第27話
数日をかけて王都へ戻ったオフィーリアは、キャサリンの屋敷で暮らすことになった。ウェインライト伯爵もステファンも、キャサリンから連れ戻した理由を聞き、オフィーリアを気遣ってくれた。
「もうそんな所には戻る必要はないんだよ。陛下だって、白い結婚だと知れば離婚を認めてくださるさ。だって辺境伯はアレなんだろ? 運が悪かったな、オフィーリア」
ステファンは妹が不憫だとばかりに、ため息をついた。
「そうだとも。これはオフィーリアのせいでもブライアン卿のせいでもない。恋愛対象のちょっとしたズレは仕方がないさ。誰が悪いわけでもないのだから、陛下に早速申し上げて、婚姻無効を宣言していただこう」
ウェインライト伯爵はすぐに手続きをしようとしたが、オフィーリアはそれだけは止めた。
あちらから離婚を切り出されるのなら仕方がない。けれど、自分から言い出すつもりはなかった。
久しぶりの王都は、やはり華やかだった。
通りには色とりどりのドレスや帽子が並び、評判の店には新しい菓子や香水が次々と入荷している。
キャサリンに連れられて買い物を楽しみ、評判のカフェでお茶を飲み、商会へ出向いて商談にも同席した。
忙しくしていれば、考えなくて済むと思っていた。
実際、最初のうちは楽しかった。
「この生地、素敵ね」
「でしょう? あなたに似合うと思って取っておいたのよ」
キャサリンと笑いながらドレスのデザインを考える。
商会では、取引先ごとの条件を一度聞いただけで覚え、尋ねられればすぐに答えて相手を驚かせた。
「やっぱりオフィーリアがいると助かるわ」
キャサリンにそう言われれば、嬉しかった。
商会にはたくさんの仕事があり、オフィーリアは精力的に仕事をこなしていく。
自分を必要としてくれる人は、こんなにも多い。貴族達からのお茶会や夜会への招待状はたくさん届き、王都の生活は煌びやかで刺激的だ。
それなのに、夜になり一人になると、決まって辺境地のことを考えてしまう。
(今頃、みんなどうしているのかしら?)
執事や侍女長はちゃんと屋敷を切り盛りしているだろうか。
マルスは悪賢い商人に騙されてはいないだろうか?
そして、一番気になるのはブライアンだ。
(旦那様は……どうしているかしら?)
そこまで考えると、胸が苦しくなった。
自分がいなくなって、少しくらい寂しいと思ってくれているだろうか。
けれど、すぐに首を振る。
あの人は、自分が王都へ戻ることをあっさり受け入れた。
出発のときにも、見送りさえしなかった。
(きっと……少しも寂しくなんてないのよね)
むしろ、気を遣わなくて済むようになって、ほっとしているのかもしれない。
そう思った途端、目の奥が熱くなった。
「……ばかね」
誰に言うでもなく呟いて、オフィーリアはそっと涙を拭った。
翌日も、オフィーリアは何事もなかったように商会へ向かったが、アンナは気づいていた。王都へ戻ってきたはずなのに、オフィーリアの心はまだフォートリエ辺境伯家に残ったままだ。
相変わらず窓の外を眺めてぼんやりしている時間は多いし、ふいにため息をつくこともある。
これでは王都に来た意味がない。
アンナは心配そうにその横顔を見つめた。
一方、キャサリンもオフィーリアの様子には気づいていた。
「元気がないわ……しばらく時間が必要ね」
ぽつりと呟く。
思ったよりもオフィーリアはブライアンが好きだったようだ。
すぐに気持ちを切り替えられるはずもない。
振られたようなものなのだから、最初は辛くて当然だ。
けれど、人の心はいつまでも同じ場所に留まり続けるものでもない。
(そのうち、きっと元気になるわ。こういうことは時間が解決するものよ)
キャサリンはそう信じて、今はまだ何も言わず見守ることにしたのだった。
一方、オフィーリアを王都へ送り出したブライアンは、初めのうちはそれほど生活が変わるとは思っていなかった。
もともと、この屋敷で長いあいだ一人で暮らしてきたのだ。ただ元に戻るだけ。そう思っていた。
けれど翌朝、寝室を出たブライアンは、いつものように廊下の先へ目をやった。
(……そうか。いないんだったな)
オフィーリアの部屋の扉は閉ざされたままだった。
朝食の席に着けば、向かい側の椅子が空いている。
以前なら気にも留めなかった光景なのに、今日は何を話そうかと考える必要もないことに気づいた。
領地の話をすれば、オフィーリアはすぐに興味を示した。思いもよらない意見を返されることもあれば、話が思わぬ方向へ転がって、二人で笑うこともあった。
今朝は、食器の触れ合う音だけがやけに響いた。
変わったのは使用人たちも同じだった。
侍女長は口数が減り、執事も普段どおり仕事をこなしてはいるものの、以前ほどの覇気がない。廊下ですれ違う使用人たちにも、どことなく元気がなかった。
庭園には、オフィーリアが侍女たちと作った雪ウサギが残っていた。
少し形を崩したそれを見て、ブライアンは足を止めた。
数日前まで、彼女はここにいたのだ。
執務室へ戻ってからも、扉の向こうで物音がするたび、顔を上げてしまう。
また何か思いついて、オフィーリアが話をしに来たのではないかと。
だが、入ってくるのはエドガーか使用人ばかりだった。
日が経てば、元の生活に慣れると思っていた。
ところが三日経っても、ブライアンは朝になるとオフィーリアの部屋を見て、食事になれば向かいの椅子を見た。
「……こんなに、寂しいものなのか」
誰もいない執務室で呟いて、ようやく気づいた。
自分はただ、オフィーリアに好意を抱いていたのではない。
いつの間にか、彼女がいる毎日そのものを気に入っていたのだ。




