあたしの名前しか書いていないのだから。
もっとも、林檎も海斗くんも白亜さんもまだ豪快にいびきをかきながら完全に寝入っているため、どちらにしても、応対に出られるような状態ではなかったのだけど。
あたしはカギを回し、ドアを押し開ける。
目の前にはグレーのスーツでびしっと決めた、四十代くらいだろうか、ひとりのダンディーな紳士が立っていた。
「え……っと、あの、どちら様でしょうか?」
記憶を巡らせてもまったく引き出せないくらいだから、おそらく初対面の人なのだろう。
もちろん、あたしが忘れてるだけという可能性もないわけじゃないけど。
でも、その可能性を消し去るように、紳士はあたしに恭しく頭を下げると、自己紹介を始めた。
「お初にお目にかかります。私は三畳古代と申します。私の部下、飛永白亜がこちらにお邪魔しているかと思うのですが……」
「あっ、白亜さんの上司のかたでしたか! 初めまして、あたしは澄空ひまわりです」
三畳さんの丁寧な言葉遣いに、あたしもとっさに自己紹介を返してしまう。
「あの、す、すみません、白亜さんを呼んできますので、少々、お待ち下さいっ!」
「はい、慌てなくて結構ですよ」
焦って上ずった声になっていたあたしに、そう言って微かな笑みを向けてくれる三畳さん。
玄関から居間へと戻ったところで、あたしはパジャマ姿のままだったことに気づいて真っ赤になるのだった。
☆☆☆☆☆
「コーヒーをどうぞ。お砂糖やミルクはお使いになりますか?」
「ああ、どうもありがとう。ブラックでいただかせてもらうので、お気遣いなく」
あたしはカップを用意しながら、微妙に緊張していた。
考えてみたら、べつに緊張する理由なんてないんだけど。
それでも、これまでの二十五年の人生の中で、あたしの周りにはこんなダンディーなおじ様なんていなかったものだから、ついつい意識してしまう。
あたしってば、年上の落ち着いたおじ様に弱いタイプだったのかしら。
だけど大樹くんは年下だし、あまり頼りにならない感じだわ……。
そんなことを考えている自分にまた顔を赤らめ、あたしはそそくさとキッチンへ戻る。
キッチンと居間はつながっているため、ここからでも様子をうかがうことができた。
「白亜くん、仕事は順調かね?」
「は、はい! すべて順調に進んでおります!」
あ……白亜さんが緊張してる。
普段見ることのできない白亜さんの様子に、思わず頬が緩んだ。
「それにしても、突然どうしたんですか?」
「ああ、そのことなんだけどね……」
三畳さんは話し始めようとして、ちらりと視線をこちらに向けた。
そこにはあたしだけでなく、林檎と海斗くんも身を潜めるように隠れ、白亜さんと三畳さんの会話に聞き耳を立てていた。
その様子を見た三畳さんは、苦笑いを浮かべる。
「あ~、ごめん。君たちはちょっと席を外していてくれるかな? さすがに気が散っちゃうからね」
白亜さんが立ち上がり、呆れ顔であたしたちにそう懇願する。
とはいえその声は、いつもの軽く明るい白亜さんの声だった。
「いやいや、べつにいいんですよ」
三畳さんはそう言ってくれたけど。
こんなに聴衆がいたら、話すほうも気になってしまうのは確かだろう。
「そうね、それじゃあ、私たちはちょっと出かけることにしましょうか」
「うん、そうだね」
「がっはっは、んじゃとりあえず、デートにでも行くか!」
あたしたちは三人とも、そう言って頷く。
「そうですか? すみませんね」
三畳さんが落ち着いた声を添えながら、頭を下げてくれた。
あたしたちも軽く会釈を残して居間を去る。
すぐさま寝室に戻り、素早く着替えを終えると、あたしは簡単に化粧だけしてから玄関を出た。
☆☆☆☆☆
「林檎と海斗くんは、デートなのよね?」
「もちろんよ!」
しっかり海斗くんと腕を組んで、嬉しそうに答える林檎。
ほんと、仲がいいんだから。
「がっはっは! 一緒に来るかい?」
「いえいえ、遠慮させていただきます。デートのお邪魔はできないわ!」
あたしは笑顔でふたりと別れた。
マンションのロビーを出てから、さてこれからどうしようかと考える。
せめてロビーの中で考えればいいのに、と言われそうだけど、もともと目的なんてないのだから、歩きながら考えればいいやと思ったのだ。
青空がまぶしいけど、微かに吹き過ぎてゆく風は、肌を刺すように冷たい。
と、不意に右の二の腕辺りに温もりを感じた。
「お姉ちゃん!」
あたしの右腕に、蘭ちゃんが抱きついていたのだ。
腕に伝わる温もりと同様、温かさ溢れる笑顔を惜しみなく振りまきながら、蘭ちゃんはあたしに喋りかけてくる。
「おはようございます! 今日も寒いです!」
「うん、寒いね。でも、蘭ちゃんは温かいわ!」
「なんか、恋人同士みたいです! お姉ちゃんって恥ずかしい人種です?」
「あははは、蘭ちゃんは相変わらず、お茶目ねぇ~!」
つい引きつった笑みになってしまったことに、蘭ちゃんは気づいているのかいないのか。
「お茶目……ってなに? あっ、お茶に入ってる目ですね! 目玉のお○じさんですね!」
「いや、違うから……」
苦笑を浮かべるあたし。
蘭ちゃんはピッタリとくっついて、離れる気配がない。
見上げる瞳は、キラキラと輝いているようにも思えた。
この目は……やっぱり、期待してる……?
うん、そうね。
「……蘭ちゃん、一緒にお散歩でも行こうか?」
「はいです!」
半ば諦め気味にかけた誘いの言葉を聞くやいなや、蘭ちゃんは待ってましたとばかりに元気いっぱいの声で頷いた。




