騒動勃発
神学の授業が終わると、この後一般教養の授業が続いた。数学や国語など、普通の学校とあまり変わらない。
そして、昼食の時間になった。エルトダリスは筆記具を机の中にしまうと席を立った。すると、右隣りの席の少年が、立ち上がったエリトダリスの左脇に下げている聖剣に気が付いて話しかけてきた。
「ねえ、君。その腰に吊るしてる銀色の物は何なの?」
銀色で細かな幾何学模様が刻まれている聖剣を見つめている。彼の言葉で、左の席の少女アマルダもエルトダリスの側に近づいて、聖剣を覗き込んだ。
「とっても奇麗だわ」
アマルダが模様の美しさに、ほうと見とれた。
「…あぁ、これは聖剣だよ」
エルトダリスは困ったように俯いて答えた。ハッとして少女は何を思いついたのか、エルトダリスをまじまじと見つめた。
一方、話しかけた少年は顔色を変えて、声高に言った。
「刃物を持ち歩くのは校則違反じゃないの?」
少年の言葉に気が付いた他の生徒たちも、何事かとエルトダリスたちの周囲に集まりだした。
アマルダは不穏な空気を感じる。急いで教室から飛び出し、廊下を駆け出した。
「これは、ちゃんと学校から許可を頂いたものだから…」
遠慮がちに答え終えるエルトダリスの言葉を遮って、途中から首を突っ込んできた一人の男子生徒が大声で叫んだ。
「こいつ、剣を持ってきてるのか!」
「ええっ?!」
途端に教室内はざわめきだす。
「ここは騎士学校じゃないぞ!何で剣なんか持ってんだよっ」
首を突っ込んできた生徒は声高に言い放つ。
「だから、許可は取ってあると…」
エルトダリスが臆することなく冷静に答えようとしたが、周囲の生徒たちは蜂の巣をつついた様に騒ぎ立て始めた。
「そんな訳ないだろ!」
「嘘をつくなよ」
「嘘など言っていません」
あくまでエルトダリスは正直に答える。
だが、簡単に頭に血が上りやすい単純な生徒たちは、集団心理に乗じて口々にエルトダリスを非難した。
「危ないから取り上げろ!」
誰かが叫ぶ。と、数人がエルトダリスに掴みかかってきた。
エルトダリスは勢いに押されて床に倒され、手足を押さえつけられる。そのすきに生徒の一人がエルトダリスの帯から、聖剣を固定していたベルトを外して剣を取り上げた。
「何を騒いでいる!」
教室内を割るような大声に一喝され、生徒たちは一瞬ビクリと肩を震わせ、その場に固まる。
教室に現れたのは、何故か一人の聖騎士だった。足早に教室の中に入ってくると、エルトダリスの側に歩み寄るなり、その場で片膝を床に突いた。
「お前たち、早くその手を離さないかっ!」
エルトダリスを床に押さえつけていた数人の生徒に向かって、騎士が鋭い視線を向けた。生徒たちは怯えるように震えながらその場から離れる。
「大丈夫?起き上がれそう?」
倒れているエルトダリスの側に、アマルダが駆け寄り顔を覗き込んだ。心配しているのか、彼女の方が顔色を失っている。
「うん、大丈夫」
エルトダリスは小さく笑みを浮かべた。
「王子殿下、ゆっくり体を起こしてください」
半身を起こそうとするエルダリスに、聖騎士が両手を伸ばして、起き上がるのを手伝った。
聖騎士の言葉に、騒いでいた生徒たち全員がギョッとなって固まった。アマルダが構わず、聖剣を取り上げた生徒の前までツカツカと足音を立てて歩み寄った。
「それを殿下に返してちょうだい」
「…あ、あぁ…」
自国の第一王子とは知らずに剣を取り上げた生徒は、震えながら剣を差し出そうとした。
「これはどういうことかね」
そこへトラスが駆けつけてきた。聖騎士団から騒ぎの知らせを受けて、慌てて教室に戻って来たらしい。
「王子殿下の聖剣が奪われたようです」
と、聖騎士が手短に答えると、周りにいた生徒たちは真っ青になって動けなくなった。
立ちあがったエルトダリスが、トラスに話しかける。
「お騒がせして申し訳ありません。皆に私の事情を説明してなかったので、誤解されただけです」
エリトダリスが聖剣を持ったままの生徒の前に立つアマルダに顔を向けた。アマルダは頷き返し、生徒から聖剣を受け取るとエルトダリスの前まで行き、彼に聖剣を手渡した。
「ありがとう」
エルトダリスは受け取った聖剣を、再び腰に下げる。
周囲で固まっている生徒たちを見まわしたトラスが、彼らに話しかけた。
「この方はエルトダリス第一王子殿下です。剣は水の女神から下賜された護身の聖剣で、女神の許しを得て持ち歩いているのです。校内だけでなく、聖泉堂の神殿内でも帯刀を許されているものですから、君たちは触れてはなりませんよ」
生徒たちは相手が自国の王子とは知らずにとんでもない事をしてしまったのだと分かって、ばつが悪そうに皆静まり返って下を向いた。
「先生、どうか彼らを許してあげてください」
と、エルトダリスがトラスに向き直った。
「誤解は解けたと思います。それに私は神官になる身です。もう王子ではありませんから、不敬には至りません」
トラスはエルトダリスを見つめた。まだほんの4歳の子供のはずのエルダリスではあるが、既に己の道を見据えている事に、内心深く驚かされたのだ。
この子の魂は、普通の子供と違って何処か達観しているような、そんな次元の高い魂の脈動を感じる。神官としてのトラスの勘が働いた。
「貴方がそれで良いと納得されているのでしたら、問題ありません」
トラスは微笑んで答えた。
途端に、教室内の重たかった空気がスッと軽くなったような気がしたのか、周囲で固まっていた生徒たちもホッと胸をなでおろしている。
王子に乱暴をはたらけば不敬罪を言い渡されてもおかしくないが、エルトダリスの采配によって不問にされたのだ。
「殿下、念のため医務室へお連れします」
聖騎士がエルトダリスを抱き上げようとするのを、エルトダリスは片手で制して答えた。
「大事ありません。どうぞお構いなく」
エルトダリスは笑顔を聖騎士に向ける。
聖騎士が頭を下げた。
「御意」
聖騎士は更にアマルダに振り向く。アマルダも聖騎士を見上げた。
「殿下に何かあったら、遠慮なく知らせなさい」
「はい、お父様」
二人の会話を耳にして、更に教室にいた生徒たちはびっくりする。エルトダリスもアマルダが聖騎士の娘とは知らず、思わず父娘を交互に見返した。
道理でアマルダが熱心に神学を学んでいた訳だと理解できた。彼女の家系は聖騎士を多く輩出している名門の家柄だったのだ。
「心配してくれたのですね。すみません、アマルダ嬢」
エルトダリスは気を利かせて聖騎士の父を呼びに行ったらしいアマルダに話しかけた。
実は聖騎士がエルトダリスの護衛の任を秘密裏に受けていて、必ず近くで待機していたのをアマルダは知っていたのだ。彼女は微笑みながら左右に首を振った。
「気にしないで。私の事は気軽にアマルダって呼んで構わないわ」
「それなら私の事も、殿下とは呼ばずにエルトと呼んでください」
エルトダリスも笑みを浮かべてそれに答えたのだった。
次回は9月21日(月)の予定です。お楽しみに。




