第39話
そして翌日の朝早く――オフィーリアとブライアンの結婚式を二日後に控え、国王夫妻が辺境へ到着した。
王家の紋章を掲げた馬車がフォートリエ辺境伯爵邸の前に停まると、ブライアンとオフィーリアをはじめ、ウェインライト伯爵、ステファン、キャサリンらが揃って出迎えた。
オフィーリアは少し緊張しながらも、ブライアンの隣で丁寧に頭を下げる。ブライアンも堂々とした口調で歓迎の言葉を述べた。
「国王陛下、王妃殿下。遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
「うむ。久しいな、ブライアン。オフィーリアも元気そうで何よりだ」
国王は馬車から降りるなり、上機嫌で二人を見比べた。
「いやあ、よかったよかった。余が二人を結婚させようと思いついたときは、我ながらなかなかいい考えだと思ったものだが、本当にうまくいったな。軽い思いつきだったが、あれは天啓だったのだろう」
その言葉を聞いたウェインライト伯爵の眉が、ほんのわずかに動いた。オフィーリアの後ろに控えていたアンナも、ぴくりと口元を引きつらせる。
「父上、我慢です」
ステファンがそっと囁く。
「わかっている。だが、今さら軽い思いつきだったなどと言われるとな……」
娘を遠い辺境へ嫁がせると突然決められたあの頃を思えば、今でも一言くらい言いたいことはある。アンナに至っては、心の中で国王の頬を二回ほど平手打ちしていた。
とはいえ、オフィーリアは今、愛する夫の隣に幸せそうな顔で立っている。
ウェインライト伯爵は小さく息を吐き、肩の力を抜いた。アンナもどうにか怒りを飲み込む。
「陛下のご決断には、当初は驚かされましたが……今では感謝しております。娘がこれほど幸せに暮らしているのですから」
「そうであろう、そうであろう」
国王は得意げに胸を張った。
「やはり余には人を見る目がある」
「あら、陛下。それは少し違うのではなくて?」
王妃がやわらかな声で口を挟む。
「思いつきがたまたま良い結果になっただけでしょう? 運が良かったのですわ」
あまりにも迷いなく言い切られ、国王は一瞬言葉に詰まった。オフィーリアとステファンも、その容赦のなさにそろって王妃へ視線を向ける。
「いや、王妃。もう少しこう、余の功績ということにしても良いのではないか?」
「功績? 二人を引き合わせただけでしょう? 二人の相性が良かったのが幸いでしたね」
王妃に悪気はまったくない。ただ思ったことをそのまま口にしているだけだ。それだけに国王も反論しづらい。
ウェインライト伯爵とステファンは、よくぞ言ってくれたとばかりに表情を緩めた。アンナも心の中で拍手をしていた。
そのやり取りに、キャサリンがころころと笑う。
「王妃殿下は昔から変わりませんね。やわらかい口調なのに、時々驚くほど率直で。でも、おっしゃることはいつも的を射ていました」
「キャサリンにそう言われると、学生時代に戻ったようだわ」
「私も懐かしいです。陛下にはこれから、もう少し考えてからお決めいただいたほうがよろしいかもしれませんね」
「そうでしょう? 陛下は勢いで決めてしまうことが多すぎるのよ」
王妃はすぐさまキャサリンへ同意した。この二人は王立貴族学園の同級生だった。親友というほどではないが、顔を合わせれば昔話に花が咲く程度には親しい。
「でも今回は、オフィーリアが幸せになったのだから、それが一番ね」
王妃がオフィーリアへ顔を向ける。
「はい。私、とても幸せですわ」
「ふふっ。新婚さんっていいわね。素敵」
一行が屋敷へ入ろうとしたところで、国王がふと遠くを眺めた。
「そういえば、来る途中に大きな雪の城が見えた。広場も大層賑わっていたなぁ。余は早く見に行きたいぞ」
「また思いついたらすぐ動こうとする。陛下、まずは少しお休みになられてはいかがですか?」
王妃がぷくりと頬を膨らませる。
「余はそれほど疲れていない」
「私は疲れてますわ。見物は後にしてくださいませ!」
「おお、そうか。それはすまない。では、ゆっくり休んでから行こう」
「ええ」
王妃が満足げにすると、今にも広場へ向かいそうだった国王も、あっさり引き下がった。
オフィーリアはそんな二人を交互に眺める。
どうやら陛下は、王妃殿下にはとても弱いらしい。
(ということは、もし陛下に何かお願いしたいことができたら、先に王妃殿下にお願いしてみればいいわね)
なんだか、とてもいいことを知ってしまった。
オフィーリアはこっそり覚えておくことにした。
その日の午後。
広場へやってきた王妃は、巨大な雪の城を目にした途端、先ほどまでの落ち着いた様子が嘘のように声を弾ませた。
「まあ……! 陛下、見てくださいませ! 本当にお城ですわ!」
「おお、これはすごいな」
二人はその場で足を止めた。
巨大な雪の城の周囲には、騎士や動物、ブライアンを模した雪像が並び、大勢の人々で賑わっている。
「全部、雪でできているの?」
「はい、王妃殿下」
オフィーリアが答える。
王妃はしばらく雪の城を見上げていたが、やがて横手に目を留めた。
子どもたちがそりに乗り、歓声を上げながら雪の斜面を滑り降りている。
「あら」
王妃はすぐにそちらへ体を向けた。
「私、あれに乗ってみたいわ」
「王妃?」
国王が目を丸くした。
「だって、とても面白そうではありませんか」
「いや、しかし先ほど余に、思いつきですぐ動くなと――それに、あれは子どもが滑る場所ではないのか?」
「それとこれとは別ですわ。大人が滑ったって壊れるわけではないでしょう?」
王妃はさらりと言ってのける。
「もちろん、大人が滑っても問題ありません。ほら、小さい子に付き添って、父親が一緒にそりへ乗っています」
ブライアンがそう説明すると、国王もすぐにその気になった。
「なるほど。だったら余も乗ろう。なんだか面白くなってきたぞ」
「ええ、ご一緒しましょう」
二人の話は、あっという間にまとまった。
その後ろに控えていたアンナが、ぽつりと呟く。
「……やっぱり似たもの夫婦ね」
「アンナ」
オフィーリアが慌てて振り返る。
「申し訳ございません。つい」
アンナは何食わぬ顔で頭を下げたが、キャサリンは口元を押さえている。
「王妃様は学生時代から、そういうところがお可愛らしかったです」
「まあ、キャサリン。そんなに褒めないで」
王妃は嬉しそうに目を細めた。
「なんだか懐かしくなってしまって」
「私もです。あの頃は何をするにも今より自由でしたものね」
久しぶりに学生時代の友人と顔を合わせた王妃は無邪気な笑みを浮かべる。
一方、国王はそんな王妃を待ちきれず、すでにそり乗り場へ足を向けていた。
「王妃、昔話をしている場合ではない。早く行こう。混んでしまうぞ」
「あら、陛下。お待ちくださいな」
王妃もすぐにそのあとを追いかけた。
先ほどまで国王の思いつき癖をたしなめていた人とは思えない。
アンナは二人の後ろ姿を見送り、十分に距離が開いてから小声で呟いた。
「王妃殿下も、陛下のことばかり言えませんよねぇ。でも、国王夫妻だからって割り込まず、ちゃんと子どもたちと一緒に並ぶところは尊敬できます」
「アンナ」
「てっきり、そり乗り場を貸し切るのかと思っていました」
「もう……」
オフィーリアは窘めながらも、笑いを堪えきれなかった。




