第8話
国王から指定された日。
オフィーリアはウェインライト伯爵とキャサリンを伴って王城を訪れた。
ふんわりと裾の広がる薔薇色のドレスに身を包み、艶やかな金髪を優雅に結い上げ、白い小花と真珠の髪飾りをつけた。
いったい国王からどんな縁談を持ちかけられるのか。
さすがのオフィーリアも、少しばかり緊張していた。
やがて三人は国王の前へ通される。
「オフィーリア・ウェインライト。そなたは王立学園を首席で卒業したそうだな」
「はい」
「学園長からの報告も読んだ。成績だけではない。一度見聞きしたことを、ほとんど忘れぬそうだな」
オフィーリアはわずかに驚いた。
まさか国王が、自分のことをそこまで詳しく知っているとは思わなかったのだ。
「恐れ入ります」
「謙遜する必要はない。学園長は、これほど優秀な生徒は滅多にいないと絶賛しておったぞ」
「……ありがとうございます」
褒められるのは嬉しい。
けれど、つい先日まで婚約者だったアルフレッドからは、その優秀さこそが可愛げがないと言われたばかりだった。オフィーリアの表情がやや曇る。
「ロズウェル侯爵家との一件についても聞いている。災難だったな。まあ、アルフレッドのことは忘れてしまえ。そんなに悲しそうな顔をするでないぞ。余が、そなたにぴったりの結婚相手を思いついたのだからな!」
「……私にぴったり、でございますか?」
「ああ。ブライアン・フォートリエ辺境伯だ。どうだ? 素晴らしい縁談だろう?」
オフィーリアは目を瞬いた。
隣にいたウェインライト伯爵とキャサリンも、揃って胡散臭そうに国王を見る。
ブライアン・フォートリエ辺境伯。
王国北部の国境を守る若き辺境伯である。
武勇に優れ、自ら剣を取って戦場に立つ人物として知られていた。
ただし、女性についての評判はあまりよろしくない。
「お、お待ちください、陛下!」
真っ先に声を上げたのはウェインライト伯爵だった。
「あの北の辺境へ、我が娘を嫁がせるとおっしゃるのですか?」
「そうだ」
「あそこは王都から何日もかかる遠方ではありませんか。冬は長く、雪も多い。王都で育ったオフィーリアにはあまりにも酷です」
「陛下。発言をお許しいただけますでしょうか」
今度はキャサリンが口を開いた。
「ああ、許す。キャサリン、なんだね?」
「フォートリエ辺境伯については、私も噂でしか存じ上げません。ですが、とても冷たく怖い方だと聞いております。これまで婚約者として辺境へ向かったご令嬢が、二人も結婚を待たずに王都へ逃げ帰ったとか」
「その話なら余も知っておる。ただ令嬢の話だけを信じるのもいかがなものかな? 確かに愛想のいい男ではない。だが、悪意をもって人を傷つけるような男ではない。それは余が保証しよう」
「ですが……」
「あれほど優れた武人は、この国にもそうはおらん。北の国境を守ってきた功労者だ。オフィーリアは賢い。フォートリエは強い。賢い妻に、強い夫。実に良いではないか!」
国王は満面の笑みを浮かべる一方、ウェインライト伯爵とキャサリンは、何とも言えない顔になった。
国王は、本気でそれだけで最高の組み合わせだと思っているのだ。
「それに二人とも実に優秀だ。生まれてくる子も、さぞ素晴らしい才能に恵まれるであろう」
「陛下、まだ結婚もしておりません。子供の話など早すぎます」
ウェインライト伯爵が思わず口を挟んだ。
「細かいことを気にするな」
国王は豪快に笑う。
「娘が生まれたら、王太子の婚約者にしてもよいな。はっはっは!」
国王の中では、すでにオフィーリアは娘まで生むことになっている。
ウェインライト伯爵の顔が引きつった。
キャサリンも扇子の陰で、ぶつくさと国王に聞こえないように文句を言っていた。
一方、当人であるオフィーリアは、すでに落ち着きを取り戻していた。縁談の相手には驚いたものの、国王がこうして自分たちを呼び出した以上、ただの提案ではないだろう。ならば、まず確かめるべきことは一つだった。
「陛下。これは王命でございますか? 陛下の中では決定事項なのですね?」
オフィーリアが静かに尋ねた。
「ああ、その通りだ。そなたなら立派なフォートリエ辺境伯夫人になれるだろう」
国王は終始ご機嫌で弾んだ声を出していた。
「陛下のお心遣い、痛み入ります。謹んでお受けいたします」
オフィーリアは素直に頭を下げた。
王命である以上、断るという選択肢はない。
オフィーリアは伯爵令嬢として育てられているし、政略結婚は当然という価値観を持っていた。それになにより彼女は前向きな性格なので、悲観的な気持ちにはならない。むしろ、今度こそ同じ失敗を繰り返さないようにしよう、と気持ちを切り替えていた。
アルフレッドには、可愛げがないと言われた。
男を立てず、何でも一人でできてしまう女は愛されない――そう気づけたのは、きっと良かったのだ。
だから今度こそ、可愛げのある妻にならなければならない。
(よし。辺境伯の前では、できないふりをするわよっ!)
オフィーリアは、そんな斜め上の決意を固く胸に刻み込んだ。
一方、国王はそんなオフィーリアを満足そうに眺めていた。もちろん、彼女がそんな決意をしていることなど、露ほども知らない。
愛らしい容姿に、類い稀な記憶力を持つ伯爵令嬢。
そして、王国随一の武勇を誇る若き辺境伯。
国王にしてみれば、それだけで十分すぎるほどお似合いの二人で、とびきり良い縁談をまとめたつもりでいたのだった。




