聖歌ロックンロール07
「スポットライトの位置を調整して私には当たらないようにしてね」
先輩は誰に言うともなくそうお願いをした。
その話を聞いた同好会メンバーは誰からともなく、文化祭のステージ全体を管理している照明係に連絡をしてくれた。
「もか、仮面を忘れないようにね」
先輩は言うと、私の前に腰掛けた。
緊張で自然と吹き出してくる汗をそっとハンカチで拭いてくれた。先輩のその手は僅かに震えていた。先輩も緊張してるんだ。それがわかったわたしは手の震えを必死で抑える。
緊張に包まれながらも、その目は慈愛に満ち溢れていて、あの日、クラス中の同調圧力とは全く違うものだった。
先輩は目だけで語りかけるように微笑んでくれた。
それから、マスクをそっとわたしの顔につけてくれた。
先輩の横に置かれていたもう一つのマスクをわたしは先輩のヴェールをあげると捧げるようにそっとその高く通った鼻筋に落とし込んだ。
いつの間にか二人とも震えがとまっていた。
そうしてわたしは覚悟を決めて言った。
「や、やるからには全力でやります」
「ええ、そうね、全力で歌いましょう」
先輩はわたしに微笑んだ。わたしも微笑み返した。
初めての舞台、初めての場所、初めての詩。初めての歌。
初めてのことが怖くなったのはいつからだったろうか?
そして怖くなくなったのは。
ステージまで後三分、最後の打ち合わせは静寂の中で行われた。
幕の向こう、観客席からはざわめきが波のように伝わってきた。
生徒会メンバーが時間を告げにきた。わたしは臨時のボーカルとして先輩と並んでステージに降り立った。
さっきまで覚悟を決めていたつもりだったのに、ステージ上から見下ろす景色は想像と全く違っていて、自分の場違いさを思い出すには充分だった。
足の震えが止まらない。マイクを持つ手の力がすぐに抜けて取り落としそうになる。
大海原に投げ出されたような気分を唯一救ってくれるカルネアデスの板はこのマスク一枚と後ろに控えて先輩だけ。
マスク姿のわたしの姿を見た観客席から、高木先輩が出ていないことに対する疑問の声がぱらぱらと聞こえる。
この清心館女学院でロックバンドをやると言うのは意外にも期待していた生徒たちも多かったのだろう。そう感じられる声たちだった。
そこに同好会のメンバーがマイクをハウリングさせながら告げた。
「今回、少しアクシデントがありましてボーカル変更をお詫びします」
「また、披露できるのは一曲だけとなります」
よく通る声で告げた。
「安心してください!」
わたしの震える足を力付けるような大きな声が体育館にこだました。
またハウリングさせながら大声で観客に呼びかけた。
ざわめく客席をなだめるようなマイクパフォーマンスをするのはドラムスの子だろう。
「後夜祭でボーカルも高木に戻ってフルでセトリをやるから!」
ワッと沸き立つ観客席を満足そうに見ながら、リードギターがわたしたちを見渡した。
「今回代役を務めてくれるのは、仮面の歌姫です!」
「メインボーカルとコーラスに一人ずつ入ってもらいました!」
またワッと歓声があがる。その中に正体不明なわたしたちを揶揄するような声だけが耳に届いた。それはそうだろう。わたしなんかがこんな表舞台にいるのがおかしいんだ。わかっている。そんな声を掻き消すようにギター、ベース、ドラムと典型的なバンド紹介があってから曲名が告げられた。
「『Apocaripseで』『光あれ、歪みあれ』」




