第36話
結婚式を数日後に控えた朝、王都から北へ向かう街道には、いつになく多くの馬車が列をなしていた。
その中にはウェインライト伯爵とステファンを乗せた馬車もある。
「ずいぶん混んでいるな」
窓の外を眺めていたステファンが言った。
前にも後ろにも、立派な紋章を掲げた馬車が続いている。高位貴族たちの馬車だ。
「皆、同じところへ向かっているようだな」
ウェインライト伯爵が苦笑する。
「陛下と王妃殿下が参列なさると知って、皆が一斉に動き出したようですね。オフィーリアは結婚式にこれほど招待してるとは思えませんけど」
「結婚式だけではないからな。雪祭りというものが、ずいぶん評判になっている。見物がてら行くのだろう。オフィーリアもフォートリエ辺境伯領が一大観光地になるまたとない機会だ。歓迎するだろうよ。」
ウェインライト伯爵の手元には、イベントを特集した雑誌があった。
巨大な雪の城にブライアンの英雄像、さまざまな動物の雪像と夜には無数の灯りがともされ、そり遊びも楽しめ雪でできた家もあると書いてある。
「これはオフィーリアが考えたのでしょうね?」
「ああ、そう書いてある。フォートリエ辺境伯爵夫人は領地経営の天才だと記載されているよ」
兄は少し呆れたように笑った。
「相変わらずというか……嫁いだ先でも何か始めずにはいられないんだな。けれど、天才というのも大げさではないですね」
「元気にやっているなら、それでいい。さすが我が娘だ」
ウェインライト伯爵の声には安堵が滲んでいた。
一度は王都に帰ってきたもののフォートリエ辺境伯領へ戻ってしまった娘を心配していた。しかし、届いた手紙には『自分たちの意思で夫婦として歩んでいく』と書かれていたし、楽しそうに雪祭りの行事を進めているオフィーリアの姿も想像できた。
結果として、とても良い縁だったと結論づけていた。
北へ進むにつれて、街道脇の雪は深くなっていった。王都からフォートリエ辺境伯爵領へ向かう街道には、一定の間隔で旅人が休める宿場が設けられていた。馬を休ませたり交換したりできる厩舎のほか、食事を取れる店や宿もあり、長旅をする者たちはそこで体を休める。その日も、辺境へ向かう貴族たちの馬車が何台も宿場に立ち寄っていた。
王都ではほとんど見ることのない景色に、馬車から降りた子どもたちは大はしゃぎだ。
「雪だ! 本当に全部真っ白だ!」
「雪祭りでは、可愛い動物の雪像もあるんでしょう? すっごく楽しみ!」
大人たちが貴族同士で会話したり馬の交換を待ったりしている間も、子どもたちは雪を踏みしめては歓声を上げていた。
そんな声を聞きながら、ステファンは宿屋の一室から窓の外へ視線を向けた。今夜はここに泊まることに決めたのだ。
「子供たちはずいぶんとはしゃいでいるな。大人にとっては厄介な雪も、子供には楽しいものらしいですね」
「ああ、しかし、私も雪祭りは楽しみだよ。ホットワインも楽しみだな。雪景色を眺めながら飲めば、きっと格別だろう 」
ウェインライト伯爵も楽しそうに笑った。
「ですね。オフィーリアが作った祭りとやらを、我々も大いに楽しみましょう」
フォートリエ辺境伯領は今、これまでにないほど多くの客を迎えようとしていた。
数日後、ウェインライト伯爵とステファンを乗せた馬車は、ようやくフォートリエ辺境伯領へ入った。
領都へ近づくにつれ、街道を行き交う馬車や人の数が目に見えて増えていく。
「ずいぶん賑わっていますね」
ステファンが車窓の外を眺めながら言った。
「祭りが始まったばかりとは思えない盛況ぶりだな」
ウェインライト伯爵も感心したように外を見る。
やがて馬車が町の中心にある広場へ差しかかったとき、二人は揃って言葉を失った。
「……これは」
目の前にそびえていたのは、雪で作られた巨大な城だった。本物の城壁を思わせるほど高く積み上げられた雪には、窓や尖塔、門まで細かく作り込まれている。その隣には剣を掲げた英雄ブライアンの巨大な像が立ち、さらに向こうには鹿や熊、兎、物語に登場する幻獣まで並んでいた。
小さな雪像を想像していたステファンは、思わず馬車の窓から身を乗り出した。
「父上……あれ、本当に全部雪ですよね?」
「いやはや。話には聞いていたが、ここまでとは思わなかった」
広場はすでに大勢の見物客で埋め尽くされていた。城や英雄像の前には人だかりができ、初めて見る雪の芸術に驚きの声を上げる者、家族や友人と楽しそうに眺める者で賑わっている。
広場には出店がずらりと並び、焼き菓子や肉の串焼き、海鮮類を焼く香りが風に乗って漂ってくる。少し離れた場所では大道芸人が巧みな芸を披露し、そのたびに大きな拍手と歓声が上がっていた。楽器を奏でる者たちの軽快な音楽も聞こえ、広場全体が祭りらしい華やかな空気だ。
雪を固めた小さな丸い秘密基地のような家、もっと大きい雪の家などがあちらこちらにあるのも面白い。
「これは……想像していた以上ですね」
ステファンは窓の外から目を離せずにいた。
「ああ。これだけの人を辺境まで呼び寄せるとはな」
ウェインライト伯爵も感心したように辺りを見回す。
ステファンは巨大な雪の城をもう一度見上げ、嬉しそうに笑った。
「さすがオフィーリアです。昔から人を驚かせるようなことを思いつく妹でしたが、まさか辺境地そのものをこんなに賑やかにしてしまうとは」
その声音には、妹への誇らしさが滲んでいた。
馬車は広場をゆっくりと通り抜け、フォートリエ辺境伯邸へと向かった。ウェインライト伯爵とステファンは親族ということもあり、辺境伯邸へ滞在することになっていた。
一方、王都から押し寄せた多くの貴族たちは、町の上等な宿や、辺境伯爵家が来客用に用意した別邸へと分かれて滞在することになった。 普段なら空室も多い宿屋まで、この時ばかりはどこも満室だった。
フォートリエ辺境伯領はまだ祭りが始まったばかりだというのに、すでにこれまでにない賑わいを見せていたのだった。




