視察
水花祭休暇があけて、エルトダリスの日常が戻った。休み明けのせいか、同級生たちは元気も無く、どちらかというとグッタリしていた。祭りを満喫して遊び疲れが出たのだろう。
しかし学業や神官の修行は厳格に進められる。初等級7クラスある中でも、特にレベルの高いクラスである1組は授業内容が先行して進むため、生徒たちは気が抜けなかった。
「皆さんがご存じの通り、サリア教は神山とも呼ばれるライタス山脈一帯に住む神族たちを畏れ敬う宗教です。サリア教の宗派は細かく分かれていますが、総本山にあたる場所と教会をどなたか答えてもらいます」
担任のトラスが生徒たちに問いかけると、生徒たち全員が片手を上げた。
「では、ジョイス」
トラスが指名すると、ジョイスは席を立ってそれに答えた。
「神国アルスレイドの首都ドリトスにある『中央教会』です」
「よろしい。正解です」
トラスはジョイスを着席させると、言葉を続けた。
「神国アルスレイドは北部にライタス山脈の山々が連なっており、そこはアルスレイド王家が神の聖域として立ち入りを禁止しています。まだ神と人間が分け隔てなく一緒に生活していた太古の時代、ライタス山脈に神々が暮らしていたと言い伝えられ、神々がこの世を人間に託しても良いと判断されると、神のみが住める天上の神界に移住したと古代記に記されています」
と、その時、教室の扉がいきなり開いた。トラスと生徒たちは一斉に振り向くと、校長のビルヘルムが現れた。
「突然で申し訳ないが…」
ビルヘルムはトラスに向き直る。
「アクトス帝国親善大使として皇太子のルクレシア殿下が来日なさっているのだが、今日1日神学校の生徒の様子を見学したいとの申し出があったのだ」
トラスは黙したまま頷いた。
ビルヘルムが続けて生徒に顔を向けると言葉を続けた。
「ルクレシア殿下が見学に来られるが、生徒の諸君、失礼のないように」
生徒たちは驚いてざわついたが、それはすぐに静まった。ルクレシアが護衛を従えて教室に姿を現したからである。
「担任の神官様、並び生徒の諸君、突然の来訪を許してもらいたい」
ルクレシアは教室内に響くように、大きな声で語りかけた。
「我が帝国には神の学び舎が無いので、ぜひ君たちの勉強する様子をこの目で確かめたかったのだ。今日1日、よろしく頼みたい」
ルクレシアの真摯な申し出に、生徒たちは驚いたものの、悪い気はしなかった。
すると、エルトダリスが拍手でそれに答える。
エルトダリスの拍手で、他の生徒も拍手をはじめた。教室内に歓迎の意が広がり、ルクレシアは破顔した。
「生徒諸君、ありがとう」
側にいたビルヘルムがいつの間にか教室の片隅に、皇太子の特別席を用意している。ルクレシアは勧められて、静かに椅子に着席した。
「授業を続けます」
トラスは正面の生徒たちに語り掛け、生徒も授業に気持ちを切り替えた。
アマルダが隣の席のエルトダリスに小声で話しかけてきた。エルトダリスは言葉を聞いて、黙ったまま左右に首を振る。アマルダが少し驚いたような顔を見せたが、すぐに前に向き直ると片手を上げてトラスに向かって声を上げた。
「先生、質問があります」
「どうぞ、アマルダ」
アマルダは起立すると、言葉を続けた。
「『南部特区教会』という宗派があると聞いていますが、詳しい資料が無いので教えて下さい」
アマルダの質問に、ほんの一瞬だけトラスが顔を曇らせたが、彼は口をひらいた。
「『南部特区教会』はサリア教の中でも少し特殊な宗派になります。古代クラリア帝国の末期に発生した宗派で、現在中核を担っているのはクラリア島から遠く離れた国の、ラドリーク国に本部があります。古代クラリア帝国のあった時代、聖典にある『聖戦創世記』に神々の戦いの始まりとなった土の大神、後に畏れ敬われる破壊神である『黒神』が降り立ち、黒神は軍勢を伴い大移動をする事で人間たちを国ごと支配します。その名残が『南部特区教会』の起源になります」
アマルダは青ざめた。黒神とは、どちらかというと忌み嫌われる神だ。何故なら黒神は天の神の国から追放され、人間をことごとく奴隷として支配し、モルド大陸の西南を占領した破壊神と恐れられた神だ。その黒神を主神としている昏い宗派が存在すると知って、彼女はショックを受けた。
「しかし、黒神は決して悪い神ではありません」
トラスが更に説明を続ける。
「黒神は元々大地の神です。黒神の占領下にあった場所は豊穣に恵まれ、砂漠の国と知られるエルネートですら穀倉地帯や綿花が豊富に栽培される豊かな場所になったといいます。土着の民族は黒神をとても敬っており、『南部特区教会』は決して悪い教えに従っているのではないのです」
アマルダはホッとして着席する。
そこでチャイムが鳴りだした。
「次の授業は『対話の時間』です。遅れないように」
トラスは言うと、ルクレシアに向かって丁寧にお辞儀をしてから、教室を出ていった。
生徒たちも一斉に机の上の筆記用具を中にしまい、席を立ちだした。
ビルヘルムが傍のルクレシアに話しかけた。
「次は対話の時間の授業ですので、神殿に移動しましょう」
生徒たちは次々と教室を出ていく。ルクレシアもビルヘルムの案内に従い、教室を出た。
次回は10月25日予定です。お楽しみに。




