第38話
その日の夜。
オフィーリアはウェインライト伯爵、ステファン、キャサリンとともに、再び雪祭りへと出かけた。もちろん、ブライアンも一緒である。
昼間とはまるで違う景色が、広場いっぱいに広がっていた。
巨大な雪の城や英雄像の周囲にはいくつもの灯りがともされ、その光を受けた白い雪が、淡く金色に輝いている。昼間には気づかなかった細かな彫刻や雪像の陰影までもがくっきりと浮かび上がり、広場全体がまるで物語の一場面のようだった。
「これは……昼間に見るのとは、またずいぶん違うな」
ウェインライト伯爵が足を止め、感嘆の声を漏らした。
「でしょう? せっかく遠くから来てくださる方もいるのですもの。昼だけで終わってしまってはもったいないと思って、夜にも楽しんでいただけるよう雪像の周りに灯りを置いたんですの」
オフィーリアが説明すると、ステファンは目の前にそびえる雪の城を見上げた。
「本当に雪でできているとは思えないな。新聞や雑誌で大きな記事になるのも当然だよ。これなら実際に見た人たちが王都へ戻ってからも自慢するだろうし、来年はもっと客が増えそうだ」
「それは大いにありそうだな」
ウェインライト伯爵も満足そうに頷いた。
「まあ。それなら宿も、もっと増やしたほうがいいかしら」
オフィーリアが言うと、ステファンは一瞬目を丸くする。
「ほら、これだよ。みんなが『来年はもっと人が来るだろう』で終わるところを、オフィーリアはもう宿の数を心配している」
「だって、本当にたくさん来てくださったら泊まる場所が必要でしょう?」
「もちろん。だから感心してるんだよ。ひとつうまくいったら喜んで終わりじゃなくて、すぐその先まで考える。昔からそういう子だった」
「そうですわね、自然とそうなってしまうだけなんです」
「ブライアン、君はいい妻をもらったな。下手をすると君が気づく前に、領地の十年先まで考えてくれそうだ」
「ええ。それについては私も毎日のように実感しています」
ブライアンがあまりにも即答したので、今度はステファンが笑った。
「ずいぶん自慢げだな」
「もちろん私の妻ですから。いつもその幸運に感謝しています」
さらりと言い切られて、オフィーリアは照れるけれど嬉しい。
「もう、旦那様ったら……」
「本当のことだよ」
ブライアンは愛情の籠もった眼差しでオフィーリアを見つめた。
二人の手は最初からずっと繋がれたままだ。しかもただ繋いでいるだけではなく、いつの間にか指までしっかり絡め合っている。
その様子を見ていたキャサリンが、にんまりと笑った。
「まあまあ。このぶんなら、愛らしい二人の子どもちゃんが誕生するのも時間の問題ね。どちらが生まれてもいいように、早速ベビー服を――」
「叔母様、気が早いです!」
「あら、早いくらいでちょうどいいのよ。こういうものは準備が大切なの」
「まだ女の子か男の子かわかりませんし、妊娠すらしてません!」
慌てて止めながらも、オフィーリアの頬はほんのり赤い。
「でも……最初は女の子がいいかしら」
小さく付け加えると、今度は隣のブライアンが目を輝かせた。
「女の子……」
「旦那様?」
「いや、その……君に似た女の子なら、きっと素晴らしく可愛いだろうなと思って。そしてとても優秀で――ああ、お嫁に行かせたくないな」
「まあ、旦那様ったら。うふふ」
オフィーリアは早くも親馬鹿になりそうなブライアンに、つい笑ってしまった。
「父上。どうやら私たちはこれから頻繁にここへ訪れることになりそうですよ」
ステファンが真顔で言うと、ウェインライト伯爵が豪快に笑った。
「そうだな。孫の顔を見るために毎月来たくなりそうだ。別荘を購入しておくか」
「お父様まで!」
オフィーリアがますます赤くなる横で、キャサリンだけは「やっぱり女の子なら白いレースをあしらったおくるみがいいかしら」と、すでに真剣に考え込み始めている。
「叔母様、本当に作り始めないでくださいませ!」
「あら、嫌よ。こんな楽しいことやめられないわ」
皆の笑い声が弾けた。
けれど、そんな未来の話をこうして笑いながらできることが、オフィーリアにはたまらなく幸せだった。
辺りには昼間以上に大勢の人が集まっている。屋台からは焼き菓子や肉料理の香ばしい匂いが漂い、あちらこちらで湯気の立つスープやホットワインを手にした人々が談笑している。
楽器を奏でる者たちの周りには自然と人だかりができ、その隣では大道芸人が芸を披露するたびに大きな拍手が上がっていた。
「父上、あちらにホットワインがありますよ」
「おお、それはぜひ飲んでみよう」
ウェインライト伯爵はさっそく一杯受け取ると、白い息を吐きながら口をつけた。
「これはいい。寒いところで飲むと格別だな」
「我が領地の特製ワインです。ここは冬は長く極寒ですが、夏はしっかり暑く日照時間も長いので、濃くて香りの強い赤ワインができるんです」
ブライアンが誇らしげに胸を張る。
その言葉を聞いたオフィーリアは、ふと夏の辺境の景色を思い浮かべた。
「それなら旦那様、夏には果物をたくさん育てるのも良さそうですわね。さくらんぼや梨、メロンやスイカ……新鮮な果物と、きりっと冷やした名産ワインがあれば、夏祭りだって開けそうですわ」
「夏祭りか。それはいいね」
ブライアンもすぐに笑顔になる。
「冬だけでなく、夏まで人が集まる土地になったら素敵でしょう?」
「ああ。君となら、きっとそうできるよ」
当然のようにそう言われて、オフィーリアは嬉しそうに微笑んだ。
「では、夏も忙しくなりそうですわね」
二人が早くもまだ見ぬ夏の祭りに思いを馳せていると、ウェインライト伯爵とキャサリンも楽しげに笑った。
「この調子では、一年中祭りをしていそうだな」
ステファンが冗談めかして言う。
「まあ。それも楽しそうですわ」
オフィーリアが真顔で答えたので、今度は皆が笑った。
少し離れたそり遊びの場所では、王都からやって来た貴族の子どもたちまで領民の子どもたちに混じって遊んでいた。
「もう一回!」
「今度はもっと速く滑る!」
身分の違いなど気にする様子もなく、一緒になって雪まみれになっている。
その後も一行は雪の家へ入り、温かな料理を味わったり、さまざまな雪像を見て回ったりしながら、夜遅くまで祭りを楽しんだ。
辺境の冬は寒い。
けれど今夜のオフィーリアには、その寒ささえ楽しいものに思えた。
そして翌日――オフィーリアとブライアンの結婚式を二日後に控え、国王夫妻が辺境へ到着した。




