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学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ  作者: ナックルボーラー


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2/12

第1話 あの日の約束


 それは、ひどく懐かしい夢だった。

 顔も、名前も、はっきりとは思い出せない。

 それでも、胸の奥だけが温かくなる、大切な思い出。


 夕焼けに染まる公園に、二つの幼い影が伸びていた。


 公園の中央にある砂場で、少年と少女が並んでしゃがみ込んでいる。


 少年は、今日発売された漫画をベンチで読んでいた。

 家まで我慢できず、ランドセルを横に置いてページをめくっていたところを、昔からそばにいた気がする少女に見つかったのだ。


 そして今、なぜか砂の城を作らされている。


 最初は渋々だった。

 けれど、思ったよりも城壁がうまく固まらない。


「……くそ。なんでここだけ崩れるんだよ」


 気づけば少年は、漫画のことなど忘れて砂を掻き集めていた。

 そんな少年の隣で、先に城を完成させた少女は、退屈そうにあくびをした。


「ねえねえ、私の将来の夢、聞きたい?」


「いや、別に」


「ねえねえ。私の将来の夢、聞きたい?」


「俺、ちゃんと返事したよな? 聞こえてなかったわけじゃないよな?」


 少年は砂を固める手を止めずに言う。


 今は城の完成が先だった。

 それに、少女の将来の夢を聞いたところで、たぶん「へえ」としか返せない。


 適当に相槌を打つくらいなら、最初から聞かない方がいい。


 少年はそう思っていた。


「むぅー。なんで聞きたくないの?」


「特に興味ないから」


「ねえねえ。私の将来の夢、聞きたい?」


「無限ループすんな! 分かったよ! 聞く! 聞けばいいんだろ!」


 少年が降参すると、少女は満足そうに胸を張った。


「では、耳をかっぽじって聞いてください」


「はいはい」


 コホン、と一回咳払いを入れた少女は明るい表情で言う。


「私の将来の夢はね――お嫁さんだよ!」


 高らかに宣言した少女の声が、夕焼けの公園に響いた。


「…………」


 少年は無言で砂を集めた。


「なんで何も言わないの!? 聞いてた? 今の聞いてたよね!?」


「あー、聞いてた聞いてた。お花屋さんになりたいんだろ。頑張れよ~」


「違うし! 最初の『お』と最後の『さん』しか合ってないし!」


 少女が頬を膨らませる。

 少年はようやく手を止め、呆れたように息を吐いた。


「だって、お嫁さんって夢なのか? もっとこう、ケーキ屋とか、アイドルとかあるだろ」


「子供なんだから、どんな夢を語ってもいいじゃん! 去年の作文で『僕の夢は大魔王』って書いた人に言われたくない!」


「それは言うな!」


 黒歴史を掘り返され、少年の顔が一瞬で赤くなった。


 去年の将来の夢の作文。

 自信満々に発表した直後、教室中に笑われた苦い記憶が蘇る。


「俺のことはいいだろ! じゃあ聞くけど、お嫁さんって、どんなお嫁さんになりたいんだよ」


「うーん……」


 少女は小さく首を傾げた。


「やっぱり、私のことをずっと好きでいてくれる人がいいな」


「ふーん」


「あとは、休みの日に一緒に買い物に行ってくれて、ご飯をおいしいって言ってくれて、子供ができたらいっぱい遊んでくれる人」


「要求多くないか?」


「あと、年収は五百万くらいほしいかも」


「……なんだろ、旦那さんが苦労するのが見えた」


 少年は半眼で少女を見る。

 少女は悪びれもせず、にこにこと笑っていた。


「でも、一番大事なのは、やっぱりお互いが好きでいることだよね」


 その言葉に、少年は少しだけ真面目な顔になる。


「まあ、それはそうかもな。どっちかだけが好きでも、うまくいかなそうだし」


「でしょ?」


 少女は嬉しそうに笑った。


「お互いが好きでいられて、毎日笑っていられる家が一番幸せだと思うんだ」


 そう言って、少女は少年の方へ歩み寄る。


 そして、砂のついた少年の手を、両手で包むように握った。


 少女は、少しも照れずに笑った。


「そんな家庭を、私は」


 夕焼けの光を背に、少女はまっすぐ少年を見た。


「――あなたと一緒に作りたい」


「…………は?」


 少年の思考が止まった。


 目を点にしたまま、口だけが小さく開く。

 少し遅れて、顔が一気に熱くなった。


「え、いや、待て待て待て! なんでそうなるんだよ!? さっきから言ってた旦那さんって、俺のことか!?」


「うん。そうだよ」


「そうだよ、じゃねえよ! なんで俺がお前の旦那になることになってんだよ!」


 少年が慌てる一方で、少女は不思議そうに首を傾げた。


「だって私、君のことが大好きだもん。それだけじゃ駄目?」


「駄目っていうか……」


 少年は言葉に詰まった。


「……結婚とか、今言われてもよく分かんねえよ」


 少年は、握られた手を見下ろしながら言った。


「俺たち、まだ子供だろ。もっと大きくなって、いろんなことを知って、それでも同じ気持ちだったら……その時に決めることなんじゃないのか」


 少女の表情が少し曇る。


「じゃあ、私とは結婚したくないの?」


「そうじゃなくて」


「私のこと、嫌い?」


「嫌いなわけないだろ」


 迷う余地なく即答だった。


「……本当に?」


 少女は嬉しそうに潤んだ目で少年を見上げる。

 その目を見た瞬間、少年の胸が少し痛んだ。


「でもさ、父さんが言ってたんだ。小さい頃の好きと、大人になってからの好きは違うこともあるって」


「君のお父さんが?」


「ああ。父さんも小さい頃、幼馴染の女の子と結婚の約束をしたらしいんだけどさ」


「うん」


「大人になってから、『あれは友達としての好きだったみたい』って言われて振られたらしい」


「やめて。もう君のお父さんに笑顔で挨拶できなくなる」


「ちなみに父さんの失恋回数は九十四回らしい」


「もっとやめて! 重いよ! お父さんに末永く幸せにって言ってて!」


 少女が慌てて両手を振る。

 その様子に少しだけ笑ってから、少年はもう一度、少女を見る。


「だから、今すぐ答えを出すのは違うと思うんだ」


「……うん」


「けど」


 少年は、少女に握られていた手をそっと握り返した。


「大きくなっても、お前がまだ俺のことを好きだったら、その時は、逃げないでちゃんと答える」


「……本当?」


「ああ」


「じゃあ、彼女にしてくれる? いつか、お嫁さんにも?」


「まあ……その時の俺が、お前のこと好きだったらな」


「そこはしてやるって言ってよ! 男の子らしく!」


 少女は不満そうに頬を膨らませた。

 けれどすぐに、ぱっと笑顔を咲かせる。


「じゃあ、約束!」


 少女は小指を立てて、少年の前に差し出した。

 少年は少し照れくさそうに視線を逸らしながらも、自分の小指を絡める。


「ああ、約束だ」


 夕焼けに染まる公園に、幼い二人の声が響く。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます」


 絡めた小指が、橙色の光の中で小さく揺れた。


 その約束だけが、夕焼けの色に焼きついたまま、いつまでも消えなかった。

私の別作品も是非読んでください。

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