ブロマイド密売事件02
次の日の放課後、わたしはケイに頼まれてまた英語の講師を務める事になった。
窓際の席で午後の陽に包まれながら。
「だからtoは未来にこれから起こることがある場合につけるのよ」
「わかったような気がするよ。もか先生〜ご褒美あげるから、両手出して」
みっちり一時間英語のレクチャーをしたわたしたちは休憩することにした。
ケイはスクールバッグをゴソゴソと漁るとわたしの手に大量の金貨の雨を振らせた。
「なにこれ」
「コインチョコだよ知らないの??」
「知ってるけど。どうしたの」
「今学内で配ってるんよ。いっぱいお食べ」
わたしはコインチョコの金色の包みを剥がすと一つ口に放り込んだ。
「甘いね」
「そりゃチョコだからね」
「あ、包みは返してね。チョコもらった時の条件だったんだ」
英語のレクチャーに疲れていたわたしはふと昨日の話をケイにした。
ふと窓の外を見る。キラキラとした破片が宙をゆるやかに舞っている。
わたしは手を伸ばすとそれを指先に乗せた。
コインチョコの包み紙だ。それと小さな黒い羽が一つ。
バルコニーに出て拾い上げるとカラスの羽だった。
最近カラス多いな。冬が近いからだろうか?学校なら餌や巣作りの材料も集めやすそうだし。それにしても、チョコのゴミを捨てたのは上級生だろうか。
食べたものをバルコニーから捨てるなんて……
ちょっと文句を言いに行こうと思ったけれど上級生教室に乗りこむ勇気はなかった。
わたしは、一人憤慨しながらも気分を変えたくてケイに問いかけた。
「そういえば、ブロマイドが売られてるって」
そこまで言ったところでケイが割り込んだ。
「ワタシまだ出会えてないんだ〜あんたのお姫様のも大変な売れ行きだってさ」
ケイは一年でも情報通だけど、盗撮ブロマイドが学内に蔓延していることにわたしは驚きを隠せなかった。
「嘘。そんなにみんな知ってるの?」
なんだか学校内でわたしだけ、蚊帳の外みたいだ。昨日、千里さんに聞くまで全然知らなかったのに。そんなわたしの表情を察したのかケイは慰めてくれた。
「モカさんはそのままでいいんだよ」
「それが姫様があんたのことを好きな理由なんだから」
先輩はわたしなんかのこと……そう言いたかったけれど、ケイの励ましを素直に受け取っておくことにした。
「でもさ」
ケイは続けた。
「受け渡しをしてる生徒同士を見たことがないんだよねえ」
「もちろん、ブロマイドのやり取りなんて目立たないようにできるっちゃそうなんだけど」
「ケイも司書室においでよ。雪乃先輩に直接話せばいいじゃない」
「無理!絶対無理」
この子は怖いものなしと言った感じなのに、なぜか雪乃先輩には会いたくないらしい。
以前一度昇降口で偶然会った時も、固まって何も話せていなかった。
そういば、綺麗なものは遠くから見るのが好き、と前に聞いたことがある気がした。
「足跡一つない雪原にさ、飛び込みたい人と見てたい人がいるでしょ」
「ワタシは後者なんだよ」
ケイはなんだか難しいことを言いながら、バッグを担いで帰り支度を始めた。
「英語ありがとね、ブロマイドの件はちょっと噂集めとく」
「うん、雪乃先輩も喜ぶと思う」
わたしは
「英語の復習は別だからね、ちゃんとやっておくように」
「三好さん、あなた本当に二年生になる気はあるの?」
わたしは英語担当のシスターの真似をした。
ケイは似てる似てると笑い、お気楽に手を振りながら、教室を後にした。
ずいぶん長い時間付き合っていたものだから、教室にはわたしだけだった。
二年生か……遠いようで半年後にはわたしは二年生で先輩は三年生。
そしてさらに一年が経てば先輩は卒業してしまう。なんだか急に泣きたくなって、先輩に会いたくなった。
秋の夕暮れは早い。もう夜と言ってもいい暗さの中、最終下校時間も近かったから、メッセージだけ送って一人で帰ることも出来た。
けれど、さっきの気分を引きずっていたわたしは司書室に足を運んだ。
先輩はいつもの遠くを見る目で、夕暮れが山の端を赤く染め上げている様子を一人で眺めていた。
それがなんだか、とても寂しそうに見えてわたしは出来るだけ明るい口調で声をかけた。
「先輩。金貨欲しいですか」
わたしはバッグの中から食べきれなかったコインチョコを雪乃先輩に手渡した。
「あら一ソヴリンなんて。まだなにもしてないのに報酬をもらっていいのかしら」
雪乃先輩はいつものようにホームズめいた事を言った。
「ケイがくれたんです。なんでも学内で配ってるとか」
「包み紙は返さなきゃいけないんですって。それがルールだとか」
「なんだか不思議ですよね」
わたしはその流れで思い出して憤慨したことを先輩に急に話してしまった。
「さっきケイに勉強教えてたら上の階からこの包み紙がバラバラにされて降ってきて」
「全くうちの学校の風紀もどうなっているのやら。困ったものです」
わたしは何故か先輩に言い聞かせるような言い方をしてしまう。
「萌花ちゃん、あなたはいつも正義の心に燃えているのね」
「それでこそ名探偵の助手にふさわしいわ」
わたしは続けた。
「雪乃先輩、千里さんの連絡先はありますよね?」
「二年教室でコインチョコのゴミ捨ててる人がいたら注意して欲しいって連絡」
出来ませんか?まで言えずにわたしは黙ってしまう。
自分の中のモヤモヤを人に解決してもらうのは何となく何かが違うと思ったからだった。
「いいわよ、送っておくね」
雪乃先輩はそういうといつもの慣れない手つきでメッセージを送り始める。
「私がやっても良いのよ?」
雪乃先輩はスカートを伸ばしながらそう言った。
わたしの伝え方があまり良くなかったかもしれない。
「せ、先輩がそう言うことしちゃうとまた目立ちすぎちゃうっていうか」
「千里さんの方が注意慣れしてそうっていうか」
わたしはしどろもどろになりながら前髪を引っ張りたくなる気持ちを必死に抑えた。
「ま、いっか。もともと事件を持ち込んできたのも千里さんだしね」
雪乃先輩は納得したようなしてないような、不思議な言い方をした。
コインチョコとブロマイド密売に何か関係があるんだろうか?
「全然。私もまだ何もわかってないから安心して」
先輩はわたしの心を読んだように付け加えた。
最終下校の放送と鐘が響き渡った。鐘は一般教室棟の屋上にあるからここ特別教室棟の司書室ではちょうどいい音量で空気をわずかに揺らす程度だった。
「下校時間になっちゃったね。今日は一緒にお茶ができずに残念だったけれど、千里さんにお願いしたから明日の放課後来てもらいましょう」




