初稽古
授業が終わると、生徒たちは教室から次々出ていく。しかしエルトダリスはこのあと、彼だけの課外授業があった。剣術の稽古である。身体を鍛えるだけでなく、精神を集中する鍛錬に繋がるためだ。エルトダリスはこの時間を心待ちにするほど剣の鍛錬が好きだった。
「一緒に寮に帰らない、エルト?」
席に着いたままのエルトダリスに、右側の席の生徒のジョイスが話しかけた。
「この後、剣の稽古があります。迎えが来るから、ジョイスは先に帰ってくださいね」
エルトダリスが答えると、ジョイスは目を丸くした。
「剣も練習してるの?」
「はい。これも修行の延長線みたいなものです」
エルトダリスは嬉しそうな笑みを浮かべた。
二人が会話をしているうちに、教室に再び聖騎士が現れる。アマルダの父親のガストン卿だ。
「お迎えに参りました」
「ありがとうございます」
エルトダリスは席から立ち上がると、側に立っていたジョイスに片手を振った。
「行ってきます」
「頑張って」
ジョイスもニコリと微笑んで片手を振る。
歩き始めたガストン卿に続いて、エルトダリスもその後について歩き出した。
二人は初等級舎の校舎を離れ、別の建屋に移動した。そこは多目的に利用できる小規模なホールだった。ホールの控室の1つの部屋に通され、そこで制服である神官服から、動きやすい平服に着替えをし、練習用の木剣を手にホールに出た。
ホールではガストン卿が待っていたが、もう一人の姿があった。
「待っていたぞ、エルトダリス」
「こ、校長先生?!」
何故かビルヘルム校長が木剣を片手に持っている。エルトダリスは目をぱちくりさせながら、ビルヘルムの前まで歩み寄った。
「…まさか校長先生が、剣の稽古をつけて下さるのではないでしょうね?」
ビルヘルムは涼しい顔をして答えた。
「普段は聖騎士たちが剣の指導に当たるんだが…な。今日だけ特別私が相手をする」
ビルヘルムの言葉に、エルトダリスは顔を歪めて傍のガストン卿を見上げた。何故神官である校長がいきなり出てきたのか、訳が分からない。
するとガストン卿が苦笑をかみしめながら、エルトダリスに話しかけた。
「校長は元聖騎士であらせられます」
「えぇっ!」
そんな話は初耳だと、エルトダリスは目を白黒させた。
そう、ビルヘルム校長は異例の経歴の持ち主でもある。今でこそ聖泉堂の神官を束ねる大神官の長で、シュリア校の校長も兼任しているが、神官になる以前は聖騎士として王家に仕えていたのだ。
「まずは軽い準備運動。それが終わったら、どこからでもかかってこい」
ビルヘルムはエルトダリスにそう言い渡すと、壁に背を預けて両手を組んだままエルトダリスを見つめた。
言われたとおり、エルトダリスは準備運動を始めた。物心つく頃から既に、剣技の指導は始まっていた彼である。入念にストレッチを行わないと、怪我に繋がることを知っていた。
ビルヘルムの側にガストン卿も並んで立つと、真剣な眼差しでエルトダリスを見つめた。
やがてエルトダリスの準備運動が終わる。ビルヘルムはホールの中央まで出ていく。エルトダリスも訓練用の剣を片手にビルヘルムと向かい合って立った。
「いきます」
木剣を構えたエルトダリスは、勢いよくビルヘルムに向かって踏み込む。
ビルヘルムは手にしていた木剣で軽く受け流した。さすがは元聖騎士だ、動きに無駄がない。
何度も攻撃を試みるエルトダリスだが、あっさりかわされたり、鉄壁に受け止められたりして、ダメージを与える隙が全く無い。騎士の職から外れたはずの彼だが、体はなまっていないらしい。素早く切り返しても、ビルヘルムの動きはそれ以上に素早い動きを見せる。ビルヘルムは全く反撃してこないのにかかわらず、エルトダリスの方が次第に追い詰められていくような気がした。
「ハァ、ハァ…」
徐々に息が上がっていくエルトダリス。ビルヘルムは涼しい顔をしたままエルトダリスに言った。
「どうした、遠慮せず打ち込んで来い」
「ハァァッ !」
エルトダリスは肩で呼吸を繰り返しつつも、気合を込めて渾身の一撃を放った。
ガツン!と物凄い音と共にエルトダリスの木剣が折れた。と、同時に勢い余ったのか、エルトダリスは床に倒れこむ。
激しく呼吸を繰り返しても、吸い込む息が全然足りない。更に起き上がる力も出なかった。
その様子をじっと見守っていたガストン卿は、驚愕の光景を目にして呆然とした。
(……これがたった4歳の子供の剣筋なのかっ?!)
10代の子供と同じぐらいの引けを取らない重い攻撃、スピード、そして胆力。物心ついた頃から王家の庭で剣術を習いだしたというが、かなりのレベルだ。
まだ子供の体のせいで筋力が足りていないのだろう。スタミナが無いのも、これから成長する身体なのだから、致し方なかった。それでも木剣を折るほどの底力を秘めていたとは驚きでしかない。
「よく頑張ったな」
ビルヘルムが倒れたエルトダリスの側にしゃがみこんで、右手を伸ばす。
苦しげに呼吸を繰り返しつつも、エルトダリスはビルヘルムの手を握ると半身を起こした。
「…ありがとう…ございました……」
エルトダリスは息を切らせながらも、忘れることなくビルヘルムに礼を返した。
「奥にシャワー室があるから、ゆっくり休め」
「はい」
ビルヘルムはニッと笑みを零すと、その場から去っていった。
立ち上がったエルトダリスにガストン卿は話しかけた。
「お疲れ様です。がんばりましたね」
ガストン卿のねぎらいの言葉に、エルトダリスはニコリと笑みを浮かべた。
「これくらい平気だよ」
「宮殿にいらした時は、どなたか師事されていましたか?」
「近衛隊隊長やその騎士たちかな」
「…成程」
近衛隊の練兵は並ではない。その彼等がエルトダリスに剣術を叩きこんでいたことは容易に理解できた。相手が王子であるからこそ、厳しかったろう。
「でも、楽しかったんだ」
エルトダリスの笑みはとても清々しかった。本当に鍛錬が好きなのだろう。
「いつか校長先生を超えてやるから」
右の拳を握りしめるエルトダリス。ガストン卿は思わず微笑み返した。
次回は9月27日予定です。お楽しみに。




