湖上の花冠04
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夕食は、学食からシェフの方達がいつもより豪華な料理を振る舞ってくれて、ちょっとしたコース料理のようだった。一年と二年が向かい合わせに長テーブルに座る形で、先輩はわたしの正面で嬉しそうに魚料理にナイフを入れている。
先輩のテーブルマナーはその姿、家柄にふさわく見事な手捌きで、皿もシルバーのカトラリーも音一つ立てない。
小さく、しかし正確に切り分けた魚をちょうど一口、先輩の口のサイズに切り分けて味わっている。もしマナーに反しているところがあるとするならば、今にも歌でも歌い出しそうにみんなとの食事を喜んでいるところだったろう。
隣の園田さんの目の前には瑞希先輩。カチャカチャと音を立てながら、気にした様子もなくニコニコと美味しそうに次々と料理を平らげていく。
その対比をわたしはどことなく快い気分で眺めていると、園田さんから軽く肘で合図をされた。どうやら席割りに骨を折ってくれたらしくわたしにウインクをしてきた。
わたしはそっと微笑み返すと、心の中で園田さんに一ポイントプラスしておくことにした。たっぷり一時間程度の食事時間はわたしには緊張が勝っていたけれど、先輩の所作の一つ一つをつぶさに目に焼き付けるいい機会だった。
もちろん、わたしのテーブルマナーについては聞かないで、とだけ申し添えておくのだけれど。全員に振る舞われた紅茶を味わい終えると、いよいよ今日のメインイベントだった。
先輩は外に出る私たちを一人ずつ見送りながら、最後に扉をくぐるわたしの手をしっかりと握ってくれた。
外は満天の夜空で、夏の蠍がその心臓を赤く輝かせている。
ぱらり、と髪に落ちる水滴はあったけれど、なんとか天気は持ちそうだった。
わたしたちは夕方のレクチャーの班分け通りに並んで、練習通りにお互いにライフジャケットの確認を済ませた。オフィーリア役にもしっかりとライフジャケットをつけてゆく。ドレスに合わせて色が黒なのは私たちのような蛍光オレンジでは気分が上がらないからだろう。
建物を振り返るとラウンジから先輩が手を振ってくれていた。その銀の髪は霧雨の淡い月夜により際立って見える。予報で雨足が強くなりそうとのことで早速A班から出発することになった。
雨が入らないように閉じられた蓋が少し開いて見えたのは気のせいだろうか。
夕方の練習通りにわたしたちは夜の湖面へと漕ぎ出した。
夜とは言ってもまだ時刻は二十時前で真夏の日が沈み切った頃合いといった時間だった。
パドルをうまく操作できずにあっちに行ったりこっちに行ったりする生徒を水瑞先輩をはじめとした部員たちがうまく誘導してくれている。
ようやく班ごとに隊列を組めるくらいには上達したわたしたちは予定通りA班B班の二組に別れて湖の中央へ移動していく。
はぐれてしまわないように前後のカヌーとはロープで繋がっている。
また、ぱらりと雨が落ちてきた。
今度はその一雫だけではなく予報通りに雨足は徐々に強くなろうとしていた。
わたしの後ろは園田さんで隊列の一番後ろで全体をコントロールしていた。
本来はオフィーリア役は一番前に進んでフロートに乗り移るのだけれど、部員との兼役として最後尾になっていると食事の時間に説明してくれていた。
オフィーリアがいないフロートの周りでわたしたちは手に持った灯火で儀式を進めていく。
灯火と言っても防水のLED式の蝋燭で弱い光を投げかける程度のものだった。
それでも花に飾られたフロートは人がいなくてもとても美しく、柔らかく光を返してくれる。
雨雲の隙間からはところどころ満点の夜空が湖に揺れる星々を落としている。
その時、不意に急に雨足が強くなった。
パチパチと音を立てながらわたしたちの雨用ポンチョに大粒の雨が打ちつけてくる。
前方から儀式の中止を告げる声が雨に消されそうになりながら聞こえてくる。
わたしは後ろの園田さんに声をかけた。黒くて影に見えるポンチョ越しに頷いてくれたけれど、園田さんは名残惜しそうに花冠のフロートに手を伸ばしていた。
慌ただしく岸に戻ると、点呼もそこそこに、到着した生徒たちからラウンジに雨宿りに走ってゆく。先に入った生徒たちは手渡されたタオルで体を拭いながら、シャワー室に行く子がいれば、気にしない様子でラウンジで髪を乾かしながら談笑する子など様々だった。
窓の外は大粒の雨が窓ガラスに激しい音を立てながら打ちつけていてアクティビティ部の部員だけがカヌーを湖畔から引き上げている。
ライトがポンチョから揺れるツインテールを照らしてその髪が瑞希先輩の雨にも負けない元気の良さを表しているようだった。雨音に負けないあの声が聞こえて来そうだった。
わたしは後で園田さんを労おう。そう思いながらシャワー室の空きを待った。
ショートヘアのわたしはドライヤーはすぐなので、先に貸してもらってあとは部屋に戻ってタオルで少し毛先を拭うことにした。先輩と知り合ってから、髪のお手入れの方法はあれこれ教えてもらってはいたのだけれど。元々そんなにケアをする方でもない。
ラウンジはカヌーを片付けていた数人が一息ついているだけで、わたしは軽く会釈をした。
園田さんがいたら労おうと思ったけれど姿は見えなかった。きっと瑞希先輩にくっついているか入れ替わりでシャワーを浴びているんだろうな、そんなことを考えながら打ち付ける雨をただ眺めた。
雪乃先輩も随分前に部屋に引っ込んでしまっているらしく(寝室も学年ごとなのだ)
おやすみなさいが言えずに少し寂しい気持ちにはなったけれどわたしも一年寝室に引っ込むことにした。
一年寝室にも園田さんの姿はなかった。別にそんなきいて回るほど仲がよいなんてこともなかったはずなのに、あの雨中の作業への労いはしておきたくて、少し会話する程度の一年生の子に声をかけた。
瑞希先輩のベッドに潜り込むって自信満々で言ってたよ。そんな返事が返ってきて、その思い切った行動の噂話をきっかけに、部屋は年毎の女の子たちの恋話のざわめき八割、たしなめ二割といった様相を示すのだった。




