裏切りの引き金
爆発の直後、マーズは地面に叩きつけられた。激しく息を切らし、手の中では拳銃だけが鈍く光っている。
すぐに立ち上がる。横になっている暇などない。だが――車がない、どうする?
その時、頭の上で重い唸り声がした。プロペラの音だ。
見上げると、ヘリコプター。乗っているのは三人。操縦士と、あと二人。そのうちの一人が、イノスケだった。
マーズの目は見開かれた。兵士が構えているのは、ヘリ用の特殊火器――回転式機関銃。
「目標を捕捉。発射準備完了」
イノスケは下を見た。そこには横たわる部下たちの死体。
ゆっくりと手を上げ、言った。
「撃て」
機関銃が凄まじい速度で回転を始め、途切れることのない弾幕を吐き出した。
弾道はマーズの左側から始まり、じりじりと彼へと寄ってくる。マーズは全力で走った。紙一重で弾をかわし、砕けた車の残骸の影に身を隠す。息は荒く、心臓が破裂しそうだった。
ふと顔を上げると、真上にヘリがいる。
また走る。背後ではアスファルトを弾く銃声が追いかけてくる。
――こいつは人間か? どうやって銃弾を避けている?
走りながら、マーズは路肩に一台の車を見つけた。そこへ向かって駆ける。一歩、また一歩。ようやく辿り着き、ドアを乱暴に開けて滑り込む。キーはない。ハンドルの下の小さなパネルを叩き割り、中のコードを引きちぎって直接繋ぐ。エンジンが唸りを上げた。
マーズはアクセルを床まで踏み込んだ。車体に何発か食らったが、車は止まらない。前へ、前へと突っ走る。
ヘリが追ってくる。だがマーズは狭い路地にハンドルを切った。ヘリは入れない。
しばらく路地の中で停車し、ヘリが去るのを待つ。
「ここに長くはいられない」
ヘリが反対方向へ旋回した隙に、一気に飛び出した。高速道路へ出て、さらに速度を上げる。不思議なことに、イノスケは自分を見ているはずなのに、追っては来ない。代わりに携帯を取り出し、誰かに電話をかけていた。
数時間後。
日は落ち、辺りは薄暗くなっていた。
マーズは止まらない。限界まで飛ばし、ある場所を目指していた。
「あの辺にあるはずだ」
車の後ろには薬で朦朧とした人間たちが山積みにされ、前にもゾンビのようにふらつく連中が徘徊している。マーズは容赦なく彼らを轢き潰して進んだ。
そして、目的地に着いた。
「やっと着いたか……ガソリンスタンドだ」
給油機の横に車を止め、降りる。背後から来た連中に向けて拳銃を撃つ。弾切れになる。ポケットから予備弾を取り出し、リロードして再び撃つ。全て片付けると、給油ノズル――ソンデを取り、給油口に差し込んだ。
給油したままにして、彼はスーパーマーケットの中へ入った。一歩、また一歩とゆっくり歩く。ジュースの缶を取り、食料を手に取り、食べながら歩く。
その時、外から何台もの車の音がした。
マーズは拳銃を抜き、身構える。
車のドアが乱暴に開閉する音。ゆっくりと前へ進む。足音が聞こえる。息を潜めて待つ。
一歩、また一歩。
身構える。
一歩、また一歩。
突然、対テロ装備の兵士が姿を現した。
男はマーズを見つけ、素早く銃を構えて叫んだ。
「いたぞ――」
――パンッ!
男は倒れた。マーズが頭を撃ち抜いたのだ。
別の兵士が叫ぶ。
「今の音は何だ!?」
全員が駆け寄ってくる。床に広がる死体と血溜まりを見て、前を見る。そこにマーズがいた。
マーズは撃つ。一人目が倒れる。二人目は隠れる。
マイクを取り出し叫ぶ。「ここだ! 全員こっちに来い!」
通信を切り、マーズのいた方を見るが、もう誰もいない。
次の瞬間、マーズはその兵士の背後に現れ、頭を撃った。即死だった。
走ってくる足音。六人の兵士が現れ、死体を見回す。
「ここで何があった?」
突然、瓶の並んだ大きな棚が彼らの方へ倒れてきた。
「うわあああっ!」
棚は彼らの上に崩れ落ちる。瓶が割れる音。マーズは棚の裏にいた。
血が棚の下から流れ出るのを見つめ、身を翻したその時、下から物音がした。棚が上下に揺れている。誰かが持ち上げようとしているのだ。
マーズが棚を持ち上げると、兵士たちはまだ生きていた。虫の息だったが。マーズは銃口を向け、引き金を引いた。
しばらくして、マーズはスーパーを出た。
外には兵士たちが乗ってきた三台の車。
それらを無視し、自分の車へ向かう。ドアを開け、ポケットから新しいライターを取り出し、火を点け、燃えたまま地面に投げ捨てた。
そして全速力で発進する。給油機は止めておらず、燃料はゆっくりと流れ続けていた。
スーパーの裏から、マイクを持った兵士が隠れながら出てきた。
「はい、閣下。かろうじて見つからずに逃げました。奴は例の合流地点へ向かっています」
「よし。すぐにこちらへ合流しろ」
「了解」
通話を切り、兵士の車へ向かおうとした時、奇妙な液体の流れる音に気づいた。左側の地面を見ると、燃料がゆっくりと流れ、そばには燃えるライター。燃料はライターへと向かっていた。
兵士は冷たく呟いた。
「くそっ」
BOOOOMッ! スタンド全体が爆発した。
マーズは前へと走り続けていた。
辺りは静かだったが、突然背後から車が現れる。
「またかよ。くそっ、もっと飛ばす」
アクセルを踏み込み、橋へと入った。猛スピードで走り、二台の車がすぐ後ろに迫る。
「このままなら追いつかれは――」突然、破裂音。タイヤが爆発したのだ。車が止まる。マーズは素早く飛び出し、道路に仕掛けられたスパイクストリップを見た。それがタイヤを潰したのだ。
二台の車が止まり、中から次々と降りてくる。九人の兵士。そしてその後ろから、イノスケが一歩一歩前へ進んでくる。
兵士たちは唾を飲み込み、一人は祈りを唱え、他の者は震えていた。
イノスケが口を開く。
「怖いのか? 怖いのかと聞いている。あいつの力を見て、怖気づいたのか。よく聞け」
そして肺の限りに叫んだ。
「大きさを見るな! 身長を見るな! 見ろ、あいつは一人だ! たった一人だ! あいつは一人、俺たちは二十人だ! あいつは一人、俺たちは一つの心だ! 強い奴が怖いんじゃない、バラバラだから怖いんだ! 俺たちはバラバラじゃない!」
マーズは疲労で息を切らし、少し血を流していた。
「見ろ! あいつは息をしている! 疲れるんだ! 血も流れる! なら神じゃない! ただの男だ……男は、倒せる!」
兵士たちは震え、一人は鳥肌を立て、唾を飲み込んだ。
「はい、閣下!」
その時、マーズは車のドアを開け、何かを取り出した。兵士から奪ったM4アサルトライフルだ。彼らに向けて構える。
「よし、今から戦争だ」
イノスケは舌打ちした。「この野郎が!」
恐怖が兵士全員の顔に浮かんでいる。
マーズは呟く。「弾は二十発しかない。威圧するしかない」
左右を見回す。
「何かおかしい」
もう一度見る。
目が見開かれる。「九人いたはずだ。ここには八人しかいない。もう一人はどこだ?」
目を凝らし、彼らの背後に注目する。
隠れている兵士がいた。スナイパーライフルを構えている。
「まずい」
発射! スナイパーは長く速い弾を放った。
同時にマーズも撃った。
二つの弾丸が同じ軌道を、空中を飛ぶ。
二つの弾は速く、同じ方向へ向かっていた。
中間地点で衝突した。鋭い金属音が響き、細かな破片が空中に散り、残りの弾頭は軌道を逸れて飛んでいった。
マーズはもう一発撃つ。弾は兵士たちの足元を掠め、スナイパーへ向かう。頭部に命中。即死だった。
兵士たちはパニックに陥る。
イノスケが叫ぶ。「くそっ、今どうする? アサルトライフルを持ってるから何だってんだ?」一人の兵士が後ずさり、足を宙に浮かせた。イノスケが怒鳴る。「止まれ! 一歩も引くな! 今引いた奴は一人で死ぬぞ! 倒れた奴を見るな! 残った俺たちを見ろ! 俺たちがここにいる! 一発は重いかもしれん、だが俺たちの一撃は二十発だ! あいつは体一つで戦い、俺たちは絆で戦うんだ! 行け、あいつは俺たちが武器に気を取られている隙に、その正確さと速さで俺たちを翻弄しているんだ!」
兵士たちは一歩前に出る。「くそったれ、兵士の何たるかを教えてやる」全員が武器を捨て、走り出した。
マーズは驚愕する。「何だ? 素手で来る気か? 望むところだ」マーズも武器を捨てた。
イノスケも走る。武器は地面に置いたまま。
マーズはイノスケへ向かって突進する。残りの兵士たちはナイフを握っている。
一歩、また一歩、マーズ。
一歩、また一歩、イノスケ。
二人はぶつかる。マーズの右側頭部への一撃。イノスケは両腕で受け止め、耐える。今度は左から。今回は入った。
イノスケは体勢を立て直し、反撃する。互いの腹へ、連続で拳がめり込む。
マーズは攻撃をいなしながら打つ。体を翻し、空中で宙返りし、足でイノスケの頭を蹴る。イノスケは後ろへ弾かれる。
マーズが着地する。
背後から兵士がナイフで襲ってくる。マーズは手首を掴み、締め上げ、ナイフを落とさせる。
また背後から襲撃。だがマーズは身をかわす。
最初の一人を殴り、後ろへ下がらせる。二人目がマーズの頭を狙って蹴りを放つ。マーズはしゃがみ、その足を掴み、振り回して一人目に投げつける。
後ろからさらに三人。マーズは素早く落ちていたナイフを拾う。一人目が来る、頭に突き刺し、そのまま残りの二人に投げつける。
前を向いた瞬間、背後から気配。
イノスケだ。両手を振り上げ、マーズの頭を叩く。マーズはしゃがんでかわすが、二撃目で手を掴まれ立ち上がる、そのまま腹を蹴られる。血を吐くイノスケ。
背後から兵士がマーズの首を絞める。苦しみながら腕を叩く。二人目が顔を殴る。マーズは少し朦朧とする。
だが叫び声を上げた。
「あああああっ!」
前の兵士の体を足で駆け上がり、後ろの兵士の拘束から逃れ、その背後に回り込む。首を絞め、駆け寄ってきたもう一人を担ぎ上げてぶつける。ナイフを手に取り、二人まとめて刺す。他の者が来るが、イノスケは倒れて起き上がろうとしているところに、飛んできたもの――ナイフが頭へ。柄の部分が当たり、意識を失う。
五対一。うち二人はナイフ持ち、残りは素手。
連続で襲いかかるが、マーズは全てかわす。跳躍し、兵士の顔を踏み台にして後方へ跳ぶ。
立ち上がり、構える。兵士たちも構える。
マーズが突っ込む。彼らも叫びながら走る。
激突。蹴りをかわし、一人の顔面を殴る。
他の者が来る。一人の腹を殴る。血を吐いて何歩も後退し倒れる。ナイフを持った奴が斬りかかるがかわし、ナイフを奪い取り、その口に突き立てる。口から血を噴き出して死ぬ。口からナイフを引き抜き、死体が倒れる。別の奴が来るがかわし、背中にナイフを突き立てる。悲鳴を上げて倒れる。
「残り三人。一人は倒れてる、あと二人」
二人がマーズへ向かって走る。一人目が殴りかかる。マーズが構えた瞬間、途中で止まる。
「囮か?」
背後から二人目が跳び、足を伸ばしてマーズの頭を狙う。マーズはかわす。兵士は落ちてすぐ立ち上がる。一人目が殴りかかる。マーズはわずかに頭を後ろに逸らしてかわし、二撃目を手で掴んで後ろへ放り投げる。二人目と打ち合いになる。顔を殴られるが、相手が突然ナイフを出して顔を狙ってくる。掴んで奪い取る。
「おいおい、ルール違反だろ」ナイフを取り上げる。
その時、背後から叫び声。
「ああああっ!」
拳銃を持ち、引き金に指をかけた兵士がいた。
マーズは持っていたナイフを振り、引き金を引こうとした指を切り落とした。男は空中に落ちながら倒れ、マーズはその首をナイフで斬りつけ殺す。
二人目の方へ戻り、頭の上からナイフを振り下ろす。頭蓋を貫通し、死んだ。
マーズは立ち止まり、激しく息をつく。周りには死体と血。背後で擦れるような音がした。
振り向くと、倒れたはずの兵士が逃げようと這っていた。
背後から近づく。
一歩、また一歩。
兵士は怯え、必死で逃げようと這う。力を振り絞って這う。
一歩、また一歩。
怯えながら、掠れた声で言う。「あ……」
一歩、また一歩。
全力で這って逃げようとする。足と手で這う。
一歩、また一歩。マーズは彼の前に立ち止まり、真っ直ぐ見下ろす。
兵士は見上げる。目はこれ以上ないほど見開かれ、顔は真っ青、涎を垂らしている。
「ああああっ」
マーズはナイフを振り上げ、力任せに振り下ろした。
――ガシッ!
誰かがマーズの手首を掴んだ。
イノスケだ。言った。
「心はないのか?」
見つめ合う。
兵士はまだ上を見上げ、顔は青白く、目は見開いたまま、涎を垂らしている。すでに死んでいた。
マーズ。「そういうことか。怒ってないのか?」
「なぜ怒る? 彼らは英雄として死んだ。街を守って死んだ。自分たちの前に死んだ者たちの希望を背負って死んだんだ」
マーズ。「そうか。でもがっかりしたよ、正直」
「なぜだ?」
「もっと強いと思ってた。でも他の奴らと変わらない」
「ああ、変わらないさ。彼らは俺の兄弟だからな。だが隊長として、お前を殺さなきゃならない」
突然、イノスケはマーズの顔を殴り、後ろへ吹き飛ばす。マーズは少しよろめくが踏みとどまる。口元に指を当て、血を見る。少し血を吐き出す。そして素早く戻り、同じように殴り返す。イノスケも後ろへ下がる。
イノスケが走る。互いに凄まじい速さで殴り合う。マーズは少ししゃがみ、イノスケの一撃をかわし、打ち返すが、イノスケは軽く手を払う。
連続攻撃を軽くいなす。イノスケはマーズの腕を掴む。マーズはその背中で宙返りし、振りほどき、足を蹴る。
イノスケはマーズの腹を蹴り、膝をつかせる。足が顔面へ向かってくるのが見えるが、かわす。
そうして二人は三十分もの間戦い続けた。その三十分の光景――
イノスケがマーズの顔を殴る。
マーズがイノスケを持ち上げ、車へ投げつける。
イノスケが鉄パイプでマーズの頭を殴る。
互いに凄まじい速さで打ち合い、マーズは回転してかわし、イノスケを殴り、跳んで蹴り、膝や足も使って打ち合う。
三十分後。
二人とも消耗しきっていた。
マーズはイノスケを突き飛ばし、口元の血を拭う。
その時、海の方、橋の下を何かが進んでくるのが見えた。小さな船、いやボートだ。
イノスケ。「俺は……やっぱり拳銃なしじゃ戦えないよ。悪いが素手の遊びは終わりだ」
拳銃を取り出し、マーズに向ける。
「心配するな。お前を殺したら、ルールを破った罰としてすぐに後を追う」
マーズは向かってくるボートを見て、橋の下へ降りる。そしてイノスケへ視線を戻す。
「悪いけど、殺されるわけにはいかない。やらなきゃならない仕事があるんだ」
イノスケ。「俺も悪いが、ここで今、お前を殺さなきゃならない」
「なら、やってみろ」
マーズは橋の後ろ側から飛び降りた。イノスケが叫ぶ。「うわああっ!!」
駆け寄る。「自殺したのか?」
下を見る。そこには小さな船と、その上にいるマーズがいた。
マーズは前を見る。港が見える。
「体が壊れた。飛び降りるんじゃなかった。行かないと」
しばらくして、マーズは港に着く。
雨が降り始めていた。
大量の雨。
マーズは港に降り立つ。頭を下げたまま歩く。
一歩、また一歩。
顔を上げる。
目が見開かれる。
雨の中、血まみれの男が立っていた。
「まさか……」
イノスケだ。
「どうやって追ってきた?」
背後に兵士の車が見える。
「そういうことか。よし、続きをやるか?」
イノスケが叫ぶ。
「AAAAAAAHHHHH!!」
マーズへ向かって走る。
マーズも走る。
二人はぶつかり、拳を握り締めて殴り合う。
しばらくして。二人とも疲れ果て、雨の中で殴り合う。
マーズが腹を殴る。
イノスケは腕を掴んで投げ飛ばし、殴りかかるが、マーズは素早く立ち上がって殴り返す。イノスケが倒れ、突然拳銃を取り出しマーズへ向ける。マーズは素早く叩き落とし、武器を遠くへ弾く。イノスケは倒れ、空を見上げる。
マーズは立ち尽くし、イノスケは地面に倒れたまま、二人とも荒い息をつく。イノスケはかろうじて息をしている。
イノスケ。「……失敗した」手を上へ上げる。「妻の仇を討つのに、失敗した」
マーズ。「いや、失敗じゃない」
イノスケが顔を向ける。「どういう意味だ?」
「お前に本当の話をする時間を与えなかった。話させてくれ」
「お前の話なんて聞きたくない」
「せめてチャンスをくれ。損はしない。むしろ楽になる」
イノスケは再び空を見上げる。「話せ」
五年年前、日本、東京。
マーズは人混みの中を歩いていた。一歩、また一歩。
混雑から抜け出す。
「やっと出られた」左を見ると、路地がある。そこに女性と、彼女から鞄を奪おうとしている男がいた。
「俺には関係ないことだが、放っておけないな」全力で走る。一歩、また一歩。
男が拳銃を取り出した。
「鞄をよこせ」
「やめて、誰か助けて!」
マーズ。「そこで止まれ」
男はマーズを見る。「くそ、逃げるしかない」マーズは飛びかかり、押し倒す。
「離せ」
「離さない」
女性の方を向く。「何してる、早く逃げろ」
「は、はい!」女性は走って逃げる。
男。「離せって言ってるだろ」引き金を引く。
銃声。
マーズはかわす。
男は怯える。「ど、どうやって……どうやって銃弾をかわした? 化け物か?」
マーズ。「ああ、よく言われるよ――」言葉が止まる。地面についた手に血が付いているのに気づく。
下を見る。血が流れて自分の方へ来ている。
少しクラッとする。後ろを振り向く。
目が見開かれ、心臓が激しく打ち、強い耳鳴りがする。
女性がいた。頭に銃弾を受けて死んでいる。目は開いたままだ。
マーズはバランスを崩す。その隙に男は拳銃を落として逃げる。
正気に戻ったマーズは、逃げる男を見つけ、素早く拳銃を拾い、肩を狙って撃つ。肩に当たり、男は膝をつく。
「ぎゃあああっ!」男はすぐに立ち上がり、血まみれのまま走り続ける。マーズは撃とうとするが、拳銃には二発しか入っていなかった。男は走り、逃げ、通りに出る。そこへ猛スピードの車が来る。乗っているのはイノスケ。
イノスケは急ブレーキを踏み、ハンドルを右に切るが、車は男に衝突し、男は遠くへ飛ばされて倒れる。イノスケは男が逃げてきた場所を見る。そこには倒れて死んでいる妻の姿。
マーズと目が合った。一瞬だけ。だがすぐに姿を消した。
――現在。
マーズ。「これが本当の話だ。分かったか?」
イノスケは上を見たまま。「本当なのか?」
「信じないのは分かってる――」
「いや……信じるよ、マーズ」微笑む。「信じる。俺たちは……似た者同士だと分かったからな」イノスケは目を閉じる。手から力が抜け、頭が少し傾く。
マーズは空を見上げる。「くそ、くそ、くそっ」
数時間後。東京の中心、千代田区大手町。
マーズ。「あそこにある、巨大なビルだ」
NOXAR本社、製薬会社。
マーズは素早く中へ入る。一歩、また一歩と急ぐ。階段へ向かい、駆け上がる。一歩、また一歩。
怒りの表情を浮かべ、登る。一歩、また一歩、また一歩、また一歩、また一歩、また一歩、また一歩、また一歩、また一歩、また一歩、また一歩、また一歩。
最上階の一つ下の階に着く。そこにある唯一の部屋へ急ぐ。勢いよく入る。
中へ入りながら叫ぶ。
「ライガ!! どこにいる!?」
社長机に誰かが座っているのに気づく。椅子は後ろ向きで、窓の方を向いている。
「よく来たな」
椅子がゆっくりとこちらへ回る。
「やあ、マーズ」
マーズ。「何だと? ジャック? ここで何してる?」
ジャック。「お前は俺が何を経験したか知らないんだ、マーズ。聞いてくれ、マーズ、あいつらは化け物なんだ!」
「どういう意味だ? 誰が?」
マーズ。「俺たちは死を恐れてるんじゃない、死ぬという考えを恐れてるんだ。俺たちは毎日少しずつ死んでるんだ。過ぎる一日一日が、死の一部なんだよ」
「死なないように止めに来てくれるのかと思ったら、死を怖がらなくなるような哲学を語るのか」
「教えてくれ、マーズ。人生は短いと思うか?」
「人生は短くない。俺たちが忘却によって短くしているんだ」
「なるほど、ありがとう。そして……すまない」ジャックは真っ黒な小さな棒を取り出す。先端には赤いボタン。
「あいつに言われたんだ。これをやれば妻は見逃してやるって」ジャックはボタンを押した。
マーズはありったけの力で叫んだ。
「ジャックううううっ!!!」
会社の外。
突然――
BOOOOOOMッ!!
最上階の一つ下の階全体が爆発した。
会社の外。
突然――
――ドォォォォォォンッ!!
凄まじい爆発が東京の夜を震わせた。
NOXAR本社の最上階、その一つ下の階が一瞬にして炎に包まれる。
窓ガラスが次々と砕け散り、黒煙が夜空へと立ち昇っていく。
そして――
マーズの姿は、炎と煙の中へ消えた。
生きているのか。
死んだのか。
誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは――
この爆発を境に、すべてが変わり始めたということだった。




