第37話
ウェインライト伯爵とステファンを乗せた馬車がフォートリエ辺境伯邸へ到着すると、オフィーリアは待ちきれなかったように玄関まで迎えに出た。
「お父様、お兄様。ようこそいらっしゃいました!」
「オフィーリア」
馬車から降りたウェインライト伯爵の顔が一気にほころぶ。
ステファンもすぐさま妹のそばまで歩み寄り、上から下まで確かめるように眺めた。
「元気そうだな。顔色もいいし……少しふっくらしたか?」
「もう、お兄様。太ったと言いたいんですか? 酷いわ」
「違う違う。幸せそうだと言いたかったんだよ」
慌てて言い直す兄に、オフィーリアはくすくす笑った。
「お父様もお変わりありませんか?」
「ああ。私たちのことより、お前のほうがよほど驚かせてくれたぞ」
ウェインライト伯爵は、馬車で通ってきた広場の方角へ視線をやった。
「雪祭りとは聞いていたが、あれほどとは思わなかった。巨大な城まで雪で作ってしまうとはな」
「ブライアン卿の像も見事だったよ。それに、あの人の数はなんだ。王都の祭りでも、そうそう見ない賑わいだったぞ」
ステファンも、まだ興奮が冷めないらしい。
「全部、オフィーリアが考えたのか?」
「いいえ。昔読んだ本に、異国では雪で大きな像や建物を作って楽しむ祭りがあると書かれていたのを思い出しただけですの。ですから、私が一から考えたわけではありませんわ」
「いや、それを思い出して実際にやろうとする時点で十分おかしい」
「おかしいかしら?」
「褒めてるんだよ」
ステファンは肩をすくめた。
「普通は本で読んでも『面白そうだ』で終わる。それを本当に辺境地の祭りにしてしまうんだから、やっぱりオフィーリアだな」
「皆さんが協力してくださったからですわ。職人さんも領民の方々も、とても楽しそうに参加してくださって」
「それが一番すごいんだ」
ウェインライト伯爵が穏やかに言った。
「領主の妻が何か思いついたところで、皆が嫌々従っているだけでは、あんな楽しそうな祭りにはならん。お前がこの土地でちゃんと受け入れられている証拠だよ」
その声音には、娘を誇らしく思う気持ちが滲んでいた。
そこへブライアンが姿を見せた。
「ウェインライト伯爵、ステファン卿。遠いところをよくお越しくださいました」
ウェインライト伯爵は姿勢を正し、ブライアンへ向き直った。
「こちらこそ、娘がお世話になっております」
「いえ。俺の方こそ、オフィーリアにはいつも支えられています」
そう答えながら、ブライアンはごく自然にオフィーリアの腰へ腕を回した。
オフィーリアも何のためらいもなく、その隣へ寄り添う。
ウェインライト伯爵とステファンは、揃ってその様子を見つめた。
「…………」
「…………」
「な、なんですの?」
オフィーリアが不思議そうに二人を見る。
「いや……」
ウェインライト伯爵は目元を和ませた。
「手紙には、自分たちの意思で夫婦として歩いていくと書いてあったが、思っていた以上に仲良くなったのだな。よかった、よかった」
「お父様!」
オフィーリアの顔が一気に赤くなる。
ステファンはそんな妹を見て、とうとう笑い出した。
「これなら心配する必要はなさそうですね」
「もちろんです」
ブライアンはきっぱりと言い切る。
「オフィーリアは、俺にとってかけがえのない女性です。これからも何があっても大切にします」
「だ、旦那様……!」
オフィーリアは耳まで真っ赤になる。
「そんなに皆の前で言わなくても……恥ずかしいです」
「本当のことなんだから仕方ないだろう?」
ブライアンはまるで照れる様子もない。
ステファンは満足げに腕を組んだ。
「いや、兄としてはそれくらい言ってもらえるほうが安心します。なにしろオフィーリアは自慢の妹なので」
「お兄様まで!」
そこへキャサリンが姿を現した。
「まあ、ようやく到着しましたのね。お久しぶりです、お兄様。長旅、お疲れさまでした」
すっかりこの屋敷に馴染んだ様子のキャサリンに、ウェインライト伯爵は苦笑した。
「聞いてはいたが、本当に先に来ていたんだな」
「当然ですわ。可愛いオフィーリアの結婚式ですよ? これ以上大事な予定などありませんもの」
「王都の商会はどうした?」
「優秀な者に任せてありますし、何の心配もありませんわ。第一、オフィーリアの結婚式以上に大事な仕事なんてないわ」
キャサリンは当然のように言う。
その後ろから侍女長と執事も姿を見せ、ウェインライト伯爵とステファンへ丁寧に挨拶をした。
「奥様には、日頃より大変お世話になっております」
「こちらこそ、娘を支えてくださってありがとうございます」
「いえいえ。奥様がいらしてから、この屋敷も領地も随分と明るくなりました」
執事の言葉に、侍女長もすぐさま同意を示した。
「使用人たちも皆、奥様のことが大好きなのですよ」
「ほお……使用人に好かれるのはよいことだぞ」
父から褒められ、オフィーリアは嬉しそうに胸を張った。
応接室へ場所を移すと、自然と話題は数日後に控えた結婚式へ移った。
「それにしても、まさかフォートリエ辺境伯領でこれほど盛大な式を挙げることになるとはな」
ウェインライト伯爵が感慨深げに言う。
「私も、こんなことになるとは思っていませんでしたわ」
オフィーリアは照れくさそうに笑った。
「最初は、皆さんに少しお祝いしていただければ十分だと思っていたんですの」
「少し、ですって?」
キャサリンが即座に反応した。
「国王陛下と王妃殿下がお越しになるのに?」
「それは後から決まったことでしょう、叔母様」
「だからこそ、完璧にしなくてはいけないのよ」
キャサリンは胸を張った。
「ドレスも装飾も、妥協は一切しませんからね」
オフィーリアは困ったように眉を下げた。
そんな妹を見ながら、ステファンが声を弾ませる。
「私はオフィーリアの花嫁姿を見るのが何より楽しみだよ」
「ああ。今度こそ、皆の前でちゃんと祝ってやれるからな」
ウェインライト伯爵も力強く応じた。
その言葉に、オフィーリアの胸が温かくなる。
王命によって始まった結婚だった。けれど今は、隣に自分を大切にしてくれる夫がいる。父も兄も叔母も、屋敷の人々も、皆が自分たちの結婚を心から祝おうとしてくれている。
オフィーリアはブライアンを見た。
視線が合うと、彼の眼差しが柔らかくなる。
それだけで、オフィーリアの口元も自然と綻んだ。
「私も、とても楽しみですわ」
今度の結婚式は、誰かに決められたものではない。
自分たちが望んで夫婦として歩いていくことを、大切な人たちに祝ってもらうための結婚式なのだ。




