暗闘
屋台が並ぶ大通りから脇に入った路地裏は、人通りもなく寂しい。頼りげない街灯が所々にあるものの、夜道は暗かった。
フードを目深に被った男たちに取り囲まれた貴族の少年と5人の護衛は言い争っているようだが、隠れるように離れた場所で様子を伺うエルトダリスには、闇夜のせいではっきり確認できない。
やがて剣を交える金属音が聞こえてきた。どうやら戦いが始まったらしい。
(どうしよう…始まっちゃったよ…)
息を殺して様子を見守るエルトダリス。だが、暗すぎて気配が探り切れず、歯ぎしりするしかなかった。
「どうした、坊主」
いきなり背後から野太い声がかかる。エルトダリスの肩が跳ね上がった。
「だ、誰?!」
びっくりして振り返ると、ひげ面の背の高い男が立っていた。身軽な簡易具足を身に着け、腰に剣を佩いた旅人といった風貌だ。
「迷子か?」
「ちがうよ」
男の言葉にエルトダリスは激しく左右に首を振り、言葉を続けた。
「護衛を連れた貴族のお兄さんが、怪しい男たちに取り囲まれてるのが心配で、離れて様子見てたの」
うるんだ瞳で下から見上げるエルトダリスに、旅人の男は奥の道に視線を向けると、眉を寄せた。
確かに離れた場所で、複数の者たちによる喧噪の気配がある。しかも剣の激しい音が聞こえてくる。
「危ないから、坊主はここでじっとしてろよ」
「うん」
エルトダリスが頷くと、旅人の男は駆け出した。彼の後ろ姿が、暗闇に溶け込むように消える。
旅人はまっすぐ貴族の少年と護衛の男たちに駆け寄った。
「交戦中と見たが、劣勢だな。ここは加勢しよう」
突如現れた旅人の男が、貴族の少年に話しかけた。
貴族の少年は戸惑いを見せたが、この窮地に飛び込んできた旅人に悪意は感じられず、素直に答えた。
「すまない、手を借りる」
貴族の少年の言葉に護衛たちは驚いた様子だが、主の素早い決断に応じたようだった。護衛たちは旅人と頷きあう。
旅人が割り込むように一歩前に出ると、腰から剣を抜いて身構えた。途端にフードの男の一人が叫ぶ。
「邪魔だ、どけ!」
「何言ってやがる。大勢で貴人を襲ってりゃ、暴漢ですって言ってるようなもんだろ」
旅人の言葉に、フードの男たちが殺気を突き付けてきた。しかし修羅場を幾度となく経験している旅人には、そのくらいで臆するものではない。
「面倒だ、貴様も一緒に片付けてやる」
フードの男たちは一斉に切り付けてきた。それを旅人の剣が素早い動きで4人の剣先をはじき返していた。
(…強い)
護衛の1人は旅人の太刀筋に驚いた。この男、相当場慣れしているようだ。
(…どうしたらいいんだろう…)
物陰から隠れているエルトダリスは、両手を握りしめた。とうとう激しい激闘の音が聞こえてきた。しかし子供のエルトダリスには、歯がゆいがどうする事もできない。貴族の少年と護衛に加勢した旅人の男の無事を祈るように案じているうち、やがて遠く背後から複数の靴音が聞こえてきた。
「エルトさん!」
遠くからユギの声が聞こえた。エルトダリスは破顔する。
憲兵たちと共にユギが戻って来たのだ。しかしエルトダリスはユギとの再会に喜ぶ間もなく、憲兵たちに話しかけた。
「早く貴族のお兄さんを助けてあげて!ピンチなの」
エルトダリスが後ろに続く道を指さす。憲兵たちは軽く敬礼を返すと、そのまま駆けて行った。
「お怪我はありませんか?!」
ユギが焦りながらエルトダリスの身の回りを見回す。エルトダリスは苦笑を浮かべた。
「私は大丈夫です。旅人の男の人に声をかけられたんだけど、貴族のお兄さんを助けに行っちゃったから、そっちも気になって…」
「そんなことが…?」
憲兵たちが駆けつけると、フードの男たちは身が危うくなったのを悟り、速やかにその場から逃走を始めた。
ちりぢりに分かれて闇夜の街に紛れていくが、憲兵たちもそれぞれに分かれて彼らの足取りを追っていく。
「…どうやら、助かったようですね」
緊張していた貴族の少年は、ホッと胸を撫で下ろした。残っている憲兵の1人が、話しかけてきた。
「襲われた貴族の方とは、ルクレシア殿下の事だったのですね?」
すると護衛の1人がそれに答えた。
「左様、アクトス帝国皇太子殿下であらせられます」
憲兵たちのやり取りを離れた場所から見守っていたエルトダリスとユギは、顔を見合わせた。貴族と思った少年が、実は異国の皇太子とは思いも寄らなかったからだ。とんだ場面に出くわしたらしい。
「君たちが通報してくれたのですね?」
憲兵から話を受けて、ルクレシアはエルトダリスとユギに歩み寄ってきた。
「ありがとう、君たち」
「いえ、とんでもないです」
エルトダリスとユギは恐縮する。
「でも、よく暴漢たちに気が付いたね」
ルクレシアの言葉にエルトダリスは答えた。
「あのフードの人たちから黒い靄が見えたから、嫌な予感がしたんです」
「黒い靄が見えた…?」
ルクレシアが小首を傾げる。ユギが説明を付け加えた。
「私たちは神官見習いなので、人が発している波動を読み取る事があります。全ては無理ですが、発している信号が強いと感知してしまいます」
「凄いんだね、神官って…」
ルクレシアは感心して改めて二人の少年を見つめた。
その一方で、エルトダリスはふと周囲を見回した。
「…あれ?旅の男の人がいない…」
いつの間にか姿が消えている男の姿を捜してキョロキョロ周囲を見回すが、どこにも気配はない。
彼は憲兵が現れると、しばらくして宿屋へ戻って行ったとルクレシアが教えた。
「お礼を言いたかったのに…」
しょんぼりしてエルトダリスは呟いた。ユギが微苦笑を浮かべてエルトダリスに囁いた。
「縁があれば、また会えるかもしれません」
ユギの慰めがエルトダリスに少しは効いたのか、小さく頷いた。
「さて、寮にもどりましょうか」
ユギはエルトダリスの手を握る。
「夜道は危ないから憲兵に送らせよう」
ルクレシアがそう言うと、2人の憲兵が側に来た。
エルトダリスとユギは憲兵に護られるようにして、学生寮へ戻って行ったのだった。
次回は10月18日予定です。お楽しみに。




