第28話
王都へ戻ってしばらくした頃、オフィーリアはキャサリンに伴われ、ある伯爵家の夜会へ出席していた。華やかな広間には、多くの貴族たちが集まっている。
王都随一の商会を率いるキャサリンの周囲には、公爵家や侯爵家をはじめとする有力貴族たちが自然と集まっていた。王族すら顧客に持つ彼女と親しく言葉を交わしたい者は多く、オフィーリアもその輪の中で挨拶を交わしている。
少し離れたところには、アルフレッドとリディアの姿もあった。かつてロズウェル侯爵家の嫡男として、その輪の中にいたアルフレッドも、今ではギルモア男爵家の婿である。ギルモア男爵家は裕福な家ではなく、社交界で大きな影響力を持つ家でもない。夜会に招かれることはあっても、キャサリンを中心とした上位貴族たちの輪へ気軽に加われる立場ではなかった。
オフィーリアがふと視線を向けると、ちょうど会場の隅にいるアルフレッドと目が合った。
(……嫌な方と目が合ってしまったわ)
オフィーリアはすぐに視線を逸らし、何事もなかったように隣の夫人との会話へ戻った。
一方、アルフレッドは違った。
(今、オフィーリアは僕を見ていた! しかも目が合った途端、顔を背けた。やっぱり僕のことが気になるんだ)
自分から婚約を破棄し、その際に酷い言葉を浴びせ、オフィーリアを傷つけたことは、アルフレッドの頭から都合よく抜け落ちていた。
しばらくして、オフィーリアは人の多さに少し疲れ、夜風に当たろうとバルコニーへ向かった。
その姿を目で追っていたアルフレッドは、都合よく解釈した。
(なるほど。二人で話したいということか)
もちろん、オフィーリアにはそんなつもりなど微塵もない。
だがアルフレッドは疑いもせず、彼女のあとを追ってバルコニーへ向かった。
「やっぱり、僕と二人で話したかったんだね」
背後から聞こえた声に、オフィーリアは振り返った。
「アルフレッド卿? ……何のことでしょう?」
「そんなに取り繕わなくてもいいよ。さっきから何度も僕を見ていただろう?」
「見ていませんわ」
「でも目が合ったじゃないか」
「たまたまです」
アルフレッドは一瞬黙ったものの、すぐに何かを納得したように頷いた。
「なるほど。まだ怒っているんだね」
「何をどう聞いたら、そういう結論になるのですか?」
「わかっているよ。僕があのとき、君との婚約を破棄したことをまだ根に持っているんだろう?」
オフィーリアには、アルフレッドが何を言いたいのかさっぱりわからない。早く話を済ませて、どこかへ行ってくれないかしらと思っていた。
「ねえ、もうそろそろ許しておくれよ。君は僕に会いに王都に戻ってきたんだろう?」
「はい? 全然違いますけど」
「フォートリエ辺境伯は厳つい大男の乱暴者なんだろう? そんな夫にきっと君はいつも酷いことをされていた。だから王都へ戻ってきた。僕にはわかっているよ」
「全然違いますわ! 旦那様は美丈夫で上品な貴公子ですわ。酷いことなんて一度もされていません」
「だったら、どうして王都へ戻ってきたんだい?」
「それは――」
言いかけて、オフィーリアは止まった。
ブライアンに夫婦の寝室へ誘うのを断られた。それが悲しくて、自分は女性として見られていないのだと思った。もしかしたら、本当に男性のほうが好きなのではないかとまで疑った。実は今も、ほんのちょっぴり疑っている。
けれど――。
(私、旦那様には何も聞いていないわ)
どうして断ったのかさえ、本人に確かめていない。
思い返せば、ブライアンはいつも優しかった。オフィーリアの話を聞き、意見を認め、二人で笑うことも増えていた。
それなのに、自分は拒絶された理由を勝手に決めつけて、王都へ帰ってきてしまったのだ。
「オフィーリア?」
アルフレッドの声で、意識を引き戻された。
「僕とやり直そうよ。そうすれば君も僕も幸せになれる。僕が君とよりを戻せば父上もきっと考え直すはずなんだ。君との婚約を破棄したことで、父上は少し感情的になってしまってね。弟を跡継ぎにするなんて言い出したけど、僕と君が元に戻れば、すべて丸く収まるだろう? キャサリン会長もまた前のようにロズウェル侯爵家と取引してくれる。すべてが丸く収まるよ」
「つまり、アルフレッド卿がロズウェル侯爵家に戻るために、私とよりを戻したいと?」
「そんな言い方をすると聞こえが悪いな」
「ほかにどう聞こえるのでしょう」
「もちろん、君のためでもあるよ」
アルフレッドは胸を張った。
「辺境地でうまくいかなかった君を、僕がもう一度受け入れてあげるんだから」
オフィーリアはアルフレッドをまっすぐ見据えた。
「受け入れていただかなくて結構です。よくもそんな寝言が言えましたね? あなたは現在、リディア様の夫ですわよ」
「……まあね。しかし、形だけだ。今はすごく後悔している」
「今のお話をリディア様がお聞きになったら、どう思われるでしょう?」
「リディアが? どうしてここで出てくるんだい?」
「後ろをご覧遊ばせ」
アルフレッドが後ろを振り返る。そこには憤怒に駆られたリディアが立っていた。
「リ、リディア……」
実のところ、キャサリンはアルフレッドがオフィーリアのあとを追うのに気づいていた。そこで、リディアがバルコニーへ向かうよう仕向けたのだった。
アルフレッドはリディアに耳を引っ張られながら帰っていった。オフィーリアに婚約破棄を突きつけてまで結婚した二人の夫婦仲が、この日を境に急速に冷え込んでいくことになるのだが――それは、今は置いておこう。
オフィーリアはその後ろ姿を見送りながら、先ほどのアルフレッドの問いを思い返していた。
――だったら、どうして王都へ戻ってきたんだい?
今度は、逃げずにブライアンと話そう。
自分が彼を好きだということも伝える。そのうえで、自分を妻として、女性として見ることができないのか、きちんと聞くのだ。
それでも駄目なら、そのときは諦めればいい。
「叔母様。私、フォートリエ辺境伯爵家へ戻りますわ」
キャサリンを見つけるとそう告げ、そのまま屋敷へ戻った。アンナを見るなり、荷物をまとめるよう頼む。
「明日、フォートリエ辺境伯爵領へ戻るわ。今度こそ旦那様にきちんと聞くの。私では駄目なのか、妻として、女性として見ることはできないのかって。私が好きだということも、ちゃんと伝える。それでも駄目なら、そのときはきっぱり諦めるわ」
アンナは驚いたものの、すぐに大きく頷いた。
「はい! それがよろしいと思います。あっちの趣味でも、本人から聞けば、オフィーリア様もきっと納得できますわ」
アンナは最後まで誤解したままだった。




