聖歌ロックンロール08
「『Apocaripseで』『光あれ、歪みあれ』」
スネアのリズムが緩やかにテンポを上げていく。
ハイハットが時を告げた。いよいよだ。
わたしは在らん限りの声を振り絞ってマイクにぶつけた!
『光あれ、歪みあれ!』
歌詞の意味も全て頭に入っている。うまく歌おうなんて思ってない。
ただ、ステージに立てない高木先輩の無念を全部ここにぶつけよう、そう思った。
思っていたはずなのに、いきなり音程を外してしまった!声も全然出ていない。
曲は続いていく、なんとかしなきゃなんとか。焦れば焦るほど声が掠れるようだった。
『平和ならしむる者と呼ばれた』
これは先輩の雪乃先輩のことだな、そう思った。学園の謎を解く天使様。
その時、先輩のコーラスが遠く近く、高く、低く。響き渡った。
その声はわたしの耳にはドラムもベースもギターも、舞台下の野次も全てを消し去る声だった。
不思議と震えは止まっていた。先輩のほうを一瞬だけ振り返った。
先輩はただ黙って頷いてくれた。
『けれど、わたしたちの喉には剣があった』
『平和にあらず』
『反って、剣』
わたしには剣なんてない、そのつもりだったけど、奏さんが雪乃先輩を侮辱した時は我慢がならなかった。あれは剣だったろうか?わたしに剣があるならば、それは先輩のためだけに使いたい、そう思った。
マイクを持つ手に力が戻ってきた。そうだこのマイクが剣なんだ。
今はこれを力の限り振るおう。そう思ったら、周りの視界が開けるようだった。
わたしの声に観客がコールで応えてくれている。
手拍子をする子、飛び跳ねて盛り上げてくれる子、さまざまな観客が目に入った。
いよいよサビだ。司書室で話し合ったことが思い出される。
雪乃先輩はわたしに貴女は今何の時なの?なんて聞いてきたっけ。
そんなのは決まってる――
『愛するに時あり』
わたしは声の限り叫んだ。心の中を、声の限り。
わたしは気づけば腕を振り上げて声を張り上げていた。
『憎むに時あり』
『泣くに時あり』
『笑うに時あり』
『恋するに時あり』
観客を両手で煽りながらサビを刻んでゆく。
先輩に手渡された一つの仮面、それに先輩のコーラス。たったそれだけで、こんな行動が取れてしまう自分が驚きだった。先輩がいればなんだって出来る。
先輩のコーラスが消え入りそうでありながら、どこまでも響く声でわたしの歌声をサポートしてくれている。
本当はドラムに、ベースにギターに合わせないといけないのはわかっていた。
けれどわたしは先輩のコーラスにだけ合わせていた。
『歌うに時あり』
『生きて歌う時は今』
先輩のために歌おう。先輩のためだけに。そう心に誓ったらなぜだか、全てが軽くなった。背中に羽が生えたような気分だった。
『光をつくり』
『また、くらきを創造す』
『ならばこの影も』
『祈りのうちにある』
観客席の歓声も、リズムも、伴奏も何も聞こえない。頭の中には司書室の風景だけがあった。先輩の姿だけがあった。
『真理を知らん』
『真理は自由を得さすべし』
『ならば、隠した名前を呼べ』
『ならば、封じた声を返せ』
一人佇む先輩が見えた、気がした。
わたしは遠くから声をかけるけれど、気づいてもらえない。
晴れ舞台を奪われた、高木先輩への思いも乗せた。
司書室に泣きそうな顔で怒鳴り込んできた、あの想いを。
わたしはいつの間にか、泣くように歌っていた。
ただ、歌いたいだけ。ただ、学校に通いたいだけ。
これまでの全て、これからの全てが、今の瞬間に流れ込んでくるようだった。
もうどうにでもなれだ!
わたしはサビを絶叫した。それは合唱の時とは全く違う声だった。
自分にこんな声が出るなんて思いもよらない、そんな叫びだった。
『黙すに時あり』
『語るに時あり』
『わたしたちは』
『今日まで黙した』
『だから今、歌う』
『だから今、恋する!』
最後のサビを歌い終えると、ゆるやかに時間が引き戻される感覚があった。
ギター、ベースの余韻、ドラムの最後の音と共にわたしの声の余韻は徐々に空間に溶けてゆく。わたしは想いが高まり過ぎて歌詞を間違ってしまった。
けれど誰も気づかないからいいよね。そう思いながら、マイクスタンドを置き直した。
汗が全身から流れ落ちるようだった。
先輩は緩やかに踊るようにコーラスの最後の一小節を歌い切った。
どこまでも続く余韻があるようだった。
息が上手くできなかった。
今すぐ、この仮面を取りたい衝動に駆られた。
仮面に手をかけた瞬間。大歓声がわたしたちを包み込んでいた。
バンドに対するもの、わたしに対するもの、コーラスの雪乃先輩に対するもの。
賞賛が波となってその音は衝撃となってわたしを貫いたように感じた。
いつか、ずっと先の未来でわたしは今日のことを思い出すだろうか。
もしも、誰かが、先輩も今日の事を思い出してくれたら、そうなったらいいのに。そう思った。
結局持ち時間のアンコールで同じ曲を二度歌った。
高木先輩がステージ脇から割れんばかりの拍手をしてくれていた。




