第3話
エスパラダイムの懇親会があった一週間後の日曜日、いつものように原宿の屋台でタロット占いをやっていると、スーツ姿の一人の若い男が客席にすわり、わたしに名刺を差し出した。
新宿警察署捜査一係、藤堂淳一巡査と書いてある。刑事だ。
「綾瀬里美さんですね」
藤堂が言う。
「あっ、はい」
わたしは驚いて答える。
警察がわたしに尋問するとは一体なにごとだろう。なにか悪いことでもしたかしら。
いずれにせよ、のっぴきならない事情があるにちがいない。
「実は黒木次郎さんからあなたのことをご紹介いただきました。
黒木さんが内閣総理大臣、竹林亮介首相の顧問占い師をやっていることはご存じですよねえ」
「……」
藤堂の説明はこうだった。
警視庁公安部、内閣官房調査室を経由して黒木に面会したところ、黒木は藤堂たちにわたしを紹介したという。藤堂はエスパラダイムのことも知っていた。
「エスパライムの中で綾瀬さんが一番霊感のある超能力者だとうかがっております」
と藤堂。
「いや、一番霊感があるのは室野さんだわ」
とわたし。
「存じ上げております。黒木さんは室野和孝が一番、綾瀬さんが二番だと言いました。
われわれはまず室野を探しました。室野は新興宗教団体オロチ神道の代表ですが、数週間前から行方不明になっているようです。オロチ神道の本部教会にも自宅にもいません」
「そうなんですか」
「とにかくこれからわれわれと一緒に来てもらえますか」
藤堂は強引だった。
これから新宿署に来て二、三時間働いてほしいとのこと。報酬は四十万円振り込むとのこと。
わたしは屋台を畳み、藤堂の覆面車に乗った。
覆面車に中には藤堂の上司が待機していた。もらった名刺には島村茂警部と書いてある。
テーブルに数枚の血だらけの布、三つの弾丸、三枚の写真が置いてある。
三枚とも犯行現場で撮影された血まみれの死体だった。
写真の一枚目は中年の男性、二枚目は中年の女性、三枚目は小学生の少女だ。
新宿署の取調室は薄暗く、ときおり天井の蛍光灯が点滅する。
藤堂と島村茂はスーツ姿で白い手袋をはめる。藤堂はわたしにも白い手袋を渡し、はめるよううながす。
藤堂、島村と向かい合うように、わたしはテーブルをはさんで折り畳み椅子にすわる。
「今回、綾瀬さんにお手伝いいただきたいお仕事は」
島村が言う
「いわゆるサイキック捜査です」
「……」
「ジェラルド・クロワゼットはご存じですか。
彼は透視能力者ですが、以前、スコットランドヤード、つまりロンドン警察に雇われていました。
実は1976年、彼は日本にもやって来ましたが、当時、行方不明だった少女の水死体を透視能力で発見しました。日本のマスコミは大騒ぎでした。覚えているでしょう」
「さあ、よく知りませんが」
わたしは力なく答える。
「後から検証した結果、諸事情からクロワゼットの超能力を疑問視する説も浮上しましたが、このあたりから欧米の警察はのきなみ超能力者に捜査協力を依頼するようになりました。これがサイキック捜査です。また米国では軍隊も超能力者を雇っているようですよ。
日本でもサイキック捜査はやっていますが、まだまだこの分野では我が国は後進国です。
そこで新宿署では迷宮入りになりかけた事件をサイキック捜査で補強しようと考え、今回、綾瀬さんにご協力をお願いした次第です」
わたしは「自信ありませんが」と答えると、「まあ、そうおっしゃらずに」と島村は言い、遺留品の透視をするよう、わたしに命じた。
わたしは遺留品の上に手をかざし、目をつぶる。
しばらくすると、脳裏に映像が浮かんでくる。
夕方。高級住宅街の邸宅に一人の男が近づく。
男はどぎつい口紅を塗り、耳にはピアス。髪は茶髪。おそらくゲイだ。
普段は女装していて遠目には男性と気づかれないが、この日は男性だとわかる軽装だ。
ナップザックを背負い、ジーンズにTシャツ。スニーカーを履いている。
男はドアをピックングして中に入る。
覆面をかぶり、ナップザックからサイレンサー銃を取り出す。
リビングルールに入ると三人の家族が夕飯を食べている。父、母、娘だろう。
三人が悲鳴を上げるまもなく、覆面をした男がサイレンサー銃で三人を次々に射殺する。
血しぶきが飛び散る。
「いやっ」
わたしは頭をかかえてうずくまる。
「どうしました」
藤堂がわたしの肩に手を置く。
「だいじょうぶです」
わたしは顔を上げながら言う。
「ちょっと、邪悪なエネルギーを感知したもので……。
犯人はゲイです。犯人はゲイであることにコンプレックスを持っており、それが世の中に対する強烈な怨念になっているようです。
犯人はプロの殺し屋ですが、彼が殺し屋になったのも、そういう怨念のせいかもしれません」
わたしはテーブルに置いてある遺留品から黒い布を持ち上げる。覆面だった。
「これです。犯人は家に侵入するとすぐこの覆面をかぶりました。犯行後、覆面を現場に脱ぎ捨て逃走した模様です」
「なぜそんなことをするんですか」
島村が言う。
「顔を見られたくないなら逃走するときも覆面は必要でしょう」
「犯人の計算では屋外は暗いし、覆面をしているとかえってあやしまれると思ったのでしょう。
三人を殺害したとき覆面したのは、万一、殺し損ねた場合、顔を見られるからです。
犯人は三人を銃撃した後、死亡を確認せず、早急に逃走する予定だったのでしょう。
自分の保身を優先するのも、犯人が直接被害者に恨みがあったわけでなく、金で雇われた殺し屋だからです」
わたしは透視の結果を二人に説明した。
犯人は殺害するとき家族の三人とは初対面だった。おそらく犯人は依頼主から写真だけ見せられて殺しのターゲットの顔を知ったのだ。
犯人には世の中に対する怨念はあるものの、被害者家族には特に恨みも憎しみもないようだ。
その後、十分ほど休憩時間となり、廊下に出て自動販売機の缶コーヒーを飲んだ。
休憩時間が終わると再び取調室に戻る。
「今度は念写をやってもらいます」
藤堂が一眼レフのデジタルカメラを持ってきた。
「犯人のモンタージュ写真がほしいんです。
カメラをにらんで犯人の顔をイメージしてください。
イメージできたら”チーズ”と言ってください。こちらでシャッターを切ります」
わたしは念写はやったことはあるが、三十枚に一枚ぐらいしかうつらないことを説明した。
それでも藤堂は強引にわたしに念写をやらせるつもりだった。
藤堂が黒木に訊いたところ、エスパラダイムで念写ができるは室野とわたしだけだと言われたとのこと。
わたしはしぶしぶカメラをにらみ、「チーズ」と言ってみる。
その瞬間、藤堂はシャッターを切り、しばらくすると裏面のLCD画面を見せる。
「うつっているのは綾瀬さんのお顔だけです。もう一度お願いします。うつるまでやりますよ」
わたしはもう一度カメラをにらむ。
「チーズ」
念写はしばらく続いた。
シャッターを切る度に自分の顔しかうつってないLCD画面を見せられた。
それでも十回目ぐらいから、合成写真のようにわたしの顔に別の男の顔が重なるようになる。
三十回目ぐらいだろうか。
くっきりとしたゲイの顔がLCDにうつし出される。
藤堂は島村と相談し、これならモンダージュ写真に使えるということになったらしい。
「今日の仕事は終わりです。四十万円は今月末に銀行に振り込んでおきますので後日、口座番号を教えてください」
島村は立ち上がって一礼する。
藤堂が自分のポケベルの電話番号をメモに書いて渡す。
わたしの名前が里見なので緊急のときはポケベルに電話した後、3103の番号を入力してほしいとのこと。そうすればすでに教えてあるわたしの自宅の電話番号に藤堂が公衆電話などから電話するという説明だった。
その日、わたしは中野のワンルームまで藤堂たちに覆面車で送ってもらった。
これは後から知ったことだが、あの日、わたしが透視した事件は当時新聞の社会面トップニュースになった”フリージャーナリスト殺人事件”だった。
新宿区内に在住のフリージャーナリスト、沢崎喜朗四十三歳、妻佐知子三十七歳、娘さくら十一歳が痛自宅で遺体で発見された。第一死体発見者は通いの家政婦だ。
沢崎は週刊誌に新興宗教団体、オロチ神道に対する批判的記事を週刊誌に連載していた。
同団体は青少年の強引な信者への勧誘などが社会問題になっており、民事裁判も何件か起きていた。
同団体の反社組織との癒着もうわさされ、今回の殺人事件と同団体の関係も警察は調査していたようだ。
ところでオロチ神道といえは、エスパラダイムの初代リーダー、室野和孝が教祖のはずだ。
室野とは最近会ってないが、わたしには気がかりだった。
(つづく)




