ブロマイド密売事件07
雪乃先輩は
「今日の放課後、バルコニーで張ってみましょうか」
翌日の司書室で、雪乃先輩はカップの縁を指でなぞりながら、そんなことを言い出した。
「張る、ってなんですか」
「刑事ドラマでよくあるでしょう。張り込み、というものよ」
先輩はどこか楽しそうに、窓の外のバルコニーへ視線を投げた。
「米糊も、ペレットも、わかった。あとは——本当にあの子が運んでいるところを、この目で見てしまえばいいの」
あの子、というのが誰のことか、わたしにはすぐにはわからなかった。
司書室からバルコニーに出て図書室をぐるりと回ると、ちょうど二年教室が見渡せる位置がある。わたしと先輩は、図書室の生徒たちからも身を隠すように屈んでゆっくりと歩いた。目立たない放課後のバルコニーは、思っていたよりずっと寒かった。
十一月の夕暮れは、駆け足で藍色に傾いていく。
わたしと雪乃先輩は、図書室の一番端の書架。人気のない場所に身を寄せていた。ここからなら、二年教室のバルコニーがちょうど斜めに見下ろせる。
「先輩、ここで何を見るんですか?」
「すぐに来るはずよ。答え合わせはその時」
「それに、毎日この時間に目が合っていたのでしょう?」
先輩は声をひそめながら、けれど確信ありげに言った。
先輩の発言でわたしは受け渡し犯の正体が分かった。
バルコニーを見るといつも目が合うあの……
「頭がいい動物だからね、決まった時間に、決まった場所へ通っている、ということ」
「鳥は、案外きまじめなのよ」
白い息が、先輩の言葉のかたちに少しだけ揺れて、消えた。
わたしは頷きながら、自分の鼓動がやけに大きく聞こえることに気づいていた。
張り込みのせいなのか、それとも、肩が触れそうなこの距離のせいなのかもしれない。
こういう時に限って、わたしの心臓はずるい。
「寒くない?」
先輩がふいにどこから持ってきたのか自分のひざ掛けの端を、わたしの方へ寄せてきた。
断る理由を探したけれど、見つからなかった。
「……少しだけ」
わたしたちは、一枚のひざ掛けの端と端を分け合って、息を殺した。
ふたりぶんの沈黙が、薄闇に積もっていく。
遠くで、最終下校をうながす鐘が、鳴りそうでまだ鳴らない。
どれくらい、そうしていただろう。
ふいに、先輩の指先が、わたしの手首にそっと触れた。
声を出すな、という合図だった。
——来た。
黒光りする翼で空中で静止をしながら、ゆっくりとバルコニーの手すりに降り立った。
それを教室内から見ていた女生徒が金色に光る何かを恐る恐るその嘴に運んだ。
カラスは嬉しそうに啄むと中の餌をゆっくりと堪能している。
少し距離があってよく見えなかったけれど、餌を食べている間に女生徒はカラスの足につけられた筒から何かを取り出したように見えた。
「今ブロマイドを出したわ」
先輩の確定的な言葉に顔を向けると、いつの間にかオペラグラスで二年教室のバルコニーを注視している。
「一つしかなかったからごめんね」
先輩はそう謝りながらオペラグラスを覗き続けている。
わたしがケイに勉強を教えている時に見た、金色のかけらが夕暮れの光を返しながら
一年バルコニーにキラキラと風に乗って落ちてゆく。
先輩は見るものは一通り見たようで、わたしの袖をそっと引いた。
「ここ、二人っきりになれるのいいわね。人目もないし」
「暖かくなったら椅子を出して、読書なんかもいいかも」
二人っきりと聞いた時のわたしの邪な感情には気づかない様子の先輩はまた身を屈めると司書室に戻って行った。
その時、最終下校時刻の鐘が鳴った。
二人きりの帰り道、わたしは先輩に質問をした。
「カラスにあんなことができるなんて」
わたしの質問に先輩は
「千里さんの連絡を待ちましょう」
それだけを言った。
通学路はもうすっかり暗くなっていて、二人の足取りは気持ち早くなりがちだった。
千里先輩から連絡が来たと雪乃先輩が教えてくれたのはそれから二日後のことだった。




