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学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ  作者: ナックルボーラー


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第7話 小さな未練

 クラスメイトとの雑談を終えた太陽は、ファミレスを出ると寄り道もせずに帰宅した。


 自室に入るなり、ベッドへ仰向けに倒れ込む。

 天井のライトと真っ白な天井を、ぼんやりと眺めた。


 今日一日を振り返る。


「……今日は厄日だな」


 朝から光と顔を合わせた。

 信也にも、千絵にも、その話を蒸し返された。

 おまけに、クラスメイトたちとの雑談でも光の名前が出た。


 光は学校でもそれなりに有名だ。

 話題に上がること自体は、不自然ではない。


 けれど、今日に限ってこうも続くと、嫌でも意識させられる。


「……勘弁してくれよ」


 太陽は寝返りを打ち、その勢いでベッドから起き上がった。

 数分寝転がってみたところで、気分は少しも晴れはしない。


 ふと、閉じ切ったカーテンへ目を向ける。


「……まだ、帰って来てねえのか」


 完全遮光ではないカーテンの奥。

 外の光はわずかに透けて見える。


 その向こうにあるのは、隣家の一室。

 光の部屋だ。


 向かいの部屋には、まだ明かりが点いていなかった。


 もちろん、部屋の明かりが消えているからといって、帰宅していないとは限らない。

 リビングにいるだけかもしれない。

 もう寝ているのかもしれない。

 それとも、本当にまだ帰っていないのかもしれない。


 そんなこと、太陽には分からない。


 分からないはずなのに、気にしている自分がいた。


「……何やってんだ、俺」


 太陽は重い足取りで窓際へ向かい、カーテンと窓を開ける。

 夏に入る前の冷たい夜風が、頬を撫で、カーテンを揺らす。


 太陽は素足のままベランダへ出て、柵に背中を預けた。

 夜風は心地よかったが、頭上には大きな雲がかかっていて、星は見えない。


 わざと、向かいの部屋を視界に入れないようにした。


 それでも、横目で見てしまう。


 向かいの部屋にも、同じようにベランダがある。

 太陽の部屋との距離は、一メートルもない。


 少し無茶をすれば、飛び移れる距離。


 昔、向かいの住人は、よくこのベランダ越しに太陽の部屋へやって来た。


『ねえ太陽! ワン○ース最新刊買ったんでしょ? 読ませてよ!』


『だぁあ! だからいつも言ってるだろ! ベランダから入らずに玄関から来いって! 万が一落ちたらどうするんだよ!』


『へえ? 私の心配をするんだ。太陽って優しいね』


『してるに決まってんだろ!』


『でも大丈夫! 私の運動神経を舐めないでよ。絶対に落ちないから』


 幻のように、過去の光景が流れる。


 昔は、暇さえあれば互いの部屋を行き来していた。

 家が隣同士で、一番信頼できる親友で。


 そして、恋人だった。


 高校生になった今の太陽なら、ベランダ同士の距離など簡単に飛び越えられる。


 けれど、今の二人の距離は、その一メートルよりずっと遠い。


 手を伸ばしても、もう……届かない。


「……今日は、なんだか一段と冷えるな」


 思いに耽っていると、夜風が急に冷たく感じられた。


 太陽は部屋に戻り、窓を閉める。

 カーテンも閉め切った。


 そのまま窓に背中を預け、ずるずると床へ座り込む。


「……今日の俺、すげえ女々しいな」


 膝を抱え、顔を埋める。


「元カノと遭遇して、元カノの話題出されて苛立って……。もうちょっと男らしい度量でも持った方がいいのかね」


 自嘲気味に呟く。

 直後、脳裏に今朝の千絵の言葉が蘇った。


『このままだと太陽君と光ちゃんは離れ離れになるよ……? そうなったら太陽君、絶対に後悔するよ』


『昔みたいに皆で他愛もない会話が出来る程度には、仲直りしてほしいって』


『昔のように皆で仲良くしたいっていう、私のワガママかな……』


 中学までのように、太陽、光、千絵、信也の四人でふざけ合っていた日々。


 それが、まるで何十年も前のことのように遠く感じる。


 光との関係が壊れた後も、千絵は変わらず接してくれる。

 今日みたいに、善意で傷口に塩を塗り込んでくることもあるが、それも彼女なりの優しさなのだろう。


 太陽も、それは分かっている。


 けれど、分かっているからといって、痛くないわけではない。


 今日はたまたま、傷を開く出来事が重なっただけだ。


 普段は、もっと普通にやれている。

 そう自分に言い聞かせる。


 それでも、開いた傷から漏れ出す記憶は、太陽の胸を締めつけた。


 太陽は千絵に言った。


 自分が光に振られたのは、自分の不甲斐なさのせいでもある。

 全部が全部、光のせいだとは思っていない。


 それでも、自分を保つために、光を憎しみの対象にしているのだと。


 太陽自身、それは分かっている。


 心の離れた相手に、情けで付き合いを続けられるくらいなら、真正面から別れを告げられた方がいい。

 二股や浮気をされるより、その方がずっといい。


 その点だけを見れば、光は誠実だったのかもしれない。


 でも。


 太陽が光を忌み嫌う理由は、それだけではなかった。


 それは、光に別れを告げられてから三日が過ぎた頃のことだった。


 他に好きな人がいる。


 そんな理由で振られて、簡単に納得できるはずがなかった。


 十年以上一緒にいた。

 幼馴染だった。親友だった。恋人だった。


 諦めきれなかった太陽は、一度だけ復縁を求めようとした。


 携帯越しではなく、ちゃんと顔を見て伝えるために。


 けれど、光の家に行っても誰もいなかった。


 ならばと、光を探しに街へも出た。


 そこで太陽が見たものは、心を折るには十分すぎる光景だった。


 楽しそうに並んで歩く男女。


 男はモデルのように背が高く、顔も整っていた。

 隣を歩いている少女は、太陽の元恋人――光だった。


 その瞬間、心臓が嫌な音を立てた。


 息が詰まり、喉が狭くなる。

 視界の端が白く霞んでいく。


 太陽は、その男を知っていた。


 光と同じ陸上部の、一つ上の先輩。

 大会で結果を出し、成績も良く、性格も明るい。

 見た目も良く、女子からの人気も高かった。


 太陽とは全然違う。

 光の隣にいても、誰も不思議に思わない男だった。


 県外の高校へ陸上の特待生として進学したと聞いていたが、春休みで帰省していたのだろうか。


 どうして、その男が光と一緒にいるのか。

 太陽には分からない。


 二人は何か買い物をしているようだった。

 光は、楽しそうに笑っていた。


 その笑顔を、太陽は見ていられなかった。


 逃げるように、その場から走り去った。


 涙で濡れた顔のまま家に戻り、自室に閉じこもった。


 そして今と同じように、窓に背中を預け、膝を抱えた。


「は、ははっ……勝てるわけがねえ……」


 笑いと涙が同時にこぼれた。


「何が、もう一度光の心を引き寄せるだ……。相手は、あのカッコいい先輩だぞ……俺みたいなのが、勝てるわけがねえよ……」


 二人が恋人なのかどうかは分からない。

 もしかしたら、ただの先輩後輩だったのかもしれない。

 光の一方的な片想いだったのかもしれない。


 それでも、光がその男に向けていた笑顔は本物だった。


 あの男が、光の言っていた好きな人なのか。


 その答えを確かめる勇気は、太陽にはなかった。


 大切な恋人を失った喪失感。

 到底敵わない相手に奪われたような敗北感。


 それらが一気に押し寄せて、太陽は声を殺して泣いた。


 どれくらいそうしていたのか分からない。


 気づけば、外はすっかり暗くなっていた。

 向かいの部屋――光の部屋に明かりが点く。


 太陽の部屋は、昼からずっと暗いままだった。


 その暗い部屋の中に、向かいから漏れる明かりだけが細く差し込む。


 泣き疲れ、真っ赤になった目元で、太陽は光の部屋を見た。


「……先輩との買い物……楽しかったんかな……」


 声は、自分でも驚くほど冷静だった。

 泣いたせいで、何かが切れてしまったのかもしれない。


 好きの反対は嫌いではなく、無関心だという話を聞いたことがある。

 けれど、その時の太陽の胸に芽生えたのは、無関心なんかではなかった。


 どす黒く、重たい感情。


 自分がこんなに苦しんでいる時に、光は楽しそうに笑っていた。

 まるで、太陽のことなど忘れたみたいに。


 そう思った瞬間、苦しみは憎しみに変わった。

 それでも、縋りつくことはできなかった。


 もう自分の方を見ていない相手に、捨てないでくれと縋る。

 それは、あまりにも惨めだった。


 だから太陽は、携帯を手に取った。


 後ろ髪を引かれようと、無理にでも前に進もうと思った。


 最後に、光へ連絡を入れる。


 呼び出し音は、一度しか鳴らなかった。


『もしもし……』


 光の声は、少し緊張しているように聞こえた。


 その声を聞いた瞬間、胸がまた痛んだ。


 それでも太陽は、間髪入れずに言った。


「……光。お前の希望通り……別れるか、俺たち」


 せめて、互いが幸せになる道があることを祈って。

 それが、太陽にできる最後の強がりだった。


 過去を思い出し、太陽の胸がはち切れそうになる。


「……千絵」


 膝に顔を埋めたまま、誰にも届かない声で呟く。


「お前は昔みたいに仲直りしてほしいって言うけどさ……。正直、俺だって、できることなら友達くらいには戻りたいって思う時もあるよ」


 でも、無理だった。


 光を忘れようと、沢山の女子と関わった。

 それでも、誰かの手を取ろうとすると、最後には光の顔が浮かぶ。


 前に進んでいるつもりだった。

 けれど本当は、あの日から一歩も動けていない。

 太陽の時間は、卒業式の日から止まっている。


 もしかしたら、今でも光のことが――。


「……違う」


 太陽は即座に否定した。

 認めたくなかった。

 認めてしまえば、もう本当に終わりだと思った。


「ごめんな、千絵……。お前の望む仲直りは、多分、一生来ないと思う」


 太陽は膝に顔を埋めたまま、誰にも届かない声で呟く。


「だって俺は……自分がまだ光のことを好きなのかもしれないって、認めたくねえんだよ」


 十年以上好きだった相手を、たった一つの出来事で心の底から嫌いになれるはずがない。


 そんなこと、本当は分かっている。


 でも、認めてしまえば終わりだった。


 自分を好きでもない相手に、まだ未練を持っている。

 自分より別の誰かを選んだ相手を、それでも好きでいる。


 そんな惨めな男だと、自分で認めることになる。


 嫌いだと思い込まなければ、まだ好きだと気づいてしまう。


 気づいてしまえば、もう二度と前に進めない。


 だから太陽は、今日も光を嫌い続けるしかなかった。

私の他作品も是非読んでください。

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