第6話
翌朝も、その次の日も。
アルフレッドはリディアと一緒に学園へ登校した。
以前なら当然のようにオフィーリアの隣にいたアルフレッドが、今ではリディアと並んで歩いている。
編入してきたリディアは、オフィーリアたちと同じクラスになった。休み時間になれば、アルフレッドはリディアの席へ行く。
昼食も当然のようにリディアと一緒で、オフィーリアが話しかけようとしても「あとで」と言われることが増えた。
「……ねえ、オフィーリア様」
ある日、エミリーが心配そうに声を潜めた。
「さすがにアルフレッド様に注意したほうがよろしいのでは?」
「リディア様は編入してきたばかりでしょう? だから、いろいろ教えてあげているだけよ」
そう答えながら、オフィーリアは自分自身に言い聞かせているような気がした。
当然、周囲も変化に気づいている。
「オフィーリア様、お気の毒ね」
「婚約者がいるのに、あれはちょっと……」
同情する者もいれば、面白がって噂する者もいた。
それでもオフィーリアは、アルフレッドを信じようとした。
夜会に招かれれば、アルフレッドはこれまでどおりウェインライト伯爵家へ迎えに来た。オフィーリアを馬車に乗せ、婚約者として会場へエスコートする。両家の親が出席するような正式な夜会では、以前と変わらないのだ。
だから大丈夫、そう思おうとした。
けれど、若い令息令嬢を中心とした夜会や、学園の生徒たちが多く集まる催しでは、アルフレッドはあからさまにリディアを優先した。会場に着くと、アルフレッドはすぐにリディアのもとへ行ってしまうのだ。
自分が側にいないとリディアはなにもできないから――そんな理由だった。
「一曲くらいいいだろう? リアとはいつでも踊れるんだから」
そう言って、アルフレッドがリディアの手を取る。
そのたびにオフィーリアは笑って、「ええ、わかったわ」と答えた。
季節が巡っても、二人の関係は元には戻らない。
むしろアルフレッドは、ますますリディアと過ごすようになった。
そして、ついに卒業の日を迎えた。
卒業式を終えたその夜、学園では盛大なパーティーが開かれる。
アルフレッドからは、例年どおりドレスが贈られてきた。
だからオフィーリアは、ほんの少しだけ期待していた。今夜くらいは、以前のように過ごせるのではないか、と。
アルフレッドは約束どおり迎えに来た。オフィーリアを馬車へ乗せ、卒業パーティーの会場までエスコートする。けれど、会場に入って間もなく、リディアが小走りに寄ってきた。オフィーリアが身につけているものとよく似た色合いのドレスをまとって。
「……リディア様のドレス、私のドレスとお揃いに見えますわ」
オフィーリアがそう言うと、リディアは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ。アルフレッド様から贈られたんですよ」
「……アルが?」
「ええ。とても素敵でしょう?」
オフィーリアは隣に立つアルフレッドを見た。
「どうしてアルが、リディア様のドレスを?」
「……卒業パーティーなんだから、ドレスくらい必要だろう? リディアの家は、リアの家ほど裕福じゃないから可哀想だろう? 君は優しさに欠けるよ」
「でも、婚約者でもない女性にドレスを贈るなんて、常識的にあり得ませんわ。誤解を招く行動は控えたほうが……」
アルフレッドが不機嫌そうに眉を寄せる。
「リアは何でも自分が正しいと思ってるんだろ? そういうところがすごく鼻につくんだよ。成績のことだって僕に対する配慮に欠けると思わないか?」
突然思いがけない話題になり、オフィーリアは息を呑んだ。
「君はずっと首席だった。入学してから卒業するまで、一度だって僕に譲ろうとしなかったよね?」
「……え?」
何を言われているのかわからなかった。
「女なら少しはできないふりをしろよっ、ってことさ!」
アルフレッドの声がさらに大きくなる。
近くにいた者たちが何事かと振り返った。
「君はどうしてそこまで僕より優れていなければ気が済まないんだ? 少しくらい僕を立てようとは思わなかったのか? 目立ちたがりで可愛げがないんだよ! 」
「…………」
「成績が張り出されるたび、僕がどれだけ惨めだったかわかるか? 婚約者なら僕を気遣い、僕より前に出るべきじゃないだろ!」
オフィーリアは呆然とアルフレッドを見つめた。
そんなことを気にしていたなんて、少しも思わなかったのだ。
「……私の成績がアルより良かったことが、それほど嫌だったの?」
「ああ、もちろんさ。自分より頭のいい女が好きな男なんていないよ!」
アルフレッドは吐き捨てるように言った。
「リディアは違う。僕を頼ってくれる。僕をすごいと言ってくれる。君みたいに、いつも僕より上にいようとはしない。成績ばかりでなく乗馬や球技も僕よりうまいなんて、少しは慎みを持てよ!」
いつの間にか、周囲の話し声が止んでいた。
大勢の視線がアルフレッドに集まっている。
けれどアルフレッドは気づいていない。
「だから、リア。僕は君との婚約を破棄する!」
ざわり、と会場が揺れた。
「……婚約、破棄?」
「ああ。僕はリディアと結婚したい」
オフィーリアは何も言えなかった。
アルフレッドのことが大好きだった。
だから、彼を信じようとした。
リディアにかかりきりなのも、きっと今だけだと思おうとしたのに。
周囲から囁き声が聞こえてくる。
「こんなところで婚約破棄だなんて……」
「それに、理由が……陳腐すぎるわ」
「嫌だ……アルフレッド卿って、そんな卑屈な方だったのね」
アルフレッドは、そこでようやく周囲の批判的な視線に気づいた。
だが、もう遅かった。
その夜、王都の貴族たちの間を駆け巡ったのは、アルフレッドを笑う声だった。
ロズウェル侯爵家の嫡男が、自分より優秀な婚約者に耐えられず、大勢の前で一方的に婚約破棄を宣言した。そんな、あまりにも情けない話だった。
当然、ウェインライト伯爵とキャサリンは激怒した。そしてロズウェル侯爵夫妻もまた、両家に何の相談もなく婚約破棄を宣言した息子の愚行を知り、青ざめることになるのだった。




