第21話
翌日、ブライアンは騎士の一人を呼んだ。
「マルスが最近、誰と会っているのか調べてくれ 」
「承知しました」
数日後、騎士が報告にやって来た。
「毎日ほぼ同じ時刻に、執事と侍女長とともに奥様のお部屋を訪ねております」
「……オフィーリアの?」
「はい」
ブライアンの眉が寄った。
「皆で何をしているんだ?」
「それが……よくわからないんですよ。扉はきっちり閉まったままで、奥様付きの専属侍女アンナさんは教えてくれませんし、中に入れてくれません」
ブライアンは黙り込み、やがて口を開いた。
「マルスを呼べ」
「はい」
ほどなくして、何も知らないマルスがやってきた。
「旦那様、お呼びですか?」
「ああ。最近、毎日オフィーリアの部屋へ行っているそうだな?」
マルスが固まった。
「何をしている? 執事と侍女長も一緒なんだろう?」
「……それは」
「俺の目を見ろ」
「無理です。旦那様に嘘をつくと顔に出るので」
「もう出ている。さあ、白状してもらおうか」
マルスは観念したように肩を落とした。
「……奥様に、旦那様には絶対に言うなと言われているんです。困ったなぁ……実は奥様の授業を受けているんですよ」
「授業だと?」
「はい。最初は馬のことだけだったんですけど、今はいろいろ教えてもらってて。おっしゃる通り、執事と侍女長も一緒です 」
最初こそ馬に関する相場を学ぶための授業だったが、やがて内容は商取引のコツや帳簿の正しい付け方、新聞や専門雑誌のどこを読むべきか、などへと広がっていった。
それを知った執事と侍女長まで興味を示し、いつしか二人も一緒にオフィーリアの授業を聞くようになっていった。
「だとしたら、今回の飼料や干し草の相場を調べたのも?」
「もちろん、奥様です。蹄鉄も馬具も、全部。調べたというより、頭の中に全部入っているんですよ。見聞きしたことは決して忘れない奥様なんで……」
「……お前は何をしたんだ?」
「勉強しました! 奥様の授業、ものすごく分かりやすいんですよ。俺みたいなのでも分かるように説明してくださるんです」
なぜか胸を張った。
ブライアンは首を傾げる。
「なるほど、わかった。だが、なぜそれをオフィーリアは俺に隠す?」
「それは俺にもわかりません。教えてくれないんですよ」
マルスは困ったように頭を掻いた。
「ただ、旦那様には絶対に知られたくないみたいでした」
「……そうか」
ブライアンはしばらく考えた。
理由は分からない。
だが、オフィーリアがそこまで隠したがっているのなら、無理に問い詰める必要もないだろう。
「俺は何も知らないことにするよ。お前も俺に聞かれたとは言うな」
「いいんですか?」
「ああ。オフィーリアが隠したいのなら、しばらくは知らないふりをしておく」
マルスはほっと胸を撫で下ろした。
「よかったぁ……。これで奥様に怒られずに済む」
「ただし」
「はい?」
「今後、俺への報告で自分が考えたような顔をするのはやめろ」
「了解です! これでビクビクしないで済みますよ」
執事からは以前、『奥様は帳簿の見方がよく分からないようです』と聞いていた。侍女長からも、あまり記憶力がよくないらしいと報告を受けている。だが、どうやらまるで違ったらしい。
しかも、オフィーリアの頭の良さを知ったあとも、誰一人としてブライアンに訂正してこなかった。使用人たちは、いつの間にか結託して、オフィーリアの秘密を守っていたのだ。
「……なんなんだ、一体」
思わず笑いが漏れた。
別に腹は立たない。
オフィーリアがしているのは、フォートリエ辺境伯家のためになることばかりだ。使用人たちも、そんな彼女を慕い、協力している。
ただ、どうして自分にだけ隠したがるのか。それが分からない。
これまで、あえて彼女を知ろうとはしなかった。
いずれ王都へ戻る人間だと思っていたからだ。
だが今は、少しだけ知りたくなった。
その日の夕食時、ブライアンは向かいに座るオフィーリアへ声をかけた。
「今日は何をしていたんだ?」
「今日ですか?」
「ああ。王都と違って、ここでは夜会も茶会もない。退屈していないかと思ってな」
「まあ、退屈なんてとんでもないですわ。私は毎日、授……あ、いいえ、とても充実しております」
「そうか」
ブライアンは何食わぬ顔で頷いた。
「使用人たちとも、ずいぶん親しくなったようだな。侍女長から聞いたよ。王都の話をよくしているそうじゃないか」
「えっ? 王都の話?」
一瞬きょとんとした後、オフィーリアは慌てて頷いた。
「……ああ、そうでしたわね。はい。その……王都で流行している劇やドレスのお話などを、少し……」
明らかに目が泳いでいる。
ブライアンは笑いそうになるのを堪えた。
なるほど。こうやって自分の前では、何もできない妻を演じていたいらしい。
「そうか。楽しそうで何よりだ」
「はい」
ブライアンは知らないふりを決め込んだ。それでもオフィーリアが気になって目で追うことはやめられない。庭師と草木の手入れの話をしている時に側を通れば、冬の寒さに強い花の種類を熱心に説明していた口を閉ざす。
厨房のあたりを通れば、コック長と最近の魚の相場や収穫量の話で盛り上がっていたのに、急に話を変える。
必死に隠すオフィーリアが気の毒になったブライアンは、その夜、オフィーリアに話しかける。隠す必要などないのだとわかってもらいたいだけだが、口下手なブライアンだとこうなった。
「君はとても優秀だ。俺はありがたいと思っているよ」
唐突にそう言われ、オフィーリアは目を丸くした。
「えっ?」
驚いたように顔を上げるオフィーリア。
「君が知られたくないなら、俺は何も知らないことにしておこう」
「……」
それだけ言うと、ブライアンはわずかに口元を緩めて食堂を出ていった。オフィーリアはしばらく固まっていたが、やがて頭を抱えた。
「いったい、いつから……? 困ったわ。私、きっと呆れられてしまった。アルフレッド様の時のように嫌われてしまうかも……可愛くなりたかったのに。そうよ、キュートになりたかっただけなのよ」
ポワン!
「みゅう(しまった……子猫になっちゃったわ)」
オフィーリアの鳴き声が聞こえた途端、ブライアンがいそいそと戻ってきた。
「キュート! 今、お前の声が聞こえた。ああ、やっぱり……こんなところにいたのか? 心配したんだぞ。さあ、おいで。一緒に遊ぼう」
なぜか猫じゃらしを持って、オフィーリアを誘ってきた。
(だめ。人間の尊厳……ああ、でもあのおもちゃを追いかけたいわ……我慢できない)
オフィーリアは気づくとおもちゃを嬉々として追いかけ、ブライアンに頭を撫でられながらミルクを飲んでいたのだった。そしてまた隙を見て脱走したのは言うまでもない。
その後、記憶力の良さがバレてブライアンからもっと冷たくされるのかと、オフィーリアは心配だった。しかし、それどころか頻繁に話しかけてくるようになりホッとした。しかもそれは自分の働きを肯定してくれるようなものばかりだ。
「君が来てからこの屋敷は変わったな。使用人たちは楽しそうだし、いつもどこかで笑い声が聞こえる。そういえば彼らの給金を上げたらしいな」
「は、はい。勝手なことをして申し訳ありません。実は以前よりかなり人件費に回せるお金ができまして……いろいろな問題を解決した結果なのですが、ほんの少し増やしたのです」
「ああ、いいと思うぞ」
「……あのぉ、怒らないのですか?」
「なぜ俺が怒るんだ? 感謝しかないよ」
(感謝……嫌われていないの?)




