ブロマイド密売事件01
「これは君向きの事件じゃないかと思って」
百瀬千里は持ち込んだ一枚の紙片を司書室の机の上に滑らせた。
雪乃先輩は髪を左手でかきあげながら、それを受け取るとしばらく見つめていた。
「ふふっ、これぞミッション系女子校の事件ね」
紙片を胸にかき抱いたまま、少し悲しげに笑ってから私に手渡してくれた。
それはどう見ても隠し撮りされた千里先輩のブロマイドだった。
「もちろん千里さんのものだけじゃないんでしょう?」
雪乃先輩はそっとカップを持ち上げると、ほんの湿らす程度に紅茶を口に含んだ。
「売れ筋は雪乃、君と、僕、それから七々瀬のものだってさ」
「写真の色彩から、登校時間に盗撮されたものだけだけど」
「別の時間帯のもあるのかはわからない」
千里先輩はいつもの芝居がかった仕草で首を捻りながら言った。
「つまりは、大々的な盗撮ブロマイドを販売するネットワークがあるらしいよ」
雪乃先輩は千里先輩のブロマイドをじっ、と眺めてから千里先輩に向き直った。 「萌花ちゃんのはないのかしら?」
先輩は素朴な疑問とでも言うように囁いた。
「あはははは、さすがだね雪乃!」
千里先輩はこれ以上ないくらい笑い転げている。
「だって……欲しかったんですもの」
雪乃先輩は髪を指で弄びながらそっと目を伏せた。
「わ、っ、わたしのなんてあるわけありませんよ」
手に持ったカップからこぼれた紅茶がスカートに淡い染みを作るのも気づかずにわたしは抗議した。
「萌花くん、君ね。結構上級生に人気あるんだぜ?知らないのかい?」
千里先輩は急にハードボイルドめいた言い方をした。
雪乃先輩のお友達。その事実だけで、清心館女学院で名前が知られてしまっている事自体は当然わかっていた。
けれどブロマイド?盗撮ブロマイドって?わたしの??どこに需要が?
先輩はわたしの心を読んだように
「あら、一枚手に入れて欲しかったのに」
雪乃先輩はそっとわたしにハンカチを手渡しながら袖をつまんできた。
「ちなみに椿姫のブロマイドはあったよ。一枚手に入れたんだ」
千里先輩は愛おしそうに生徒手帳に挟んだ一枚の写真を取り出した。
しばらくの沈黙の後、ゆったりと雪乃先輩は言った。
「それなら購入ルートがもうわかってるって事ですよね?」
雪乃先輩は顎に手を置いて考え込みながら
「私の出番はないんじゃないかしら」
事件がもう終わっていると思ったのか、がっかりした様子で肩を落とすと窓の外に目をやった。つられて窓の外を見ると、バルコニーの手すりに止まったカラスと真正面から目があってしまいわたしは慌てて逸らす。
千里先輩は首を振りながら雪乃先輩の方を見つめながら言った。
「それが違うんだ。僕はこれを持っていた子から買い取ってね」
「だから出所は聞いてないし、聞かないっていう条件でね」
なんだか千里先輩が言うと本当にスパイものの女優のようで
「こういうのはね。販売ルートも黒幕も暴かない代わりに手に入れるしかないんだ」
「そういうもんだろ?」
最後まで言い終わると、そっとスカートの埃を払った。
雪乃先輩は黙って首肯した。
「まだ私の出番があるようで嬉しい限りね」
そう言う雪乃先輩に千里先輩は今日はご機嫌のようでいつもより饒舌に続けた。
「それにしても隠し撮りっていうのがいいよねえ」
「頼めばいくらでも撮らせてくれるからさ、椿姫は」
「恥ずかしいって文句言いながらだから、こういう素顔の表情はなかなか手に入らなくてね」
確かに普段の気取らない表情がよく収められていると言えるかもしれなかった。
「萌花くんにも雪乃の隠し撮り一枚くらい調達してこようか?」
「それくらいの人脈はあるからね」
「わ、わたしは、そういうのいいです。いらないです」
先輩が傷つくって知ってますから。それは口には出さなかった。
「萌花くんは真面目だねえ。僕なんて撮ってもらう分にはなんでもないけれど」
「ま、それも人それぞれか。雪乃には雪乃の考え方や感性。傷のつき方もあるってところかな」
「少し話を戻そうか」
顔にかかった髪を祓うと千里先輩はソファに座り直した。
千里先輩は雪乃先輩にもう一度ブロマイドを渡した。
しっかりと分析と推理をしてもらおうという心づもりらしかった。
雪乃先輩は表裏を繰り返しひっくり返しながら答えた。
「ブロマイド自体はデジタルカメラで撮ったものを印刷したものですね」
「結構な望遠での撮影だよ。それだけでも絞り込めるんじゃないかな」
千里先輩は美術部の知識を披露しながら雪乃先輩に言った。先輩は頷きながら
「ちょっと反りがあるのはなぜでしょう?印刷時の癖かしら」
「ここから機械をしぼり込めるかも」
「それに、反りと同じ方向にうっすらと入ったシワはなんでしょうか」
雪乃先輩は千里さんに問いかけた。
「ああ、それは譲り受けた時から入っていたんだ」
それを聞いた雪乃先輩は推理する時の癖で顎に指を乗せて考え込んだ。
「数日でいいから預かってもいいかしら?」
千里さんにそう聞く雪乃先輩。
「せっかく手に入れたものだから惜しいけれど、君の推理の鍵になるなら」
名残惜しそうに千里さんは雪乃先輩にブロマイドを手渡した。
「一週間はきっとかからないと思いますから」
雪乃先輩はそう言うと写真をそっと生徒手帳に挟み込んだ。
「雪乃、君の気持ちも萌花くんの気持ちもわかるよ」
「でも、こう言う写真一枚で学校に通う意欲もでるものだよ」
「だから出来るだけ穏便に情状酌量で頼むよ」
千里さんはそれだけを言うと髪をかき上げて司書室を後にした。
二人残された、いつもの時間のはずなのに、存在感のある人がいなくなっただけでみょうに部屋が広く感じられた。下校時間まではまだ少しあるそんな時間帯。
秋から冬に移り変わる夕暮れの光が司書室を赤く染め上げた。
「写真って永遠を閉じ込めるからわたし、結構好きなの。印刷されたものが特にね」
「小さい頃から写真館によく連れて行かれたわ」
「それはあまり楽しくなかったけれどね」
先輩はそこまで言うと砂時計を脇に退けて夕暮れに負けない朱に染まる紅茶を振る舞ってくれた。
それから、言いづらい事を思い切って言うような勢いで言った。
「萌花ちゃんの写真一枚くださいってお願いしたら撮らせてくれる?」
わたしは悩んだ。先輩がわたしの写真を欲しがってくれるのは素直に嬉しい。
それだけで、胸が高鳴って先輩の顔を見れなくなる。
「えっと、ちょっと、ちょっとだけ考えさせてください」
「萌花ちゃん、梅雨ごろに私になんでもするって言ってくれたよね?」
先輩はことあるごとにこの話を持ち出す。
わたしはまた、先輩と目を合わせることができずに窓の外のカラスを眺める。
最初は大きくて怖いと思ったけれどよく見るとかわいいな、なんて思ってしまう。
「先輩はずるいです。初めて会った時、写真撮られてるの盾にしましたよね。わたしを」
四月のあの日の出会いを思い出して頬が赤くなるのがわかる。
窓際に飾られた秋薔薇の香りがふわりと漂った気がした。
「あの時はありがとうね。本当に助かったの」
先輩は目を伏せて謝意を口にした。
この目を伏せる仕草もわたしは大好きだった。
まつ毛の上に光がダンスを踊るようで――
「でも今はね、萌花ちゃんがいつも隣にいてくれるから前よりは辛くないのよ」
「だからね?一枚でいいから、お守りにしておきたいの」
先輩は両手で胸をそっと押さえた。生徒手帳に挟んだ宝物を愛でるように。
「やっぱりずるいです。そんな言われ方したら断れないじゃないですか」
「もしわたしのブロマイドが本当にあるとしたら、そしたら先輩が持ってても文句言いません」
「やった。萌花ちゃん大好き。私のお願い、断らないものね」
「わたしはそう言う先輩ちょっと嫌いです」
心にもない事を口走ってしまう。先輩もそれはわかっているようでにこやかな笑顔を崩さない。
「嫌いって言われるのが嬉しくなってしまうのって不思議ね」
先輩の頬は淡い桜色に染まっていた。
紅茶を飲んで上気した頬の色だろうか、それとも、わたしにはわからなかった。




