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一歩ずつ  作者: AkiraNox


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第十五日――悪夢の始まり

マルスはカップをテーブルに置いた。


突然――


目の前が回り始めた。


目を閉じた。


そして、開けた。


もうリビングにはいなかった。


暗い自室にいた。


目の前にマリアが立っていた。微笑んでいた。


彼女が近づいてくる。


二人は長い、静かなキスを交わした。急ぐことのない、穏やかなキスだった。


マルスは目を閉じた。


そして、また開けた。


部屋はさらに暗くなっていた。


ベッドに横たわっていた。隣にはマリアがいた。


二人の時間は、静かに流れていた。ここ数年起きたことのすべてから遠く離れて。


目を閉じた。


そして、開けた。


沈黙。


暗闇の中、途切れ途切れの呼吸音……


そして、静けさ。


もう一度目を閉じた。


そして開けた時――


朝が来ていた。


白い光が窓から差し込んでいた。


マリアは隣で眠っていた。乱れた髪が、マルスの胸に散らばっていた。


ユーリが生まれてから初めて、二人はこんなにも近く、同じベッドで眠ったのだ。


マルスはじっとしていた。


彼女を起こすのが怖かった。


---

四日目


マルスは階段を降りた。


一歩、また一歩。


少しふらついていた。


頭が重かった。


洗面所に入り、蛇口をひねって顔を洗った。


顔を上げ、鏡の中の自分を見た。


青白い顔。


充血した目。


左目の近くには、古い傷跡。


手を鏡に当て、強く押し付けた。


ガラスにひびが入った。


手から血が流れた。


マルスは自分の手を見つめた。


「俺は……何をした?」


外からマリアの声がした。


「マルス?大丈夫?」


彼は手を隠した。


「ああ……大丈夫だ」


---


マルスは仕事へ行った。


夜、ひどい疲労と共に家へ帰ってきた。


---

五日目


マルスは黙って朝食をとった。


ほとんど喋らなかった。


食べ終えると、仕事へ行った。


夜に帰宅した。


マリアは眠っていた。


ユーリも眠っていた。


誰も起こさないように、彼は自室に入った。


---

六日目――保護者会


朝は穏やかだった。


ユーリが言った。


「父さん、今日保護者会なんだ。一緒に来てほしい」


マルスは息子を見た。


「わかった。行こう」


二人は一緒に出た。


一歩、また一歩。


学校に着いた。


マルスは教師と話した。


教師は微笑んで言った。


「ユーリはとても賢い子ですよ。ただ、少し内向的なところがありますね。もう少し自分に自信が持てるようになれば、と思います」


マルスは息子を見た。


「そうしてみます」


会が終わり、二人は家へ帰った。


帰り道、大きな木の下を通りかかった。


小さな子供たちが何人か泣いていた。


マルスは顔を上げた。


枝の上に、猫が引っかかっていた。


子供の一人が言った。


「猫ちゃん!降りられなくなっちゃった!」


マルスが近づいた。


「わかった……取ってやる」


少し木に登った。


慎重に手を伸ばし、猫を掴んで降りてきた。


だが、手が震え始めた。


地面に降りた途端、子供たちが群がった。


「返して!」

「違う、僕のだ!」

「僕が先に見つけたんだ!」


マルスは一歩後ずさった。


そして躓いた。


地面に倒れた。


猫は素早く逃げていった。


人々が彼を見た。


作業着は土で汚れていた。


マルスはゆっくりと立ち上がった。


ユーリを見た。


息子の顔は恥ずかしさで真っ赤になっていた。


ユーリが言った。


「父さん……恥ずかしいよ」


そして振り返り、走り去った。


マルスは一人、その場に取り残された。


沈黙したままだった。


そして家へと帰り始めた。


一歩、また一歩。


---

七日目、八日目、九日目


三日間は、ほぼ同じように過ぎた。


毎朝――


マルスはユーリを学校まで送った。


ある時、歩きながらタバコを取り出した。


ユーリが言った。


「父さん!一緒に歩いてる時にタバコ吸わないでよ!服に匂いがつく!」


マルスは驚いて止まった。


そしてすぐに、いつも持ち歩いている小さな携帯灰皿にタバコをもみ消した。


「すまない」


別の日、二人は店にいた。


マルスはユーリの新しいランドセルを選ぶのを手伝おうとした。


店員に少し大きな声で話しかけた。


ユーリは周りを見回し、気まずそうにした。


そして小声で言った。


「父さん……恥ずかしいよ」


また別の日、マルスは公園でユーリとボールを蹴ろうとした。


ボールを追いかけて走った。


躓いて転んだ。


「くそっ!」


と叫んだ。


ユーリは彼を見た。


「父さん……」


同じ一言。


毎日。


殺しはしないが、毎回確実に傷つける小さなナイフのように。


マルスは仕事に戻った。


目は疲れ切っていた。


ほとんど一睡もしていなかった。


そしてその頃、薬EXTRAの発売日が近づいていた。


あと二日。


一千四百万回分――


東京の人口全員に行き渡る量だった。


---

十日目――大きな公園


夜になっていた。


マルスは仕事から帰ってきたが、家に帰りたくなかった。


人混みの中を歩いていた。


一歩、また一歩。


あの空っぽの家には帰りたくなかった。


家の近くの大きな公園に入った。


2012年にジャックと一緒に座った、あの公園だった。


黄色い街灯の下に、木製のベンチが一つ。


しかし今回は……


ベンチには男が座っていた。


そして女が、その男の膝の上に座っていた。


二人はキスをしていた。


マルスは立ち止まった。


一歩、また一歩……


さらに近づいた。


街灯の光が、女の顔を照らした。


マルスの目が見開かれた。


「あれは……」


心臓が一瞬止まった気がした。


「マリア」


タバコを取り出した。


ライターを取り出した。


火をつけ、吸い始めた。


何も言わなかった。


ただゆっくりと後ずさった。


その時、あることを思い出した。


---

十六年前


マリアと結婚して、わずか二日後のこと――


マルスは仕事から家に帰る途中だった。


歩いていた……


一歩、また一歩。


帰り道、ラブホテルの近くを通りかかった。


そこで……


マリアを見た。


同じ男と一緒にいた。


二人はキスをしていた。


マルスは遠くから二人を見た。


そして、何も言わなかった。


---

現在に戻った。


マルスは男を見た。


「あいつは……同じ男だ」


そして低い声で付け加えた。


「映画で共演した男とも、同じだ」


---

十一日目


マルスはソファに座っていた。


新聞を読みながら、タバコを吸っていた。


マリアがやって来た。


「あなたがタバコ吸うなんて珍しいね。何かあったの?」


「いや……なんでもない」


「とにかく、今日会合があるの。一緒に来て」


マルスは目を上げた。


「何だと?嫌だ。面倒だ」


「面倒?何言ってるの?一人じゃ行けないのよ」


マルスは黙った。


マリアを長く見つめた。


そして言った。


「じゃあ……昨日の夜キスしてたあの男と行けばいいだろう?」


マリアは凍りついた。


「何?!何を言ってるの?!」


「恋人なんだろう?」


パチン!


マリアが彼を叩いた。


震えながら彼を見た。


「どういうつもり?!」


マルスは立ち上がった。


「なぜ叩くんだ?間違ったことでも言ったか?昨日この目で見たんだ」


マリアは再び手を上げた。


だがマルスはその手首を掴んだ。


「またやるつもりか」


マリアは怯えていた。


震え始めた。


マルスは彼女を突き飛ばした。


彼女は床に倒れた。


マルスは振り返った。


「行く。もう俺に話しかけるな」


歩き始めた。


その時……


ユーリが階段から降りてきた。


床で震えている母を見た。


そして去っていこうとする父を見た。


目が見開かれた。


「止まれよ!」


マルスは足を止めた。


ユーリが駆け寄ってきた。


「母さんに何したんだよ!」


肩を掴んだ。


「言えよ、このクソ親父!」


マルスは素早く振り返った。


そしてユーリの首を掴んだ。


「何が望みだ?お前はいつも喚いて、甘えたガキみたいに振る舞って」


ユーリは息ができなくなった。


「聞け、ユーリ」


マルスの手にさらに力がこもった。


ユーリはその手を外そうとし、涙が流れ始めた。


マルスは冷たい声で言った。


「俺はそもそも、お前が俺の子なのかどうかもわからないんだ」


ユーリの目が見開かれた。


マルスは少しだけ力を緩めた。


「な……何言ってるんだ?」


「お前の母さんと結婚した時、あいつはもともと職場の男と関係を持っていたんだ」


ユーリは恐怖に震えた。


「どういう意味だよ?」


「結婚した後も、何度かあいつと一緒にいるのを見た」


少し間を置いた。


「昨日もな」


ユーリを見た。


「だから、お前が俺の子じゃない可能性は十分にある」


マルスは首から手を離した。


ユーリは床に崩れ落ちた。


「だからもう、俺を父さんと呼ぶ必要はない」


マルスは背を向け、去っていった。


だがユーリは素早くその足を掴んだ。


「待ってよ!」


マルスは止まった。


ユーリは激しく泣いていた。


涙が溢れ、呼吸は途切れ途切れだった。


「父さんだよ!そんなの嘘だ!お願い、行かないで!父さん!」


マルスは彼を見た。


そして足を引っ込めた。


「父さんと呼ぶな」


ドアを開けた。


閉める前に、振り返りもせずに言った。


「みっともないな」


そしてドアを閉めた。


「父さん!」


ユーリが叫んだ。


「ああああっ!やだ!やだ!父さん!父さん!」


---

十二日目


マルスはとても小さな部屋で目を覚ました。


物が床に散らばっていた。


薄暗く、汚く、陰鬱な部屋だった。


ベッドに座った。


顔は完全に青白かった。


目は生気がなく、その周りは黒く染んでいた。


立ち上がった。


テレビの方へ向かった。


一歩、また一歩。


リモコンを取り、スイッチを入れた。


天気予報を伝えるニュース番組が流れていた。


マルスはテレビの前に座った。


何を言っているのかなど気にしていなかった。


ただ画面を見つめていた。


---

十三日目


マルスは同じ部屋に座っていた。


コーヒーを飲んでいた。


テレビを見ていた。


ニュースは日本の人口調査について話していた。


彼は黙ったままだった。


---

十四日目


マルスはテレビの前に座っていた。


今度はビールを飲んでいた。


顔は昨日よりもさらに青白かった。


喋らなかった。


わずかに身動きするだけだった。


---

十五日目


マルスはテレビの前に座っていた。


タバコを取り出した。


火をつけた。


吸い始めた。


突然……


アナウンサーの口調が変わった。


「緊急ニュースです!」


マルスは画面に目を向けた。


「現在、東京全域で新薬EXTRAの配布が開始されました」


アナウンサーは一瞬言葉を切った。


「配布されましたら、速やかに服用してください」


マルスはタバコを吸うのをやめた。


そして、音が聞こえた。


コンコン……


コンコン……


コンコン……


ドアの方を見た。


タバコを脇に置いた。


立ち上がった。


ドアへと向かった。


一歩、また一歩。


辿り着いた。


ドアを開けた。


スーツを着て小さな鞄を持った男が立っていた。


男は微笑んだ。


「こんにちは。NOXAR社の者です」


そして鞄から何かを取り出した。


「ニュースはご覧になったかと思います。EXTRAの配布が始まりました。身体のバイタル機能を強化する薬で、さらに――」


一瞬止まった。


そして微笑んだ。


「マルス様、あなたには特別な分をご用意しております」

第十五日――悪夢の始まり


そして、ドアの向こうから現れた男は、静かに笑っていた。


「マルス様、あなたには特別な分をご用意しております」


その言葉を聞いた瞬間、マルスは男の顔を見つめた。


何かがおかしい。


だが、もう考える力は残っていなかった。


男は鞄から、一本の小さな薬瓶を取り出した。


「これが、あなたのためのEXTRAです」


マルスはそれを見つめた。


そして――


その日を境に、東京の日常は静かに崩れ始めることになる。

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