湖上の花冠02
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「雪乃ちゃん!どうしてオフィーリア断ったの!?」
バス内に響く高い声。声に合わせて揺れる幼なげな印象のツインテール。
二年の河会瑞希先輩の声。雪乃先輩の隣に座って熱心に話しかけるたびにその髪が揺れた。アクティビティ部……正確な名前は忘れたけどの部長さん。
今回の林間学校の目玉の一つ、カヌーのインストラクター役も勤めていた。
一見すると中学生のようにも見えるような眼差しを雪乃先輩に向けて一心不乱に語りかけていたかと思うと、別の席の一年生にお煎餅を渡したりしている。
そうかと思うと、また雪乃先輩の髪を両手で名残惜しげに撫で付けながら、今からでも、なんてことを言っている。親戚のおばあちゃんのような姪っ子のような、そんな両極端な印象を持つ人物だった。
「ねえねえ」
隣の席から呼びかける声。
「ねえねえ、如月さん」
わたしは二人の先輩同士のやりとりを止めたくて、席から少し腰を浮かしかけたところで隣の一年生にしつこく声をかけられて振り返った。
「雪乃先輩に告白したの?」
「え、いや、何?え、急に」
わたしは髪を手で引っ張って片目を隠す。
先輩に言われた長年の癖を思い出すように。
「す、するわけないじゃない。だって雪乃先輩とはただのお友達だもの」
わたしとの会話が先輩たちに聞こえてないか気が気ではない。
隣の座席の、今年のオフィーリアに選ばれた子だった。
ゆるくウェーブに作り上げた髪は黒く艶やかで瞳は力強さに溢れている。
オフィーリアにしては少し生命力が強すぎるな。
わたしは失礼ながらそんなことを思ってしまった。
名前はなんだったろうか?
この子も瑞希先輩と同じ部活なのは覚えていたのだけれど。
座席の隙間から先輩達を覗き見る。瑞希先輩が雪乃先輩の手を引っ張って何かを語りかけていた。やっぱり割って入るべきだった。タイミングを逃してこんな質問に答える羽目になってしまった自分自身にため息をつく。
「そうなの?校内じゃ天使に恋人が出来たってもっぱらの噂だよ」
わたしはまだ心臓が高鳴るのを自覚しながら
「そんなわけないよ」
それだけを告げて、その子の名前が園田香枝さんだとようやく思い出した。
それから、声、声を落として、とお願いをした。
園田さんはごめんねと舌を出すと小声で語り出した。
「じゃあ私もチャレンジしてみようかな?でも成功率ゼロだよねえ」
園田さんはわたしの肩が大きく跳ねたことを見逃さなかった。
「なーんてね」
きっと赤く染まった顔を見れば誰にだってわたしの気持ちはわかったかもしれないけれど。ここに鏡がなくてよかった。
「うそうそ。でもそんな顔しちゃうんだから、早く好きって言った方がいいよ?」
「私を見習ってね」
自信満々な顔でそう言った。
また声が少し大きくなってきて、声小さく、ともう一度お願いをしながら聞いた。
「見習って?」
「今回の合宿で好きな人に告白するんだ。せっかくのオフィーリアだもん」
「一生の思い出になりそう。SNSでもみんな応援してくれててさ」
園田さんは手を合わせて祈るような顔をした。
「そ、そうなんだ?すごいね」
わたしは我ながらつまらない相槌を打ってしまう。
「凄くないよ。普通じゃない?好きって思ったら好きって言うだけ」
「普通じゃないよ。怖いよ」
「そうかなあ?」
わたしは言いながら園田さんをみる。彼女は前方の二人を見つめながら言った。
「みず先輩、まだ雪乃先輩と話してる。あ、腕まで組んでるよ!」
一通り周囲の席の生徒たちに配り終わったお菓子の残りを雪乃先輩に勧めている。
ゆるやかにかぶりを振って窓の外を眺める先輩の横顔は、困ったようで、それでいて学校行事を心から楽しんでいるようなそんな和らいだものも感じるのだった。
「もしかして、みず先輩、雪乃様のこと好きだったりするのかな?」
「二人ならお似合いな気もするなあ……」
その言葉の裏に彼女の想い人が誰なのかがわかって、そして初めての不安を見た気がした。
「大丈夫だよ。雪乃先輩ちょっと困った顔してるもの」
「雪乃様のことわかってるってホントなんだね。よーくみると確かにそんな感じする」
「よかった」
しばらく当たり障りのない話をした後。
また園田さんは不安げに視線でわたしに合図を送ってきた。
「ほら見て?」
いつの間にか空席に移動した瑞希先輩は今度は一年生に名前や部活を聞いている。
またどこから出してきたのか追加のチョコの包み紙を少し手こずりながら開けている。
小さいな声で、んしょ、んしょと一生懸命になりながら。
それからそのチョコを手で一年生の口に運んであげている。
距離感とコミュ力がすごい……
わたしがそんなことを考えていると、園田さんはわたしの袖を無意識に強く掴んでいた。
その瞳は瑞希先輩をまっすぐに捉えている。
痛いほどの切実さを秘めた瞳で。
瑞希先輩は一年生の席を移動しては何度か同じようにすぐに仲良くなってしまった。
それどころか、一年生の中には園田さんにも負けないような熱い視線を瑞希先輩に向ける子が何人もいるようだった。
「ね?」
園田さんが一言だけ絞り出したような掠れ声でわたしに告げた。
わたしは何も言えずにただ何度も頷くしか出来なかった。
ようやく席に戻った瑞希先輩の声は相変わらず大きく明るく元気いっぱいだった。
雪乃先輩と何を話してるのか断片的に聞こえてくる。
後ろの席ではお菓子の袋を開ける音が甘い香りを漂わせてくる。そろそろ海が見えそう。休憩まだかな。そんな声がエンジン音と重なりながら、移動時間の中に溶けていった。
バスは休憩のために減速しながらPAへと入った。
束の間の休憩に外の空気を吸う生徒たち。
園田さんはちゃっかり瑞希先輩と腕を組んでソフトクリームの列に並んでいた。
瑞希先輩は優しい笑顔でチョコを園田さんの上着のポケットに入れてあげていた。
わたしはそんな光景をバスの中から微笑ましく眺めながら休憩中だけは、とそっと席を移動する。窓の外をその長い睫毛越しに眺め続ける先輩の隣に座って話しかけた。
「チョコ一緒に食べましょ。たくさんもらっちゃった」
先輩はそういうと一つをわたしの口に運んでくれた。瑞希さんの真似。なんて笑いながら。
「瑞希先輩と食べたらよかったんじゃないんですか?」
素直にそれを受け入れて、口をもごもごとさせて照れ隠しをするわたしに
「萌花ちゃんと食べたかったのよ。席、隣がよかったな」
先輩は残念そうに笑った。
「学年ごとですからね……」
わたしはがっかりした気持ちは隠さない。そう決めて言った。
そんなわたしの様子に満足したように、チョコを自分で口に運んで食べる先輩。
「でもなんだか、雨降っちゃいそうですね」
道の先に目を移す。湖を囲う森の向こうに雲間からの光が差し込めている。
そのさらに遠くの空に、低く垂れ込めた雲と藍色に染まった海。
嵐の、事件の予感と言ったら考えすぎだろうか?
そんな不安が立ち込めるような空模様だった。
雪乃先輩は、楽しげに旅のしおりを読み返していた。
そのしおりは、ページの端が波打つくらいに読みこまれていた。
わたしはそれを見て、先輩の手をそっと握った。
先輩の指先はいつもより温度があって、柔らかく整えられた爪の感触がわたしの胸にそっと思い出の跡を残すようだった。




