最後の一歩
五日前
マルスの家。マリアはユーリと二人きりだった。ソファに座り、両手で頭を抱え、顔には悲しみが浮かんでいた。
ユーリも悲しそうだったが、同時に母のことが心配でならなかった。
ユーリは母の元へ歩み寄り、隣に座って背中に手を置いた。
マリアは頭から手を離し、ユーリを見て、すぐに温かく強く抱きしめ、泣き始めた。
二日後
マリアはマルスのことで三日間続いた悲しみから、ようやく落ち着きを取り戻していた。
朝、マリアは朝食の準備をしていた。
コンロの前で、フライパンに卵と肉を置く。
ユーリが階段を降りてくる。
「おはよう、お母さん」
「おはよう、愛しい子。そこに座ってて。今朝ごはんを持ってくるわ」
「うん、お母さん」
ユーリはテーブルに座る。
マリアは料理を置き、自分も座り、二人で食べ始めた。
しばらくして、食事を終える。マリアは立ち上がり、皿を取って流しに置いた。
その時、突然チャイムの音がした。
マリアは手にしていたものを置き、ドアを開けに行く。
外のドアを開けると、スーツ姿の男がカバンを持って立っていた。
「こんにちは、マリアさん。お会いできて嬉しいです」
マリアは彼を見た。
「スーツを着て私の名前を知ってるってことは、会社の人ね」
「ええ、その通りです」
「それで、何の用?」
男はカバンを開け、二本の瓶を見せた。中には青い薬が入っている。
「EXTRAをお届けします。説明しなくてもご存知ですよね」
「ええ、聞いたことはあるわ」
「それは良かった。では、どうぞ」
男はカバンを閉じて彼女に渡した。
マリアはカバンを受け取る。
「では、私は仕事がありますので、失礼します」
男は去っていった。マリアはドアを閉め、再びカバンを開けた。
後ろからユーリがやって来る。
「お母さん、誰だったの?」
マリアは慌ててカバンを閉めた。
「いや、大した人じゃないわ。さあ、行かなきゃ」
「行くって、どこへ?」
「後で話すわ」
マリアは靴を履き、ユーリも靴を履き、二人は急いで出かけた。
しばらくして、二人は駅に着いた。
ホームで、マリアはユーリを電車に乗せるが、自分は残った。
「お母さん、一緒に行かないの?」
「やらなきゃいけないことがあるの。あなたは東京からできるだけ遠くへ行きなさい」
電車のドアが閉まる。
ユーリは不安そうなままだった。
「気をつけてね」
マリアは去っていった。
「今は、これから起こることから逃れるために、隠れる場所を見つけなきゃ」
一日後
マリアは人里離れた場所にある一軒の家から出てきた。
「今はマルスを探さなきゃ。きっとまだ東京のどこかにいるはず」
マリアは外に出て高速道路まで来ると、そこで薬物で朦朧とした人々を見た。
彼らはヒステリックにマリアに向かって走ってくる。
マリアは目を見開いた。
「ゾンビ?」
マリアは反対方向へ、全速力で街へ向かって走った。
「真実を知って、食料と物資を集めなきゃ。明日から探し始めよう」
しばらくして、マリアは街にたどり着いた。
数時間が過ぎる。
マリアは食料と携帯の充電器を集めた。
マルスに電話をかけようとしたが、電源が切れていた。
マリアは食料と水をカバンに詰めた。
翌日
感染者のいない場所を、マリアは歩いていた。夜の八時。
「水も食料も尽きて、少ししか残ってない。探したいけど、どうやって?お父さんが何を企んでいるのかも分からない。誰か情報をくれる人がいればいいのに」
ふと目を見開き、何かを思い出したかのように。
数時間後
夜の十時。
東京の中心から離れた北の方のどこか。
マリアはそこにある一軒の家へ向かう。
小さな家。
ドアの前に立ち、ノックする。
コンコンコン。
「…………」
もう一度叩く。
コンコンコン。
突然、ドアが勢いよく開き、男が銃をマリアに向けて飛び出してきた。
「誰だ!?」
彼女を見た。マリアだった。
男は銃を下ろした。
「マリ……?」
しばらくして、家の中。マリアはソファに座っている。男がやって来て、目の前にコーヒーカップを置いた。
「驚いたよ、来るとは思わなかった」
「私もよ、でも情報が欲しくて、あなたのところに来たの」
「どうしてここにいると分かった?」
「あなたなら、人口の少ない地区にある古い家に戻ると思ったの、ヤミ、副社長」
「副社長と呼ぶなよ、数日前に会社から逃げ出したんだ」
「やっぱりね。こうなることを予想して逃げたのね」
「正直、予想していたわけじゃない。全部知っていたんだ」
「全部知ってた?それなら都合がいいわ。知っていることを全部教えて」
「全部?聞いてくれ、君を信頼してる。会社にいたとき、僕を理解してくれたのは君だけだった。でも、それでも情報を渡すのが怖いんだ」
「なぜ?信頼してるって言ったじゃない」
「正直、ライガ社長も尊敬していたのに、騙された。だから、情報を渡したら君が誰かに僕の居場所を教えるんじゃないかと怖いんだ」
「なぜ?もしそうしたいなら、誰かを連れてきてあなたを脅して情報を吐かせた後、殺すわ。間違ってる?」
ヤミは戸惑ったように彼女を見た。
「分かった。君の勝ちだ。全部話そう」
マリアは驚いた。
「随分あっさりね」
「他に選択肢がないからな。それに、この街を救えるのは君だと思ってる」
しばらくして、彼は起こったことのすべてを、EXTRAという薬のこと、そして爆弾のことも話した。
マリア:
「つまり、あなたは東京全体と近隣の都市の一部まで破壊できるほど巨大な爆弾を仕掛けたと言ってるの?」
「ああ、そうだ……何か分かったのか?」
「爆弾がある場所の検討がついた気がする」
「本当に?」
「ええ、地図を出して」
「わ、わかった」
ヤミはスマホを取り出し、東京の地図を見せた。
「爆弾は東京全体と近くの都市の一部を飲み込む。もし私が彼なら、爆弾は千代田区に置く」
「千代田?なぜ?」
「爆弾は東京全体と近隣の一部を巻き込むの。東京の南には神奈川県がある。神奈川の最北端にはたくさんの人がいる。つまり、東京の中心に最も近く、同時に東京の中心から川崎にも最も近い場所」
「じゃあ、千代田区が最適な場所ってことか」
「ええ、そうよ」
「驚いたな。そんな少ない情報から場所を特定するなんて」
「ええ、そうね。すごいことだけど、悲しいわ。父の考え方を基に情報を得たってことは、私も父と同じように考えてるってことだから」
「それでも、その情報で何百万人もの人を救えるんだ」
マリアは微笑んだ。
「ええ、そうね。そう考えることにするわ」
マリアは立ち上がった。
「じゃあ、もう行かなくちゃ」
「今からか?」
「ええ」
「ちょ、ちょっと待って!今は行けないよ」
「なぜ?」
「夜は外が危険だし、もう何時間も前から雨が降り始めてる。今夜はここに泊まって、明日行けばいい」
「分かった、そうさせてもらうわ」
「よかった」
翌日、午前十時。
マリアは家を出る。
ヤミと話す。
「本当に行かないの?一緒に行かない?」
「いや、正直怖いんだ。だからここに残るよ」
「分かった、好きにして。じゃあね」
「じゃあな」
マリアは歩き出す。
「今はまっすぐ多摩川へ向かわなきゃ」
数時間後
午後七時。
千代田区。
マリア:
「やっと着いた。来るまでにいろんな障害があった」
「今は千代田にいるけど、どこから探せばいいの?」
「まあ、少なくともここにある施設のどこかに置いたはず。だから探し始めるわ」
マリアは道を進む。その道中で彼女が直面したもの:
感染者の集団。
封鎖された道路。
通行を塞ぐ車と瓦礫。
通り抜けなければならない建物。
夜十時。
マリアはとても小さな場所にたどり着く。皇居のお堀の裏手だった。
マリアは扉の前に立つ。
ドアを開けて中に入る。
奥の部屋から物音が聞こえる。
マリアはそちらへ歩いていく。
「こんにちは、誰かいますか?」
部屋にたどり着くと、そこには……
目を見開く。
椅子に縛られたヤミがいて、背後を指さそうとしている。
マリアは後ろを振り返り、見た……
長身の男、身長は一七八センチほど。青い瞳に青い髪。ハンサムだった。
マリアは驚いて少し後ずさる。
「マイケル?」
「ああ、その通り。僕だよ、愛しいマリア」
「愛しい?私たちの関係はもう終わったのよ、マイケル。私は結婚して子供もいるの」
「ああ、知ってるよ。でも二週間前には子供も旦那もいたのかい?二週間前、僕らは恋人同士でバスルームでセックスしてたじゃないか。もう十五年近く付き合ってる、もっと長いか」
「私たちは丸十年別れてたのよ」
ヤミは口にテープを貼られていて喋れない、激しく身を揺らしている。「まるで何年もが数日みたいに話してる」
「聞いてくれ、マイケル。あなたとの関係はファンのための契約だったの」
「そのファンだって君に旦那がいることを知ってる。それでも君は僕と関係を続けてた」
マリアは躊躇う。
「私はただ……」
「聞いてくれ、マリア。僕は君を愛してしまったんだ。一秒たりとも君のことを考えずにはいられない」
口にテープを貼られたヤミが激しく揺れている。
マイケル:
「何だよ、揺れるな」
……止まらない。
マイケルは彼のもとへ行き、口のテープを剥がす。
「喋れ、何が言いたい?」
ヤミは荒く息をする。
「言いたかったのは……」
「何を言いたいんだ?」
二人が同時に言う:
「言いたかったのは……なぜいきなり本題に入って、なぜ僕がここにいるのか、なぜ彼がここにいるのか、どうやって君が来ることを知ったのかを聞かないんだ?」
マリアは黙って自分の中で考える。
「確かにそうね」
「じゃあ、どうして私がここに来るって分かったの?」
「よし、事情を話そう……ちょっと待ってくれ」
マイケルはポケットから何かを取り出す。
テープ。
テープを取り出し、切ってヤミの口に貼る。
「これでよし……じゃあ、事情を話そう。僕は三日間君を尾行してた。昨日君がこの男の家に入るのを見て、君が今日出て行った後……」
「どこで寝たの?」
「まあ、車の中でね」
「車を持ってるの?」
「もちろん。じゃなきゃどうして君より先にここへ来られたと思う?……そんなことはどうでもいい。君が出て行った後、そいつを銃で脅して、それから君を尾行してたんだ。ゾンビから逃げて歩いてる間、ずっと。君の前を回り込んでこの場所を見つけた。だから君がここに来るかもしれないと思った。予想は当たったわけだ」
「筋は通ってるわ。でも全然筋が通ってないのは、どうして三日間も変質者のストーカーに尾行されて気づかなかったのかってこと」
「ああ、それは……」
叫ぶ:
「待て!ストーカーじゃない!」
「分かったわ、今はやることがあるの」
「それって拒絶ってこと?」
「ええ、そうよ……」
「他に選択肢を残してくれなかったな」
彼は彼女の手を強く掴む。
「何するの、離して!」
彼は小さな白い布を彼女の口に当てる。
彼女の瞳が閉じていく……
目を閉じる。
目を開けると、自分が椅子に縛られ、口をテープで塞がれているのが見えた。
横を見ると、ヤミが頭を撃たれて殺されている。血があちこちに飛び散っていた。
マリアは恐怖で震え、縄を解こうとするが、解けない。
足音が聞こえる。
マイケルがやって来る。
彼は力任せに彼女の口のテープを剥がす。
「起きたか。すまない、他に方法がなかったんだ」
「今何時?」
「時間のことを聞くのか?いいだろう、教えてやる。十一時二十分だ」
「質問させて。お願い、もう一度チャンスをちょうだい。一緒に戻ってきてくれるか?」
マリアは戸惑い、瞳を震わせながら彼を見た。
「分かった、他に選択肢がないみたいね」
マイケルは驚く。
「承諾したのか?そんなに簡単に?」
「ええ、もちろんこの状況じゃ他に選択肢がないし、もうマルスにはうんざりよ。きっと死んだわ」
「簡単だったな。よし、祝わなきゃ。縄を解こう」
マリアは大きく驚く。
「こんなに簡単だったの?やっぱり運命がこの愛に狂った馬鹿を私に与えたんだわ」
彼は縄を解き、彼女は立ち上がる。
マイケルは彼女の前に立つ。
「よし、僕はヒーローで状況を救ったんだから、お姫様からのキスは?」
「ええ、いいわよ」
二人は近づく。
突然、マリアは彼の後ろポケットにある拳銃を奪い、彼に突きつけた。
「後ろに下がって、両手を上げて!」
マイケルは両手を上げ、後ずさる。
「驚いた顔をしないのね」
「いや、驚いてるよ」
「何に?」
「君が僕をそんなに馬鹿だと思ってることに」
「どういう意味?」
マイケルは手を下ろし、マリアへ向かって歩み寄る。
「何してるの?そこにいてって言ったのに」
一歩、また一歩。
「撃つわよ」
一歩、また一歩。
発砲。
マリアは撃つ。
しかし銃には弾が入っていなかった。
マリアは唖然とする。
「何で?」
マイケルが銃を彼女に向けているのを見る。
「裏切ったな」
「私がそんなに馬鹿じゃないって言ったんじゃなかったの?」
「ああ。誰でも取れる場所に弾の入った銃を置くほど馬鹿だと思ったのかい?」
マリアは唖然とする。
「ええ、あなたはそれくらい馬鹿よ」
「教えてくれ、マイケル」
「何だ?」
「愛する人に銃を向ける気分はどう?」
「嫌な気分だよ」
「それだけ?」
マイケルは下を向き、考える。
「ああ、それだけだ」
顔を上げると、マリアの姿が消えていた。
「は?」
マリアが背後から素早く現れ、大きな棒で彼の頭を殴った。
マイケルは倒れて気を失う。
マリアは彼を見下ろす。
「今まで見た中で一番馬鹿な人ね。時間がかからなくて良かったわ」
彼の腕の時計を見ると、十一時二十分を指していた。
マリアは唖然とする。
「何?時計が狂ってるの?」
マリアは彼を仰向けにし、持ち物を漁る。ハサミと懐中電灯を見つけた。
「これが必要になるわ」
マリアはそれらを取り、彼の携帯を取り出す。
時刻は十一時二十九分だった。
マリアは目を見開いた。
「急がなきゃ」
マリアは宮殿の中へ入って探し始める。三十秒かかった。
さらに探し、最後の部屋の隅に何かを見つける。
隅へ歩み寄り、床から奇妙な音がするのに気づく。
マリアは頭を下げ、床を叩く。
下が空洞のような音がした。
マリアはハサミを力いっぱい突き立てる。
木の床を貫く。
マリアはハサミを持ち上げると、床の木目に沿った小さな扉が開いた。
マリアはハサミを抜いてポケットに入れる。
マリアは地下へ飛び降りた。
辺りは完全な闇。
マリアは懐中電灯を取り出して点けると、至る所に爆弾があるのが見えた。
大きな爆弾が四方を埋め尽くし、中央にはテーブルがあり、その上に小さな爆弾、ダイナマイトがあり、赤と青のコードが伸びていた。
女はテーブルに近づき、小さな爆弾に十秒の表示があるのを見る。
数字が九に減る。
女はハサミを取り出す。
残り七秒。
六。
女はハサミを青いコードに当てる。
五。
そして躊躇う。
四。
赤い方に当て直すが、また躊躇って引っ込める。
三。
マリアはそれらをまとめ、目を閉じる。
切る。
マリアは目を開ける。
爆弾は止まり、数字は一で止まったまま、赤と青の両方のコードが切断されていた。
「両方一緒に切ったから爆発しなかった。私の勝ちよ」
「今は状況が落ち着くまでここにいなきゃ」
マリアは壁に座り込み、上を見上げた。
「あなたは今どこにいるのかしら?」
同じ頃、マルスのもとでは。
マルス:
「誰かが爆弾を止めたかもしれないって言ってるのか?」
「ああ、そうだ。かもしれないじゃない、確実だ」
「それなのに、驚いてないように見えるけど」
「なぜ驚く必要がある?」
「つまり、計画は失敗したってことだろ」
ライガは軽く笑う。
「何がおかしい?」
「今は十一時三十五分だ」
「ええ、それが何?その前に、見もしないでどうやって時間が分かるんだ?」
「上を見ろ」
マルスは驚いて上を見上げる。
マルスは唖然とする。そこには軍の飛行機が、大量にいた。
「これは何だ?」
「僕を馬鹿だと思ったか?第二の計画を用意してないとでも?」
「一体何をしたんだ?」
「簡単なことだ。総理を殺す前に、内務省と外務省に電話をかけさせたんだ。総理にこう言わせた。『人々が怪物に変わり、近づく者を皆殺しにしている。東京の住民は全員……』と」
「みんな既に知ってて、だから出入り口の道路を封鎖したと思ってた」
「ああ、その通り。だが僕は彼にこう言わせたんだ。『彼らに治療法はない。だから東京全体を爆撃しろ』と」
マルスの目が見開かれる。
「正気か!?」
「急いだ方がいい。もう十一時十分だ。東京がすべて消えるまで残り二十分しかない」
マルスは唖然とする。
ライガは高らかに笑う。
「HAHAHAHAHAHAHA!」
マルスは全速力で走り出す。ライガの声は消えた。
彼は死んだ……
五分後
マルスは猛スピードで通りを走っている。周りでは人々が少しずつ正気に戻りつつあった。
人々:
「何が起きたんだ?」
「ここはどこだ?」
「なぜここにいるんだ?」
女が叫ぶ:
「私の息子はどこ!?」
苦痛に叫ぶ人々。怪我をし、体の一部を失った者もいる。死んだ人々の上に倒れ込み、恐怖に叫ぶ者も。
五分後、マルスは大きな会社の前に着く。そこにはこう書かれていた:
「日本中央通信会社」
マルスは上を見上げ、飛行機がさらに増え、爆撃の準備をしているのを見る。
マルスは急いで中に入り、社長室を探して上へ向かう。
三分後、マルスは社長室に着いた。
机の上の電話を取り、名簿と本を探し、番号を探す。
そこにこう書かれた名前を見つける:
「外務省……」
マルスは唯一残った右手で素早く番号を書き、電話をかける。
受話器を右手で持つ。
マルスは急いで話す:
「早く、早く、早く……頼む、出てくれ」
回線が繋がる。
マルスは嬉しくなる。
誰かが応答する。
「どちら様ですか?」
マルス:
「外務省ですか?」
「ええ、そうです。早く、用件を。仕事が……」
「爆撃命令を今すぐ取り消してください」
「なぜだ?」
「人々は正気に戻り始めています。命令を取り消さなければ」
「できない。総理からの確定した命令だ。総理の命令は絶対だ」
「それでも、人々は正気に戻り始めているんです。取り消してください」
「証拠を出せ……!」
「あ……」
電話が切れる。
マルスは電話を投げ捨てる。
「くそっ……」
マルスは何かを思い出す。
別の場所、東京の外、神奈川県では、何千人もの人々がどこかに集まり、怒りに満ちて叫び、こう書かれたプラカードを掲げていた:
「東京を守れ」
ニュースチャンネルでは。
女性が話している:
「国民に情報が流出しました。そこには戦闘機や無人機が総理の命令で東京全体を爆撃するために派遣されたと記されています。東京が戦場のようになり、人々が互いに殺し合っているという理由からです。しかし今、日本中で囁かれている疑問は『東京と中にいる一千四百万人はどうなるのか?』ということです」
別の場所。
外務大臣は怒りで拳で窓を叩き割る。
「誰が情報を漏らした!?」
若い男と女性兵士たちが彼を連れてくる。
「情報を漏らした者を見つけました、閣下」
外務大臣が彼に近づく。
男は怯える。
「二度としません、だから殺さないでください、お願いします」
総理大臣が彼のもとへ降りてくる。
「国家の機密情報を全国民に漏らした罪が何か知っているか?」
「い、いえ、閣下」
外務大臣は立ち上がり、窓の方へ行き、星空を見上げる。
「死刑だ」
男が叫ぶ:
「い、いや、閣下……」
兵士が素早く発砲する。
「処刑完了しました、閣下」
「よし。下がれ。一人になりたい」
「はっ、閣下」
二人は去る。
彼は再び空を見上げ、目を鋭くする。
同時刻。
十一時五十五分
マルスは永田町にいた。
横に広い大きな建物。
「ここが日本の総理官邸、首相官邸だ」
マルスは猛スピードで中に入る。
二分後。
マルスは上、二階にいる。
総理の執務室。
マルスは時計を見る。
十一時五十七分。
「急がなきゃ」
執務机の前にとても大きなスクリーンがある。
マルスはそれを起動する。
十一時五十八分。
そして何かを書き続ける。
十一時五十九分。
マルスは送信を押す。
そして待つ。
別の場所。
飛行機の中、パイロットたちが拡声器で言う:
「これより投下を開始する」
下にいる人々は皆怯えている。
家族や、再会を果たした人々は、死を覚悟しているかのように互いを見つめている。
「僕たち、助からないんだよね、お母さん?」
母親はしゃがみ込み、子供を抱きしめながら泣く。
どこかで、ユーリはテレビを見てニュースを見ており、とても不安そうに、泣きそうなか細い声で言う:
「お母さん……」
マルスのもとでは。
発射まで残り十秒。
マルスは待つ。
突然スクリーンに表示される:
「送信に失敗しました」
九
八
マルスの目が見開かれる。
「くそっ!!」
七
スクリーンに表示される:
「再送信しますか?」
六
マルスは「はい」を押す。
そして待つ。
五
四
すべての戦闘機と無人機が発射・爆撃の準備を整える。
三
二
「これより発射……」
飛行機にいるすべての兵士の目の前のスクリーンにメッセージが表示されるのが見える:
「この都市への空爆を禁止する」
東京中の巨大な広告スクリーンにも同じメッセージが。
人々はそれを見て唖然とする。
日本全国、テレビや大小のスクリーン、車の中、家の中、街の中心、同じメッセージが流れる。
パイロットたちが連絡する:
「発射命令は取り消されました。これより帰投します」
すべての飛行機が引き返す。
住民たち:
「助かったのか?」
マルスのもとでは。
強く息を吐く。
「やっと成功した……」
「くそ、疲れた」
「誰かが来る前にここから出なきゃ」
しばらくして。
マルスはそこから出る。
ついに街を救うことができた。
しかし甚大な代償を払った。上半身の左半分が爆発し、顔の右側は口の右端から上がほとんど残っておらず、開いたままの目は見えておらず、左腕は完全に吹き飛ばされて無くなっていた。
マルスは出てきて、頭を下げながら歩く。
突然目の前から声が聞こえる。
少しずつ頭を上げる。
目を見開く。
目の前には何千、いや何百万もの人々が彼を見つめていた。
男がマルスに話しかける:
「おい、そこの君、総理はどこだ?」
マルスは彼を見た。
少し躊躇うが、彼に言う:
「もうとっくに死んだよ」
人々は互いに顔を見合わせ、唖然とする。
そして問いかける:
「ということは……」
男が手を大きく開いてマルスに向け、叫ぶ:
「皆!この男こそが『夜の救世主』だ!」
皆が歓喜の声を上げる。
マルスは驚いたように見つめる。
突然マルスは地面に倒れた。
それ以来、マルスは東京と日本中の人々にとって忘れられない存在となり、こう呼ばれるようになった:
「夜の救世主」
四日後
さいたま中央病院。
ユーリは病院の一室に座っている。
そこにはマルスが眠っており、上半身は右の顔の、右の唇の上を除いて全身包帯で巻かれ、手は骨折のため厚く包帯が巻かれていた。
「父さん、東京の英雄になったんだね、東京は七百万人の住民を失ったけど、それはすごく大きな数だよ。父さん、僕は前から君の本当の姿を知ってた、僕は絶対に君みたいにはなりたくない。NOXAR社は完全に閉鎖されたよ」
「父さん、その日あんなことを言ってごめん。ただ、僕は君を愛して尊敬してたってことだけ知っててほしい」
ユーリは彼を見つめ、彼はまだ眠っている。
ユーリは少し微笑んで立ち上がる。
一歩ずつドアへ歩く。
去る前に:
「そうだ、父さん。母さんがもうすぐ来るって言ってたよ。だから、幸運を祈るよ」
ユーリは去る。
病院の出口。
ユーリはマリアを見かける。
駆け寄る。
「やあ、お母さん……元気?」
「ええ、元気よ、愛しい子」
「よかった……そうだ、父さんはまだ意識がないから……」
「分かってるわ、ユーリ」
「そっか……」
彼女の手を見る。赤い花を持っている。
「花を持ってきたの?」
マリアは恥ずかしそうに赤面する。
「それが何?」
「うん、お母さん、行かなきゃ。幸運を祈るよ」
「ええ、気をつけてね」
「うん!」
マリアは歩き出す。
一歩、また一歩。
こう書かれた部屋にたどり着く:
202
「この部屋だったかしら」
マリアはドアノブに手をかける。
息を吸う。
吸って……吐いて。
マリアはドアを開ける。
そしてまっすぐベッドの方を見る。
彼女の目は驚いてはいないが、虚ろだった。
ベッドは空っぽだった……
別の場所。
マルスは東京の通りの一つをゆっくりと歩いていた。
一歩、また一歩。
雨が激しく降りしきる中、男は寒さも服を濡らす水も感じないかのように歩き続けていた。
心の中で言った:
『死とは……死とは何だ?死とは肉体が意識を失うことなのか?』
一歩、また一歩。
『死の向こうには何がある?』
一歩、また一歩。
『本当に天国と地獄はあるのか?』
一歩、また一歩。
『死んだ後に人生はあるのか?』
マルスは歩き続け、やがて高い場所にたどり着いた。
周囲を見渡せる大きな丘で、雨は容赦なく降り続けていた。
マルスは崖っぷちに立つ。体には包帯が少し巻かれ、残りは解けていた。
そして笑い始めた。
最初は小さな笑い……
それがだんだん大きくなっていく。
雨の下で笑い、人生で最も恐ろしい考えの中に、何かおかしなものを見つけたかのように。
そして言った:
『人間は死に向かって生きる唯一の生き物だ。僕らは最後に死ぬんじゃない……生きながら死んでいくんだ。ほとんどの人はこの真実から逃げるから、偽りの人生を生きている』
笑うのをやめた。
手を少し上げ、そして下を見た。
『僕は科学者じゃないし、宗教家でもない。ただ知りたいんだ……死が僕をどこへ連れて行くのかを』
しばし沈黙。
『死とは深い眠り、夢も見ない眠りなのかもしれない……あるいは魂が別の世界へ旅することなのかもしれない』
自分の手を見た。爆発した部分と手を見た。
『死とは肉体が意識を失うことなのかもしれない』
そして奇妙な微笑みを浮かべた。
『でも正直……それは間違ってると思う』
空を見上げた。
『体はただの死体……意識が入った人形だ。体が意識を失えば、ただ腐っていく肉体になる。心臓が止まり、体のすべての機能が止まる……残るのは意識だけ、自分の終わりを待つ意識だけだ』
少し黙った。
右足を一歩前に踏み出す。
少し後ろを振り返り、何かを待つようにしたが、何もなかった。
マルスは再び下を見る。
マルスは一歩を踏み出し、落ちていく……
雨の中、雲は厚く垂れ込め、誰もいなかった。
終わり
こうして、マルスの物語は終わった。
人生をかけて「死」の意味を探し続けた男。
だが最後に、自ら死と向き合ったその時でさえ、彼は答えを見つけることができなかった。
もしかすると、彼の旅は死を探す旅ではなく、
「生きる」ということの意味を探す旅だったのかもしれない。
一歩、また一歩と、彼は生きた。
失い、愛し、戦い、そして何百万もの人々を救った。
そしてついに、最後の一歩へと辿り着いた。
その一歩が、何か別のものの始まりだったのかもしれない。
それとも――
本当に、終わりだったのかもしれない。
終わり。




