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賢すぎる伯爵令嬢はかわいい妻を演じたい!  作者: 青空一夏


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第30話

 王都を出て数日。

 辺境へ向かう街道を、オフィーリアを乗せた馬車は北へ進んでいた。

 窓の外には、少しずつ雪の残る景色が増えている。

 もうすぐ、ブライアンのいる土地へ戻れる。

 そう思うだけで胸が高鳴った。

(今度こそ、きちんと聞くの)

 怖くないわけではない。

 けれど、もう逃げたくなかった。

 そのときだった。

 御者が手綱を引き、馬車が急に速度を落とした。

「どうしたのかしら?」

 オフィーリアが窓から外を覗くと、街道の向こうから一騎の馬が猛然と駆けてくる。

 雪を蹴り上げながら近づいてくるその姿を見て、オフィーリアは息を呑んだ。

「……旦那様?」

 見間違えるはずがない。

 黒い馬を駆るのは、ブライアンだった。

「馬車を止めて!」

 ほとんど同時に、ブライアンも馬を止める。

「オフィーリア!」

「旦那様!」

 オフィーリアは馬車の扉を開け、外へ飛び出した。

 ブライアンも馬から降りる。

 二人はしばらく、何も言わずに互いを見つめた。

 先に口を開いたのはオフィーリアだった。

「どちらに行かれるのですか?」

「君に会いに行くところだった」

「……私も、旦那様に会いに戻るところでした」

 二人は同時に黙り、そしてまた同時に口を開いた。

「俺は――」

「私――」

 思わず顔を見合わせる。

「旦那様からおっしゃってください」

 ブライアンは一度深く息を吸った。

「わかった。俺は、ずっと間違えていた。君には王都のほうが似合うと思っていた。こんな雪ばかりの辺境に君を縛りつけてはいけないと、勝手に決めつけていた」

 オフィーリアは黙って聞いている。

「だから、君を好きになればなるほど距離を置こうとした。夫婦の寝室へ誘ってくれたときも、本当は嬉しかった。断りたくなんてなかったんだ」

 オフィーリアの目が大きく見開かれる。

「では、どうして……」

「君を本当の妻にしてしまったら、もう手放せなくなると思ったからだ」

 ブライアンは苦笑した。

「だが、君がいなくなってわかった。手放したところで、少しも楽にはならなかった。むしろ逆だったんだよ」

 食事のときも、仕事をしているときも、どこにいても、オフィーリアを探していた。

「君がいない屋敷は、驚くほど寂しかった。俺は君が好きだ。聡明なところも、優しいところも、思いもよらないことを次々と思いつくところも。全部好きだ。もう、君のためだと言って勝手に身を引くのはやめる」

 オフィーリアの目に涙が浮かぶ。

「オフィーリア。俺の妻でいてほしい」

 涙が一筋、オフィーリアの頬を伝った。

「……ずるいです。私、それを聞くために辺境へ戻るところだったのに」

 オフィーリアは泣きながら笑った。

「私もブライアン様が好きです。ずっと好きでした。妻として見ていただけないのだと思って、それが悲しくて……本当は、私では駄目なのか、それとも男性の方がお好きなのかとまで考えていたんです」

「執事と同じことを言う……俺にそういう趣味はない。君が駄目なわけでもない。むしろ、俺にはもったいないくらいだ」

 オフィーリアは少しだけ唇を尖らせた。

「では、もう勝手に私の幸せを決めないでください。どこで暮らしたいのかも、誰と暮らしたいのかも、ちゃんと私に聞いてください」

「ああ。約束する」

 オフィーリアは微笑んだ。

「では、私はフォートリエ辺境伯爵家へ帰ります。旦那様、一緒に帰りましょう」

「……本当に?」

「ええ」

 オフィーリアはブライアンを見上げた。

「あなたの妻として、今度はたくさん愛してもらいますわ」

 次の瞬間、ブライアンはオフィーリアを強く抱きしめていた。

 オフィーリアもその背に腕を回す。

 二人の顔がゆっくりと近づき、そっと唇を重ね合わせた。最初は触れるだけの口づけだったが、離れかけたオフィーリアをブライアンがもう一度抱き寄せる。今度の口づけは先ほどよりも長く、深かった。

 オフィーリアは驚いて目を見開いたものの、やがてそっと瞼を閉じる。背に回した腕に自然と力が入り、ブライアンも彼女を大切なものを包み込むように抱きしめた。

 どれほどそうしていたのか分からない。

 ようやく唇が離れたとき、オフィーリアは息を整えながら、真っ赤になった顔をブライアンの胸元へ隠した。

「……旦那様」

「すまない。止められなかった」

「もう……」

 オフィーリアは恥ずかしさを隠すように、そのままブライアンの胸元へ頬を寄せた。



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