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学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ  作者: ナックルボーラー


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第17話 人生の問い

 太陽と別れた後、千絵は一人で家まで帰った。

 夕食までの時間、自室に籠もり、机に向かう。


 千絵の目標は、医大に進み、医者になることだ。

 そのためには、学年上位の成績であろうと慢心できない。

 毎日の積み重ねを怠れば、すぐに置いていかれる。


 もともと、自分に特別な才能があるとは思っていない。

 千絵にできることは、ただ机に向かい続けることだけだった。

 けれど。


「……駄目だ。全然集中できないや……」


 今日の千絵は、いつも以上に集中できなかった。


 文字を目で追い、ノートにペンを走らせている。

 それなのに、内容が頭に入ってこない。


「やっぱり……あれの所為、だよね」


 原因は分かっている。

 太陽と交わした、公園での会話。

 偶然店で出会い、なし崩しに一緒に帰ることになって、昔よく遊んだ公園で思い出話をした。


 ただ、それだけのはずだった。

 けれど、千絵の胸には、太陽の言葉が棘のように残っていた。


 千絵はペンを止めた。

 指先から離れた鉛筆が、ノートの上をころころと転がる。

 椅子の背もたれに身体を預け、天井を仰いだ。


「……思い出したくないもの、か」


 シーリングライトの光が眩しくて、千絵は腕で目元を覆った。


 太陽に悪気がないことくらい、分かっている。


 彼にとって、あの約束は光との記憶だ。

 だから大切で、だから苦しくて、だから忘れたいものになってしまった。


「結局、太陽君の中には……ずっと光ちゃんがいるんだね」


 ぽつりと零した声は、自分でも驚くほど弱かった。


「私が入る隙間なんて、どこにもないんだ」


 目元を覆っていた腕の下から、涙が一筋こぼれた。


――――古坂太陽。


 彼は幼馴染で、親友で。

 そして、千絵がずっと好きだった人。


 今でこそ千絵は明るく、誰とでも話せる。

 同級生から相談を受けることもあるし、クラスでもそれなりに頼られている。


 けれど、最初からそうだったわけではない。


 小学生になったばかりの頃の千絵は、口下手だった。

 人付き合いも苦手で、教室の隅で本を読んでいるような子供だった。


 誰かに声をかける勇気もなく。

 誰かの輪に入る方法も知らず。

 ただ、本のページをめくることで、自分は一人でも平気だと思い込もうとしていた。


 そんな千絵を、外へ連れ出してくれたのが太陽だった。


『なあ、お前も一緒に遊ばねえか?』


 それは、彼にとっては何気ない一言だったのだろう。


 けれど千絵にとっては、世界が少しだけ開いた瞬間だった。


 太陽が誘ってくれたから、千絵は光とも仲良くなれた。

 友達が増え、学校が少しずつ楽しい場所になっていった。


 だから、そんな切っ掛けをくれた太陽は千絵にとって特別だった。

 一人の友達として、親友ではない、一人の男性として、千絵は太陽のことが。


「……駄目だよ」


 千絵は腕で目元を押さえたまま呟いた。


「私は、太陽君を好きになっちゃ駄目なのに……。そんな資格、ないのに……」


 震えた声で呟く。

 胸の奥から、黒いものがじわじわと滲み出してくる。


 千絵の脳裏に浮かぶ光景。

 それは、思い出したくもない記憶であるが、決して忘れることを許さないもの。

 誰も知らない。太陽すら覚えてない。千絵だけが知る記憶。


『おい! 子供が倒れてるぞ! 誰か救急車を呼べ!』


『どうしたんだ、事故か!?』


『車に轢かれたらしい! 頭から血が出てる!』


『やばいぞ、このままじゃ、命が危ねぇ!』


 頭から血を出し倒れる少年に大人たちが集まり、慌てながら救護する。

 そんな光景を、少女は焦点が合ってない、現実を直視できない目で見ていた。


『違うの……』


 足が動かない。震えが止まらない。涙が止まらない。


『違うの……ごめんなさい……ごめんなさい……』


 震える唇から、同じ言葉ばかりがこぼれる。


『私は……私は、ただ――』


「……っ!」


 記憶が鮮明に蘇った瞬間、千絵は口元を押さえた。

 胃の奥が、ぐらりと反転する。


「う、ぇ……っ」


 椅子を蹴るように立ち上がり、千絵は部屋を飛び出した。

 廊下を駆け、トイレに飛び込む。

 便器に縋りついた瞬間、胃の中のものが逆流した。


「うぇっ……げほっ……!」


 嗚咽を漏らしながら吐いた。

 まだ夕食前だったため、胃に入っていたのは、勉強の合間につまんだ菓子類くらいだったはずなのに、思った以上に量があった。


 酸っぱい味が口の中に広がる。

 鼻の奥に嫌な匂いが刺さり、さらに吐き気が込み上げた。


「はぁ……はぁ……っ」


 涙で視界が滲む。

 胃の中身を吐き出しても、胸の重さは消えない。

 罪悪感だけは、何度吐いても身体の奥に残り続ける。


 千絵は震える手で自分のシャツを握りしめた。

 爪が布に食い込み、胸元がぐしゃりと歪む。


「これは……罰なんだ。友達を裏切って、大切な人を傷つけて……。こんな私が太陽君を好きでいいわけがない」


 便器の縁に手をついたまま、千絵は掠れた声で呟いた。

 昔犯した、自らの過ちに対する自身に課した贖罪。


「だから私は……太陽君と光ちゃんには、幸せになってほしかったのに……」」


 千絵は涙で濡れた顔を歪める。


 それが償いになると思っていた。


 自分の気持ちを押し殺して、太陽の背中を押して、光の隣で笑って、二人が幸せになれば、それでいいのだと。そう思い込もうとしていた。


 けれど、現実はそんなに綺麗には進まない。


 太陽は傷ついた。

 光も壊れかけている。

 そして千絵自身も、ずっと同じ場所から動けないままだ。


「ははっ……」

 

 千絵は小さく笑った。

 涙と吐き気でぐしゃぐしゃになった、ひどい笑みだった。


「人生って……。解ければ終わる問題と違って……本当に、うまくいかないね……」


 この苦しみがいつ終わるのか、千絵には解けそうになかった。

私の他作品も是非読んでください。

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