第5話 先の後悔よりも、過去の後悔
「それにしても、お前のキャラ、正直キモいな」
「キモ……って、お前ひどいな。俺たち親友だよな? よくそんな正直に言えたもんだよ」
優菜と別れた太陽と信也は、校舎へ入り、自分たちの教室へ向かっていた。
その途中、唐突に信也が太陽を刺してきた。
「だってよ。中学の頃のお前って、人見知りっていうか、人前でペラペラ喋るタイプじゃなかっただろ? それが卒業式の後しばらく引きこもって、出てきたかと思えば、いきなり金髪チャラ男だぞ。そりゃキモいだろ」
「お前……人の傷を的確に抉りやがって……」
太陽は半眼で信也を見た。
「なんだ? さっき俺が、お前の意思を無視してカラオケ合コンのメンバーに組み入れたことを根に持ってんのか?」
「根に持ってるに決まってんだろ」
信也はげんなりした顔で肩を落とした。
「ああ言われたら、もう行かないわけにもいかねえじゃん。俺、音痴だからカラオケ嫌いなんだよ。絶対笑われる……」
「まあ、なんとかなるだろ」
「他人事だと思いやがって……」
ケラケラ笑う太陽を、信也は恨めしそうに睨む。
「で? お前、あの口ぶりだと、結構そういう集まり行ってるみたいだけど。実際どうなんだ?」
「そういう集まり?」
「合コンだよ、合コン」
太陽は少し考え、それから軽く頷いた。
「まあな。最近だと、週一くらいで誘われる」
「しゅ、週一……」
信也の顔が引きつった。
「それはまた、随分と盛んでなによりですね……」
「……なんだよ、その顔」
「いや。中学の卒業式で『高校入ったら合コンとかするんじゃねえか!?』って夢見てた俺の横で、お前がしれっと実現してるのが腹立つだけだ」
「知るかよ」
太陽は肩を竦める。
すると信也は、少し意地の悪い顔になった。
「それだけ行ってるなら、さぞ何人かの女子といい感じになったんだろうな?」
「ぶふっ!」
太陽は盛大に吹き出した。
「な、何言ってんだ、お前!?」
「いや、週一で合コン行ってるチャラ男さんなら、そりゃ誰かしらお持ち帰りしてるのかなって」
信也は右手の親指と人差し指で輪を作り、左手の人差し指をそこへ突き入れる。
「やめろ、その最低なジェスチャー!」
「で? 実際どうなんだよ」
顔を真っ赤にした太陽は、勢いよく首を横に振った。
「してねえよ、そんなこと!」
「なんでだよ。金髪ピアスの高校デビューを果たしたんだから、てっきりヤリチンにでもなったのかと思ってたぜ」
「お前のチャラ男への偏見をどうにかしろ! してねえよ、そんなこと! 俺は見た目ほど遊んでねえんだよ!」
自分で言っていて、太陽は少し虚しくなった。
実際、合コンで女子といい雰囲気になることはある。
けれど、いざその先を意識すると、どうしても尻込みしてしまう。
「ほほう。つまり太陽君は、女子といい雰囲気になっても、いざとなると手を出せないヘタレだと?」
「ッ! そうだよ! 悪いか!」
間髪入れずに太陽が叫ぶ。
その瞬間。
「「ん?」」
第三者の声に、太陽と信也は顔を見合わせた。
聞き覚えのある声だった。
二人が振り返ると、そこには顎に手を当て、名探偵のような顔をした女子生徒が立っていた。
明るい髪色に、小柄な体。
人懐っこい笑顔が印象的な女子、高見沢千絵がいた。
「千絵か。おはようさん」
「おはよう、高見沢」
「おはよう、太陽君、信也君! 今日も千絵は元気であります!」
千絵は片目を瞑り、ぴしっと敬礼する。
千絵は、太陽とは小学生の頃から、信也とは中学生の頃からの顔馴染みだ。
太陽からすれば、光と同じく幼馴染と呼べる相手でもある。
そんな千絵は、とたとたと太陽の方へ近づいてきた。
そして。
「ちぇすとぉおおお!」
「なぜにッ!?」
太陽の腹に、遠慮のない膝蹴りがめり込んだ。
完全に不意を突かれた太陽は、その場に膝をつく。
顔の高さが千絵より低くなったところで、千絵は花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。
「ふはぁ~。やっぱり太陽君を蹴ると、勉強のストレスから解放されるよ~。太陽君ありがと。私のストレス発散道具になってくれて」
「誰が了承した!? 俺はお前専用のサンドバッグか!?」
「え? 違ったの?」
「違うわ!」
太陽が噛みつくが、千絵はまったく気にしていない。
むしろ、悪びれる様子もなく、太陽の髪を見て溜息を吐く。
「でもさ、高校に入っていきなり金髪にして、手当たり次第に女子へ愛想振りまいてるキザ男には、サンドバッグがお似合いだと思うんだよね。ていうか、なれ」
「最後、疑問形ですらなくなってるんだが……」
腹の痛みが少し引き、太陽はゆっくり立ち上がった。
千絵はそんな太陽を見上げ、じっと金髪を見つめる。
「随分前から言ってるけどさ。太陽君、その金髪どうにかした方がいいよ。この学校で金髪なんて太陽君くらいだし、変に目立つよ?」
「うちの学校は赤点さえ取らなければ、髪色とか服装にそこまでうるさくないが、太陽の金髪は少し奇抜過ぎるよな」
信也も太陽の頭を見る。
「お前ら……遠回しに似合ってないって言いたいのか?」
「うん」
「ああ」
二人の即答に、太陽はがくりと肩を落とした。
「そこは少しは濁せよ……。自覚はあるけどさ……」
太陽は自分の前髪を指でつまみ、わざとらしく肩を落とした。
千絵は、いつになく真面目な顔で言った。
「似合ってないって自覚あるなら、なんで続けてるの? 私は、前の太陽君の方が好きだったよ」
「……」
中学の頃の太陽は、黒髪の短髪だった。
よく言えば真面目。
悪く言えば、どこにでもいる地味な男子。
今のような金髪でもなければ、ピアスも開けていなかった。
太陽は一瞬だけ目を伏せる。
「その褒め言葉は素直に受け取っとくよ」
けれど、すぐに小さく笑った。
「でも、いいんだ。俺は、このままで」
その言葉と同時に、太陽の脳裏に古い記憶がよぎる。
秋に入り、少し肌寒くなってきた頃。
ゲームセンターの前でたむろする金髪の男たち。
その光景を見た隣の少女が、少し怯えたように言った。
『私……ああいう格好の人、苦手だな。太陽はあんなふうにならないでよ? なったら、私、嫌だな……』
あの時の太陽は、迷わず答えた。
『もちろん。俺はあんなふうにはならないよ』
それから半年も経たないうちに、太陽は彼女が嫌った姿になった。
運命というのは、随分と悪趣味だ、と。
太陽は鼻で笑う。
その様子を見て、千絵は唇を結んだ。
「それって、さ……」
迷うように言葉を切ってから、千絵は言った。
「もしかして、光ちゃんのことと関係あるの?」
光の名前が出た瞬間、太陽の眉がわずかに動いた。
長い付き合いの千絵が、それに気づかないはずがない。
それでも、千絵は止まらなかった。
「私は、二人がどうして別れたのか、全部をちゃんと知ってるわけじゃないよ。光ちゃんから聞いたことも、太陽君から見えてることも、たぶん全部じゃない」
「……」
「でもさ、私たちは幼馴染じゃん。小さい頃からずっと一緒だった。信也君だって、中学からずっと仲良くしてきた、大事な友達でしょ?」
千絵の声が少し震える。
「だから……確かに、光ちゃんが悪いのは分かってる。あの子が太陽君を傷つけたのも、分かってる。でも、このままじゃ後悔するかもしれないから」
千絵は鞄の紐をぎゅっと握った。
「昔みたいに、皆、仲良しの方がいいなって……思っちゃうんだよ」
「高見沢」
信也が静かに口を挟んだ。
「やめとけ」
「でも……」
「俺もさっき似たようなこと言ったから、人のことは言えない。けど、今のお前のそれは、相手の気持ちを置いてけぼりにした、ただのありがた迷惑だ」
千絵ははっとしたように目を見開いた。
そして、すぐに顔を伏せる。
「……ごめん」
三人の間に、重たい沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのは、太陽だった。
「ほんと……俺の周りには、人の傷を抉るお節介野郎が多いな」
声は低いことから、正直憤っている。
けれど、それだけではない。
「千絵。まず一つ聞くけど、お前のそれは、あいつに頼まれて言ってるのか?」
「あいつ」とは誰なのか、聞くまでもない。
渡口光を指していた。
千絵は太陽から視線を逸らさず、首を横に振った。
「違うよ」
その声は、いつもの千絵よりずっと弱かった。
「これは、私の勝手なお節介。昔みたいに、皆で仲良くしたいっていう……私のワガママ」
「……そうか」
太陽は千絵から視線を外した。
また沈黙が流れる。
だが、今度は長く続かなかった。
「もし、あいつから俺との仲を取り持ってくれって頼まれてたなら」
太陽は淡々と言った。
「俺は、お前とも絶交する覚悟で責めてたと思う」
千絵の肩が小さく震える。
「でも、幼馴染だからな。お前の性格くらい分かってる。さっきのは、お前自身の意思なんだろ」
「太陽君……」
太陽の表情が少し柔らかくなる。
「昔からそうだったよな」
太陽は懐かしむように目を細める。
「俺と光が喧嘩すると、いつもお前が間に入ってきた。俺たちが意地張って謝らない時も、お前が無理やり仲直りさせた」
小さい頃の、どうでもいい喧嘩。
お菓子を取った取らない。
ゲームの順番。
遊びに行く場所。
そんな些細な喧嘩のたびに、千絵は怒って、泣いて、最後には笑いながら二人の手を取った。
あの頃は、それで元に戻れた。
―――でも、今は違う。
「昔みたいな馬鹿みたいな小競り合いなら、それでよかったんだと思う」
太陽は苦しげに顔を歪ませる。
「でも、男女の恋愛は違う。一度拗れたら、簡単には戻らない」
太陽の拳が、ゆっくり握られる。
「……今の俺は、あいつの顔を見るだけで辛いんだよ」
その一言に、千絵は何も言えなくなった。
信也も口を閉ざす。
「千絵。お前は言ったよな。このままだと後悔するって」
「……うん」
「先の後悔は知らない。でも、少なくとも俺はもう、昔の後悔だけで胸がいっぱいなんだよ」
千絵は言葉を失う。
太陽は、遠くを見るような目で続ける。
「昔の俺はさ。部活でも大会で輝いて、成績もよくて、顔もよくて、人気者だった光に劣等感を抱いてた」
信也と千絵は黙って聞く。
それは、二人も知っていることだった。
太陽と光がまだ恋人ではなく、友達以上恋人未満だった頃。
太陽は何度か二人に、自分は光に釣り合わないのではないか、とこぼしていた。
「正直、あの頃の俺は、平凡で地味な自分が、あいつの隣にいること自体、あいつにとって汚点なんじゃないかと思ってた」
「そんなこと……」
「ないって言いたいんだろ?」
太陽は小さく笑う。
「でも、俺はそう思ってた。学校の人気者の光と、教室の隅で仲のいい奴とだけ話してた生徒Aの俺じゃ、不釣り合いすぎるって」
中学の頃から、光は人気者だった。
それでも光は、太陽たちとよく一緒にいた。
だからこそ、周囲から怪訝な目を向けられることもあった。
「俺は光が好きだった。でも、あいつの人気を落としたくないとか、俺なんかじゃ釣り合わないとか、そういう言い訳をして、告白に踏み込めなかった」
太陽は二人を見る。
「そんな俺の背中を押してくれたのは、お前たちだった」
信也も千絵も、何も言わなかった。
「あの時ほど嬉しかった日はないよ」
太陽の声が、少し震えた。
「―――そして、最後の時ほど泣いた日もない」
二人には、かける言葉が見つからなかった。
その傷の深さを、想像することすら怖かった。
「結局さ。俺とあいつは、釣り合わなかっただけなんだろうな」
「太陽、それは――」
「もちろん、全部が俺のせいだなんて思ってない」
信也の言葉を遮るように、太陽は続けた。
「あいつは、恋人に言っちゃいけない言葉を言ったんだ。だから俺は、多分一生あいつを許せない」
その言葉は、刃のようだった。
けれど、すぐに太陽の表情が歪む。
「でも、それでも思うんだよ。俺がもっとちゃんとしてたら、あいつの心を引き留められたんじゃないかって」
中学までの古坂太陽は、卒業式の日に死んだ。
そう思わなければ、前に進めなかった。
黒髪を金に染めた。
ピアスを開けた。
軽い言葉を覚えた。
光が苦手だと言った男の姿になった。
それでも、心は少しも晴れなかった。
ただ、惨めな自分を捨てたかった。
捨てられた側のまま、立ち止まっていたくなかった。
「千絵。信也」
太陽は、二人の名を呼んだ。
「お前たちの気遣いは嬉しい。心配してくれてるのも分かってる。けれど――――その優しさが、俺を惨めにする」
千絵が息を呑む。
「だからさ。頼むから、あんまり昔のことを掘り返さないでくれ」
太陽は目を伏せた。
「俺を……お前たちまで嫌いにさせないでくれ」
その声は、怒りではなかった。
懇願に近かった。
「あいつとの関係は終わった。でも、だからって、お前たちとの関係まで終わらせるつもりはないんだよ」
そう言って、太陽は二人に背を向けた。
「悪い、変なことを言って……先に行くな」
最後に告げて、歩き出す。
遠ざかっていく太陽の背中を、信也と千絵は何も言えずに見送った。
しばらく無言の空気が流れるが、数秒後、信也がぽつりと呟いた。
「……なあ、高見沢」
「……なに?」
「俺たちさ。中学の頃、あいつらの背中を押したよな」
「……うん」
「傍から見れば両想いなのに、いつまでも踏み出せない二人を見てさ。俺たちがキューピットになってやろうって、勝手に盛り上がって」
信也は苦く笑った。
「あの時の俺たちの行動って……正解だったんかな?」
千絵は鞄の紐を握りしめる。
太陽と光が付き合った時、千絵は心から嬉しかった。
二人が幸せそうに笑っている姿を見て、これでよかったのだと思った。
でも、今は、太陽は傷つき、光は泣き、信也は苦しそうにしている。
そして自分も、笑えなくなっている。
「そんなの……分かるわけないよ」
千絵は乾いた笑みを浮かべた。
「光ちゃんが選んだ結果で、太陽君は大きく変わった。時間は戻らないし、過去も変えられない」
それでも、胸の奥が痛む。
あの時、背中を押さなければ。
二人が恋人にならなければ。
太陽はここまで傷つかなかったのだろうか。
光も、あんな顔で笑わずに済んだのだろうか。
そんな答えの出ない問いばかりが、頭の中を巡る。
千絵は小さく息を吐いた。
「……けど、いつ終わるんだろうね」
それは、誰に向けた言葉でもなかった。
「私の初恋は……」
最後の一言は、ほとんど吐息のように小さかった。
けれど、信也の耳にははっきり届いた。
信也は唇を噛む。
そして、その一言を聞かなかったふりをした。
私の他作品も是非読んでください。




