第33話
それからしばらくしたある日の午後、オフィーリアとブライアンは、祭りの準備が進む広場を訪れていた。
辺境地の広場には、これまで見たこともないほど多くの人が集まっていた。
領民たちは大量の雪を運び込み、次々と高く積み上げている。作っているのは、領内でも有名な古城を模した巨大な雪の城だ。
塔を作る者、城壁を削る者、窓や門の形を整える者と、自然に役割が分かれ、あちらこちらから威勢のいい声が飛び交っている。
少し離れた場所では、彫刻仕事に自信のある石工や木工職人たちが、ブライアンの像を作っていた。王国最強とうたわれる彼は、この地では英雄そのものなのだ。
雪の塊を丁寧に削り、剣を掲げた姿を少しずつ形にしていく。
「もっと鼻筋が通っているんじゃないか?」
「そうだな。領主様はもっと凛々しいお顔をしておられる」
「なら、ここをもう少し削るか」
職人たちは互いに意見を出し合いながら、真剣な表情で手を動かしていた。
さらに別の一角では、動物をかたどった大きな雪像も作られていた。
立派な角を持つ鹿、今にも駆け出しそうな兎、二本足で立ち上がった大きな白熊。
まだ途中のものも多かったが、こちらでは領民と職人が協力しながら、どちらが立派なものを作れるかと競い合っているようだった。毛並みや目元まで細かく形を整えている。
子どもたちも負けてはいない。
「私はリスを作るわ!」
「じゃあ僕はキツネ!」
「絵本に出てくるお姫様もいいなぁ!」
小さな手で雪を丸め、動物や物語の登場人物を次々と作っていく。
出来上がった雪像の前では、自分たちの作品を誇らしげに見せ合う子どもたちの歓声が絶えなかった。
大人も子どもも、誰かに命じられたからではなく、自分から面白そうなことを見つけて加わっている。
いつしか広場全体が、大きな一つの作品を作っているような賑わいに包まれていた。
「すごいですわね」
オフィーリアが感嘆の声を漏らした。
「まさか、こんなに大勢の方が参加してくださるなんて」
「ああ。俺も驚いた」
ブライアンも、活気に満ちた広場を見渡す。
そもそもの始まりは、オフィーリアが王都を恋しがらなくても済むように、この領地で楽しく暮らしてほしい――そんなブライアンの願いだった。
その話を聞いたオフィーリアが、冬ならではの楽しみとして雪を使った祭りを提案したのだ。
ほんの思いつきだった案が、今では領民たちまで巻き込み、これほど大きなものになろうとしている。
「君の案が、こんなふうになるとはな」
「私だけではありませんわ。旦那様が、この領地をもっと楽しい場所にしたいとおっしゃったから思いついたのですもの」
「それでも、雪で祭りをしようなんて俺には思いつかなかった」
ブライアンは楽しそうに雪像を眺めるオフィーリアを見つめた。
自分の願いを、彼女は思いもよらない形で膨らませてくれた。
そのことが、ブライアンには何より嬉しかった。
さらに少し離れた場所では、子どもたちが安全にそり遊びを楽しめるよう、緩やかな斜面を整える作業が進められていた。
雪を踏み固めて道を作り、転んでも危なくないよう両脇には柔らかな雪を高く積んでいる。
「早く滑りたい!」
「まだ駄目だって!」
待ちきれない子どもたちを、大人たちが笑いながら押しとどめていた。
その光景を見ているだけで、この土地にこれまでとは違う冬が訪れようとしているのがわかる。
広場の端では、雪を固めて作った小さな家もいくつも並び始めていた。
中に入れるほど大きなものもあり、子どもたちは出来上がるそばから嬉しそうに出入りしている。
その様子を眺めていたオフィーリアは、ふと思いついたように口を開いた。
「ここに椅子を置いたらどうかしら? 温かいスープや甘い飲み物を持ち込んで飲めるようにするんですわ」
「それなら大人には、ホットワインもいいな。」
「まあ、それも素敵ですわ」
オフィーリアは嬉しそうに頷いた。
「それらを売る屋台を出してもらいましょう。せっかく皆さんが集まるのですもの。大人も子供も、一日中楽しめるお祭りにしたいわ」
「ああ。商人たちに声をかけてみよう。飲み物だけじゃなく、いろいろな物を売りたい者が集まるだろう」
二人で話しているうちにも、祭りの案は次々と膨らんでいった。
やがて日が傾き始めると、執事や侍女長、屋敷の使用人たちも広場へやって来た。
暗くなってからの様子を確かめるため、今日は試しに雪像や雪の家へ灯りをともすことになっていたのだ。
夕暮れが深まるにつれ、広場のあちらこちらに柔らかな灯りが浮かび始めた。
白い雪が淡い光を受け、昼間とはまるで違う幻想的な景色へと変わっていく。
「まあ……綺麗」
オフィーリアは思わず声を漏らした。
隣ではブライアンも満足そうに広場を眺めている。
その後ろには、執事や侍女長、屋敷の使用人たちがいる。
「これは見事ですな」
執事が感心したように言った。
「奥様の雪祭りというお考えが、ここまで立派な形になるとは」
「こんなに素敵なものになったのは、皆さんが力を貸してくださったおかげです」
オフィーリアはそう言いながらも、すでに次のことを考えていた。
「そうだわ。大道芸人や楽師も呼びませんこと? せっかくですもの、もっと広場を賑やかにしたいわ」
「なるほど。それは楽しそうですな」
次々と案を出していくオフィーリアを、ブライアンは隣で眺めていた。
何かを思いつくたびに、その場にいる者たちまで楽しそうな顔になる。
彼女が戻ってきてから、屋敷だけではない。この領地そのものが明るくなっていく。
そんな妻の姿を、ブライアンは誇らしく思った。
すると、二人のやり取りを見ていた侍女長が、何かを思いついたように口を開いた。
「これだけ皆が集まるのでしたら、いっそもう一つ、お祝い事を増やしてはいかがでしょう」
「お祝い事?」
オフィーリアが振り返る。
侍女長はブライアンとオフィーリアを交互に見て、にっこりと笑った。
「お二人の結婚式でございます」
「結婚式……」
オフィーリアは驚いてブライアンを見た。
そういえば、自分たちはまだ結婚式を挙げていない。
王命によって婚姻が決まり、正式な手続きを済ませたあと、そのまま夫婦として暮らし始めたのだ。
「せっかく奥様が戻ってきてくださったのです」
侍女長は、柔らかな光に包まれた広場を見渡した。
「しかもこのお祭りには、領内から大勢の人々が集まります。今度こそ、皆でお二人をお祝いするには、これ以上ない機会ではありませんか?」
執事も大きく頷いた。
「そもそも、この祭りも旦那様が奥様のために領地を楽しい場所にしたいと考えられ、そこから奥様が案を出されたのが始まりです。お二人で始められた祭りなのですから、その日にお二人の門出を祝うというのも、実にふさわしいでしょう」
オフィーリアはもう一度ブライアンを見た。
彼もこちらを見ていた。
「俺は、いいと思う」
「旦那様……」
「最初は王命で夫婦になった。でも、今は違う。今度は俺たち自身が望んで夫婦でいることを、皆に祝ってもらおう」
「私も……そうしたいですわ」
すると周囲から一斉に歓声が上がった。
「では決まりですな!」
「忙しくなりますわね!」
侍女長も執事も、すでにやる気満々だった。
(お式までは一か月ほどしかないから、手持ちの白い正装用ドレスで十分だわ。今から仕立てたらとても間に合わないもの)
雪祭りはいつの間にか、領地を挙げて二人の結婚を祝う日にもなろうとしていた。
屋敷へ戻る途中、オフィーリアはブライアンに声をかけた。
「結婚式が楽しみですわ。お父様とお兄様にも知らせてよろしいですか? それから、もちろん叔母様にも」
「ああ。ぜひ来てもらおう」
ブライアンは少し考えてから笑った。
「国王陛下にも一応知らせておくか。あの方の気まぐれな思いつきがなかったら、俺たちは出会っていなかったからね」
「ふふ、そうですわね」
その日のうちに、オフィーリアは王都へ手紙をしたためた。
一か月後、フォートリエ辺境伯領で結婚式を挙げること。
その日は雪を使った祭りを行うこと。
今度こそ、自分たちの意思で夫婦として歩いていくこと。
ぜひ式に来てほしいこと。
そう書き記してから、しっかりと封を閉じた。
手紙が王都へ届き、返事が戻ってくるまでには、しばらくかかるだろう。
そう思っていたのだが――。
それからほどなくして、フォートリエ辺境伯邸の前に、王都からやって来た豪奢な馬車が止まった。
見覚えのある馬車だった。
「まさか……」
オフィーリアが迎えに玄関にでると、勢いよく馬車の扉が開いた。
「オフィーリア!」
「叔母様!?」
馬車から降りてきたキャサリンを見て、オフィーリアは目を丸くした。
(そうだった。叔母様はこういう人だったわ。恐ろしく行動的で、可愛い姪のためなら飛んでくるんだった)
「それにしても、早すぎませんか?」
「当たり前でしょう」
キャサリンは当然のように言い切る。
「可愛い姪が結婚式を挙げるというのに、王都でのんびりしていられるものですか」
そしてオフィーリアの両手を取ると、楽しそうに微笑んだ。
「さあ、忙しくなりますわよ。ドレスはどうするつもりなの?」
「え、ええ……手持ちの白い正装用ドレスを使うつもりよ。あと一か月しかないのに、とてもウェディングドレスを一から作れないもの」
すると、キャサリンの顔つきが変わった。
「オフィーリア」
「な、何かしら?」
「可愛い姪の結婚式に、手持ちのドレスを使わせる私ではないわよ。ここは私の出番ですとも!」
その顔は、すでにやる気に満ちていた。
キャサリンはくるりと馬車を振り返った。
「さあ、マダム・ココ! お針子さんたちも降りていらして!」
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