第25話
それから数日後。
「オフィーリア様!」
急いで報告にやってきた執事と侍女長の顔を見ただけで、オフィーリアにはだいたい察しがついた。
「……もしかして叔母様かしら?」
「はい。キャサリン様があと一刻ほどでこちらにお着きになるそうです。さきほど先触れの使者が来ました」
「やっぱりね」
オフィーリアが呟く。
「やはりキャサリン様は迅速に動きますね。それだけオフィーリア様が可愛いからですよ。ありがたいことです」
アンナは嬉しそうに微笑んだ。
到着する頃に玄関に向かうと、王都でもひと目で上等とわかる豪華な馬車がこちらに向かってくるのが見えた。その前後には護衛の騎馬がずらりと並び、さらに後ろには荷馬車まで続いている。
「叔母様……私を迎えに来ただけよね?」
「そのはずです」
「ちょっとした隊商みたいになっているけれど」
「キャサリン様ですから」
アンナは当然のように答えた。それで説明になっていることがおかしいのだが、オフィーリアも納得してしまった。
やがて馬車が玄関前に止まる。降りてきたキャサリンは、長旅をしてきたとは思えないほど隙のない装いで、オフィーリアの姿を見つけるなり表情を輝かせた。
「オフィーリア!」
「叔母様!」
キャサリンはまっすぐ歩み寄ると、オフィーリアをぎゅっと抱きしめた。
「まあ、思ったより元気そうで安心したわ
キャサリンはひとまずホッとしたように頬を緩ませた。その後ろでは、次々と荷物が下ろされている。王都で評判の店名が入ったお菓子の包み。高給茶葉に香水や化粧品、手に塗る軟膏まで恐ろしい数だ。酒や保存の利く珍しい食品などもあった。どう見ても、オフィーリア一人を迎えに来ただけの人の荷物ではない。
「おば様、あれは?」
「こちらの皆様へのお土産よ。オフィーリアがお世話になっているのですもの。当然でしょう?」
「……」
「足りなかったかしら」
「逆ですわ。多すぎます」
「ふふっ。多すぎて困ることはありませんよ。どれもこれもここにいる皆さん全員に行き渡るように、たくさん持ってきのよ」
そう答えると、執事と侍女長に向き直って話しかける。
「皆さんに公平に配ってくださる? 姪がお世話になったお礼ですわ」
「こ、これは素晴らしい品々をありがとうございます!」
「まあ、香水や化粧水まで? 侍女たちが喜びます」
執事も侍女長もびっくりするやら嬉しいやらで、キャサリンにしきりに礼を言う。
すでに集まった使用人たちの顔が期待で顔を輝かせている。到着早々これだけ歓迎される人物も珍しいだろう。
キャサリンは満足そうに辺りを見回したあと、再びオフィーリアへ向き直った。
「それで?」
「なぁに、叔母様?」
「荷物はまとめてあるのでしょうね?」
「…………」
黙ってしまったオフィーリアの代わりに、アンナが胸を張った。
「もちろんでございます。すぐにでも出発できます!」
「ふふっ。さすがね。アンナはとても優秀ね」
キャサリンはにっこり笑った。どうやらオフィーリア本人の返事を聞く前から、帰ることだけは完全に決定しているらしい。
「では、あとはブライアン卿にご挨拶ね」
そう言ってキャサリンが微笑んだ、そのときだった。
「キャサリン様」
バリトンボイスに振り向くと、ブライアンがこちらへ歩いてくるところだった。
「ようこそお越しくださいました。長旅でお疲れでしょう。どうぞ中へ」
「突然押しかけてしまって申し訳ありません、ブライアン卿」
「いえ。オフィーリアの叔母上なら、いつでも大歓迎です」
「まあ。それはよかったわ」
キャサリンは優雅に頷いた。
平然と応じながらも、内心では少なからず驚いていた。
ブライアンと顔を合わせるのは、これが初めてである。
北の辺境を守る若き辺境伯。剣の腕にも優れ、騎士たちを率いて自ら戦場に立つ男だと聞いていたから、もっと武骨でいかつい大男を想像していた。
ところが、実際のブライアンはまるで違う。背は高く、よく鍛えられた体はたくましいが、決して無骨ではない。すらりと均整が取れていて、黒髪に深紅の瞳という印象的な容貌も相まって、王都でもそうそうお目にかかれないほどの美丈夫だった。
それでいて、ただ美しいだけではない。
立っているだけで、人の上に立つ者らしい風格がある。穏やかに微笑んでいても、ひとたび剣を取ればさぞ強いのだろうと思わせるものがあった。
(まあ……これは、オフィーリアが悩むのも無理はないわね)
こんな男を夫にして、その夫から妻として求められていないと思えば、傷つきもするだろう。
その後、一行はサロンへ場所を移した。
長旅の話や王都の様子など、しばらくは当たり障りのない話が続いた。
やがてキャサリンはティーカップをソーサーへ戻すと、ブライアンへ視線を向けた。
「ブライアン卿。少しだけ、二人でお話ししたいことがあるのですけれど、よろしいかしら?」
「もちろんです」
ブライアンはすぐに頷いた。
「では、私の執務室へ。そちらなら落ち着いて話せます」
「ええ。お願いします」
「叔母様? 私も一緒に――」
「あなたはアンナとここで待っていなさい」
「……はい」
キャサリンのキッパリとした言い方に、きっと自分を連れ帰ることを言うのだと確信した。ブライアンはなんと答えるだろうか……その答えがとても気になった。
キャサリンはブライアンの執務室へ案内され、静かに扉が閉まる。二人きりになったところで、キャサリンは先ほどまでと打って変わった厳しい口調で話し始めた。
「では、さっそく本題に入らせていただきますわね」
「はい」
「オフィーリアは王都へ連れて帰ります」
「……はい?」




