幼い神官見習い
教室を出たルクレシアたちは次の授業を見学するため、校内の小神殿に歩みを進めながら、会話を続けた。
「対話の時間とはどんな授業なのですか?」
初めて聞く授業に、ルクレシアは興味深げに尋ねた。
「神官の神髄ともいえる内省を行う授業です」
「…内省…?」
「簡単に申し上げれば瞑想です」
「瞑想は神官にとってそれほど重要なのですか?」
何も知らないルクレシアは、更に突っ込んで質問した。
そんなルクレシアに、ビルヘルムは少しも嫌な顔をせず説明をする。
「人間の魂は、感情を司る精神とは別物です。何故なら死んでも魂は転生し、来世に繋がっているからです」
「あぁ、輪廻転生というアレですね?」
サリア教の聖典の中にある教えだ。死んでも魂は転生し、生まれ変わりを繰り返しているのだと。
それは神が創った、命を循環させる宇宙のシステムだ。
「転生を繰り返すことで、古いものほど魂は経験を重ねていきます。それは魂にとって神から与えられた修行です。輪廻によって魂は磨かれ、魂が放つエネルギーを高めます。そのエネルギーは波動と呼び、エネルギーの強さを周波数と言います」
ビルヘルムのレクチャーは、何も知らないルクレシアにとって興味深い話だ。胸の鼓動を感じながら、ビルヘルムの説明を続けて聞いていた。
「神の発する周波数は極めて高いので、神官もそれと同じように高めないと、神託を受ける器になりません。波動を上げるには、魂と精神の回路を繋ぐ必要があります。その回路を繋ぐのは内省する以外方法はありません。内省で魂と繋がれば、魂であるもう一人の自分が目覚めるのです。目覚めれば天から地上の人間の魂として降りた起源に記憶がさかのぼる事ができ、周波数が上がるため神官の能力が開花するのです」
「それって一般の人でも修行すれば、神官になれますか?」
ルクレシアは高鳴る胸を押さえながら尋ねた。
「簡単ではありませんが、内省の修行を積み波動を高められたら、神官になれます。ですが、魂の資質も深く関係しますよ」
「魂の質?」
首を傾げたルクレシアに、ビルヘルムは微笑した。
「まずは古い魂かどうか。あるいは特別の使命を帯びて降りてきている魂であるか」
「…使命…?」
「天から降りてきた魂には使命があります。普通は魂の波動を高める修行は当然ですが、他に目的がある場合もあるのです」
「それはいわゆる天命というものですか?」
「そうですね」
ルクレシアは腕を組むと、無造作に右手の親指を顎に当てて考え込んだ。
神官の道の険しさが何となく理解できた。幼い時から学ぶ必要があるのは当然のように思えた。神に愛されるとは、地道な努力の結果なのかもしれない。ここにいる生徒たちは一歩でも神に近付くために、懸命に日々励んでいる。
ルクレシアが様々な事を考え込む内に、2限目の授業の開始を知らせるチャイムが鳴りだした。
ようやくルクレシアたちは小神殿にたどり着いた。
神殿の中は、わざと照明を絞ってあった。神殿内部の教卓が並ぶ場所から近い窓には、遮光のための分厚いカーテンが広げられている。内省しやすいように配慮してあったのだ。
生徒たちは既に席についていて、トラスの言葉に従って呼吸を整えている。ルクレシアたちはそっと足音を忍ばせながら、生徒たちの後ろの少し離れた列の席に並んで座った。
生徒たちは目を閉じて瞑想状態に没入を始めた。ルクレシアは息を殺して生徒たちの様子を観察した。
しばらくして暗さに目が慣れた頃、生徒たちの中で2人だけ全体がぼんやり光っているのが見えた。
目を細めてじっと見ていると、2人の生徒の頭上からポッポッと極めて細かなウエーブ状の光が発せられているのが分かる。
神秘的な光景にルクレシアは更に胸の高鳴りを感じて、そっと片手で胸を押さえた。
暫くしてトラスが教卓の上に置いてある砂時計が落ち切るのを確認すると、周囲の窓のカーテンを片方に寄せて、光を入れ始めた。内省の終わりを告げていた。
内省はわずか10分程度で終わってしまう。短いのは、子供たちの集中力がもたないことにある。学年が上がるごとに内省の時間が長くなる科目なのだ。
トランス状態になってる子供たちは、すぐ目覚める子もいれば、眠そうに半分目を開く子、中には深く入り込んで目を開かない子、様々な様子だ。
全員が目覚めるまでしばらくの間、教師も生徒も待機している。一番深くトランスになり、ゆっくり目覚めたのは、先ほどの光って見えた2人の生徒、エルトダリスとアマルダだった。
「何か変化あった?」
目覚めたエルトダリスに、隣のアマルダが小声で話しかけた。
エルトダリスは左右に首を振ると、肩を上げた。
「まだ繋がらないよ…眠くなるだけ」
「私も意識無くしそうだったけど、なんか瞼の裏に幾何学模様みたいなのが浮かんで消えていっただけよ」
二人は自分の魂に呼びかけるものの、手ごたえが無い。二人ともシュンと肩を落としあった。
「焦る必要はないですよ」
しおれて俯くエルトダリスとアマルダに、トラスが話しかける。
「まずは自分自身に話しかけましょう。魂は言葉ではない答えを示すものです」
「反応無いのに…?」
エルトダリスが不思議そうにトラスを見上げる。トラスは微笑んだ。
「魂は自然と答えていたりしますよ。でも自然すぎて自分がそれに気付いていない場合があるのです」
「…気付かなかったって事…」
アマルダも握った拳を顎に当てて考え込む。
「例えば…何かに夢中になると、瞑想と似たトランス状態になりませんか?気持ちが高揚して、体が勝手に動いてじっとしていられないような気持ちです」
トラスが問いかける。
エルトダリスがハッとしてトラスを見上げた。
「私は剣の修行をしている時が、それと同じ事があります」
トラスはニコニコと笑顔を浮かべながら頷いた。
「それは貴方でありながら、実は魂も一緒に剣を振るっているんですよ」
そう答えられて、エルトダリスは両手の手のひらを見つめた。
無心に剣を振るっていると、心地よくてたまらないのは魂がそれを喜んでいるから?自分が楽しんでいるだけでなく、魂ごとそれを楽しいと感じているから、たまらなく心が浮き立つのか?
魂と感情を司る精神とが繋がるという感覚が、おぼろげに理解できる気がしてきたエルトダリスは、何か目の前がパッと明るくなったような気がした。
「先生、なんかいいヒントになった気がします。ありがとうございます!」
エルトダリスの瞳がキラキラ輝きだした。隣りのアマルダはエルトダリスの変化に驚いて、彼をまじまじと見つめた。
「…やっぱり、あなた凄いわ…」
「私が凄いんじゃなくて、トラス先生が分かりやすく教えてくれるからだよ」
嬉しそうにエルトダリスは答える。
そんなやり取りを離れて見ていたルクレシアは、固唾を飲んでいた。昨夜出会った少年が神官見習いというので、興味をそそられてシュリア校に訪れたのだが、まさか見学先の教室に在籍していたのは偶然のめぐり合わせだったのだ。
(これは…神のお導きかもしれない…)
次回は11月1日予定です。お楽しみに。




