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「結局なにも、落ちてこなかったね~。残念です!」
ひとしきり商店街を巡り、少し薄暗くなってきた頃、蘭ちゃんは立ち止まってそう言った。
さっき、雪だるまが落ちてきたのを、あたしはこの目ではっきりと目撃した。
次はなにが落ちてくるかな~、なんて言っていたのだから、蘭ちゃんだって見たはずだ。
それなのに、気がつくと雪だるまが落ちてきた痕跡はなくなっていた。
だからこそ、いきなり倒れたあたしと蘭ちゃんを心配する声や視線は向けられたものの、とくに騒ぎにはならなかったのだろう。
あれはいったい、どういうことだったのか。
あたしはずっと考えていたけど、答えを導き出せずにいた。
突然、目の前にひとりの女性が立ち塞がる。
分厚く裾も長いコートを身にまとい、帽子をかぶってマスクをした怪しい女性……。
それは、ジュラさんだった。
「あら、こんなところで。奇遇ですわね」
ジュラさんは白々しく、そう話しかけてきた。
蘭ちゃんはあたしの後ろに隠れ、顔だけ半分くらい出して様子を見ている。
ジュラさんのことが怖いのだろう。
こんな、見るからに怪しい人が目の前に現れたのだ、それも当然の反応だよね。
あたしは怯える蘭ちゃんに声をかけて落ち着かせようとする。
「大丈夫、怪しい人だけど……怖くなんてないよ……たぶん……」
「たぶんってなんですか? 本当に怖くなんてありませんよ。もちろん、怪しくもありませんし」
ジュラさんは不満そうな声で文句をぶつけてきた。
いやいやいや、どう考えても怪しいですから。
そんな思いを、あたしはどうにか心の中だけに留めた。
はっ。
あたしは考える。
もしかしたら、さっきの雪だるまは、この人の仕業だったのではないだろうか?
そうだとしても、どうして潰れた雪だるまが消えたのかという疑問は残るけど……。
あたしはとりあえず、探りを入れてみることにした。
「ジュラさん、どうしてこんなところにいるんですか? あたしを待ち伏せてたんですか?」
「え? いえいえ、今日は単なる通りがかりですわ。お買い物に来たら偶然ひまわりさんの姿を見つけたので、声をかけましたの」
平然とそう答えるジュラさん。
焦りを浮かべたり、どもったり、といったような怪しい部分は、とくに見受けられなかった。
でもそうすると、この人、普段からこんな怪しい格好をしてるってこと?
……頭は大丈夫かしら。
ついつい失礼な感想を持ってしまう。
あたしから向けられる不審さを多分に含んだ目線なんて、まったく気にしていないのか、それとも本当に気づいていないのか、
「せっかくですから、お伺いしておきます。わたくしたちのところへ来る気に、なりましたか?」
ジュラさんは、なおも平然とそんな質問をしてきた。
あたしは即座に怒鳴り返していた。
「なるわけありません!」
「そうですか……。あの子も待っておりますのに……」
心底残念そうな表情で顔を伏せるジュラさん。
「あの子……?」
「あ……いえ、なんでもありませんわっ!」
あたしのつぶやきに、今度はありありと焦りを浮かべる。
やっぱり、怪しい……。
だけどこの人、あたしが林檎たちと一緒に住み始めたことは知らないのだろうか?
二日前はマンションの部屋の前で待ち伏せしていたわけだし、政府側の人たち同様、隠れて監視なんかもしているのではないかと考えていたのだけど。
それにしては二日前もあっさり引き下がったし、そのうちきっと自分たちの力が必要になる、なんて言っていたわりには、あれから接触してもこなかった。
もっとも、偶然だとは言っていたけど、現に今こうして接触してきているわけだから、常にあたしのことを監視している怪しい集団だという可能性が高まったとも考えられる。
ただ、格好の怪しさは別として、このジュラさんの雰囲気からは、あたしに危害を加えたりするような危険さは感じられないのも事実だった。
いったいあたしの周りでは、なにが起こっているのやら。
行きがかり上、一緒に住むことになってしまった白亜さんのことだって、まだあたしは疑っている状態だし、政府の人間も監視を続けているはずだ。
林檎や海斗くんがそばにいてくれることで少し気を抜いていたけど、さっきの商店街での出来事もあるし、いまだ危険な状況にあるのは変わっていないようだ。
もしかすると、ジュラさんたちのほうが信頼に足る組織だという可能性も、否定はしきれない。
あたしはジュラさんに対して、あたかも値踏みするかのような視線を向けてしまっていた。
そんなじとーっとした目線で見られていることに気づいたからだろうか、
「あ……、わ……わたくしはこれで失礼しますわね。お買い物の途中だったのを、すっかり忘れておりましたわ。それでは、ごきげんよう」
ジュラさんはそう言い残すと、栗色のボリューミーな黒髪をひるがえし、そそくさと歩き去ってしまった。
とても怪しい人なのは確かだけど、ジュラさんがなにか仕掛けてきたというような証拠は、結局得られなかったことになる。
それに、ジュラさんの言っていた「あの子」というのが、どういうわけか、あたしは妙に気になっていた。
とはいえ、すでに立ち去ってしまった以上、それを確認するすべはない。
つん。
あたしはようやく、腕が引っ張られる微かな力に気づいた。
蘭ちゃんがあたしのコートの袖口をぎゅっと握り、表情をこわばらせながら引っ張っていたのだ。
ジュラさんが現れてから去っていくまでのあいだ、蘭ちゃんはずっとあたしの陰に隠れていた。
よっぽど怖かったのだろう。
「大丈夫だよ、蘭ちゃん」
あたしは蘭ちゃんのおかっぱ頭に軽く手を乗せ、そっと髪の毛を撫でる。
それでどうにか落ち着いてくれたようだ。
まだわずかに引きつってはいたものの、蘭ちゃんは微笑みを浮かべてくれた。
「……それじゃ、そろそろ暗くなってきたし、帰ろうか。蘭ちゃんの家まで送っていくわ。案内よろしくね!」
あたしの努めて明るくかけた声に、
「はいです!」
蘭ちゃんも大きな声で答えてくれた。
そしてあたしの手を引っ張り、元気いっぱいの笑顔をこぼしながら走り始めた。




