魔王殺害事件【第3話】
リリスは無言のまま、俺たちの前へ皿を置いた。
シチューから立ち上る湯気が、俺の頬を撫でる。
そして、自分も静かに椅子へ座る。
そのまま何事もなかったかのように、シチューを口へ運び始めた。
「えっと……これもしかして俺の分?」
俺は皿とリリスを交互に見る。
「どうやら、そのようですね。我々も食べますか? 腹が減っては推理もできませんから」
「あ、ああ……それはそうかもしれないけど……なんで俺の分も?」
「さぁ? なぜでしょうね?」
ネビロスは肩をすくめ、椅子に座り食事を始めた。
再びリリスへ視線を向ける。
リリスは、じっと俺のことを見つめていた。
「え、えーと……何? もしかして……惚れた?」
「…………」
リリスは何も答えないまま、また静かに食事へ戻った。
(……なんだこの状況。俺は毒のことについて聞きにきたはずなんだが。そもそもこいつ、父親――魔王が死んだことを知ってるのか?)
「”何が起こっているのか”ねぇ?……ますます分かんなくなってきたな」
大きくため息を吐き、俺も席についた。
そしてシチューへ手を伸ばし――ぴたりと止まる。
「まさか……俺を毒殺しようと!?」
「は?」
リリスが、初めて声を発した。
思ったより、ずっと高い声だった。
「……そんなわけないでしょ?」
「いやいや、”そんなわけない”とは言い切れねぇだろ? なんせ俺、人間なんだし」
「…………」
「まただんまりですかっと」
俺は肩をすくめた。
「不安でしたら、毒消し魔法を使われては?」
「あ~、そうだな……ん?」
ふと、あることに気が付く。
「なぁ、魔王って毒消し魔法は使えたのか?」
「ええ、もちろんです。ちなみに魔王様は、食事の際には必ず料理へ毒消し魔法を使用されておりました」
「じゃあ毒殺は無理なのか!? その情報もっと早く言えよ!」
「ちょうどお昼時でしたので……」
「要するに、腹が空いてたから言わなかったのか……?」
俺は肩を落とした。
「とりあえず……俺も食うか。考えるのはそれからでいいや」
俺は念の為、シチューに毒消し魔法をかける。
それを見て、リリスがこちらを睨みつけてきたが、構わず食事を始めた。
だが――
「…………」
「どうされました? 手が止まっておられるようですが」
ネビロスが首を傾げる。
俺はもう一口、料理を食べた。
「い、いや……これ味がしねぇんだけど」
「――っ!!」
リリスが目を見開き、こちらを見る。
もう一度口にしてみた。
(やっぱ全然味がしねぇな……)
「……魔族と人間は味覚が違うってか? にしてもこれはねぇだろ」
「そ、そんな……」
リリスの肩が小さく震える。
その瞳は、まるで何かを恐れているようだった。
「い、いやいやいや! そこまでショック受けなくていいだろ!? 分かったよ! 食うから!」
そう言って俺は、味のしない料理を無理矢理流し込む。
例えるなら、様々な食感の”水”であった。
得体の知れない不快感に、吐き出しそうになる。
「うっ……よくこんなもんバクバク食え――いや、なんでもない」
俺はリリスを一瞥し、言葉を切った。
「お口に合いませんか? 我々の食事は、人間のものと大差ないはずですが」
「見た目はそうでも……味付けがな」
俺は嗚咽を堪えながら、料理の”処理”を終えた。
「ふぅ……まぁ俺にかかればこんなもんよ。勇者を舐めんな!」
「…………」
リリスは不安そうな顔のまま、こちらを見つめている。
「おーい! 完食しましたよ~」
空になった皿を軽く持ち上げる。
「ったく……出会った頃のローズみてぇだな」
その瞬間――リリスの肩がびくりと震えた。
驚いたように、真紅の瞳が見開かれる。
「ど、どうした? もしかしてお前も、ローズに興味があんのか?」
「…………」
リリスはこくりと小さく頷いた。
「な、なんなんだよ……最近の魔族はよく分かんねぇな」
「では……」
ネビロスが静かに口を開いた。
金色の瞳が、興味深そうにこちらを見つめている。
「お聞かせ願えますか? その”出会った頃”のお話を」
「まぁ、別にいいけどよ。あれは――」
* * *
「あ、あの~……」
両手で杖を抱えながら、ローズは恐る恐るリオを覗き込む。
「ん? どした?」
「や、やっぱりやめた方がいいと思うよ? 私を連れていくなんて……」
「なんでぇ?」
リオは欠伸をしながら、後頭部を掻いた。
ぱちぱちと焚き火が爆ぜる。
揺れる火の光が、二人の顔をぼんやり照らしていた。
「だって私……ずっと落ちこぼれって言われてきたし……魔法使いの学校も、途中でやめちゃったし……」
「落ちこぼれ!? お前がぁ!?」
リオは勢いよく身を起こした。
「さっきの炎魔法、半端なかったぞ!? 俺まで燃えるとこだったんだけど!?」
「あ、ご、ごめんって……」
ローズは慌てて手を振る。
「でも……あれくらいは普通だから。私なんて、他の魔法使いに比べたら下の下だよ……」
「ん? そうなの~?」
「うん……だから、違う人を探した方がいいよ。いずれ私、お荷物になっちゃうだろうし……」
「…………」
リオは何も言わず、夜空を見上げた。
静かな夜だった。
少しして、小さく息を吐く。
「……まぁ、別になんでもいいよ」
「え?」
「道中楽しめれば、それで」
「楽しめればって……」
ローズは困ったように眉を下げた。
「魔王を倒しに行くんでしょ?」
「そうだけど?」
「そ、それに……私、いじめられてたし……私といても、楽しめないんじゃ……」
「さっき俺を燃やしかけて、アタフタしてたのは面白かったけどな。俺は普通に死にかけたけど!」
リオは吹き出した。
「だからごめんって!」
ローズは顔を赤くしながら、抗議した。
その様子が可笑しくて、リオはまた笑った。
つられるように、ローズは小さく笑いだす。
「……俺もだよ」
「え?」
「俺もずっと、”落ちこぼれ”って言われてきたんだよ」
「あ、あなたが!?」
ローズは驚いたように目を見開く。
「でもさっき、魔物を切った衝撃で私まで吹き飛ばしてたけど……」
「だからそれはごめんって! 次からはちゃんと気ぃ遣うから!」
リオは頭を掻きながら、片目を閉じた。
「あはははっ!」
ローズは満足そうに笑う。
その顔を見て、リオも少し笑った。
「……俺が落ちこぼれって言われてた理由、なんとなく分かるだろ?」
「…………」
ローズはすっと俯き、黙り込んだ。
「でも、俺は勇者に選ばれた……そしたら突然だ」
火の粉が、夜空へ舞い上がる。
「今まで俺を蔑んでたやつらがよ。急に手のひら返したみたいに、媚びてくるようになって――」
「…………」
短い静寂。
ぱちりと焚き火が爆ぜる。
その音だけが、静かに夜に響く。
「そういうやつらが気持ち悪くて、逃げ出して。そんで、なんか無害そうなやつがいたから、声かけたってわけ……まぁ燃やされかけたけどな」
「しつこいなぁ」
ローズはむっと頬を膨らませた。
「私を吹き飛ばしたくせに」
「俺は服が半分燃えたんだぞ!?」
「私だって泥の中に飛ばされたんだから!!」
「お前、燃やされたことある!? めちゃくちゃ怖いんだぞあれ!」
「あはははっ!」
ローズは堪えきれず吹き出した。
その笑い声に、リオもつられて笑う。
焚き火の火が、ぱちぱちと音を立てて揺れていた。
* * *
「最初は喧嘩ばっかしてたんだけどさ」
俺は苦笑しながら肩をすくめた。
「まぁ結局、俺たちは似た者同士だったんだろうな。旅してるうちに、だんだん打ち解けていって――って、え?」
リリスを見て、俺は言葉を止めた。
真紅の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれている。
「え、えっと……そんなに感動的だったか?」
困惑しながら、髪を指に巻きつける。
「この俺の悲しき過去に心打たれちゃった感じ? それとも、お前もいじめられてたとか?」
リリスは首をぶんぶんと振って、涙を拭っている。
「な、なんだよ……わけわかんねぇな」
助けを求めるように、ネビロスを見る。
「なぁ?」
「…………」
だが、ネビロスもまた口を閉ざしていた。
「……魔族って感受性豊かなんだな。勉強になったよ」
軽口を叩いてみせるが、俺は心底困惑していた。
短い沈黙の後。
ネビロスが静かに口を開いた。
「……話を戻しましょうか」
「ん?」
「毒殺の可能性が消えた以上……やはり死因は勇者の剣による傷……ということになりますか」
「あ、ああ。そういやそういう話だったな……っていうかよ」
俺はネビロスへ顔を寄せ、小声で尋ねる。
「この子は知ってるのか? その……魔王が死んだってことを」
「ええ。既にご存じです」
ネビロスは静かに頷いた。
「…………」
俺はリリスを一瞥する。
その視線に気付いた瞬間、リリスはびくりと肩を震わせた。
そして、慌てて涙を拭うと――食堂の外へ走り去っていった。
「……んで?」
俺はネビロスを見た。
「お前は気付いてんのか?」
「……何のことでしょう?」
ネビロスは、わざとらしく首を傾げる。
「自分の”失言”についてだよ」
「失言、ですか?」
「そう。結論から言うと――”時系列”がおかしい」
「ほう?」
ネビロスは静かに目を細めた。
「まず、俺が魔王の間の扉を開け、そこで魔王の死体を発見した」
「ええ」
「その後、お前が現場に現れて、俺たちはそのまま食堂へ向かった」
「その通りです」
「そして、あの子と出会って、飯を食った……ならよ」
俺はネビロスを指差した。
「なんでお前は、『あの子が魔王の死を既に知ってる』って言えたんだ?」
「……なるほど? 確かに、おかしな話ですね」
ネビロスは肩をすくめた。
「ま、要するに――」
俺は小さく息を吐いた。
「俺は、”第一発見者”じゃない」




