第5話
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「……アル」
オフィーリアが遠慮がちに呼びかけると、アルフレッドが振り返った。
「リア!?」
驚いた顔。
けれど、その次に浮かんだのは喜びではなく、迷惑そうな表情だった。
「なんでいきなり来たんだよ……」
その冷たい言葉に、オフィーリアは悲しくなった。
「……全然来てくれないから、心配になって……」
「……忙しいって手紙に書いたのに?」
責めるような言葉を口にした直後、アルフレッドの視線がオフィーリアの後からやってきたキャサリンへ移った。
途端に、顔が強張る。オフィーリアがキャサリンまで連れてきているとは思わなかったのだ。
「ご、ごきげんよう、キャサリン様」
「ごきげんよう、アルフレッド卿」
キャサリンは微笑んでいる。
だが、恐ろしく機嫌が悪いし、目は笑っていなかった。
アルフレッドは慌てたようにリディアを紹介した。
「キャサリン様、リア。こちらは《《従妹》》のリディアです。二学期から僕たちの学園へ編入することになっているんです」
「従妹? ……リディア様は遠縁でしょう?」
オフィーリアが指摘すると、アルフレッドは途端に顔を歪めた。
「どっちでもたいして変わらないじゃないか……そんな小さなことに拘るなんて細かいよ」
しん、と気まずい沈黙が降りた。
「あのぉ……は、初めまして、キャサリン様、オフィーリア様。アルフレッド様から、お話は伺っています。ごめんなさい……勉強を教えてくれるというので、つい甘えてしまって……」
リディアは立ち上がり、顔色を悪くした。
「別にいいのよ。謝らないで……」
「そうさ。謝ることなんてないよ。勉強をみてあげているだけで、なにも悪いことなんてしてない」
アルフレッドは少しふてくされたような表情を浮かべた。
結局、オフィーリアたちは長居をしなかった。
帰り際、キャサリンがふとアルフレッドを振り返る。
「長く商いをしていると、ときどき不思議に思うことがあります。誰もが欲しがるほどの宝を手にしているのに、その価値がわからない方がいらっしゃるのよ」
「……え?」
アルフレッドが目を瞬く。
「失ってから価値に気づいても、遅いのにね」
キャサリンは冷たく笑った。
「帰りましょう、リア」
「え、ええ」
「では、ごきげんよう。アルフレッド卿」
それから夏季休暇が終わるまで、アルフレッドがウェインライト家を訪れることはなかった。
そして、二学期最初の朝。
オフィーリアはいつもより少し早く支度を終えた。
夏季休暇の間は一度しか会えなかった。
けれど、今日からはまた毎日会える。
朝はアルフレッドの馬車で一緒に学園へ行って、授業が終われば一緒に帰ってくる。きっと、以前と同じように。
そう思って、玄関でアルフレッドを待った。
だが、いつもの時間を過ぎても、ロズウェル侯爵家の馬車は現れなかった。
一台、また一台と、通りを馬車が過ぎていく。
そのたびに顔を上げては、違うとわかって俯いた。
「リア?」
声をかけられて振り返ると、兄のステファンが立っていた。
「……お兄様」
「アルフレッド卿が来ないなら、私が学園まで送ろう」
「別に一人でも大丈夫よ」
「だめだ。さあ、一緒に行こう」
穏やかではあるが、断らせるつもりはないらしい。
結局、オフィーリアは兄と二人で馬車に乗り込んだ。
ステファンは、妹のオフィーリアとよく似た艶やかな金髪に、エメラルドグリーンの瞳を持つ美青年だ。すらりと背が高く、端正な顔立ちにはウェインライト伯爵家の嫡男らしい品がある。
学園の正門前に馬車が停まり、ステファンが先に降りる。
途端に、登校中の令嬢たちがざわめいた。
「まあ……」
「ウェインライト伯爵家のご嫡男よ」
「初めてお近くで見たわ……素敵」
あちらこちらから弾んだ声が聞こえてくる。
だが、ステファンはまるで気にした様子もなく、馬車を振り返った。
「リア」
差し出された手を取り、オフィーリアも馬車を降りる。
「ありがとう、お兄様。ここで大丈夫よ」
「ああ。帰りも馬車を迎えに寄越すからね」
「ええ、ありがとう」
ステファンが馬車へ戻り、やがてその馬車が走り出す。
それと入れ替わるように、一台の見慣れた馬車が正門前に停まった。
オフィーリアは思わず目を見開いた。
ロズウェル侯爵家の馬車だった。
扉が開き、アルフレッドが降りてくる。
「アル――」
呼びかけようとして、声が止まった。
アルフレッドはそのまま馬車を振り返ると、中へ向かって手を差し出した。
その手を取って降りてきたのは、リディアだった。
「ありがとうございます、アルフレッド様」
「足元、気をつけて」
アルフレッドが優しく笑う。
いつもならあの馬車に乗り、手を差し出してもらうのは、自分だった。
二人は並んで歩き始め、何か楽しそうに話していた。
リディアが笑えば、アルフレッドも笑った。
――どうして?
オフィーリアはその場から動けなかった。
(どうして、リディア様がアルと一緒に登校するの?)
「まあ。ご覧になって?」
すぐ近くから聞こえた声に、オフィーリアは、はっとした。
二人の令嬢がこちらを見ていた。
「アルフレッド卿がオフィーリア様以外の女性と登校してくるなんて、珍しいことですわね」
「本当に。ちょっとした事件ですわね」
くすくすと笑う声。
一人がちらりとオフィーリアを見る。
「あんなに可愛らしいオフィーリア様でも、婚約者の心を繋ぎとめておくのは難しいのかしら」
「ちょっと。聞こえてしまうわよ」
オフィーリアは唇をきゅっと結んだ。
言い返したかった。
『アルに限って心変わりなんてしないわ』と。
でも、少し先を並んで歩くアルフレッドとリディアを見れば、その言葉は喉の奥につかえて出てこなかった。
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