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『夕暮れは虹の彼方に』


「結局、あの二人、来ませんでしたね」

「生徒会長と副会長だから、いつも忙しいのよ」


忙しそうには見えなかったけれど……

そんな事を思いながら、雪乃先輩の隣を歩く。

あの日と同じ、夕暮れの坂道を。


「あの二人って、なんだか――」


わたしは途中で口をつぐんだ。


『……この世はすべて舞台――』


そんなことを言う人もいる。

でも、わたしはただ、先輩の隣を歩いていけたら。

それだけを、静かに願った。


「今年は寒くなるのが早いですね」


感傷を振り払うように言うと、先輩はどこか遠くを見つめていた。


そっと、わたしの手を握る。


「ほら、もか、約束わすれたの?秋限定のやつ」


「二人で食べに行きましょう」


手を引いて一歩先を歩く先輩。その背中を追いかける。逆光が銀髪の縁を照らし、わたしは眩しくて目を細めた。嬉しそうな先輩に、わたしは勇気を出して聞いてみる。


「ねえ、先輩。今度――お休みの日」


「どこか行きませんか?」


「寒くなる前に……」


か細い声は、夕暮れに溶けてしまった。


「じゃあ……寒くなったら、何をしようか?」


雪乃先輩は微笑んだ。いたずらっぽく、柔らかな光を瞳に宿して。


「読書会なんてどう?」


「日当たりのいいソファで、お気に入りの本を持ち寄って、好きなシーンに付箋を貼っていくの」


「悲しい気持ちには青、楽しい気持ちには赤……」


「読み終わる頃には万華鏡のような、ステンドグラスのような……」


「虹色になるの」


先輩は、嬉しそうに、何色にするか考えている。


わたしの頬を、涙が静かに流れ落ちた。

世界のすべてが滲んで、色が交わっていく。

その先にあるのは、誰も知らない、わたしだけの色。


ほどけかかった指先を、先輩は優しくなぞった。

ふたりの手は、静かに、涙に染まっていく。


先輩の手から伝わる温もりが、そのままでいい。

そう言っているようだった。

わたしが泣き止むまで、先輩は待ってくれた。


「夕陽を、見ながら帰りませんか?」


涙を袖でぬぐいながら言った。


「ちょうど川沿いの道が、気持ちいいと思うんです」


「もかちゃん」


「はい?」


「あのね、私」


「こうやって、誰かと一緒に帰るのが夢だったの」


それは、誰に求められたものでもない、先輩自身の笑顔だった。


これからも、ずっと、わたしの前では、

ただ一輪の薔薇のように――

ひとりの少女のとして、そこにいてほしい。

そう願った。


未来の事をふと考える。


今日が昨日になって、やがて過去になってゆく。


そんな未来。


そっと、その考えを振り払った。


雪乃先輩も「わたしたちは、今を生きている」

そう言っていたから。


ふたりの歩幅がそろう――

今はそれで、充分だと思った。


急な風が梢を揺らした。


赤く染まった落ち葉が舞い、わたしたちを優しく包み込む。風に揺れる銀色の髪を見つめていると、先輩と目が合った。見つめ合う瞳の中で、小さな星が瞬いた。


気づくと、ふたりの手には、同じ落ち葉。


「先輩、髪にもついてますよ」


「もかちゃんも」


わたしたちは、夕映えの中で笑い合った。


雪乃先輩は一緒に掴んだ紅い葉を、優しく指で回して、ポケットにしまった。


小さな灯りを守るような、そんな仕草に思えた。


わたしは先輩の髪に迷い込んだ一枚を、同じように拾い上げた。


風に吹かれて乱れた前髪を、わたしはそのままにしておいた。先輩の姿をもう少しだけ、この目に焼き付けておきたかったから。


世界が光に満ちているようだった。


ふと、通り雨が静かに降りはじめた。

わたしは手をかざしたけれど、すぐに止んでしまった。濡れた落ち葉が小さな水たまりに浮かんでいる。


「足元、気を付けて」


先輩は、優しく水たまりを避けるようにわたしを導いてくれた。


わたしの涙も不安も、一瞬の雨に洗い流されていた。

この日を思い出す時、わたしはきっと笑顔でいられる、そう信じられた。


虹色の付箋も、この紅い葉も、今日の涙も、一冊の本に挟んでおこう。

また、新しいページを開けるように。


雪乃先輩の指先に力がこもる。

わたしもそっと、握り返した。


風がまた吹いた。ふたりを、一歩前に進めるように。

二枚の小さな葉が足元で静かに踊った。

遠く山の向こう、一番星と虹が見えた。


わたしたちは並んで、

いつもより、ゆったりとしたペースで歩く。


「冬が――来ますかね」


「まだ、もう少し暖かいと思うよ」


ふたりの歩く道は、あの山の向こう、空の向こう、虹の彼方まで続いている。


新しい季節を探し、新しい物語を始めるために。


新しいわたしたちに、出会うために――



清心館女学院の探偵事情 完



――――――

時は春、

日はあした

朝は七時ななとき

片岡に露みちて、揚雲雀あげひばりなのりいで、

蝸牛かたつむり枝に這ひ、

神、そらに知ろしめす。

すべて世は事も無し。


ロバート・ブラウニング「春の朝」

(上田敏 訳『海潮音』より)

――――――

これにて本作は完結となります。

レビュー・感想で応援頂けると嬉しいです。


2026年1月から第2巻更新予定なのでブクマなどはそのままでお待ちくださいませ。

新しいお話が読みたいキャラクターなどいましたらご意見お寄せいただければ幸いです。

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イラストがあるほうが想像がはかどる方はぜひ
活動報告の

『清心館の天使』日ノ宮雪乃の肖像

『わたし』如月萌花の肖像

『疑似三つ子』三人の肖像

『美術部の二つ星』二人の肖像

をご覧くださいませ。

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