『その怒りは誰のもの――?』
「萌花さん、怒ったの?可愛い人ね。浮かれてるんだから。ほんとに選ばれると思ってるの?」
「脇役なのよ、あなたも。私も」
「雪乃さんの事をわかってるフリしてさ、あなた、自分自身の事もわかってないんじゃない?」
違う、そうじゃない。奏先輩の言葉を心の中で必死に否定する。
そう、分かっていた。わたしは分かっていた。
先輩が、わたしなんかと……ずっと一緒に、いてくれるわけなんか、ない。
今日で『ゲームはおしまい』いつそう言われるのか……怖くて、怖くてたまらない。
ポケットの中のロザリオに勇気をもらおうと、強く握りしめる。
でも、今はわたしの事なんて、どうでもよかった。
先輩のことを知ろうともしないくせに――それだけが許せなかった。
ただその一心で体の震えを無理やり押し込めた。
「謝って、ください……先輩に」
「雪乃先輩が、どんな思いでお話を聞いていたか」
「奏さんの事を、真剣に、考えていたか、わかりますか?」
「あなたは……先輩の事を、何もわかってない……」
わたしのその言葉に、テーブルのカップが跳ねる勢いで、奏先輩も立ちあがった。
「恋人ごっこはやめなさいって、そう言ってるのよ」
わたしを見据えるその瞳に、魂まで焼かれる気がした。
これがこの人の本当の心――
今にも逃げ出したくなるくらい怖いけれど、雪乃先輩の心をどうしても知ってほしい。
足が震え、指先が冷えていくのがわかるのに、自分の唇がゆっくりと動き出していた。
これが一番いいやり方なんて思ってない。
けれど、どうしても言いたかった。今ここで言わなければいけないと思った。
「謝って、ください。わたしはそう言いました」
震える拳を握りしめた。
「奏さんが双子の影じゃなくて、一人の人として見られたいように」
「雪乃先輩だって、普通に学校に来て授業に出て、部活やって、お友達と遊んで――」
「普通に恋愛したいだけなんです」
最後の一言は、自分自身に強く言い聞かせるものだった。
「あなたなら雪乃先輩のこと、一番わかるかもしれないのに」
「どうして、それが……」
わたしが最後まで言い終わる前に、奏さんの手が振り下ろされた。
それは、奏さん自身に向けられたような、衝動的な動きだった。
わたしに当てるつもりがなかった事だけは、はっきりとわかる。
指先が頬をかすめ、熱がじんわりと広がった――
バチンと音を立て、鮮やかなネイルチップが、夕立にかかる虹のように、跳ねた。
わたしはそれを綺麗だな、と人ごとのように眺める。
それから一瞬遅れてやってきた痛みに、悲鳴をあげてしまった。
けれど、わたしはその痛みに密かな誇りを感じていた。
それが自分のためなのか、先輩のためなのか、
それとも他の誰かのためなのかさえ、曖昧なままに。




