魔王殺害事件【第4話】
「よしっ! これで俺の容疑は晴れたってことでいいな!」
「どうでしょう?」
ネビロスは静かに首を傾げる。
「未だ、”傷”の件は解決しておりませんが?」
「うーん……そこがネックなんだよなぁ」
「それと……わたくしの記憶では、確かにあなたが第一発見者のはずなのですがね」
「は?」
俺は思わず、目を見開く。
「あの、もしも~し?」
俺はネビロスの顔の前で手を振った。
「さっき俺が何話してたか覚えてる? 俺が第一発見者だと、辻褄合わねぇって話だったんだけど?」
「ええ、そうですね」
ネビロスは動じることなく頷く。
(……もしかしてこいつ、バカなのか? まるで話が通じてない)
「……そもそも、お前らの行動も不可解だよなぁ?」
「と、言いますと?」
「まず、お前。さっきの発言の矛盾もそうだけど、もう一つ」
そう言って俺は、人差し指を立てた。
「お前が魔王の間に現れたタイミング、まるで見計らったみたいだったよな。まるで――そこに死体があるって知ってたみたいに」
「たまたまでは?」
「そして、あの子――リリス。お前の話じゃ、あの子は魔王――父親の死を知ってるんだろ?」
「ええ。そうです」
「にしては、”動じてない”よな? 父親が死んだってのに、普通に飯作ってるなんてさ」
「肝が据わってらっしゃるのでは?」
「…………」
(こいつ……まるで何を考えているのか、分からねぇな)
「……無量の黒衣とか言ったか? それって、魔王自身が解除することはなかったのか?」
「いえ」
ネビロスは静かに首を横へ振った。
「魔王様は、無量の黒衣を常時展開しておられました。たとえ親しい相手と話す時も。眠っている時でさえ」
「……まぁ。その話自体、本当か分からねぇけどな」
俺は肩をすくめた。
「俺の考えだと、犯人は何らかの方法で魔王に無量の黒衣を解かせた」
「ほう?」
「その隙に傷を負わせたんだ。別に剣じゃなくてもいい。魔法で切り裂いた可能性だってあるかもしれねぇ」
「…………」
ネビロスは顎に手を当て、静かに何かを考え始めた。
「どうした? なんか心当たりでもあんのか? それとも――お前が犯人だったりするか? あはははっ!」
「…………」
「な、なんだよ……別に変なこと言ってねぇだろ?」
「……いえ。不思議なのですよ」
沈黙を破り、ネビロスがこちらを見る。
金色の瞳が、じっと俺を見据えていた。
「ふ、不思議って? 何が?」
「あなたは、死体の傷を見た時――『思いっきり剣でざっくり』、とおっしゃいましたね?」
「あ?……まぁ言ったけど。それが?」
俺は首を傾げる。
「なぜあなたは、あれを”剣による傷”だと思ったのでしょうか?」
「は?」
「その時点では、まだ”勇者の剣についての話”はしておりませんでしたよね?」
「あ、ああ……でも、あの傷を見りゃ剣で斬ったって思うだろ?」
「ええ。ですが、あなたは先ほど”魔法で切り裂いた可能性”を提示した……つまりあなたは――最初から知っていたのではないですか?」
静かな声が、食堂へ響いた。
「あの傷が、”剣によるもの”であると」
「…………」
(……こいつ、まさか本気で言ってるのか? こんな揚げ足取りみたいな屁理屈を)
「不思議なことは、もう一つあります」
「チッ……今度はなんだよ」
「わたくしが先ほど、無量の黒衣の話をした時です。あなたは『その話自体、本当か分からねぇけどな』とおっしゃいました」
「それがどうした? 実際、魔王が無量の黒衣を解除したかどうかなんて、お前から聞いた話でしかないだろ?」
「それですよ」
ネビロスは、すっと俺を指差した。
「あなたは、わたくしの発言の”真偽”を疑った。それなのに――”無量の黒衣の存在自体”は疑わない」
「…………」
「それが”ある”という前提で、推理を組み立てていらっしゃる」
「……あ、ああ。それは……そうだな」
俺は思わず言葉に詰まる。
「つまりあなたは、知っていたのでは? ”無量の黒衣が存在する”と」
「…………」
(こいつの言う通りだ。最初にその話を聞いた時。なぜ俺は、あんな自然に受け入れた?……とはいえ、俺は殺していない。単なる思慮不足だ。こいつは屁理屈をこねているだけ)
「とても推理とは言えないな」
俺は鼻で笑った。
「発想が飛躍しすぎている。その翼で、思考まで飛んで行っちまったか?」
「…………」
ネビロスは何も答えない。
「チッ! だんまりかよ」
俺は大きくため息をついた。
そして、懐へ手を入れる。
小さな袋を取り出した。
「……?」
(……中身がない。つーかこの袋、何が入ってたんだっけ?)
「……それで?」
ネビロスが静かに口を開く。
「どうされますか? あなたは依然、最有力容疑者のようですが」
「どうって……」
俺は袋をしまいながら、頬に指を当てた。
「できれば、あの子に話を聞きたかったんだけどな。他のやつらはどこにいんだ?」
「いません」
「は?」
「ですから、いません」
ネビロスは淡々と続けた。
「この城には、わたくしとリリス。二人しかおりません」
「…………」
(そういえば……廊下にも、食堂にも。誰もいなかったな)
「しょ、少数精鋭ってやつか?」
「さあ? どうでしょうね?」
ネビロスは肩をすくめる。
「うーん……じゃあどうすっかな」
「一つ、提案が」
「なんだ?」
「魔王様の寝室を調べられては? 何か、手掛かりがあるかもしれません」
「寝室って……俺、入っていいわけ? それに、故人……いや、人じゃないけどさ」
「構いません」
ネビロスは迷いなく答えた。
「では、参りましょうか?」
「お、おう……」
(……構いませんって。こいつ、側近なんだよな?)
そんな疑問を抱えたまま、俺は食堂を後にした。




