第5話
それからしばらく単調な日々が続いた。
ノストラダムスの水晶玉を手に入れたはいいものの、使い方がわからない。
スピリチャル系の本を読み漁ってみた。
中野ブロードウェイの古本屋「たま」、青山の「ブックス回」、御茶ノ水の「書泉グランデ」など、スピ系の本が置いてありそうな書店を回った。だが、なかなかこれといった本は入手できなかった。
ある日の朝、わたしは自宅のワンルームに折り畳みのテーブルを広げ、台座に入れた水晶玉を置いた。
部屋の奥のカラーボックスには電話があり、テーブルをはさんでベッドがある。
わたしはベッドに腰かけ、水晶玉を睨む。
水晶玉に手をかざし、目をつぶる。
するとわたしの体から、わたしの魂、またはわたしの意識が抜け出した。
わたしの意識は天井の高さまで浮遊し、わたしの頭頂を真上から見下ろす。
これは幽体離脱だろうか。わたしの意識はわたしの幽体であり、それは実体がなく無色透明だ。
わたしの幽体はしばらく部屋の中を浮遊しながら移動した。
そのうちに天井を突き抜け、わたしの幽体はマンションの上の階に上る。さらに幽体は上昇し、エレベーターのように次々に上の階に上る。
最後には最上階の部屋に行き、そこも突き抜けて屋上の上空に浮遊する。
上空に浮遊したわたしの幽体は高速で都心方面に移動していく。
やがて新宿の住宅街の上空に来ていた。
高度を落とし、戸建ての屋根ぐらいの高さを進む。
すると刑事の藤堂と島村が住宅街を一軒一軒回りながら聞き込み捜査をしているのが目に入る。
藤堂がメゾネット住宅のドアホンを押す。
老婆がドアから顔を出す。
「警察ですが、お聞きしたいことがございます。ちょっとよろしいですか」
島村が警察手帳とわたしが念写で作ったモンタージュ写真を見せる。
「実は、この人物を最近、この近所で見かけませんでしたか」
「さあ、こんな人、見たことないですねえ」
「そうですか。どうもお騒がせしました」
島村と藤堂はともに老婆に頭を下げる。
老婆がドアを閉めると島村は隣の住宅のドアホンを押す。
ローラー作戦でこのあたりの全住宅に聞き込みを続けるつもりなのだろうか。
わたしはふと藤堂たちを背後から尾行している女に気づく。
いや、男だ。女装しているが男だろう。
しかも念写のモンタージュ写真そっくりの顔だ。
彼はハンドバックの中に拳銃をしのばせているのをわたしは透視した。
危険だ。わたしは直感的にそう思った。
気がつくとわたしは自宅のベットに座っている。
目の前には水晶玉。
ほやけている視界が戻るまで時間がかかる。
わたしはカラーボックスの固定電話から藤堂のポケベルに電話する。
自動音声にしたがい、番号3103を入力して受話器を置く。
藤堂から電話がかかってくるまで1分もかからなかった。
「綾瀬さんですか。藤堂です。どうしましたか」
「大変です。モンタージュ写真そっくりの男が今、藤堂さんたちをつけてます。
ハンドバッグに拳銃が入ってますので、気をつけてください」
わたしがそう言い終わらないうちに銃声が聞こえる。
「もしもし、藤堂さん」
だが電話は切れていた。
もしかして犯人に撃たれたのかしら。
わたしは不安でいても立ってもいられない気持ちだった。
電話が鳴ったのはそれから二十分後だろうか。藤堂からだった。
藤堂はわたしからポケベルのメッセージを受け取ると公衆電話ボックスでわたしの自宅に電話した。
すると尾行していた犯人が電話ボックスのガラスに発砲したという。
「運よく弾は当たらりませんでしたけど、反射的にしゃがんで、電話ボックスを出ました」
藤堂が言う。
「電話が切れたのはそのとき受話器をフックに置いからだと思います」
「そうだったんですか」
「自分と島村警部はあの後、犯人を追いかけましたが逃げられました。
ただやつの顔は見ました。綾瀬さんの念写そっくりの顔でしたよ」
藤堂の話はまだ続いた。
藤堂は午後からわたしに新宿署に来てほしいと告げる。
バイト代を追加するから、また捜査協力してほしいとのことだ。
電話を切った後、わたしは午後からコンビニのバイトが入っていることを思い出す。
しばらく迷った末、コンビニの方を休むことに決め、店長に電話した。
昼過ぎに出かけ、駅前の「サンテオレ」でハンバーガーを頬張った後、中央線で新宿に向かう。
「サンテオレ」では会計するとき、次回から使える無料ドリンク券を三枚もらう。
(つづく)




