第7話
アルフレッドがオフィーリアとの婚約破棄を宣言してから三日経っていた。重苦しい空気が漂うロズウェル侯爵邸では、アルフレッドが侯爵から執務室へ呼び出されていた。
「お前は自分が何をしたのかわかっているのか! 婚約とは、お前一人の問題ではない。家と家との大事な契約なのだ」
「でも、リアなら大丈夫です。彼女は優秀ですし、僕がいなくても――」
「そういう問題ではない!」
怒声が飛んだ。
「お前が馬鹿げた理由で婚約破棄など宣言したせいで、ロズウェル侯爵家は大恥をかいたばかりか、多大な損失を負ってしまった。今朝、キャサリン様が率いるウェインライト商会から連絡があった。今後、我が家とは一切取引をしないそうだ」
「え……?」
アルフレッドの顔から血の気が引いた。
ウェインライト商会は、王都随一の大商会だ。
ロズウェル侯爵家も長年、領地の産物を売るために世話になっていたし、何を買うのもそこを介していた。
「ウェインライト伯爵と親しい貴族たちからも、今後は我が家との付き合いを控えたいと連絡があった。お前がこんなことをした結果だ」
「でも、それは僕とリアの問題でしょう? キャサリン様たちがおとな気ないと思います。僕らのことと取引は関係ないはずです!」
侯爵はしばらく息子を見つめた。
「……成績は悪くないのに、なぜこれほど愚かなんだ? お前をロズウェル侯爵家の後継から外すしかないようだ」
「…………え?」
アルフレッドの表情が凍りついた。
「ちょっと待ってください。僕は長男ですよ?」
「だから何だ? 戯言を言うような者が跡継ぎになれば、ロズウェル侯爵家はあっという間に潰される。幸い、お前には弟がいる。今後はジェネシスを後継者として教育する! 安心しろ。リディア嬢との結婚を反対するつもりはない」
その言葉に、アルフレッドが顔を上げた。
「本当ですか?」
「ああ。そこまで愛しているのなら結婚すればいいさ」
侯爵は淡々と続けた。
「リディア嬢はギルモア男爵家の一人娘だったな」
「……はい」
「ならばちょうどいい。婿を必要としているだろう」
アルフレッドの顔から、今度こそ完全に表情が消えた。
「……婿?」
「リディア嬢と結婚し、男爵家へ婿入りしなさい」
「待ってください、父上!」
アルフレッドが勢いよく立ち上がった。
「僕はロズウェル侯爵家の長男です!」
「先ほど、お前を後継から外すと言ったはずだ」
「だからってギルモア男爵家へ婿入りなんて!」
「何が不満なの? お父様のおっしゃる通りになさい」
今まで黙っていた侯爵夫人が冷たく言った。
「アルフレッドはリディア嬢を愛しているのでしょう? あの優秀で容姿も優れたオフィーリア嬢との婚約を破棄するほどに?」
「そうですけど……」
「ならば何も問題はないはずよ。こうなったら筋を通しなさい」
アルフレッドは何も言い返せなかった。
侯爵はそんな息子を見て、疲れ切ったように息を吐く。
「今回の件で失った信用を取り戻すには、何年かかるかわからん。領地への影響も出るだろう。私はこれから、その後始末をしなければならない」
「…………」
「お前の愚行のために侯爵家をこれ以上傾けるつもりはない。リディア嬢との結婚に必要な最低限の金は出す。だが、それ以上の援助は期待するな。今後、ロズウェル侯爵家の名前を出すことも禁じる」
「父上……それは僕と縁を切るということですか? こんなことで? あんまりだ」
「こんなことで、だと? お前の認識は甘すぎる。自分で選んだ道だ。責任をとれ!」
アルフレッドは呆然と侯爵を見つめた。家を継げなくなるなど、一度も考えたことがなかった。そしてこうなってみると、自分が本当にリディアを愛しているのかさえよくわからなくなるのだった。
その数日後、アルフレッドが後継から外されたという話を聞いたオフィーリアは、紅茶を一口飲んでから、困ったような顔をした。
ここはウェインライト伯爵家のサロンである。ウェインライト伯爵とステファン、キャサリンもソファで寛いでいた。
「まあ。あれほどロズウェル侯爵家を継ぐためにお勉強を頑張っていらしたのに……少しお気の毒な気もしますわ」
「あら、リアが同情してあげることなどないわ。愛するリディア嬢と結婚できるのでしょう? アルフレッド卿の望みどおりよ。男爵に落ちたってどうってことないわ」
「そうだとも、自業自得だ。リアは気にしなくていい。きっとあんな奴よりいい結婚相手を、兄である私が見つけてあげよう」
「……そうだとも。リアにはもっといい男性が絶対いる。この父に任せておきなさい」
ウェインライト伯爵とステファンの言葉に、オフィーリアは曖昧に微笑んだ。
もっといい結婚相手を探してくれるという、その気持ちはありがたい。
けれど、胸の奥には小さな不安がくすぶっていた。これはアルフレッドのせいで植え付けられたものだ。
(その人にも嫌われたらどうしよう?)
アルフレッドには、可愛げがないと言われた。
男を立てることもできず、何でも自分のほうが上に立とうとしている、と。
もちろんオフィーリアに、そんなつもりはない。それでも、次の相手にも同じように思われたら――。
そのとき、扉がノックされた。
「失礼いたします」
入ってきた家令は、一通の書状を手にしていた。王家の封蝋が押されている。
「旦那様。王宮から使者がお見えになりまして、これを」
ウェインライト伯爵がそれを受け取り、封を開く。
目を通すうちに、その表情が険しくなった。
「陛下が、オフィーリアに縁談を提案してきたぞ。相手は書いていないが……いったい誰なんだ?」
「縁談?」
オフィーリアは戸惑ったように首を傾げたのだった。




