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魔王は既に死んでいた  作者: にら
第一章 魔王殺害事件
3/5

魔王殺害事件【第3話】

 リリスは無言のまま、俺たちの前へ皿を置いた。

 シチューから立ち上る湯気が、俺の頬を撫でる。

 そして、自分も静かに椅子へ座る。

 そのまま何事もなかったかのように、シチューを口へ運び始めた。


「えっと……これもしかして俺の分?」


 俺は皿とリリスを交互に見る。


「どうやら、そのようですね。我々も食べますか? 腹が減っては推理もできませんから」


「あ、ああ……それはそうかもしれないけど……なんで俺の分も?」


「さぁ? なぜでしょうね?」


 ネビロスは肩をすくめ、椅子に座り食事を始めた。

 再びリリスへ視線を向ける。

 リリスは、じっと俺のことを見つめていた。


「え、えーと……何? もしかして……惚れた?」


「…………」


 リリスは何も答えないまま、また静かに食事へ戻った。


(……なんだこの状況。俺は毒のことについて聞きにきたはずなんだが。そもそもこいつ、父親――魔王が死んだことを知ってるのか?)


「”何が起こっているのか”ねぇ?……ますます分かんなくなってきたな」


 大きくため息を吐き、俺も席についた。

 そしてシチューへ手を伸ばし――ぴたりと止まる。


「まさか……俺を毒殺しようと!?」


「は?」


 リリスが、初めて声を発した。

 思ったより、ずっと高い声だった。


「……そんなわけないでしょ?」


「いやいや、”そんなわけない”とは言い切れねぇだろ? なんせ俺、人間なんだし」


「…………」


「まただんまりですかっと」


 俺は肩をすくめた。


「不安でしたら、毒消し魔法を使われては?」


「あ~、そうだな……ん?」


 ふと、あることに気が付く。


「なぁ、魔王って毒消し魔法は使えたのか?」


「ええ、もちろんです。ちなみに魔王様は、食事の際には必ず料理へ毒消し魔法を使用されておりました」


「じゃあ毒殺は無理なのか!? その情報もっと早く言えよ!」


「ちょうどお昼時でしたので……」


「要するに、腹が空いてたから言わなかったのか……?」


 俺は肩を落とした。


「とりあえず……俺も食うか。考えるのはそれからでいいや」


 俺は念の為、シチューに毒消し魔法をかける。

 それを見て、リリスがこちらを睨みつけてきたが、構わず食事を始めた。

 だが――


「…………」


「どうされました? 手が止まっておられるようですが」


 ネビロスが首を傾げる。

 俺はもう一口、料理を食べた。


「い、いや……これ味がしねぇんだけど」


「――っ!!」


 リリスが目を見開き、こちらを見る。

 もう一度口にしてみた。


(やっぱ全然味がしねぇな……)


「……魔族と人間は味覚が違うってか? にしてもこれはねぇだろ」


「そ、そんな……」


 リリスの肩が小さく震える。

 その瞳は、まるで何かを恐れているようだった。


「い、いやいやいや! そこまでショック受けなくていいだろ!? 分かったよ! 食うから!」


 そう言って俺は、味のしない料理を無理矢理流し込む。


 例えるなら、様々な食感の”水”であった。

 得体の知れない不快感に、吐き出しそうになる。


「うっ……よくこんなもんバクバク食え――いや、なんでもない」


 俺はリリスを一瞥し、言葉を切った。


「お口に合いませんか? 我々の食事は、人間のものと大差ないはずですが」


「見た目はそうでも……味付けがな」


 俺は嗚咽を堪えながら、料理の”処理”を終えた。


「ふぅ……まぁ俺にかかればこんなもんよ。勇者を舐めんな!」


「…………」


 リリスは不安そうな顔のまま、こちらを見つめている。


「おーい! 完食しましたよ~」


 空になった皿を軽く持ち上げる。


「ったく……出会った頃のローズみてぇだな」


 その瞬間――リリスの肩がびくりと震えた。

 驚いたように、真紅の瞳が見開かれる。


「ど、どうした? もしかしてお前も、ローズに興味があんのか?」


「…………」


 リリスはこくりと小さく頷いた。


「な、なんなんだよ……最近の魔族はよく分かんねぇな」


「では……」


 ネビロスが静かに口を開いた。

 金色の瞳が、興味深そうにこちらを見つめている。


「お聞かせ願えますか? その”出会った頃”のお話を」


「まぁ、別にいいけどよ。あれは――」


 * * *


「あ、あの~……」


 両手で杖を抱えながら、ローズは恐る恐るリオを覗き込む。


「ん? どした?」


「や、やっぱりやめた方がいいと思うよ? 私を連れていくなんて……」


「なんでぇ?」


 リオは欠伸をしながら、後頭部を掻いた。

 ぱちぱちと焚き火が爆ぜる。

 揺れる火の光が、二人の顔をぼんやり照らしていた。


「だって私……ずっと落ちこぼれって言われてきたし……魔法使いの学校も、途中でやめちゃったし……」


「落ちこぼれ!? お前がぁ!?」


 リオは勢いよく身を起こした。


「さっきの炎魔法、半端なかったぞ!? 俺まで燃えるとこだったんだけど!?」


「あ、ご、ごめんって……」


 ローズは慌てて手を振る。


「でも……あれくらいは普通だから。私なんて、他の魔法使いに比べたら下の下だよ……」


「ん? そうなの~?」


「うん……だから、違う人を探した方がいいよ。いずれ私、お荷物になっちゃうだろうし……」


「…………」


 リオは何も言わず、夜空を見上げた。

 静かな夜だった。

 少しして、小さく息を吐く。


「……まぁ、別になんでもいいよ」


「え?」


「道中楽しめれば、それで」


「楽しめればって……」


 ローズは困ったように眉を下げた。


「魔王を倒しに行くんでしょ?」


「そうだけど?」


「そ、それに……私、いじめられてたし……私といても、楽しめないんじゃ……」


「さっき俺を燃やしかけて、アタフタしてたのは面白かったけどな。俺は普通に死にかけたけど!」


 リオは吹き出した。


「だからごめんって!」


 ローズは顔を赤くしながら、抗議した。

 その様子が可笑しくて、リオはまた笑った。

 つられるように、ローズは小さく笑いだす。


「……俺もだよ」


「え?」


「俺もずっと、”落ちこぼれ”って言われてきたんだよ」


「あ、あなたが!?」


 ローズは驚いたように目を見開く。


「でもさっき、魔物を切った衝撃で私まで吹き飛ばしてたけど……」


「だからそれはごめんって! 次からはちゃんと気ぃ遣うから!」


 リオは頭を掻きながら、片目を閉じた。


「あはははっ!」


 ローズは満足そうに笑う。

 その顔を見て、リオも少し笑った。


「……俺が落ちこぼれって言われてた理由、なんとなく分かるだろ?」


「…………」


 ローズはすっと俯き、黙り込んだ。


「でも、俺は勇者に選ばれた……そしたら突然だ」


 火の粉が、夜空へ舞い上がる。


「今まで俺を蔑んでたやつらがよ。急に手のひら返したみたいに、媚びてくるようになって――」


「…………」


 短い静寂。

 ぱちりと焚き火が爆ぜる。

 その音だけが、静かに夜に響く。


「そういうやつらが気持ち悪くて、逃げ出して。そんで、なんか無害そうなやつがいたから、声かけたってわけ……まぁ燃やされかけたけどな」


「しつこいなぁ」


 ローズはむっと頬を膨らませた。


「私を吹き飛ばしたくせに」


「俺は服が半分燃えたんだぞ!?」


「私だって泥の中に飛ばされたんだから!!」


「お前、燃やされたことある!? めちゃくちゃ怖いんだぞあれ!」


「あはははっ!」


 ローズは堪えきれず吹き出した。

 その笑い声に、リオもつられて笑う。

 焚き火の火が、ぱちぱちと音を立てて揺れていた。


 * * *


「最初は喧嘩ばっかしてたんだけどさ」


 俺は苦笑しながら肩をすくめた。


「まぁ結局、俺たちは似た者同士だったんだろうな。旅してるうちに、だんだん打ち解けていって――って、え?」


 リリスを見て、俺は言葉を止めた。

 真紅の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれている。


「え、えっと……そんなに感動的だったか?」


 困惑しながら、髪を指に巻きつける。


「この俺の悲しき過去に心打たれちゃった感じ? それとも、お前もいじめられてたとか?」


 リリスは首をぶんぶんと振って、涙を拭っている。


「な、なんだよ……わけわかんねぇな」


 助けを求めるように、ネビロスを見る。


「なぁ?」


「…………」


 だが、ネビロスもまた口を閉ざしていた。


「……魔族って感受性豊かなんだな。勉強になったよ」


 軽口を叩いてみせるが、俺は心底困惑していた。


 短い沈黙の後。

 ネビロスが静かに口を開いた。


「……話を戻しましょうか」


「ん?」


「毒殺の可能性が消えた以上……やはり死因は勇者の剣による傷……ということになりますか」


「あ、ああ。そういやそういう話だったな……っていうかよ」


 俺はネビロスへ顔を寄せ、小声で尋ねる。


「この子は知ってるのか? その……魔王が死んだってことを」


「ええ。既にご存じです」


 ネビロスは静かに頷いた。


「…………」


 俺はリリスを一瞥する。

 その視線に気付いた瞬間、リリスはびくりと肩を震わせた。

 そして、慌てて涙を拭うと――食堂の外へ走り去っていった。


「……んで?」


 俺はネビロスを見た。


「お前は気付いてんのか?」


「……何のことでしょう?」


 ネビロスは、わざとらしく首を傾げる。


「自分の”失言”についてだよ」


「失言、ですか?」


「そう。結論から言うと――”時系列”がおかしい」


「ほう?」


 ネビロスは静かに目を細めた。


「まず、俺が魔王の間の扉を開け、そこで魔王の死体を発見した」


「ええ」


「その後、お前が現場に現れて、俺たちはそのまま食堂へ向かった」


「その通りです」


「そして、あの子と出会って、飯を食った……ならよ」


 俺はネビロスを指差した。


「なんでお前は、『あの子が魔王の死を既に知ってる』って言えたんだ?」


「……なるほど? 確かに、おかしな話ですね」


 ネビロスは肩をすくめた。


「ま、要するに――」


 俺は小さく息を吐いた。


「俺は、”第一発見者”じゃない」


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